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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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港には既に大勢の人が集まっていた。
大きな港とはいえ舞台になるような広場があるわけではない。埠頭を中心に広がる商店の中にちょっとした空き地があり、いつもはそこで近隣の村人たちが自家製の野菜などを売っている。
今日はそこに簡易的な舞台が作られており、カールはそこで祝辞を述べるのだ。儀式としてはそれだけの簡単なものである。
ただ国王の姿を目にする機会などほとんどない庶民たちが、カールの姿を一目見ようと周辺の村や町から大挙して詰めかけていた。
代官の迎えを受けたカールは一言二言交わした後、港の管理官と挨拶を交わし、工事の指揮官とも握手を交わした。
舞台に上がったカールは無事の竣工を寿ぎ、貿易におけるこの港の重要性を庶民にもわかりやすい言葉で話した後、彼ら三人を舞台に上げた。重要な港の拡張工事を無事に終えられた功労者とこれから港を守っていく二人である。彼らと固い握手を交わし、人々の拍手を受けて開港式を終えた。
開港式が終わると港の管理官は急いで埠頭へ向かい、改修後初の船が出港していく。
それを見届けたカールは日常を取り戻した商店を見てまわることにした。拡張工事の間は使用できる桟橋が限られているので、ここで店を営む者たちにも少なからず影響が出ていたのだ。
不便を掛けた者たちの不満を解消する目的もあった。
流石に貿易港とあって珍しい品を扱う店が多かった。
取り扱う品がわかりやすいように通りから見える場所へ品を並べている店が多くある。店先にテーブルを出して品物を並べ、立ち止まった人を店内へ誘導している店もあり、活気に満ちた声で溢れていた。
カールはそれらの品を眺めながら時々侍従と言葉を交わす。身分を隠していないので数人の侍従と護衛を引き連れ、ちょっとした集団になっている。
カールが立ち寄る店は当然ながら初めから決められていた。
「ほう……。これは見事なデザインだな」
「はい。そちらは今隣国で最も人気のあるデザインでございます」
カールが初めに入ったのは宝飾品の店だった。
庶民向けではなく高級な品を扱う店だ。異国風の変わったデザインを好む貴族がわざわざここまで買いに来るという。
隣国に本店がある商会が唯一この国で開いている店で、隣国で好まれるデザインの品が並べられていた。
「これならリーザも気に入るかな」
カールが手に取ったのはホワイトオニキスが使われた髪飾りだ。
舞踏会の時は金色と青を組み合わせた装飾品しか使わないエリザベートだが、普段の生活では周りの目を気にして違う色も使っている。それでもシンプルで落ち着いた色合いのものしか選ばなくなった。だけどこれなら目新しいが派手さはないのできっと使ってくれるだろう。
カールは他にもシトリンが使われた細身のシルバーバングルやガーネットの小ぶりのイアリングを購入した。
次に行ったのは織物を扱う店だ。
ここでは隣国を通り越した先にある国で織られた織物が売られている。隣国のデザインよりも更に珍しく、この国ではあまり馴染みがない。何色も使った細かい幾何学模様の品が多く目についた。
カールはそこで敷物やタペストリーを選んだ。
反物を買うこともできるが、人目を引きやすいのでエリザベートがそれでドレスやショールを作るとは思えないのだ。
いくつか選んでいる内に傍へ寄ってきた侍従がカールに囁いた。
「あちらの方へはよろしいですか?」
その言葉にカールはハッとした。
侍従はルイザへの土産は買わなくていいのかと言っているのだ。
正直なところ、侍従に問われるまでルイザのことを思い出すことは一度もなかった。
カールはルイザの姿を思い浮かべる。だけど出てきたのは「……良さそうなものを選んでおいてくれ」という一言だけだった。
店を出る直前、カールは美しいエメラルドのブランケットに目を留めた。
色鮮やかで動物の柄が織られている。
今頃百合の宮では赤子を迎える準備が進んでいるはずだ。ルイの時はカールも喜んで色々買い集めていた。
毛布は既に買われているかもしれない。
だけど一枚くらい増えても良いだろう。
カールは店主にブランケットを包むよう頼み、侍従にこれは他のものと別にして届けるように伝えた。
