影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

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3章 〜過去 正妃と側妃〜

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 机に向かい一心にペンを走らせていたカールが息をついたのは日付が変わった頃だった。
 肩や腰に鈍い痛みを感じてグッと体を伸ばす。それを待っていたようにお茶がすっと置かれた。眠気を覚ます珈琲ではなく、リラックス効果のあるハーブティーだ。

「今日はそろそろ終わりにされてはいかがでしょうか」

「そうだな。ちょうど切りがついた」

 手元の書類をまとめたカールは用意されたお茶に手を伸ばす。爽やかな香りのお茶が凝り固まった体に染み渡っていくようだ。
 カールを心配そうに見ていた侍従は、ホッと息をついたカールを見て安心したように頬を緩めた。

「妃殿下も気を揉んでおられるようでした。陛下がお戻りになればご安心なさるでしょう」

 穏やかな笑みを浮かべるこの侍従はカールが学生の頃から付いている者だ。当然エリザベートのことも昔から知っていて、同じように気にかけている。だからこそカールは彼にエリザベートへ言付けさせて、様子を確認するよう頼んだのだ。

「リーザの具合が悪いわけではないのだろう?」

「体調が悪いようには見受けられませんでした。ですがご不調というのはそれだけで図れるものではありませんので……」

 侍従は言葉を濁したが、何を言いたいのかカールにはわかっていた。
 ここのところエリザベートは自室で過ごすほとんどの時間を窓辺に座り、ルイに話しかけている。先週寝込んでしまったのも、長く窓辺にいたせいで体を冷やしたからだ。
 それだけではなく、夢と現実の境が益々つき難くなっているようで、目が覚めてからルイを探すことが多くなった。その時のエリザベートは起きているのにぼんやりしていて、まるで夢の中を彷徨っているようだ。
 幸い朝はカールが一緒なのですぐに抱き止め部屋から出すことはないが、呼び掛けてもこちらの声が聞こえていないようでただ前へ進もうとする姿に焦燥が募る。しっかり目を覚ました後は、その間のことを覚えていないようなのもゾッとした。
 
 何がエリザベートをそこまで追い詰めているのかはわかっている。
 だけど子どもはどうしても必要なのだ。
 エリザベートもそれがわかっているから誰かに本音を話すこともできず、余計追い詰められてしまったのだろう。
 
 少し前にアンヌが出産したのもタイミングが悪かった。
 アンヌとゾフィーであれば言葉にできなき気持ちも汲み取ってくれるだろうが、アンヌは出産の後大事を取って外出を控えている。
 エリザベートは甥の誕生を喜び、嬉しそうに祝いの品を選んでいたが、それがエリザベートの気持ちを慮ったアンヌが顔を見せない為の口実なのだと気がついていた。
 ゾフィーとあまり会っていないのも、生まれたばかりの甥の話題が出ない不自然さに居た堪れない気持ちになるようだった。


 カールは目を閉じると背凭れに寄りかかって息を吐いた。
 今のエリザベートを見ていると、時々クローゼットで倒れていた姿が重なって見えて叫びそうになる。
 だけど世継ぎが生まれるまで続けなければならないのだ。

 だからカールは生まれる子が王子であるよう祈っている。
 こんなことは一度で済ませたいと心の底から願っていた。






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