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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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翌日からエリザベートは通常の生活に戻った。
但し寝たきりで過ごした時間が長く体力的な不安がある為、侍医長から薔薇の宮を出る許可は出なかった。まずは薔薇の宮の内政からだ。
その侍医長は今も薔薇の宮の客間を与えられ、万一の時の為に控えている。
エリザベートは侍医長にも申し訳ないことをしたと思っている。
侍医長はエリザベートを信じていたので、薬を飲んでも眠れないエリザベートの為により強い薬を処方してくれていたのだ。まさかエリザベートが薬を飲んでいないなんて、そして1度にすべて飲んでしまうなんて、思ってもいなかっただろう。
その侍医長はこの騒動の責任を取って、エリザベートが回復したら職を辞するという。
彼が王宮を去るのももうすぐだ。
一月以上にも渡ってエリザベートが執務を放棄していても薔薇の宮の内政に問題はなかった。
エリザベートが執務を行えない時は、これまで通りカールが補っていたのだ。唯でさえ忙しいカールは心労を抱えながら王妃の分まで執務を行い、すっかりやつれてしまっていた。
そのカールはエリザベートが起きられるようになっても心配が尽きないらしく、執務の合間や会議の後など、事あるごとに薔薇の宮へ戻ってくる。
疲れたら無理をせずにすぐ横になるよう言い聞かせては、エリザベートをぎゅっと抱き締め、執務へと戻っていく。
「もう大丈夫ですわ」と笑いながら、カールの背中を見送るエリザベートは胸が温かくなるのを感じていた。
そして不思議なことにエリザベートはルイの夢を見なくなった。
ルイに会えないのは淋しいが、目覚めた時の絶望感を思えばホッとする。
エリザベートが目を覚ますとカールはいつも傍にいて、執務で離れてからも何度も駆け戻ってきてはエリザベートを抱き締め、「愛している」と囁く。
執務を終えてからは離れていた時間を埋めるように私室で寄り添いながら食事をしてお茶を飲み、抱き締め合って眠る。
そんな生活を続けていると気持ちが安定するのだろう。
ルイの夢はエリザベートの不安と結びついているのかもしれない。
薔薇の宮の内政から再開されたエリザベートの執務は、一週間ほど様子を見た後通常業務へ戻ることになった。
王宮の執務室へ訪れたエリザベートに補佐官たちは泣いて喜んだという。
無理をしないように少しずつではあるが、エリザベートは普段の生活に戻っていった。
そうすると黙っていないのが大臣である。
カールのところを訪れては、側妃の元へ行けと言う。
勿論カールははっきりと拒否した。
折角エリザベートが回復したのに、心労を与えてはどうなるかわからない。
何よりエリザベートが大切なカールは、これ以上エリザベートを傷つけることをしたくなかった。
だけど大臣たちも諦めない。
何度も訪れては、「お役目をお果たし下さい」と頭を下げる。
強く迫られない分、いつまでも拒否することはできなかった。
カールにもわかっているのだ。
側妃を娶った以上、世継ぎが生まれるまで終わらない。
カールは王位を退くのではなく、務めを果たすことを選んでしまった。
今更拒否をしてもそんな勝手は通らない。
どんなに拒んでいても、心の奥ではわかっているのだ………。
半月ほど経った後、カールはついに百合の宮へ行くことになった。
ルイザのことが気に掛かっていないといえば嘘になる。
あの晩餐会の夜からもう数か月顔を見ていない。
彼女がどう過ごしているのか、敢て報告もさせなかった。
だがあの晩餐会のことはカールも心に引っかかっているのだ。
ルイザがもう少しエリザベートを気遣ってくれていたら。具合が悪いというエリザベートを少しでも心配してくれていたら、もう少しルイザを気に掛けることもできただろう。
他の貴族たちと同じように、カールもルイザが主賓が王妃であることを忘れているなど思ってもいないのだ。
カールが百合の宮へ行くと知ったエリザベートは泣いて拒否した。
「絶対に嫌………!いやぁ………っ」
縋りつくエリザベートをカールは沈痛な顔で抱き締める。
カールだって行きたいわけじゃない。
エリザベートを裏切りたくない。
だけどどうすることもできないのだ。
「すまない、リーザ。すまない………」
強く抱き締めながら背中をさすり、時々額や頬に口づけては「愛している」と囁く。
どれだけ宥めてもエリザベートの慟哭は治まることなく、ついには侍女たちに引き剥がされるようにしてカールは薔薇の宮を後にした。
「嫌あぁ………っ!行かないでっ!行かないで………っ!!」
薔薇の宮にエリザベートの声が響く。
馬車に乗り込んだ後もエリザベートの声が聞こえているようだった。
だけどカールはどこかホッとしていた。
本心を隠して百合の宮へ行くように促し、笑顔で見送っていたエリザベートとは違って本音を口に出せるようになったのだ。1人で思い詰めて薬を飲むことはもうないだろう。
カールは気づかなかったのだ。
王妃として完璧に感情を制御する術を身に着けたエリザベートが、感情を制御できずに泣き喚いていたことを。
既に精神的な崩壊が訪れていることを、この時のカールは気づいていなかった。
但し寝たきりで過ごした時間が長く体力的な不安がある為、侍医長から薔薇の宮を出る許可は出なかった。まずは薔薇の宮の内政からだ。
その侍医長は今も薔薇の宮の客間を与えられ、万一の時の為に控えている。
エリザベートは侍医長にも申し訳ないことをしたと思っている。
侍医長はエリザベートを信じていたので、薬を飲んでも眠れないエリザベートの為により強い薬を処方してくれていたのだ。まさかエリザベートが薬を飲んでいないなんて、そして1度にすべて飲んでしまうなんて、思ってもいなかっただろう。
その侍医長はこの騒動の責任を取って、エリザベートが回復したら職を辞するという。
彼が王宮を去るのももうすぐだ。
一月以上にも渡ってエリザベートが執務を放棄していても薔薇の宮の内政に問題はなかった。
エリザベートが執務を行えない時は、これまで通りカールが補っていたのだ。唯でさえ忙しいカールは心労を抱えながら王妃の分まで執務を行い、すっかりやつれてしまっていた。
そのカールはエリザベートが起きられるようになっても心配が尽きないらしく、執務の合間や会議の後など、事あるごとに薔薇の宮へ戻ってくる。
疲れたら無理をせずにすぐ横になるよう言い聞かせては、エリザベートをぎゅっと抱き締め、執務へと戻っていく。
「もう大丈夫ですわ」と笑いながら、カールの背中を見送るエリザベートは胸が温かくなるのを感じていた。
そして不思議なことにエリザベートはルイの夢を見なくなった。
ルイに会えないのは淋しいが、目覚めた時の絶望感を思えばホッとする。
エリザベートが目を覚ますとカールはいつも傍にいて、執務で離れてからも何度も駆け戻ってきてはエリザベートを抱き締め、「愛している」と囁く。
執務を終えてからは離れていた時間を埋めるように私室で寄り添いながら食事をしてお茶を飲み、抱き締め合って眠る。
そんな生活を続けていると気持ちが安定するのだろう。
ルイの夢はエリザベートの不安と結びついているのかもしれない。
薔薇の宮の内政から再開されたエリザベートの執務は、一週間ほど様子を見た後通常業務へ戻ることになった。
王宮の執務室へ訪れたエリザベートに補佐官たちは泣いて喜んだという。
無理をしないように少しずつではあるが、エリザベートは普段の生活に戻っていった。
そうすると黙っていないのが大臣である。
カールのところを訪れては、側妃の元へ行けと言う。
勿論カールははっきりと拒否した。
折角エリザベートが回復したのに、心労を与えてはどうなるかわからない。
何よりエリザベートが大切なカールは、これ以上エリザベートを傷つけることをしたくなかった。
だけど大臣たちも諦めない。
何度も訪れては、「お役目をお果たし下さい」と頭を下げる。
強く迫られない分、いつまでも拒否することはできなかった。
カールにもわかっているのだ。
側妃を娶った以上、世継ぎが生まれるまで終わらない。
カールは王位を退くのではなく、務めを果たすことを選んでしまった。
今更拒否をしてもそんな勝手は通らない。
どんなに拒んでいても、心の奥ではわかっているのだ………。
半月ほど経った後、カールはついに百合の宮へ行くことになった。
ルイザのことが気に掛かっていないといえば嘘になる。
あの晩餐会の夜からもう数か月顔を見ていない。
彼女がどう過ごしているのか、敢て報告もさせなかった。
だがあの晩餐会のことはカールも心に引っかかっているのだ。
ルイザがもう少しエリザベートを気遣ってくれていたら。具合が悪いというエリザベートを少しでも心配してくれていたら、もう少しルイザを気に掛けることもできただろう。
他の貴族たちと同じように、カールもルイザが主賓が王妃であることを忘れているなど思ってもいないのだ。
カールが百合の宮へ行くと知ったエリザベートは泣いて拒否した。
「絶対に嫌………!いやぁ………っ」
縋りつくエリザベートをカールは沈痛な顔で抱き締める。
カールだって行きたいわけじゃない。
エリザベートを裏切りたくない。
だけどどうすることもできないのだ。
「すまない、リーザ。すまない………」
強く抱き締めながら背中をさすり、時々額や頬に口づけては「愛している」と囁く。
どれだけ宥めてもエリザベートの慟哭は治まることなく、ついには侍女たちに引き剥がされるようにしてカールは薔薇の宮を後にした。
「嫌あぁ………っ!行かないでっ!行かないで………っ!!」
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だけどカールはどこかホッとしていた。
本心を隠して百合の宮へ行くように促し、笑顔で見送っていたエリザベートとは違って本音を口に出せるようになったのだ。1人で思い詰めて薬を飲むことはもうないだろう。
カールは気づかなかったのだ。
王妃として完璧に感情を制御する術を身に着けたエリザベートが、感情を制御できずに泣き喚いていたことを。
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