カールが初めてギデオンの為に選んだものである。
だけど何も知らない店主は「王妃殿下のひざ掛けかな」などと考えていた。
大きな港とはいえ舞台になるような広場があるわけではない。埠頭を中心に広がる商店の中にちょっとした空き地があり、いつもはそこで近隣の村人たちが自家製の野菜などを売っている。
今日はそこに簡易的な舞台が作られており、カールはそこで祝辞を述べるのだ。儀式としてはそれだけの簡単なものである。
ただ国王の姿を目にする機会などほとんどない庶民たちが、カールの姿を一目見ようと周辺の村や町から大挙して詰めかけていた。
代官の迎えを受けたカールは一言二言交わした後、港の管理官と挨拶を交わし、工事の指揮官とも握手を交わした。
舞台に上がったカールは無事の竣工を寿ぎ、貿易におけるこの港の重要性を庶民にもわかりやすい言葉で話した後、彼ら三人を舞台に上げた。重要な港の拡張工事を無事に終えられた功労者とこれから港を守っていく二人である。彼らと固い握手を交わし、人々の拍手を受けて開港式を終えた。
開港式が終わると港の管理官は急いで埠頭へ向かい、改修後初の船が出港していく。
それを見届けたカールは日常を取り戻した商店を見てまわることにした。拡張工事の間は使用できる桟橋が限られているので、ここで店を営む者たちにも少なからず影響が出ていたのだ。
不便を掛けた者たちの不満を解消する目的もあった。
流石に貿易港とあって珍しい品を扱う店が多かった。
取り扱う品がわかりやすいように通りから見える場所へ品を並べている店が多くある。店先にテーブルを出して品物を並べ、立ち止まった人を店内へ誘導している店もあり、活気に満ちた声で溢れていた。
カールはそれらの品を眺めながら時々侍従と言葉を交わす。身分を隠していないので数人の侍従と護衛を引き連れ、ちょっとした集団になっている。
カールが立ち寄る店は当然ながら初めから決められていた。
「ほう……。これは見事なデザインだな」
「はい。そちらは今隣国で最も人気のあるデザインでございます」
カールが初めに入ったのは宝飾品の店だった。
庶民向けではなく高級な品を扱う店だ。異国風の変わったデザインを好む貴族がわざわざここまで買いに来るという。
隣国に本店がある商会が唯一この国で開いている店で、隣国で好まれるデザインの品が並べられていた。
「これならリーザも気に入るかな」
カールが手に取ったのはホワイトオニキスが使われた髪飾りだ。
舞踏会の時は金色と青を組み合わせた装飾品しか使わないエリザベートだが、普段の生活では周りの目を気にして違う色も使っている。それでもシンプルで落ち着いた色合いのものしか選ばなくなった。だけどこれなら目新しいが派手さはないのできっと使ってくれるだろう。
カールは他にもシトリンが使われた細身のシルバーバングルやガーネットの小ぶりのイアリングを購入した。
次に行ったのは織物を扱う店だ。
ここでは隣国を通り越した先にある国で織られた織物が売られている。隣国のデザインよりも更に珍しく、この国ではあまり馴染みがない。何色も使った細かい幾何学模様の品が多く目についた。
カールはそこで敷物やタペストリーを選んだ。
反物を買うこともできるが、人目を引きやすいのでエリザベートがそれでドレスやショールを作るとは思えないのだ。
いくつか選んでいる内に傍へ寄ってきた侍従がカールに囁いた。
「あちらの方へはよろしいですか?」
その言葉にカールはハッとした。
侍従はルイザへの土産は買わなくていいのかと言っているのだ。
正直なところ、侍従に問われるまでルイザのことを思い出すことは一度もなかった。
カールはルイザの姿を思い浮かべる。だけど出てきたのは「……良さそうなものを選んでおいてくれ」という一言だけだった。
店を出る直前、カールは美しいエメラルドのブランケットに目を留めた。
色鮮やかで動物の柄が織られている。
今頃百合の宮では赤子を迎える準備が進んでいるはずだ。ルイの時はカールも喜んで色々買い集めていた。
毛布は既に買われているかもしれない。
だけど一枚くらい増えても良いだろう。
カールは店主にブランケットを包むよう頼み、侍従にこれは他のものと別にして届けるように伝えた。
カールが初めてギデオンの為に選んだものである。
だけど何も知らない店主は「王妃殿下のひざ掛けかな」などと考えていた。
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