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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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「美しいよ、リーザ」
いつものように迎えに来たカールの言葉にエリザベートは困ったような笑みを浮かべた。
普段の舞踏会とは違って華やかさを抑えた自身の姿が美しいとは思えない。
ルイが亡くなってから続けている青色のドレスに金糸の刺繍、黒色のレースというこのスタイルは、エリザベートにとっての喪服として人々に認識されている。その中でも今日はスカートの膨らみが抑えられているし、刺繍された模様もシンプルだ。髪飾りもアクセサリーも舞踏会に出るのに最低限おかしく思われないものだけをつけている。
今日の主役はルイザなので、ルイザより目立たないようにという配慮だった。
それに本来なら今日カールが迎えに行くのはルイザのはずだ。
来てくれて嬉しい気持ちはあるが、なぜカールがここにいるのかわからない。
それともカールはエリザベートの様子を見に来ただけで、これから百合の宮へ向かうのだろうか。
「………ルイザ様のところへいらっしゃらなくてよろしいのですか?」
カールに切り出されるくらいなら、と自ら口にしてみたが、立ち去るカールの姿を思い浮かべると胸がぎゅっと痛くなる。涙が込み上げてきたけれど、エリザベートは唇をキュッと噛み締めて耐えた。
これから貴族たちの前に出るのに、こんなことで泣いていたら舞踏会を乗り切れない。
カールはそんなエリザベートの気持ちがわかっているのだろう。
背中に腕をまわすと、ドレスが着崩れないよう注意しながら軽く抱き締めた。
「大丈夫だ。彼女には広間へ来るよう伝えている」
「え?」
思わずエリザベートは声を上げるとカールの顔を見ようとして体を動かした。
だけどカールは気にすることなくリップ音を立てて耳元に口づける。
「嘘じゃない。本当に美しいよ、リーザ」
そのままチュッ、チュッと頬や額に口づけられる。
カールにルイザを迎えに行く気がないのは明らかだった。
2人が外宮の広間にたどり着くと、扉の前でルイザが待っていた。
こちらに気づいたルイザがハッとして頭を下げる。その顔が強張っていたのをエリザベートは気づいていた。
「お待たせしてごめんなさいね」
カールの許可を得て顔を上げたルイザにエリザベートは優しく話し掛けた。
自分をエスコートするべきカールがエリザベートをエスコートしているのだ。ルイザとて良い気持ちはしないだろう。
ルイザを見るとどうしても嫌な気持ちが湧いてくるが、それと同時に申し訳なく思う気持ちも込み上げてきた。
カールはルイザを迎えに行くべきところを、エリザベートを気遣い、優先してくれたのだ。
それだけで満足するべきだろう。
これからは本来の立ち位置に戻らなければならない。
そう思ったエリザベートはカールの腕に乗せていた手を離して後ろに下がろうとした。
「っ!!」
その、離そうとした手を押さえられてエリザベートは息を呑んだ。
カールを見上げると、カールは何事もなかったように笑みを浮かべてエリザベートを見つめている。
そしてカールは侍従に扉を開けるように指示を出した。
カールはエリザベートの驚きも戸惑いも理解していた。
厳しく教育を受けたエリザベートならこの状況を受け入れられなくて当然なのだ。
だけどカールはこれまでの慣習も仕来りも振り捨ててエリザベートを守ると決めていた。
これまでカールはルイザに優しくしようと思っていた。
実際には心が理性に勝てずに蔑ろにしてしまっていたが、こちらの事情に巻き込んでしまったルイザに優しくしなければならないという気持ちは常にあったのだ。
だけどエリザベートは王妃としての責務と自分の意思ではどうしようもない妬心の間で苦しんでいる。
本音を口に出せずに体を震わせているエリザベートを抱き締めながら心を決めた。
大体ルイザを巻き込んでしまったというが、エリザベートもカールが巻き込んだのだ。
子を産める可能性は低いと知っていたエリザベートはカールとの婚約解消を望んでいた。
それを受け入れられずに縋ったのはカールの方だ。
相手がただの貴族であれば、後妻になってしまうが既に跡継ぎのいる相手と結婚することもできるし、親族から養子を迎えることもできた。跡継ぎに対する重圧は比べ物にならないだろう。
だけどカールがエリザベートを望んだ。
エリザベート以外と婚姻を結ぶなんて考えられなかった。
そしてエリザベートが、カール以外の男の隣にいるなんて考えただけで耐えられなかった。
エリザベートもルイザもカールがこの人生に巻き込んだ。
それならカールが守るのはエリザベートの方だ。
