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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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舞踏会の後もカールの生活は変わらなかった。
公務以外のすべての時間をエリザベートと過ごし、水曜日の夜だけ百合の宮へ行く。
それまでと同じように無言でルイザを抱き、コトが済めば急いでエリザベートの元へ帰る。
そんな生活の中で唯一変わったのは、それまで従順だったルイザがことを進めようとするカールに何かと逆らい、話し掛けてくるようになったことだ。
これまでもルイザが房事以外の交流を求めているのはわかっていた。
だけどカールが投げかけられる視線を無視してベッドへ来るよう呼び掛けると、ルイザは大人しく従っていた。
それなのに今はワインだなんだと引き止めてくる。
確かにそれは房事の前の雰囲気づくりにと用意されたものだ。だけどそれは初夜の時から形だけのものになっている。雰囲気づくりとは両者がその気になって作り上げようとしなければ意味をなさないものだ。
カールは煩く纏わりつくルイザがすっかり嫌になってしまった。
それだけではない。
カールが舞踏会でしたことが、どうやらエリザベートの気持ちに悪いように作用しているようなのだ。
今でもエリザベートはカールが百合の宮へ行く度に泣き叫んでいる。
だけど翌日になり冷静さを取り戻すと、なぜあんなに取り乱したのかと酷く落ち込むのだ。
エリザベートにとってルイザは、世継ぎを産めない自身の代わりに世継ぎを産んでくれる存在だ。自分たちの事情に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。
それなのに舞踏会でカールは明らかにルイザを蔑ろにして、側妃としての立場も世継ぎとしての立場も危うくしてしまった。
ルイザに対する罪悪感とカールを奪わたくない気持ちが行き来して不安定になっている。
舞踏会でエリザベートをエスコートしたのは間違いだったのか。
だけどルイザと夫婦として過ごす姿を、形だけとはいえルイザを寵愛している姿を見せたくなかったのだ。
カールは昼間にあったリチャードの言葉を思い出して頬を緩めた。
リチャードは何故舞踏会の前に相談してくれなかったのかと言ってた。相談してくれていたら、もっと良い方法が浮かんだかもしれないのに、と。
事前に相談しなかったのは、相談したら反対されるとわかっていたからだ。
誰よりも反対するのがエリザベートなのはわかっていたし、リチャードたちも立場上反対するしかなかった。
リチャードたちにできたのは、舞踏会の間中エリザベートを1人にしない為に傍にいることだけだ。実際あの日も予期せぬカールの行動に驚きながらも視線はずっとエリザベートを追っていた。
カールは大きく息をついた。今は百合の宮から戻る馬車の中だ。
今日はとうとうルイザに刺繍したハンカチーフを押し付けられた。
ルイザは舞踏会の後、刺繍に精を出していると聞いていた。
刺繍は貴婦人に求められる教養だ。だからイーネから報告を受けても貴婦人らしい教養を身につけるなら良いことだと気にしなかった。
だけど腕を上げて自信がついた頃から、刺繍したものをカールに届けてくれと言い出したらしい。
そんなものが執務室や鳳凰の宮に届けられて、万が一エリザベートの目に入ったらどうするのか。
だからイーネは、「贈り物は直接お渡ししてこそでしょう」と言って拒んでいたらしい。
直接差し出されて、受け取るのも突っぱねるのもカールの好きにしてくれということだ。
舞踏会の出来事を聞いて、イーネは怒っている。
イーネはエリザベートを一番に思っているし、ルイザがエリザベートを傷つけないようカールに協力しているが、ルイザの側妃としての地位を損なわせようというつもりはなかった。
反対にルイザが世継ぎを産んだ後、世継ぎの生母として侮られないよう、王太子の足を引っ張らないよう確かな教養を身に着けさせようと奮闘している。
そんな中でカールの振る舞いは許せないものらしい。
確かにその結果エリザベートが罪悪感に苛まれているのだから最悪の出来事だったのだろう。
カールはもう一度息をついて手の中のハンカチーフを見つめた。
大ぶりの花と小さな花が色鮮やかに刺繍されている。
カールはハンカチーフを差し出し、何か言っているルイザを無視してベッドへ引き倒した。
コトが済んだ後、ベッドの下に落ちて皺になったそれを拾い、悲しそうな顔でまた差し出すルイザに突っぱねきれず鷲掴んできてしまった。
