115 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜
49
しおりを挟む
港には既に大勢の人が集まっていた。
大きな港とはいえ舞台になるような広場があるわけではない。埠頭を中心に広がる商店の中にちょっとした空き地があり、いつもはそこで近隣の村人たちが自家製の野菜などを売っている。
今日はそこに簡易的な舞台が作られており、カールはそこで祝辞を述べるのだ。儀式としてはそれだけの簡単なものである。
ただ国王の姿を目にする機会などほとんどない庶民たちが、カールの姿を一目見ようと周辺の村や町から大挙して詰めかけていた。
代官の迎えを受けたカールは一言二言交わした後、港の管理官と挨拶を交わし、工事の指揮官とも握手を交わした。
舞台に上がったカールは無事の竣工を寿ぎ、貿易におけるこの港の重要性を庶民にもわかりやすい言葉で話した後、彼ら三人を舞台に上げた。重要な港の拡張工事を無事に終えられた功労者とこれから港を守っていく二人である。彼らと固い握手を交わし、人々の拍手を受けて開港式を終えた。
開港式が終わると港の管理官は急いで埠頭へ向かい、改修後初の船が出港していく。
それを見届けたカールは日常を取り戻した商店を見てまわることにした。拡張工事の間は使用できる桟橋が限られているので、ここで店を営む者たちにも少なからず影響が出ていたのだ。
不便を掛けた者たちの不満を解消する目的もあった。
流石に貿易港とあって珍しい品を扱う店が多かった。
取り扱う品がわかりやすいように通りから見える場所へ品を並べている店が多くある。店先にテーブルを出して品物を並べ、立ち止まった人を店内へ誘導している店もあり、活気に満ちた声で溢れていた。
カールはそれらの品を眺めながら時々侍従と言葉を交わす。身分を隠していないので数人の侍従と護衛を引き連れ、ちょっとした集団になっている。
カールが立ち寄る店は当然ながら初めから決められていた。
「ほう……。これは見事なデザインだな」
「はい。そちらは今隣国で最も人気のあるデザインでございます」
カールが初めに入ったのは宝飾品の店だった。
庶民向けではなく高級な品を扱う店だ。異国風の変わったデザインを好む貴族がわざわざここまで買いに来るという。
隣国に本店がある商会が唯一この国で開いている店で、隣国で好まれるデザインの品が並べられていた。
「これならリーザも気に入るかな」
カールが手に取ったのはホワイトオニキスが使われた髪飾りだ。
舞踏会の時は金色と青を組み合わせた装飾品しか使わないエリザベートだが、普段の生活では周りの目を気にして違う色も使っている。それでもシンプルで落ち着いた色合いのものしか選ばなくなった。だけどこれなら目新しいが派手さはないのできっと使ってくれるだろう。
カールは他にもシトリンが使われた細身のシルバーバングルやガーネットの小ぶりのイアリングを購入した。
次に行ったのは織物を扱う店だ。
ここでは隣国を通り越した先にある国で織られた織物が売られている。隣国のデザインよりも更に珍しく、この国ではあまり馴染みがない。何色も使った細かい幾何学模様の品が多く目についた。
カールはそこで敷物やタペストリーを選んだ。
反物を買うこともできるが、人目を引きやすいのでエリザベートがそれでドレスやショールを作るとは思えないのだ。
いくつか選んでいる内に傍へ寄ってきた侍従がカールに囁いた。
「あちらの方へはよろしいですか?」
その言葉にカールはハッとした。
侍従はルイザへの土産は買わなくていいのかと言っているのだ。
正直なところ、侍従に問われるまでルイザのことを思い出すことは一度もなかった。
カールはルイザの姿を思い浮かべる。だけど出てきたのは「……良さそうなものを選んでおいてくれ」という一言だけだった。
店を出る直前、カールは美しいエメラルドのブランケットに目を留めた。
色鮮やかで動物の柄が織られている。
今頃百合の宮では赤子を迎える準備が進んでいるはずだ。ルイの時はカールも喜んで色々買い集めていた。
毛布は既に買われているかもしれない。
だけど一枚くらい増えても良いだろう。
カールは店主にブランケットを包むよう頼み、侍従にこれは他のものと別にして届けるように伝えた。
カールが初めてギデオンの為に選んだものである。
だけど何も知らない店主は「王妃殿下のひざ掛けかな」などと考えていた。
