84 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜
19
しおりを挟む
目を覚ましてからエリザベートは夢と現実の間を行ったり来たりしながら過ごしていた。
夢の中にはルイがいて、2人だけの幸福な時間を過ごす。現実に戻るとルイを亡くしたことを思い出して絶望感に打ちのめされる。
現実を受け入れられず、外部からの呼びかけを拒否して過ごしていたエリザベートだったが、それでも目覚めている時間が長くなるにつれて現実を受け入れざるを得なかった。
母のダシェンボード前公爵夫人がいつになく真剣な顔で「このままでは陛下が側妃殿下の元へ行ってしまっても仕方ないわよ……?」と語りかけたのもある。
傍で聞いていたアンヌやゾフィーが驚いて止めようとしていたけれど、前公爵夫人の言葉はぼんやりしていたエリザベートの胸に刺さった。
王妃として最も重要な役目は世継ぎを産むことだ。
だけど今のエリザベートは子を産むことができないばかりか王妃としての公務もすべて投げ捨てている。
子を産まず、公務をこなさず、国王の呼び掛けにも応えない王妃に何の価値があるだろうか。
この国では病気などの理由で公務を行えなくなった王妃の代わりを側妃が務めることが認められている。このままでは世継ぎの生母としてだけではなく、王妃としての立場も奪われてしまうだろう。
カールの隣に立ち、国民へ手を振るルイザの姿が不意に浮かんでエリザベートは体を震わせた。
嫌よっ!!私の場所を取らないで!!
それは心の奥底に押し込めていた嫉妬と独占欲だった。
「カール、様は……?」
「………………っ!!」
ゆっくりと視線を動かし、言葉を返したエリザベートに前公爵夫人は息を呑んだ。
エリザベートが目覚めてから誰かと話したのはこれが初めてなのだ。
「リズ、あなた………っ!」
いつも嗜みを忘れない前公爵夫人が思わず娘の愛称を呼ぶ。アンヌとゾフィーも目を潤ませて喜びの声を上げていた。
やがて扉が開かれ、カールが飛び込んでくる。侍女が知らせに行ったのだろう。カールは王宮の執務室から走ってきたようで息を弾ませていた。
「カール様………」
思わず呟くとカールがくしゃりと顔を歪ませてエリザベートを抱き締める。
震える体から、カールがどれほどエリザベートを案じていたのか伝わってくるようだった。
抱き合ったままひとしきり涙を流した2人だったが、落ち着くとエリザベートは診察を受けることになった。
これまでも毎日朝昼晩と侍医長の診察を受けていたエリザベートだが、受け答えすることのない一方的な診察だった。
そもそも体調の面では体力が落ちているものの日常生活が送れるほどには回復しているのだ。エリザベートが寝たきりで過ごしていたのは精神的な問題である。
ダシェンボード前公爵夫人や2人の義姉は気がつけば辞去しており、診察にはカールが付き添ってくれた。
「本当に、死ぬつもりはなかったのです。ただ眠りたくて……」
あの日、薬を飲んだ理由を訊かれたエリザベートはぼそぼそと話しだした。
カールや侍医長の視線が刺さる。
なぜそうまでして眠りたいと思ったのか、2人が訊きたいのはそこだろう。特にエリザベートの手を握ったカールは身動きせずエリザベートを見つめている。
だけどそれを説明するのはエリザベートにとって辛いことだった。心の奥底に押し込めた醜い感情を曝け出さなければならない。
言葉にできず、エリザベートは視線を落とす。
そんなエリザベートをカールも侍医長も急かすことなく話せるまで待ってくれた。
「……カール様のいない夜が、とても長く感じたのです。あの方と、夫婦として過ごすカール様の姿を見たくなくて、それなのに頭に浮かんできて……。眠ってしまえば何も考えずに済みます。あの方と過ごすカール様のことも、夫婦として認められたお2人のことも、夜の長さも感じずに済むと思って……」
その長い時間をルイと過ごせたら、と思ったことは口にできなかった。
それだけでカールが十分ショックを受けていたからだ。
それはそうだろう。エリザベートはこれまでずっとカールにルイザを受け入れるよう促していた。
私たちの為に犠牲になった方なのだから、せめて優しくするように、側妃として尊重するように。ルイザの立場を守る為に、むしろ積極的に受け入れようとしていたのはエリザベートなのだ。
それなのにその言葉がすべて偽りだったなんて、きっと幻滅しただろう。
そう思い、恐る恐る視線を上げたエリザベートだったが、カールの反応は思っていたものと違っていた。
辛そうに表情を歪めると握っていたエリザベートの手を持ち上げ、額に押し当てる。
「リーザ、ごめん。ごめんな………」
カールにしてみれば、エリザベートがどれだけ平気そうに振る舞っていても辛い思いをしているのはわかっていた。カールに世継ぎが必要なことや王妃としての務めを強く意識しているから平静を装っていただけだ。
わかっていたのに何もできずに1人で耐えさせてしまったことが辛かった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
長らくお休みしてしまい、申し訳ありません。
実は8月の終わりから9月の初めにかけて×××に罹ってしまい、回復した後も喘息になり、咳のしすぎで肋骨を疲労骨折して……と散々な一ヶ月を過ごしました(^-^;
更に数日前から今度は歯が痛みだしたんですが、咳が出るので歯医者に行くに行かれず…。
咳が出たりあっちこっち痛かったりで中々集中できないのですが、また少しずつ書いていきますので、宜しくお願いします<(_ _)>
夢の中にはルイがいて、2人だけの幸福な時間を過ごす。現実に戻るとルイを亡くしたことを思い出して絶望感に打ちのめされる。
現実を受け入れられず、外部からの呼びかけを拒否して過ごしていたエリザベートだったが、それでも目覚めている時間が長くなるにつれて現実を受け入れざるを得なかった。
母のダシェンボード前公爵夫人がいつになく真剣な顔で「このままでは陛下が側妃殿下の元へ行ってしまっても仕方ないわよ……?」と語りかけたのもある。
傍で聞いていたアンヌやゾフィーが驚いて止めようとしていたけれど、前公爵夫人の言葉はぼんやりしていたエリザベートの胸に刺さった。
王妃として最も重要な役目は世継ぎを産むことだ。
だけど今のエリザベートは子を産むことができないばかりか王妃としての公務もすべて投げ捨てている。
子を産まず、公務をこなさず、国王の呼び掛けにも応えない王妃に何の価値があるだろうか。
この国では病気などの理由で公務を行えなくなった王妃の代わりを側妃が務めることが認められている。このままでは世継ぎの生母としてだけではなく、王妃としての立場も奪われてしまうだろう。
カールの隣に立ち、国民へ手を振るルイザの姿が不意に浮かんでエリザベートは体を震わせた。
嫌よっ!!私の場所を取らないで!!