大体愛する女性を悲しませて、愛していない女性を守るなんておかしいだろう。
カールは誰かに何かを告げることはしなかった。
ただ静かにルイザを切り捨てた。
いつものように迎えに来たカールの言葉にエリザベートは困ったような笑みを浮かべた。
普段の舞踏会とは違って華やかさを抑えた自身の姿が美しいとは思えない。
ルイが亡くなってから続けている青色のドレスに金糸の刺繍、黒色のレースというこのスタイルは、エリザベートにとっての喪服として人々に認識されている。その中でも今日はスカートの膨らみが抑えられているし、刺繍された模様もシンプルだ。髪飾りもアクセサリーも舞踏会に出るのに最低限おかしく思われないものだけをつけている。
今日の主役はルイザなので、ルイザより目立たないようにという配慮だった。
それに本来なら今日カールが迎えに行くのはルイザのはずだ。
来てくれて嬉しい気持ちはあるが、なぜカールがここにいるのかわからない。
それともカールはエリザベートの様子を見に来ただけで、これから百合の宮へ向かうのだろうか。
「………ルイザ様のところへいらっしゃらなくてよろしいのですか?」
カールに切り出されるくらいなら、と自ら口にしてみたが、立ち去るカールの姿を思い浮かべると胸がぎゅっと痛くなる。涙が込み上げてきたけれど、エリザベートは唇をキュッと噛み締めて耐えた。
これから貴族たちの前に出るのに、こんなことで泣いていたら舞踏会を乗り切れない。
カールはそんなエリザベートの気持ちがわかっているのだろう。
背中に腕をまわすと、ドレスが着崩れないよう注意しながら軽く抱き締めた。
「大丈夫だ。彼女には広間へ来るよう伝えている」
「え?」
思わずエリザベートは声を上げるとカールの顔を見ようとして体を動かした。
だけどカールは気にすることなくリップ音を立てて耳元に口づける。
「嘘じゃない。本当に美しいよ、リーザ」
そのままチュッ、チュッと頬や額に口づけられる。
カールにルイザを迎えに行く気がないのは明らかだった。
2人が外宮の広間にたどり着くと、扉の前でルイザが待っていた。
こちらに気づいたルイザがハッとして頭を下げる。その顔が強張っていたのをエリザベートは気づいていた。
「お待たせしてごめんなさいね」
カールの許可を得て顔を上げたルイザにエリザベートは優しく話し掛けた。
自分をエスコートするべきカールがエリザベートをエスコートしているのだ。ルイザとて良い気持ちはしないだろう。
ルイザを見るとどうしても嫌な気持ちが湧いてくるが、それと同時に申し訳なく思う気持ちも込み上げてきた。
カールはルイザを迎えに行くべきところを、エリザベートを気遣い、優先してくれたのだ。
それだけで満足するべきだろう。
これからは本来の立ち位置に戻らなければならない。
そう思ったエリザベートはカールの腕に乗せていた手を離して後ろに下がろうとした。
「っ!!」
その、離そうとした手を押さえられてエリザベートは息を呑んだ。
カールを見上げると、カールは何事もなかったように笑みを浮かべてエリザベートを見つめている。
そしてカールは侍従に扉を開けるように指示を出した。
カールはエリザベートの驚きも戸惑いも理解していた。
厳しく教育を受けたエリザベートならこの状況を受け入れられなくて当然なのだ。
だけどカールはこれまでの慣習も仕来りも振り捨ててエリザベートを守ると決めていた。
これまでカールはルイザに優しくしようと思っていた。
実際には心が理性に勝てずに蔑ろにしてしまっていたが、こちらの事情に巻き込んでしまったルイザに優しくしなければならないという気持ちは常にあったのだ。
だけどエリザベートは王妃としての責務と自分の意思ではどうしようもない妬心の間で苦しんでいる。
本音を口に出せずに体を震わせているエリザベートを抱き締めながら心を決めた。
大体ルイザを巻き込んでしまったというが、エリザベートもカールが巻き込んだのだ。
子を産める可能性は低いと知っていたエリザベートはカールとの婚約解消を望んでいた。
それを受け入れられずに縋ったのはカールの方だ。
相手がただの貴族であれば、後妻になってしまうが既に跡継ぎのいる相手と結婚することもできるし、親族から養子を迎えることもできた。跡継ぎに対する重圧は比べ物にならないだろう。
だけどカールがエリザベートを望んだ。
エリザベート以外と婚姻を結ぶなんて考えられなかった。
そしてエリザベートが、カール以外の男の隣にいるなんて考えただけで耐えられなかった。
エリザベートもルイザもカールがこの人生に巻き込んだ。
それならカールが守るのはエリザベートの方だ。
大体愛する女性を悲しませて、愛していない女性を守るなんておかしいだろう。
カールは誰かに何かを告げることはしなかった。
ただ静かにルイザを切り捨てた。
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