こんなものをもしエリザベートに見られたらどうするのか。
ハンカチーフはほとんど帰ることのない鳳凰の宮の執務机の引き出し奥深くに長く放置されることになった。
公務以外のすべての時間をエリザベートと過ごし、水曜日の夜だけ百合の宮へ行く。
それまでと同じように無言でルイザを抱き、コトが済めば急いでエリザベートの元へ帰る。
そんな生活の中で唯一変わったのは、それまで従順だったルイザがことを進めようとするカールに何かと逆らい、話し掛けてくるようになったことだ。
これまでもルイザが房事以外の交流を求めているのはわかっていた。
だけどカールが投げかけられる視線を無視してベッドへ来るよう呼び掛けると、ルイザは大人しく従っていた。
それなのに今はワインだなんだと引き止めてくる。
確かにそれは房事の前の雰囲気づくりにと用意されたものだ。だけどそれは初夜の時から形だけのものになっている。雰囲気づくりとは両者がその気になって作り上げようとしなければ意味をなさないものだ。
カールは煩く纏わりつくルイザがすっかり嫌になってしまった。
それだけではない。
カールが舞踏会でしたことが、どうやらエリザベートの気持ちに悪いように作用しているようなのだ。
今でもエリザベートはカールが百合の宮へ行く度に泣き叫んでいる。
だけど翌日になり冷静さを取り戻すと、なぜあんなに取り乱したのかと酷く落ち込むのだ。
エリザベートにとってルイザは、世継ぎを産めない自身の代わりに世継ぎを産んでくれる存在だ。自分たちの事情に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。
それなのに舞踏会でカールは明らかにルイザを蔑ろにして、側妃としての立場も世継ぎとしての立場も危うくしてしまった。
ルイザに対する罪悪感とカールを奪わたくない気持ちが行き来して不安定になっている。
舞踏会でエリザベートをエスコートしたのは間違いだったのか。
だけどルイザと夫婦として過ごす姿を、形だけとはいえルイザを寵愛している姿を見せたくなかったのだ。
カールは昼間にあったリチャードの言葉を思い出して頬を緩めた。
リチャードは何故舞踏会の前に相談してくれなかったのかと言ってた。相談してくれていたら、もっと良い方法が浮かんだかもしれないのに、と。
事前に相談しなかったのは、相談したら反対されるとわかっていたからだ。
誰よりも反対するのがエリザベートなのはわかっていたし、リチャードたちも立場上反対するしかなかった。
リチャードたちにできたのは、舞踏会の間中エリザベートを1人にしない為に傍にいることだけだ。実際あの日も予期せぬカールの行動に驚きながらも視線はずっとエリザベートを追っていた。
カールは大きく息をついた。今は百合の宮から戻る馬車の中だ。
今日はとうとうルイザに刺繍したハンカチーフを押し付けられた。
ルイザは舞踏会の後、刺繍に精を出していると聞いていた。
刺繍は貴婦人に求められる教養だ。だからイーネから報告を受けても貴婦人らしい教養を身につけるなら良いことだと気にしなかった。
だけど腕を上げて自信がついた頃から、刺繍したものをカールに届けてくれと言い出したらしい。
そんなものが執務室や鳳凰の宮に届けられて、万が一エリザベートの目に入ったらどうするのか。
だからイーネは、「贈り物は直接お渡ししてこそでしょう」と言って拒んでいたらしい。
直接差し出されて、受け取るのも突っぱねるのもカールの好きにしてくれということだ。
舞踏会の出来事を聞いて、イーネは怒っている。
イーネはエリザベートを一番に思っているし、ルイザがエリザベートを傷つけないようカールに協力しているが、ルイザの側妃としての地位を損なわせようというつもりはなかった。
反対にルイザが世継ぎを産んだ後、世継ぎの生母として侮られないよう、王太子の足を引っ張らないよう確かな教養を身に着けさせようと奮闘している。
そんな中でカールの振る舞いは許せないものらしい。
確かにその結果エリザベートが罪悪感に苛まれているのだから最悪の出来事だったのだろう。
カールはもう一度息をついて手の中のハンカチーフを見つめた。
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カールはハンカチーフを差し出し、何か言っているルイザを無視してベッドへ引き倒した。
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こんなものをもしエリザベートに見られたらどうするのか。
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