大きな港とはいえ舞台になるような広場があるわけではない。埠頭を中心に広がる商店の中にちょっとした空き地があり、いつもはそこで近隣の村人たちが自家製の野菜などを売っている。
今日はそこに簡易的な舞台が作られており、カールはそこで祝辞を述べるのだ。儀式としてはそれだけの簡単なものである。
ただ国王の姿を目にする機会などほとんどない庶民たちが、カールの姿を一目見ようと周辺の村や町から大挙して詰めかけていた。
代官の迎えを受けたカールは一言二言交わした後、港の管理官と挨拶を交わし、工事の指揮官とも握手を交わした。
舞台に上がったカールは無事の竣工を寿ぎ、貿易におけるこの港の重要性を庶民にもわかりやすい言葉で話した後、彼ら三人を舞台に上げた。重要な港の拡張工事を無事に終えられた功労者とこれから港を守っていく二人である。彼らと固い握手を交わし、人々の拍手を受けて開港式を終えた。
開港式が終わると港の管理官は急いで埠頭へ向かい、改修後初の船が出港していく。
それを見届けたカールは日常を取り戻した商店を見てまわることにした。拡張工事の間は使用できる桟橋が限られているので、ここで店を営む者たちにも少なからず影響が出ていたのだ。
不便を掛けた者たちの不満を解消する目的もあった。
流石に貿易港とあって珍しい品を扱う店が多かった。
取り扱う品がわかりやすいように通りから見える場所へ品を並べている店が多くある。店先にテーブルを出して品物を並べ、立ち止まった人を店内へ誘導している店もあり、活気に満ちた声で溢れていた。
カールはそれらの品を眺めながら時々侍従と言葉を交わす。身分を隠していないので数人の侍従と護衛を引き連れ、ちょっとした集団になっている。
カールが立ち寄る店は当然ながら初めから決められていた。
「ほう……。これは見事なデザインだな」
「はい。そちらは今隣国で最も人気のあるデザインでございます」
カールが初めに入ったのは宝飾品の店だった。
庶民向けではなく高級な品を扱う店だ。異国風の変わったデザインを好む貴族がわざわざここまで買いに来るという。
隣国に本店がある商会が唯一この国で開いている店で、隣国で好まれるデザインの品が並べられていた。
「これならリーザも気に入るかな」
カールが手に取ったのはホワイトオニキスが使われた髪飾りだ。
舞踏会の時は金色と青を組み合わせた装飾品しか使わないエリザベートだが、普段の生活では周りの目を気にして違う色も使っている。それでもシンプルで落ち着いた色合いのものしか選ばなくなった。だけどこれなら目新しいが派手さはないのできっと使ってくれるだろう。
カールは他にもシトリンが使われた細身のシルバーバングルやガーネットの小ぶりのイアリングを購入した。
次に行ったのは織物を扱う店だ。
ここでは隣国を通り越した先にある国で織られた織物が売られている。隣国のデザインよりも更に珍しく、この国ではあまり馴染みがない。何色も使った細かい幾何学模様の品が多く目についた。
カールはそこで敷物やタペストリーを選んだ。
反物を買うこともできるが、人目を引きやすいのでエリザベートがそれでドレスやショールを作るとは思えないのだ。
いくつか選んでいる内に傍へ寄ってきた侍従がカールに囁いた。
「あちらの方へはよろしいですか?」
その言葉にカールはハッとした。
侍従はルイザへの土産は買わなくていいのかと言っているのだ。
正直なところ、侍従に問われるまでルイザのことを思い出すことは一度もなかった。
カールはルイザの姿を思い浮かべる。だけど出てきたのは「……良さそうなものを選んでおいてくれ」という一言だけだった。
店を出る直前、カールは美しいエメラルドのブランケットに目を留めた。
色鮮やかで動物の柄が織られている。
今頃百合の宮では赤子を迎える準備が進んでいるはずだ。ルイの時はカールも喜んで色々買い集めていた。
毛布は既に買われているかもしれない。
だけど一枚くらい増えても良いだろう。
カールは店主にブランケットを包むよう頼み、侍従にこれは他のものと別にして届けるように伝えた。
カールが初めてギデオンの為に選んだものである。
だけど何も知らない店主は「王妃殿下のひざ掛けかな」などと考えていた。
35
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる