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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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カールは週に一度、水曜日に百合の宮へ行くことにした。
閨は決められた公務の1つであり、ルイザへの気持ちはないと示すためだ。
カールからそれを聞いたエリザベートは泣きそうに顔を歪めながら、それでも頷いてくれた。
エリザベートにもわかっているのだ。
カールは必ず世継ぎを儲けなければならない。
どんなに心が拒否していても、義務や責務を投げ出すことはカールもエリザベートもできなかった。
自分で決めたことではあったが、百合の宮へ向かう馬車の中でカールは常に強い焦燥感に襲われていた。
帰りを待つエリザベートを思うと不安が込み上げてくる。
必要なことだと頭で理解していても、辛い思いをしているはずだ。思い詰めてまたおかしなことをするかもしれない。
今すぐにでも戻りたいのに、百合の宮は遠く、向かうだけで時間が掛かった。
ルイザに百合の宮を与えたのは失敗だったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
だけどルイザをエリザベートの目に触れさせないようにするにはそうするしかなかったのだ。それがエリザベートの心の安寧に繋がるだろう。
そうだ、間違ってなんかいない。
エリザベートにも侍女がついている。あんなことは二度と起こらない。
カールは自分にそう言い聞かせるしかなかった。
ただエリザベートは大丈夫だと思えるだけの理由はあった。
閨を再開した夜、カールは逸る気持ちのまま薔薇の宮へ駆け戻ったが、寝室の扉を開けるには思い切りが必要だった。エリザベートがまた声を堪えて泣いていると思ったからだ。
だけど意を決して扉を開けたカールが見たのは、予想に反して眠っているエリザベートの姿だった。
「リーザ、眠っているのか?」
躊躇いがちに声を掛けてもエリザベートからの反応はない。以前と違って眠ったフリでもないようだ。一瞬クローゼットの奥で倒れていたエリザベートの姿が浮かんだけれど、顔色は良く、呼吸もしっかりしていた。
ただ目元は腫れていて頬に掛かる髪は涙で凝っている。カールが出掛けた後も泣いていたのは間違いないようだ。
カールは一度廊下に出ると、エリザベート付きの侍女を呼ぶことにした。
侍女の話によると、カールが出掛けた後、泣き乱れるエリザベートを落ち着かせる為に侍医長が眠り薬を飲ませたらしい。以前と違ってエリザベートは人目を憚らずに泣いていたので侍女たちが付いていたのだ。
「妃殿下は酷く興奮されていました。あのままではお体に障ると思い、侍医長をお呼びしました。申し訳ございません」
深く頭を下げる侍女の姿にカールはホッとして息を吐いた。
夜中だというのに、呼び出された侍女は侍女服をしっかり身に着け、乱れたところは少しもない。こうしてカールに呼び出されることを予想していたのだろう。何か不測の事態が起こった時にすぐ対処できるようにという気持ちもあるのかもしれない。
エリザベートにはその身を気にかけ、世話をする者がいるのだ。
「リーザをよく見ていてくれた。感謝する」
カールが声を掛けると侍女は一瞬体を揺らし、少しだけ表情を緩めた。
勝手なことをしたと怒られずに安堵したというより、エリザベートを想うカールの気持ちを感じて喜んでいるようだった。
侍女を部屋へ帰したカールは寝室へ戻り、眠っているエリザベートの隣で横になった。柔らかい体をそっと抱き締める。
赤くなった目元は痛々しいが、辛い思いをし続けるより眠っている方が良い。眠り薬も、侍医長が飲ませたなら安全だろう。
あとはルイの夢がエリザベートを哀しませないことを祈るだけだ。
母様をゆっくり眠らせてやってくれ。
カールは心の中でルイに語りかけると、エリザベートの額に口づけを落として目を閉じた。
閨は決められた公務の1つであり、ルイザへの気持ちはないと示すためだ。
カールからそれを聞いたエリザベートは泣きそうに顔を歪めながら、それでも頷いてくれた。
エリザベートにもわかっているのだ。
カールは必ず世継ぎを儲けなければならない。
どんなに心が拒否していても、義務や責務を投げ出すことはカールもエリザベートもできなかった。
自分で決めたことではあったが、百合の宮へ向かう馬車の中でカールは常に強い焦燥感に襲われていた。
帰りを待つエリザベートを思うと不安が込み上げてくる。
必要なことだと頭で理解していても、辛い思いをしているはずだ。思い詰めてまたおかしなことをするかもしれない。
今すぐにでも戻りたいのに、百合の宮は遠く、向かうだけで時間が掛かった。
ルイザに百合の宮を与えたのは失敗だったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
だけどルイザをエリザベートの目に触れさせないようにするにはそうするしかなかったのだ。それがエリザベートの心の安寧に繋がるだろう。
そうだ、間違ってなんかいない。
エリザベートにも侍女がついている。あんなことは二度と起こらない。
カールは自分にそう言い聞かせるしかなかった。
ただエリザベートは大丈夫だと思えるだけの理由はあった。
閨を再開した夜、カールは逸る気持ちのまま薔薇の宮へ駆け戻ったが、寝室の扉を開けるには思い切りが必要だった。エリザベートがまた声を堪えて泣いていると思ったからだ。
だけど意を決して扉を開けたカールが見たのは、予想に反して眠っているエリザベートの姿だった。
「リーザ、眠っているのか?」
躊躇いがちに声を掛けてもエリザベートからの反応はない。以前と違って眠ったフリでもないようだ。一瞬クローゼットの奥で倒れていたエリザベートの姿が浮かんだけれど、顔色は良く、呼吸もしっかりしていた。
ただ目元は腫れていて頬に掛かる髪は涙で凝っている。カールが出掛けた後も泣いていたのは間違いないようだ。
カールは一度廊下に出ると、エリザベート付きの侍女を呼ぶことにした。
侍女の話によると、カールが出掛けた後、泣き乱れるエリザベートを落ち着かせる為に侍医長が眠り薬を飲ませたらしい。以前と違ってエリザベートは人目を憚らずに泣いていたので侍女たちが付いていたのだ。
「妃殿下は酷く興奮されていました。あのままではお体に障ると思い、侍医長をお呼びしました。申し訳ございません」
深く頭を下げる侍女の姿にカールはホッとして息を吐いた。
夜中だというのに、呼び出された侍女は侍女服をしっかり身に着け、乱れたところは少しもない。こうしてカールに呼び出されることを予想していたのだろう。何か不測の事態が起こった時にすぐ対処できるようにという気持ちもあるのかもしれない。
エリザベートにはその身を気にかけ、世話をする者がいるのだ。
「リーザをよく見ていてくれた。感謝する」
カールが声を掛けると侍女は一瞬体を揺らし、少しだけ表情を緩めた。
勝手なことをしたと怒られずに安堵したというより、エリザベートを想うカールの気持ちを感じて喜んでいるようだった。
侍女を部屋へ帰したカールは寝室へ戻り、眠っているエリザベートの隣で横になった。柔らかい体をそっと抱き締める。
赤くなった目元は痛々しいが、辛い思いをし続けるより眠っている方が良い。眠り薬も、侍医長が飲ませたなら安全だろう。
あとはルイの夢がエリザベートを哀しませないことを祈るだけだ。
母様をゆっくり眠らせてやってくれ。
カールは心の中でルイに語りかけると、エリザベートの額に口づけを落として目を閉じた。
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