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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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時は少しだけ遡り、カールが王領へ向けて出立した日。
思いがけず王都へ出ることになったルイザはミザリーの知っている店をいくつか見て歩いた。
初めて見る王都の街にこんな時でもルイザの心は踊ったが、買い物をすることはできなかった。
ルイザはお金を持って来ていないのだ。
通常貴族が買い物をする時にその場で支払うことはない。ツケ払いにして邸に請求書を送ってもらう。
それは妃であっても同じことで、これがエリザベートであればこちらが何も言わなくとも店の方で上手く処理してくれただろう。
だけどそれはエリザベートが何処の誰なのか皆が認識しているからだ。
嫁ぐまで伯爵領から出たことのなかったルイザは側妃としてもヴィラント伯爵令嬢としても知られていない。馬車には小さな百合の宮の紋がついているけれど、それが百合の宮を表す紋だと知っている者もいなかった。
側妃が暮らす宮は鳳凰の宮に近いほど寵愛が厚いと言われているのだ。
昔と違って最近の国王は側妃を抱えていても精々二人か三人である。カールの弟を生んだ前王の側妃も鳳凰の宮からほど近い桔梗の宮に住んでいた。一人しかいない側妃をわざわざ百合の宮へ住まわす意味がないのである。
過去には後から迎えられた側妃が寵愛を得て、宮を入れ替えられた側妃が悔し涙に暮れたこともあったがそれはまた別の話。
ここ何代も百合の宮が使われることはなく、紋を知っていた者もいなくなってしまったのだ。
ルイザもミザリーもここで百合の宮の者だと主張して騒ぎを起こすつもりはない。
護衛もいないのに人目を引いたら面倒事を呼び込むだけだ。だからルイザは何か買うことは諦めた。
お忍びで街に来る貴族なら予め使える金子を用意しておくものだが、街へ来るつもりで宮を出たわけではないので仕方がない。ミザリーも何回か買い物に来たことがあるだけで街に詳しいわけでもなく、ミザリーがポケットに入れていた僅かな金子で支払えそうな食堂で食事をして帰ることにした。
それでもいわゆる大衆食堂ではなく裕福な平民向けの店で、個室に入れたのは王宮で支払われている給与が良いからだろう。
店主はドレスを着た明らかに貴族の女性の来店に慌てていたけれど、ルイザは店の内装や出された料理に不満はなかった。
伯爵家にいた時はこれより質素な食事をしていたのだ。
だけどルイザは考える。
伯爵家の食事に比べれば何倍も豪華なこの食事も、百合の宮で食べる食事に比べれば何倍も落ちる。
野菜や肉の新鮮さも果物の甘さも、使われている茶葉の品質も比べ物にならない。
それは伯爵家では考えられないような素晴らしいものが与えられているということだ。
食事だけではなく、ドレスも装飾品などの身を飾るものからベッドやソファといった生活用品、タオルの一枚だって最高級品である。
ルイザはそれで満足するべきなのだろうか。
国王の寵愛や関心なんて求めようとするのが間違いなのか。
だけどわたくしは側妃なのよ?
お腹には陛下の子がいるのにーーー。
王都を離れるカールの見送りも許されず、それどころかカールが薔薇の宮で生活していることさえ教えられなかった。
会いたいと望むことも許されず、カールが気まぐれに訪れるのをただ待つしかない。
貧乏人だから豪華なものを与えておけば満足すると思われているのか。
食事の最後に供された十分に美味しいケーキと紅茶を口にしながら、ルイザは惨めさを噛み締めていた。
思いがけず王都へ出ることになったルイザはミザリーの知っている店をいくつか見て歩いた。
初めて見る王都の街にこんな時でもルイザの心は踊ったが、買い物をすることはできなかった。
ルイザはお金を持って来ていないのだ。
通常貴族が買い物をする時にその場で支払うことはない。ツケ払いにして邸に請求書を送ってもらう。
それは妃であっても同じことで、これがエリザベートであればこちらが何も言わなくとも店の方で上手く処理してくれただろう。
だけどそれはエリザベートが何処の誰なのか皆が認識しているからだ。
嫁ぐまで伯爵領から出たことのなかったルイザは側妃としてもヴィラント伯爵令嬢としても知られていない。馬車には小さな百合の宮の紋がついているけれど、それが百合の宮を表す紋だと知っている者もいなかった。
側妃が暮らす宮は鳳凰の宮に近いほど寵愛が厚いと言われているのだ。
昔と違って最近の国王は側妃を抱えていても精々二人か三人である。カールの弟を生んだ前王の側妃も鳳凰の宮からほど近い桔梗の宮に住んでいた。一人しかいない側妃をわざわざ百合の宮へ住まわす意味がないのである。
過去には後から迎えられた側妃が寵愛を得て、宮を入れ替えられた側妃が悔し涙に暮れたこともあったがそれはまた別の話。
ここ何代も百合の宮が使われることはなく、紋を知っていた者もいなくなってしまったのだ。
ルイザもミザリーもここで百合の宮の者だと主張して騒ぎを起こすつもりはない。
護衛もいないのに人目を引いたら面倒事を呼び込むだけだ。だからルイザは何か買うことは諦めた。
お忍びで街に来る貴族なら予め使える金子を用意しておくものだが、街へ来るつもりで宮を出たわけではないので仕方がない。ミザリーも何回か買い物に来たことがあるだけで街に詳しいわけでもなく、ミザリーがポケットに入れていた僅かな金子で支払えそうな食堂で食事をして帰ることにした。
それでもいわゆる大衆食堂ではなく裕福な平民向けの店で、個室に入れたのは王宮で支払われている給与が良いからだろう。
店主はドレスを着た明らかに貴族の女性の来店に慌てていたけれど、ルイザは店の内装や出された料理に不満はなかった。
伯爵家にいた時はこれより質素な食事をしていたのだ。
だけどルイザは考える。
伯爵家の食事に比べれば何倍も豪華なこの食事も、百合の宮で食べる食事に比べれば何倍も落ちる。
野菜や肉の新鮮さも果物の甘さも、使われている茶葉の品質も比べ物にならない。
それは伯爵家では考えられないような素晴らしいものが与えられているということだ。
食事だけではなく、ドレスも装飾品などの身を飾るものからベッドやソファといった生活用品、タオルの一枚だって最高級品である。
ルイザはそれで満足するべきなのだろうか。
国王の寵愛や関心なんて求めようとするのが間違いなのか。
だけどわたくしは側妃なのよ?
お腹には陛下の子がいるのにーーー。
王都を離れるカールの見送りも許されず、それどころかカールが薔薇の宮で生活していることさえ教えられなかった。
会いたいと望むことも許されず、カールが気まぐれに訪れるのをただ待つしかない。
貧乏人だから豪華なものを与えておけば満足すると思われているのか。
食事の最後に供された十分に美味しいケーキと紅茶を口にしながら、ルイザは惨めさを噛み締めていた。
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