それは心の奥底に押し込めていた嫉妬と独占欲だった。
「カール、様は……?」
「………………っ!!」
ゆっくりと視線を動かし、言葉を返したエリザベートに前公爵夫人は息を呑んだ。
エリザベートが目覚めてから誰かと話したのはこれが初めてなのだ。
「リズ、あなた………っ!」
いつも嗜みを忘れない前公爵夫人が思わず娘の愛称を呼ぶ。アンヌとゾフィーも目を潤ませて喜びの声を上げていた。
やがて扉が開かれ、カールが飛び込んでくる。侍女が知らせに行ったのだろう。カールは王宮の執務室から走ってきたようで息を弾ませていた。
「カール様………」
思わず呟くとカールがくしゃりと顔を歪ませてエリザベートを抱き締める。
震える体から、カールがどれほどエリザベートを案じていたのか伝わってくるようだった。
抱き合ったままひとしきり涙を流した2人だったが、落ち着くとエリザベートは診察を受けることになった。
これまでも毎日朝昼晩と侍医長の診察を受けていたエリザベートだが、受け答えすることのない一方的な診察だった。
そもそも体調の面では体力が落ちているものの日常生活が送れるほどには回復しているのだ。エリザベートが寝たきりで過ごしていたのは精神的な問題である。
ダシェンボード前公爵夫人や2人の義姉は気がつけば辞去しており、診察にはカールが付き添ってくれた。
「本当に、死ぬつもりはなかったのです。ただ眠りたくて……」
あの日、薬を飲んだ理由を訊かれたエリザベートはぼそぼそと話しだした。
カールや侍医長の視線が刺さる。
なぜそうまでして眠りたいと思ったのか、2人が訊きたいのはそこだろう。特にエリザベートの手を握ったカールは身動きせずエリザベートを見つめている。
だけどそれを説明するのはエリザベートにとって辛いことだった。心の奥底に押し込めた醜い感情を曝け出さなければならない。
言葉にできず、エリザベートは視線を落とす。
そんなエリザベートをカールも侍医長も急かすことなく話せるまで待ってくれた。
「……カール様のいない夜が、とても長く感じたのです。あの方と、夫婦として過ごすカール様の姿を見たくなくて、それなのに頭に浮かんできて……。眠ってしまえば何も考えずに済みます。あの方と過ごすカール様のことも、夫婦として認められたお2人のことも、夜の長さも感じずに済むと思って……」
その長い時間をルイと過ごせたら、と思ったことは口にできなかった。
それだけでカールが十分ショックを受けていたからだ。
それはそうだろう。エリザベートはこれまでずっとカールにルイザを受け入れるよう促していた。
私たちの為に犠牲になった方なのだから、せめて優しくするように、側妃として尊重するように。ルイザの立場を守る為に、むしろ積極的に受け入れようとしていたのはエリザベートなのだ。
それなのにその言葉がすべて偽りだったなんて、きっと幻滅しただろう。
そう思い、恐る恐る視線を上げたエリザベートだったが、カールの反応は思っていたものと違っていた。
辛そうに表情を歪めると握っていたエリザベートの手を持ち上げ、額に押し当てる。
「リーザ、ごめん。ごめんな………」
カールにしてみれば、エリザベートがどれだけ平気そうに振る舞っていても辛い思いをしているのはわかっていた。カールに世継ぎが必要なことや王妃としての務めを強く意識しているから平静を装っていただけだ。
わかっていたのに何もできずに1人で耐えさせてしまったことが辛かった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
長らくお休みしてしまい、申し訳ありません。
実は8月の終わりから9月の初めにかけて×××に罹ってしまい、回復した後も喘息になり、咳のしすぎで肋骨を疲労骨折して……と散々な一ヶ月を過ごしました(^-^;
更に数日前から今度は歯が痛みだしたんですが、咳が出るので歯医者に行くに行かれず…。
咳が出たりあっちこっち痛かったりで中々集中できないのですが、また少しずつ書いていきますので、宜しくお願いします<(_ _)>
3
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる