120 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜
54
しおりを挟む
机に向かい一心にペンを走らせていたカールが息をついたのは日付が変わった頃だった。
肩や腰に鈍い痛みを感じてグッと体を伸ばす。それを待っていたようにお茶がすっと置かれた。眠気を覚ます珈琲ではなく、リラックス効果のあるハーブティーだ。
「今日はそろそろ終わりにされてはいかがでしょうか」
「そうだな。ちょうど切りがついた」
手元の書類をまとめたカールは用意されたお茶に手を伸ばす。爽やかな香りのお茶が凝り固まった体に染み渡っていくようだ。
カールを心配そうに見ていた侍従は、ホッと息をついたカールを見て安心したように頬を緩めた。
「妃殿下も気を揉んでおられるようでした。陛下がお戻りになればご安心なさるでしょう」
穏やかな笑みを浮かべるこの侍従はカールが学生の頃から付いている者だ。当然エリザベートのことも昔から知っていて、同じように気にかけている。だからこそカールは彼にエリザベートへ言付けさせて、様子を確認するよう頼んだのだ。
「リーザの具合が悪いわけではないのだろう?」
「体調が悪いようには見受けられませんでした。ですがご不調というのはそれだけで図れるものではありませんので……」
侍従は言葉を濁したが、何を言いたいのかカールにはわかっていた。
ここのところエリザベートは自室で過ごすほとんどの時間を窓辺に座り、ルイに話しかけている。先週寝込んでしまったのも、長く窓辺にいたせいで体を冷やしたからだ。
それだけではなく、夢と現実の境が益々つき難くなっているようで、目が覚めてからルイを探すことが多くなった。その時のエリザベートは起きているのにぼんやりしていて、まるで夢の中を彷徨っているようだ。
幸い朝はカールが一緒なのですぐに抱き止め部屋から出すことはないが、呼び掛けてもこちらの声が聞こえていないようでただ前へ進もうとする姿に焦燥が募る。しっかり目を覚ました後は、その間のことを覚えていないようなのもゾッとした。
何がエリザベートをそこまで追い詰めているのかはわかっている。
だけど子どもはどうしても必要なのだ。
エリザベートもそれがわかっているから誰かに本音を話すこともできず、余計追い詰められてしまったのだろう。
少し前にアンヌが出産したのもタイミングが悪かった。
アンヌとゾフィーであれば言葉にできなき気持ちも汲み取ってくれるだろうが、アンヌは出産の後大事を取って外出を控えている。
エリザベートは甥の誕生を喜び、嬉しそうに祝いの品を選んでいたが、それがエリザベートの気持ちを慮ったアンヌが顔を見せない為の口実なのだと気がついていた。
ゾフィーとあまり会っていないのも、生まれたばかりの甥の話題が出ない不自然さに居た堪れない気持ちになるようだった。
カールは目を閉じると背凭れに寄りかかって息を吐いた。
今のエリザベートを見ていると、時々クローゼットで倒れていた姿が重なって見えて叫びそうになる。
だけど世継ぎが生まれるまで続けなければならないのだ。
だからカールは生まれる子が王子であるよう祈っている。
こんなことは一度で済ませたいと心の底から願っていた。
肩や腰に鈍い痛みを感じてグッと体を伸ばす。それを待っていたようにお茶がすっと置かれた。眠気を覚ます珈琲ではなく、リラックス効果のあるハーブティーだ。
「今日はそろそろ終わりにされてはいかがでしょうか」
「そうだな。ちょうど切りがついた」
手元の書類をまとめたカールは用意されたお茶に手を伸ばす。爽やかな香りのお茶が凝り固まった体に染み渡っていくようだ。
カールを心配そうに見ていた侍従は、ホッと息をついたカールを見て安心したように頬を緩めた。
「妃殿下も気を揉んでおられるようでした。陛下がお戻りになればご安心なさるでしょう」
穏やかな笑みを浮かべるこの侍従はカールが学生の頃から付いている者だ。当然エリザベートのことも昔から知っていて、同じように気にかけている。だからこそカールは彼にエリザベートへ言付けさせて、様子を確認するよう頼んだのだ。
「リーザの具合が悪いわけではないのだろう?」
「体調が悪いようには見受けられませんでした。ですがご不調というのはそれだけで図れるものではありませんので……」
侍従は言葉を濁したが、何を言いたいのかカールにはわかっていた。
ここのところエリザベートは自室で過ごすほとんどの時間を窓辺に座り、ルイに話しかけている。先週寝込んでしまったのも、長く窓辺にいたせいで体を冷やしたからだ。
それだけではなく、夢と現実の境が益々つき難くなっているようで、目が覚めてからルイを探すことが多くなった。その時のエリザベートは起きているのにぼんやりしていて、まるで夢の中を彷徨っているようだ。
幸い朝はカールが一緒なのですぐに抱き止め部屋から出すことはないが、呼び掛けてもこちらの声が聞こえていないようでただ前へ進もうとする姿に焦燥が募る。しっかり目を覚ました後は、その間のことを覚えていないようなのもゾッとした。
何がエリザベートをそこまで追い詰めているのかはわかっている。
だけど子どもはどうしても必要なのだ。
エリザベートもそれがわかっているから誰かに本音を話すこともできず、余計追い詰められてしまったのだろう。
少し前にアンヌが出産したのもタイミングが悪かった。
アンヌとゾフィーであれば言葉にできなき気持ちも汲み取ってくれるだろうが、アンヌは出産の後大事を取って外出を控えている。
エリザベートは甥の誕生を喜び、嬉しそうに祝いの品を選んでいたが、それがエリザベートの気持ちを慮ったアンヌが顔を見せない為の口実なのだと気がついていた。
ゾフィーとあまり会っていないのも、生まれたばかりの甥の話題が出ない不自然さに居た堪れない気持ちになるようだった。
カールは目を閉じると背凭れに寄りかかって息を吐いた。
今のエリザベートを見ていると、時々クローゼットで倒れていた姿が重なって見えて叫びそうになる。
だけど世継ぎが生まれるまで続けなければならないのだ。
だからカールは生まれる子が王子であるよう祈っている。
こんなことは一度で済ませたいと心の底から願っていた。
57
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!


旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる