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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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エリザベートの変化を良いこととして受け止めていたカールだったが、エリザベートは抑えられない激情に困惑していた。
貴族なら感情を操るなんて当然のことだ。
子どものように泣き叫ぶなんて有り得ない。
確かにここは薔薇の宮で、傍にいるのはカールと侍女たちだけだ。エリザベートの家で、信頼している者たちである。
だけど王宮はいつも貴族たちに好奇の目を向けられていて、醜聞はあっという間に広まってしまう。
特に今はカールが側妃を迎えて、エリザベートが倒れたばかりだ。直接何かを言ってくる者はいないが、倒れた理由は既に知れ渡っているだろう。それに加えてエリザベートが百合の宮へ向かうカールの邪魔をしていると知られたら、何を言われるかわからない。
そもそもカールが側妃を迎えることは結婚前からわかっていた。病で子を生むのが難しいと言われたエリザベートは、本来なら王太子に嫁ぐ資格がなかったのだ。
それを一番わかっていたのはエリザベートである。
だけどカールはエリザベートを望んでくれた。
諦めさせようとする国王夫妻と言い争いになっても引かなかった。
そしてついにはエリザベートと結婚できないなら王太子位を降りるとまで言ってくれた。
あの頃は側妃と第2王子という厄介な者がいたが、もしカールが強引にことを進めたら成し遂げられただろう。
マクロイド公爵は第3王子とはいえ第2王子とひとつしか年が変わらないし、カールと同じ王妃の子だ。王子としての公務も如才なくこなして、その優秀さは貴族たちにも認められていた。
例えばカールが人の集まる舞踏会で王太子位を降りると宣言してしまったら、国王であってもなかったことにはできない。
騒動を起こしたカールは王太子位を降りるだけではなく罰を受けただろうが、伯爵位か子爵位をもらって、王国の端に領地を与えられていただろう。そして何の憂いもなく第3王子が次の王太子となっていた。
だけどエリザベートはそうさせたくなかった。
幼い頃からカールが王位を継ぐためにどれ程必死で学んできたか知っている。
妃教育は厳しかったが、いずれ国王となる王太子の教育がもっと厳しいのは当然のことだ。
それを互いに慰め合い、励まし合って乗り越えてきたのだ。
それなのにエリザベートの為にそのすべてを捨てさせるなんて耐えられない。
あの時国王夫妻が折れてくれなかったら、カールは強硬手段に出ていただろう。
本当にぎりぎりのところだったのだ。
あの時、カールの求婚を受け入れたエリザベートは、世継ぎの為にカールが側妃を迎えることを覚悟した。
それなのにこんなに心が乱れているのは、ルイを得て希望を持ったからなのか。
初めから予測していた通り懐妊などせず子を産まなければ、カールが側妃を迎えても予定通りだと受け入れられたのか。
エリザベートは今、人の目が怖い。
側妃の披露目の夜に薬を飲んで倒れたのだ。
いくらエリザベートが「そんなつもりはなかった」と言っても信じる者はいないだろう。
世継ぎを生むという最も重要な役目を果たせない王妃が、代わりに役目を果たしてくれる側妃を受け入れられずに死を選ぼうとした。
更に今は国王が側妃の元へ向かおうとするのを邪魔しているなんて知られたら、何と言われるかわからない。
役目を果たせず、側妃も受け入れられず、世継ぎの誕生を阻むエリザベートは正妃として相応しくない。
あの時婚姻を許したのが間違いだったと言われるのが恐ろしい。
だからエリザベートはこれまでより一層公務に力を入れた。
憂いなどないようにどこでも笑顔で過ごした。
だけど百合の宮へ向かうカールを快く見送れることはなかった。
貴族なら感情を操るなんて当然のことだ。
子どものように泣き叫ぶなんて有り得ない。
確かにここは薔薇の宮で、傍にいるのはカールと侍女たちだけだ。エリザベートの家で、信頼している者たちである。
だけど王宮はいつも貴族たちに好奇の目を向けられていて、醜聞はあっという間に広まってしまう。
特に今はカールが側妃を迎えて、エリザベートが倒れたばかりだ。直接何かを言ってくる者はいないが、倒れた理由は既に知れ渡っているだろう。それに加えてエリザベートが百合の宮へ向かうカールの邪魔をしていると知られたら、何を言われるかわからない。
そもそもカールが側妃を迎えることは結婚前からわかっていた。病で子を生むのが難しいと言われたエリザベートは、本来なら王太子に嫁ぐ資格がなかったのだ。
それを一番わかっていたのはエリザベートである。
だけどカールはエリザベートを望んでくれた。
諦めさせようとする国王夫妻と言い争いになっても引かなかった。
そしてついにはエリザベートと結婚できないなら王太子位を降りるとまで言ってくれた。
あの頃は側妃と第2王子という厄介な者がいたが、もしカールが強引にことを進めたら成し遂げられただろう。
マクロイド公爵は第3王子とはいえ第2王子とひとつしか年が変わらないし、カールと同じ王妃の子だ。王子としての公務も如才なくこなして、その優秀さは貴族たちにも認められていた。
例えばカールが人の集まる舞踏会で王太子位を降りると宣言してしまったら、国王であってもなかったことにはできない。
騒動を起こしたカールは王太子位を降りるだけではなく罰を受けただろうが、伯爵位か子爵位をもらって、王国の端に領地を与えられていただろう。そして何の憂いもなく第3王子が次の王太子となっていた。
だけどエリザベートはそうさせたくなかった。
幼い頃からカールが王位を継ぐためにどれ程必死で学んできたか知っている。
妃教育は厳しかったが、いずれ国王となる王太子の教育がもっと厳しいのは当然のことだ。
それを互いに慰め合い、励まし合って乗り越えてきたのだ。
それなのにエリザベートの為にそのすべてを捨てさせるなんて耐えられない。
あの時国王夫妻が折れてくれなかったら、カールは強硬手段に出ていただろう。
本当にぎりぎりのところだったのだ。
あの時、カールの求婚を受け入れたエリザベートは、世継ぎの為にカールが側妃を迎えることを覚悟した。
それなのにこんなに心が乱れているのは、ルイを得て希望を持ったからなのか。
初めから予測していた通り懐妊などせず子を産まなければ、カールが側妃を迎えても予定通りだと受け入れられたのか。
エリザベートは今、人の目が怖い。
側妃の披露目の夜に薬を飲んで倒れたのだ。
いくらエリザベートが「そんなつもりはなかった」と言っても信じる者はいないだろう。
世継ぎを生むという最も重要な役目を果たせない王妃が、代わりに役目を果たしてくれる側妃を受け入れられずに死を選ぼうとした。
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あの時婚姻を許したのが間違いだったと言われるのが恐ろしい。
だからエリザベートはこれまでより一層公務に力を入れた。
憂いなどないようにどこでも笑顔で過ごした。
だけど百合の宮へ向かうカールを快く見送れることはなかった。
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