87 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜
22
しおりを挟む
カールは週に一度、水曜日に百合の宮へ行くことにした。
閨は決められた公務の1つであり、ルイザへの気持ちはないと示すためだ。
カールからそれを聞いたエリザベートは泣きそうに顔を歪めながら、それでも頷いてくれた。
エリザベートにもわかっているのだ。
カールは必ず世継ぎを儲けなければならない。
どんなに心が拒否していても、義務や責務を投げ出すことはカールもエリザベートもできなかった。
自分で決めたことではあったが、百合の宮へ向かう馬車の中でカールは常に強い焦燥感に襲われていた。
帰りを待つエリザベートを思うと不安が込み上げてくる。
必要なことだと頭で理解していても、辛い思いをしているはずだ。思い詰めてまたおかしなことをするかもしれない。
今すぐにでも戻りたいのに、百合の宮は遠く、向かうだけで時間が掛かった。
ルイザに百合の宮を与えたのは失敗だったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
だけどルイザをエリザベートの目に触れさせないようにするにはそうするしかなかったのだ。それがエリザベートの心の安寧に繋がるだろう。
そうだ、間違ってなんかいない。
エリザベートにも侍女がついている。あんなことは二度と起こらない。
カールは自分にそう言い聞かせるしかなかった。
ただエリザベートは大丈夫だと思えるだけの理由はあった。
閨を再開した夜、カールは逸る気持ちのまま薔薇の宮へ駆け戻ったが、寝室の扉を開けるには思い切りが必要だった。エリザベートがまた声を堪えて泣いていると思ったからだ。
だけど意を決して扉を開けたカールが見たのは、予想に反して眠っているエリザベートの姿だった。
「リーザ、眠っているのか?」
躊躇いがちに声を掛けてもエリザベートからの反応はない。以前と違って眠ったフリでもないようだ。一瞬クローゼットの奥で倒れていたエリザベートの姿が浮かんだけれど、顔色は良く、呼吸もしっかりしていた。
ただ目元は腫れていて頬に掛かる髪は涙で凝っている。カールが出掛けた後も泣いていたのは間違いないようだ。
カールは一度廊下に出ると、エリザベート付きの侍女を呼ぶことにした。
侍女の話によると、カールが出掛けた後、泣き乱れるエリザベートを落ち着かせる為に侍医長が眠り薬を飲ませたらしい。以前と違ってエリザベートは人目を憚らずに泣いていたので侍女たちが付いていたのだ。
「妃殿下は酷く興奮されていました。あのままではお体に障ると思い、侍医長をお呼びしました。申し訳ございません」
深く頭を下げる侍女の姿にカールはホッとして息を吐いた。
夜中だというのに、呼び出された侍女は侍女服をしっかり身に着け、乱れたところは少しもない。こうしてカールに呼び出されることを予想していたのだろう。何か不測の事態が起こった時にすぐ対処できるようにという気持ちもあるのかもしれない。
エリザベートにはその身を気にかけ、世話をする者がいるのだ。
「リーザをよく見ていてくれた。感謝する」
カールが声を掛けると侍女は一瞬体を揺らし、少しだけ表情を緩めた。
勝手なことをしたと怒られずに安堵したというより、エリザベートを想うカールの気持ちを感じて喜んでいるようだった。
侍女を部屋へ帰したカールは寝室へ戻り、眠っているエリザベートの隣で横になった。柔らかい体をそっと抱き締める。
赤くなった目元は痛々しいが、辛い思いをし続けるより眠っている方が良い。眠り薬も、侍医長が飲ませたなら安全だろう。
あとはルイの夢がエリザベートを哀しませないことを祈るだけだ。
母様をゆっくり眠らせてやってくれ。
カールは心の中でルイに語りかけると、エリザベートの額に口づけを落として目を閉じた。
閨は決められた公務の1つであり、ルイザへの気持ちはないと示すためだ。
カールからそれを聞いたエリザベートは泣きそうに顔を歪めながら、それでも頷いてくれた。
エリザベートにもわかっているのだ。
カールは必ず世継ぎを儲けなければならない。
どんなに心が拒否していても、義務や責務を投げ出すことはカールもエリザベートもできなかった。
自分で決めたことではあったが、百合の宮へ向かう馬車の中でカールは常に強い焦燥感に襲われていた。
帰りを待つエリザベートを思うと不安が込み上げてくる。
必要なことだと頭で理解していても、辛い思いをしているはずだ。思い詰めてまたおかしなことをするかもしれない。
今すぐにでも戻りたいのに、百合の宮は遠く、向かうだけで時間が掛かった。
ルイザに百合の宮を与えたのは失敗だったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
だけどルイザをエリザベートの目に触れさせないようにするにはそうするしかなかったのだ。それがエリザベートの心の安寧に繋がるだろう。
そうだ、間違ってなんかいない。
エリザベートにも侍女がついている。あんなことは二度と起こらない。
カールは自分にそう言い聞かせるしかなかった。
ただエリザベートは大丈夫だと思えるだけの理由はあった。
閨を再開した夜、カールは逸る気持ちのまま薔薇の宮へ駆け戻ったが、寝室の扉を開けるには思い切りが必要だった。エリザベートがまた声を堪えて泣いていると思ったからだ。
だけど意を決して扉を開けたカールが見たのは、予想に反して眠っているエリザベートの姿だった。
「リーザ、眠っているのか?」
躊躇いがちに声を掛けてもエリザベートからの反応はない。以前と違って眠ったフリでもないようだ。一瞬クローゼットの奥で倒れていたエリザベートの姿が浮かんだけれど、顔色は良く、呼吸もしっかりしていた。
ただ目元は腫れていて頬に掛かる髪は涙で凝っている。カールが出掛けた後も泣いていたのは間違いないようだ。
カールは一度廊下に出ると、エリザベート付きの侍女を呼ぶことにした。
侍女の話によると、カールが出掛けた後、泣き乱れるエリザベートを落ち着かせる為に侍医長が眠り薬を飲ませたらしい。以前と違ってエリザベートは人目を憚らずに泣いていたので侍女たちが付いていたのだ。
「妃殿下は酷く興奮されていました。あのままではお体に障ると思い、侍医長をお呼びしました。申し訳ございません」
深く頭を下げる侍女の姿にカールはホッとして息を吐いた。
夜中だというのに、呼び出された侍女は侍女服をしっかり身に着け、乱れたところは少しもない。こうしてカールに呼び出されることを予想していたのだろう。何か不測の事態が起こった時にすぐ対処できるようにという気持ちもあるのかもしれない。
エリザベートにはその身を気にかけ、世話をする者がいるのだ。
「リーザをよく見ていてくれた。感謝する」
カールが声を掛けると侍女は一瞬体を揺らし、少しだけ表情を緩めた。
勝手なことをしたと怒られずに安堵したというより、エリザベートを想うカールの気持ちを感じて喜んでいるようだった。
侍女を部屋へ帰したカールは寝室へ戻り、眠っているエリザベートの隣で横になった。柔らかい体をそっと抱き締める。
赤くなった目元は痛々しいが、辛い思いをし続けるより眠っている方が良い。眠り薬も、侍医長が飲ませたなら安全だろう。
あとはルイの夢がエリザベートを哀しませないことを祈るだけだ。
母様をゆっくり眠らせてやってくれ。
カールは心の中でルイに語りかけると、エリザベートの額に口づけを落として目を閉じた。
4
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる