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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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「そう……。妃殿下はお優しいのね」
そうは言ったが寄付は貴族なら当然の義務だ。財政の逼迫しているヴィラント伯爵家でも何とか予算を捻り出して寄付をしていた。
尤も度重なる天災で領地中が疲弊していた伯爵領では流行り病や栄養失調に陥る人々が溢れかえり、親を亡くした子どもたちが道端に座り込んでいた。病院も孤児院も僅かばかりの寄付ではどうにもならず、閉鎖された場所がいくつもある。その報告を聞く度に両親は領主としての力不足を嘆いて悲嘆に暮れていた。
それを思えば王家には潤沢な資金があるのだから大した負担でもないだろう。
ルイザはイーネから目を逸らし、窓の外へ視線を向けた。イーネがその視線を追い、言葉を続ける。
「妃殿下は散歩をなさるのもお好きですね。天気の良い日は庭園をお歩きになり、そこでお茶をされることもあります」
中々王宮を出ることができない王妃にとって庭園の散歩は良い運動になる。気分転換になるだけでなく体力を付けるのにも最適だ。
ただエリザベートが庭園を歩く時は必ずカールも一緒なのだが、そんな余計なことは言わない。
2人は庭園の花々を楽しみながら歩くこともあれば、軽食を用意してルイの墓まで歩くこともあった。
「あとはやはりお茶会でしょうか。あまり大規模のものではなく、親しい友人だけを招いて少人数のお茶会を催されています」
「そうなの。……散歩は良いわね」
イーネはルイザが望んだ通り、王妃の余暇の過ごし方を上げていく。
その中ですぐに真似できそうなのは散歩くらいだ。
ルイザはレースの編み方を知らないし、寄付できるような資金もない。お茶会を開きたくても招くような友人もいない。
舞踏会で再会したユージェニーは既に友人の枠から外していた。
いや、本当はもう随分前から友人ではなかったのだろう。
思い返してみれば、ユージェニーから来た最後の手紙は「領地を繋ぐ橋を再建するよう伯爵に話して欲しい」というものだった。だけど家の窮状を知っていたルイザは父に話さず、「資金難で中々難しいみたいなの」と返事を書いた。
あれはきっと父親のコルケット伯爵に言われて書いていたのだろう。
そしてコルケット伯爵はその返事を見てヴィラント伯爵家に見切りをつけた。ルイザもユージェニーに見限られたのだ。
その証拠にその後何度手紙を出してもユージェニーからの返事が来ることはなかった。
自分の浅はかさを思い知れば苦笑が浮かぶ。
ルイザはユージェニーから手紙が届かないことを、「遠回りしないといけないから」「配達人が紛失したのかもしれない」と勝手に理由をつけて納得するようにしていた。
だから昨夜再会するまで彼女を友人だと思っていたのだ。
もうユージェニーのことはどうでもいい。
だけど彼女を含めた多くの人は、ルイザを形だけの側妃だと思っている。いずれ他の側妃を娶ってそちらに世継ぎを産ませるだろうと思っているのだ。
そんなことは許せない。
ルイザがエリザベートを気にしているのはその為だ。
確かに今カールはエリザベートを愛しているのだろう。
だけどその愛情が永遠だとは限らない。
何としてでもカールを振り向かせて見せる。
ルイザはそう決心していた。
世継ぎを産むのは絶対にルイザだ。他の女になんて譲らない。
だけど情報が少なすぎて、カールの好みがわからなかった。
だからエリザベートの真似をしようと思ったのだ。少なくともエリザベートはカールが好む要素を持っている。
ルイザはレースなんて作れない。だけど刺繍ならできる。
いっぱい練習をして、素晴らしいものをバザーに出そう。
もちろん一番素晴らしいものはカールに贈るのだ。きっとルイザを見直して、褒めてくれるに違いない。
「ねえ、実家に手紙を書くわ。便箋とお金を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ルイザの言葉にイーネが恭しく頭を下げる。
驚かないのはもう何度も伯爵家にお金を送っているからだ。
ルイザが嫁ぐのと引き換えに伯爵家には王家から毎月支援金が送られている。
わかっているが、ルイザが知らないところで送られるお金だけでは落ち着かなかった。
だからルイザに割り当てられている生活費から実家にお金を送っているのだ。今日は領内の病人や孤児たちを思い出したので余計に気に掛かる。
やがて便箋とペンが用意された。
ルイザは一心不乱にペンを走らせた。
そうは言ったが寄付は貴族なら当然の義務だ。財政の逼迫しているヴィラント伯爵家でも何とか予算を捻り出して寄付をしていた。
尤も度重なる天災で領地中が疲弊していた伯爵領では流行り病や栄養失調に陥る人々が溢れかえり、親を亡くした子どもたちが道端に座り込んでいた。病院も孤児院も僅かばかりの寄付ではどうにもならず、閉鎖された場所がいくつもある。その報告を聞く度に両親は領主としての力不足を嘆いて悲嘆に暮れていた。
それを思えば王家には潤沢な資金があるのだから大した負担でもないだろう。
ルイザはイーネから目を逸らし、窓の外へ視線を向けた。イーネがその視線を追い、言葉を続ける。
「妃殿下は散歩をなさるのもお好きですね。天気の良い日は庭園をお歩きになり、そこでお茶をされることもあります」
中々王宮を出ることができない王妃にとって庭園の散歩は良い運動になる。気分転換になるだけでなく体力を付けるのにも最適だ。
ただエリザベートが庭園を歩く時は必ずカールも一緒なのだが、そんな余計なことは言わない。
2人は庭園の花々を楽しみながら歩くこともあれば、軽食を用意してルイの墓まで歩くこともあった。
「あとはやはりお茶会でしょうか。あまり大規模のものではなく、親しい友人だけを招いて少人数のお茶会を催されています」
「そうなの。……散歩は良いわね」
イーネはルイザが望んだ通り、王妃の余暇の過ごし方を上げていく。
その中ですぐに真似できそうなのは散歩くらいだ。
ルイザはレースの編み方を知らないし、寄付できるような資金もない。お茶会を開きたくても招くような友人もいない。
舞踏会で再会したユージェニーは既に友人の枠から外していた。
いや、本当はもう随分前から友人ではなかったのだろう。
思い返してみれば、ユージェニーから来た最後の手紙は「領地を繋ぐ橋を再建するよう伯爵に話して欲しい」というものだった。だけど家の窮状を知っていたルイザは父に話さず、「資金難で中々難しいみたいなの」と返事を書いた。
あれはきっと父親のコルケット伯爵に言われて書いていたのだろう。
そしてコルケット伯爵はその返事を見てヴィラント伯爵家に見切りをつけた。ルイザもユージェニーに見限られたのだ。
その証拠にその後何度手紙を出してもユージェニーからの返事が来ることはなかった。
自分の浅はかさを思い知れば苦笑が浮かぶ。
ルイザはユージェニーから手紙が届かないことを、「遠回りしないといけないから」「配達人が紛失したのかもしれない」と勝手に理由をつけて納得するようにしていた。
だから昨夜再会するまで彼女を友人だと思っていたのだ。
もうユージェニーのことはどうでもいい。
だけど彼女を含めた多くの人は、ルイザを形だけの側妃だと思っている。いずれ他の側妃を娶ってそちらに世継ぎを産ませるだろうと思っているのだ。
そんなことは許せない。
ルイザがエリザベートを気にしているのはその為だ。
確かに今カールはエリザベートを愛しているのだろう。
だけどその愛情が永遠だとは限らない。
何としてでもカールを振り向かせて見せる。
ルイザはそう決心していた。
世継ぎを産むのは絶対にルイザだ。他の女になんて譲らない。
だけど情報が少なすぎて、カールの好みがわからなかった。
だからエリザベートの真似をしようと思ったのだ。少なくともエリザベートはカールが好む要素を持っている。
ルイザはレースなんて作れない。だけど刺繍ならできる。
いっぱい練習をして、素晴らしいものをバザーに出そう。
もちろん一番素晴らしいものはカールに贈るのだ。きっとルイザを見直して、褒めてくれるに違いない。
「ねえ、実家に手紙を書くわ。便箋とお金を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ルイザの言葉にイーネが恭しく頭を下げる。
驚かないのはもう何度も伯爵家にお金を送っているからだ。
ルイザが嫁ぐのと引き換えに伯爵家には王家から毎月支援金が送られている。
わかっているが、ルイザが知らないところで送られるお金だけでは落ち着かなかった。
だからルイザに割り当てられている生活費から実家にお金を送っているのだ。今日は領内の病人や孤児たちを思い出したので余計に気に掛かる。
やがて便箋とペンが用意された。
ルイザは一心不乱にペンを走らせた。
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