影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
上 下
85 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜

20

しおりを挟む
 翌日からエリザベートは通常の生活に戻った。
 但し寝たきりで過ごした時間が長く体力的な不安がある為、侍医長から薔薇の宮を出る許可は出なかった。まずは薔薇の宮の内政からだ。
 その侍医長は今も薔薇の宮の客間を与えられ、万一の時の為に控えている。

 エリザベートは侍医長にも申し訳ないことをしたと思っている。
 侍医長はエリザベートを信じていたので、薬を飲んでも眠れないエリザベートの為により強い薬を処方してくれていたのだ。まさかエリザベートが薬を飲んでいないなんて、そして1度にすべて飲んでしまうなんて、思ってもいなかっただろう。
 その侍医長はこの騒動の責任を取って、エリザベートが回復したら職を辞するという。
 彼が王宮を去るのももうすぐだ。

 一月以上にも渡ってエリザベートが執務を放棄していても薔薇の宮の内政に問題はなかった。
 エリザベートが執務を行えない時は、これまで通りカールが補っていたのだ。唯でさえ忙しいカールは心労を抱えながら王妃の分まで執務を行い、すっかりやつれてしまっていた。
 そのカールはエリザベートが起きられるようになっても心配が尽きないらしく、執務の合間や会議の後など、事あるごとに薔薇の宮へ戻ってくる。
 疲れたら無理をせずにすぐ横になるよう言い聞かせては、エリザベートをぎゅっと抱き締め、執務へと戻っていく。
「もう大丈夫ですわ」と笑いながら、カールの背中を見送るエリザベートは胸が温かくなるのを感じていた。


 そして不思議なことにエリザベートはルイの夢を見なくなった。
 ルイに会えないのは淋しいが、目覚めた時の絶望感を思えばホッとする。
 エリザベートが目を覚ますとカールはいつも傍にいて、執務で離れてからも何度も駆け戻ってきてはエリザベートを抱き締め、「愛している」と囁く。
 執務を終えてからは離れていた時間を埋めるように私室で寄り添いながら食事をしてお茶を飲み、抱き締め合って眠る。
 そんな生活を続けていると気持ちが安定するのだろう。
 ルイの夢はエリザベートの不安と結びついているのかもしれない。





 薔薇の宮の内政から再開されたエリザベートの執務は、一週間ほど様子を見た後通常業務へ戻ることになった。
 王宮の執務室へ訪れたエリザベートに補佐官たちは泣いて喜んだという。
 無理をしないように少しずつではあるが、エリザベートは普段の生活に戻っていった。


 そうすると黙っていないのが大臣である。
 カールのところを訪れては、側妃の元へ行けと言う。

 勿論カールははっきりと拒否した。
 折角エリザベートが回復したのに、心労を与えてはどうなるかわからない。
 何よりエリザベートが大切なカールは、これ以上エリザベートを傷つけることをしたくなかった。  
 
 だけど大臣たちも諦めない。
 何度も訪れては、「お役目をお果たし下さい」と頭を下げる。
 強く迫られない分、いつまでも拒否することはできなかった。
 
 カールにもわかっているのだ。
 側妃を娶った以上、世継ぎが生まれるまで終わらない。
 カールは王位を退くのではなく、務めを果たすことを選んでしまった。
 今更拒否をしてもそんな勝手は通らない。
 どんなに拒んでいても、心の奥ではわかっているのだ………。


 
 半月ほど経った後、カールはついに百合の宮へ行くことになった。
 ルイザのことが気に掛かっていないといえば嘘になる。
 あの晩餐会の夜からもう数か月顔を見ていない。
 彼女がどう過ごしているのか、敢て報告もさせなかった。

 だがあの晩餐会のことはカールも心に引っかかっているのだ。
 ルイザがもう少しエリザベートを気遣ってくれていたら。具合が悪いというエリザベートを少しでも心配してくれていたら、もう少しルイザを気に掛けることもできただろう。
 他の貴族たちと同じように、カールもルイザが主賓が王妃であることを忘れているなど思ってもいないのだ。



 カールが百合の宮へ行くと知ったエリザベートは泣いて拒否した。

「絶対に嫌………!いやぁ………っ」

 縋りつくエリザベートをカールは沈痛な顔で抱き締める。
 カールだって行きたいわけじゃない。
 エリザベートを裏切りたくない。
 だけどどうすることもできないのだ。

「すまない、リーザ。すまない………」

 強く抱き締めながら背中をさすり、時々額や頬に口づけては「愛している」と囁く。
 どれだけ宥めてもエリザベートの慟哭は治まることなく、ついには侍女たちに引き剥がされるようにしてカールは薔薇の宮を後にした。

「嫌あぁ………っ!行かないでっ!行かないで………っ!!」

 薔薇の宮にエリザベートの声が響く。
 馬車に乗り込んだ後もエリザベートの声が聞こえているようだった。

 だけどカールはどこかホッとしていた。
 本心を隠して百合の宮へ行くように促し、笑顔で見送っていたエリザベートとは違って本音を口に出せるようになったのだ。1人で思い詰めて薬を飲むことはもうないだろう。
 
 

 カールは気づかなかったのだ。
 王妃として完璧に感情を制御する術を身に着けたエリザベートが、感情を制御できずに泣き喚いていたことを。
 既に精神的な崩壊が訪れていることを、この時のカールは気づいていなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する

みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

処理中です...