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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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「カール様、そろそろ出発なさったほうがよろしいですわ」
「ああ、そうだな……」
同じ頃、エリザベートは離れようとしないカールに困っていた。
カールの腕はエリザベートの背中にまわされ、苦しいほどではないがしっかり抱き締められている。
いつもであればカールの愛を感じで嬉しいが、今は喜んではいられなかった。
実のところカールの出立予定時間は既に過ぎているのだ。準備は整い、騎士も侍従も出発の時を待っている。
最愛の王妃と別れを惜しむカールの邪魔ができずに誰も声を掛けてこないが、扉のすぐ隣でこちらを伺っている侍従が何度もエリザベートに目配せしてきていた。早く出立するようカールを説得して欲しいと言っているのだ。
カールは王領にある港町へ行くことになっている。
そこには王家管轄の貿易港があり、他国との交易が行われているのだ。エリザベートの実家であるダシェンボード公爵家に比べれば規模が小さいものの、王都からほど近いこともあって王国にとっても王家にとっても重要な拠点となっている。
この数年その港の拡張工事が行われていたのだが、この度目出度く完了した。その祝典が開かれるのである。
カールは即位してから遠方で行われる王族の臨席が必要な、だけど妃を伴う程でもないこうした公務をマクロイド公爵にほどんど任せていた。それは体が弱く寝込みやすいエリザベートに代わって王妃の執務を行わなければならないことが多くあったからだ。
カールはいつもなんでもないことのように振る舞っていたが、大きな負担が掛かっていることはわかっていた。
マクロイド公爵もそれがわかっているので、少しでもカールの負担を軽くしようと遠方へ出掛けるような公務は代わってくれているのである。
だけどすべての公務を任せることはできない。そうしてしまえば「公爵こそ王位に就くべきだ」と言い出す者が出てきて混乱を招くことになる。だから数回に一度はカールが出席することにしているのだ。
「何日もお会いできないのは久しぶりですものね。私も淋しいですわ」
「ああ、何日もリーザと離れるなんて耐えられない……」
エリザベートもカールの背中に手をまわしてそっと撫でる。
だけどカールがこうも行き渋るのは淋しいという気持ちだけではないだろうと気がついていた。
エリザベートは部屋に一人でいる時、窓辺に座ってルイに話し掛けている。
それはルイを亡くしてからずっと続けていたことだが、最近ではふと気がついたら窓の外が暗くなっていることが度々あった。
いつの間に日が暮れてしまったのか、その間に話していたことを思い出そうとしても頭の中にモヤが掛かったような感じで何も思い出せない。心配そうな侍女たちの視線に何とか思い出そうとしてみても、頭がぼんやりしていてどうでも良くなってしまうのだ。
そんな様子がカールに報告されているのだろう。慌てたカールが部屋へ飛び込んできたこともあった。
だけど王領へ行ってしまえばエリザベートの様子をすぐに知ることも急いで駆けつけることもできない。
だからカールは離れることに不安を感じているのだ。
「私は大丈夫ですわ。お戻りになる日を楽しみにしています」
本当のところ、エリザベートはカールが出掛けることに不安はなかった。
それよりもカールはルイザに出掛けることを伝えるために百合の宮を訪れたはずである。だけどいつ百合の宮へ行ったのかエリザベートに伝えられることはなかった。
執務を終えた後、カールはすぐに薔薇の宮へ戻ってエリザベートと一緒に過ごしていた。
だけど執務の間の空いた時間に百合の宮を尋ねることはできる。
エリザベートは、自分が知らない間に二人が会っているという事実に打ちのめされた。
何も言わずに百合の宮へ行っているなら、これが初めてだとは限らないからだ。エリザベートの知らない内に二人は関係を築いているのかもしれない。
だけどエリザベートはそれに不満を唱えられる立場ではないのだ。
カールが王都を離れれば物理的に二人の距離は開き、会うことができなくなる。
それはエリザベートにとってとても安心できることだった。
やがていつまでも出発を遅らせることができずにカールが重い腰を上げる。
玄関の外まで見送りに出たエリザベートは行列の最後の一人が見えなくなるまでその場で見送った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
念の為ですが…
カール、エリザベート、ルイザの間でそれぞれすれ違いが起こっています。
ルイザはルイのことを知らず、エリザベートが子を産めないことを知らないので懐妊するかもしれないと恐れていますし、エリザベートが舞踏会で着るドレスに青・金色・黒が使われているのはカールの色だと思っています。
エリザベートはカールがルイザを放置しきっていることを知らないので、王都を離れるような重大事は当然直接伝えていると思っています。
「ああ、そうだな……」
同じ頃、エリザベートは離れようとしないカールに困っていた。
カールの腕はエリザベートの背中にまわされ、苦しいほどではないがしっかり抱き締められている。
いつもであればカールの愛を感じで嬉しいが、今は喜んではいられなかった。
実のところカールの出立予定時間は既に過ぎているのだ。準備は整い、騎士も侍従も出発の時を待っている。
最愛の王妃と別れを惜しむカールの邪魔ができずに誰も声を掛けてこないが、扉のすぐ隣でこちらを伺っている侍従が何度もエリザベートに目配せしてきていた。早く出立するようカールを説得して欲しいと言っているのだ。
カールは王領にある港町へ行くことになっている。
そこには王家管轄の貿易港があり、他国との交易が行われているのだ。エリザベートの実家であるダシェンボード公爵家に比べれば規模が小さいものの、王都からほど近いこともあって王国にとっても王家にとっても重要な拠点となっている。
この数年その港の拡張工事が行われていたのだが、この度目出度く完了した。その祝典が開かれるのである。
カールは即位してから遠方で行われる王族の臨席が必要な、だけど妃を伴う程でもないこうした公務をマクロイド公爵にほどんど任せていた。それは体が弱く寝込みやすいエリザベートに代わって王妃の執務を行わなければならないことが多くあったからだ。
カールはいつもなんでもないことのように振る舞っていたが、大きな負担が掛かっていることはわかっていた。
マクロイド公爵もそれがわかっているので、少しでもカールの負担を軽くしようと遠方へ出掛けるような公務は代わってくれているのである。
だけどすべての公務を任せることはできない。そうしてしまえば「公爵こそ王位に就くべきだ」と言い出す者が出てきて混乱を招くことになる。だから数回に一度はカールが出席することにしているのだ。
「何日もお会いできないのは久しぶりですものね。私も淋しいですわ」
「ああ、何日もリーザと離れるなんて耐えられない……」
エリザベートもカールの背中に手をまわしてそっと撫でる。
だけどカールがこうも行き渋るのは淋しいという気持ちだけではないだろうと気がついていた。
エリザベートは部屋に一人でいる時、窓辺に座ってルイに話し掛けている。
それはルイを亡くしてからずっと続けていたことだが、最近ではふと気がついたら窓の外が暗くなっていることが度々あった。
いつの間に日が暮れてしまったのか、その間に話していたことを思い出そうとしても頭の中にモヤが掛かったような感じで何も思い出せない。心配そうな侍女たちの視線に何とか思い出そうとしてみても、頭がぼんやりしていてどうでも良くなってしまうのだ。
そんな様子がカールに報告されているのだろう。慌てたカールが部屋へ飛び込んできたこともあった。
だけど王領へ行ってしまえばエリザベートの様子をすぐに知ることも急いで駆けつけることもできない。
だからカールは離れることに不安を感じているのだ。
「私は大丈夫ですわ。お戻りになる日を楽しみにしています」
本当のところ、エリザベートはカールが出掛けることに不安はなかった。
それよりもカールはルイザに出掛けることを伝えるために百合の宮を訪れたはずである。だけどいつ百合の宮へ行ったのかエリザベートに伝えられることはなかった。
執務を終えた後、カールはすぐに薔薇の宮へ戻ってエリザベートと一緒に過ごしていた。
だけど執務の間の空いた時間に百合の宮を尋ねることはできる。
エリザベートは、自分が知らない間に二人が会っているという事実に打ちのめされた。
何も言わずに百合の宮へ行っているなら、これが初めてだとは限らないからだ。エリザベートの知らない内に二人は関係を築いているのかもしれない。
だけどエリザベートはそれに不満を唱えられる立場ではないのだ。
カールが王都を離れれば物理的に二人の距離は開き、会うことができなくなる。
それはエリザベートにとってとても安心できることだった。
やがていつまでも出発を遅らせることができずにカールが重い腰を上げる。
玄関の外まで見送りに出たエリザベートは行列の最後の一人が見えなくなるまでその場で見送った。
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念の為ですが…
カール、エリザベート、ルイザの間でそれぞれすれ違いが起こっています。
ルイザはルイのことを知らず、エリザベートが子を産めないことを知らないので懐妊するかもしれないと恐れていますし、エリザベートが舞踏会で着るドレスに青・金色・黒が使われているのはカールの色だと思っています。
エリザベートはカールがルイザを放置しきっていることを知らないので、王都を離れるような重大事は当然直接伝えていると思っています。
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