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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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目を覚ましてからエリザベートは夢と現実の間を行ったり来たりしながら過ごしていた。
夢の中にはルイがいて、2人だけの幸福な時間を過ごす。現実に戻るとルイを亡くしたことを思い出して絶望感に打ちのめされる。
現実を受け入れられず、外部からの呼びかけを拒否して過ごしていたエリザベートだったが、それでも目覚めている時間が長くなるにつれて現実を受け入れざるを得なかった。
母のダシェンボード前公爵夫人がいつになく真剣な顔で「このままでは陛下が側妃殿下の元へ行ってしまっても仕方ないわよ……?」と語りかけたのもある。
傍で聞いていたアンヌやゾフィーが驚いて止めようとしていたけれど、前公爵夫人の言葉はぼんやりしていたエリザベートの胸に刺さった。
王妃として最も重要な役目は世継ぎを産むことだ。
だけど今のエリザベートは子を産むことができないばかりか王妃としての公務もすべて投げ捨てている。
子を産まず、公務をこなさず、国王の呼び掛けにも応えない王妃に何の価値があるだろうか。
この国では病気などの理由で公務を行えなくなった王妃の代わりを側妃が務めることが認められている。このままでは世継ぎの生母としてだけではなく、王妃としての立場も奪われてしまうだろう。
カールの隣に立ち、国民へ手を振るルイザの姿が不意に浮かんでエリザベートは体を震わせた。
嫌よっ!!私の場所を取らないで!!
それは心の奥底に押し込めていた嫉妬と独占欲だった。
「カール、様は……?」
「………………っ!!」
ゆっくりと視線を動かし、言葉を返したエリザベートに前公爵夫人は息を呑んだ。
エリザベートが目覚めてから誰かと話したのはこれが初めてなのだ。
「リズ、あなた………っ!」
いつも嗜みを忘れない前公爵夫人が思わず娘の愛称を呼ぶ。アンヌとゾフィーも目を潤ませて喜びの声を上げていた。
やがて扉が開かれ、カールが飛び込んでくる。侍女が知らせに行ったのだろう。カールは王宮の執務室から走ってきたようで息を弾ませていた。
「カール様………」
思わず呟くとカールがくしゃりと顔を歪ませてエリザベートを抱き締める。
震える体から、カールがどれほどエリザベートを案じていたのか伝わってくるようだった。
抱き合ったままひとしきり涙を流した2人だったが、落ち着くとエリザベートは診察を受けることになった。
これまでも毎日朝昼晩と侍医長の診察を受けていたエリザベートだが、受け答えすることのない一方的な診察だった。
そもそも体調の面では体力が落ちているものの日常生活が送れるほどには回復しているのだ。エリザベートが寝たきりで過ごしていたのは精神的な問題である。
ダシェンボード前公爵夫人や2人の義姉は気がつけば辞去しており、診察にはカールが付き添ってくれた。
「本当に、死ぬつもりはなかったのです。ただ眠りたくて……」
あの日、薬を飲んだ理由を訊かれたエリザベートはぼそぼそと話しだした。
カールや侍医長の視線が刺さる。
なぜそうまでして眠りたいと思ったのか、2人が訊きたいのはそこだろう。特にエリザベートの手を握ったカールは身動きせずエリザベートを見つめている。
だけどそれを説明するのはエリザベートにとって辛いことだった。心の奥底に押し込めた醜い感情を曝け出さなければならない。
言葉にできず、エリザベートは視線を落とす。
そんなエリザベートをカールも侍医長も急かすことなく話せるまで待ってくれた。
「……カール様のいない夜が、とても長く感じたのです。あの方と、夫婦として過ごすカール様の姿を見たくなくて、それなのに頭に浮かんできて……。眠ってしまえば何も考えずに済みます。あの方と過ごすカール様のことも、夫婦として認められたお2人のことも、夜の長さも感じずに済むと思って……」
その長い時間をルイと過ごせたら、と思ったことは口にできなかった。
それだけでカールが十分ショックを受けていたからだ。
それはそうだろう。エリザベートはこれまでずっとカールにルイザを受け入れるよう促していた。
私たちの為に犠牲になった方なのだから、せめて優しくするように、側妃として尊重するように。ルイザの立場を守る為に、むしろ積極的に受け入れようとしていたのはエリザベートなのだ。
それなのにその言葉がすべて偽りだったなんて、きっと幻滅しただろう。
そう思い、恐る恐る視線を上げたエリザベートだったが、カールの反応は思っていたものと違っていた。
辛そうに表情を歪めると握っていたエリザベートの手を持ち上げ、額に押し当てる。
「リーザ、ごめん。ごめんな………」
カールにしてみれば、エリザベートがどれだけ平気そうに振る舞っていても辛い思いをしているのはわかっていた。カールに世継ぎが必要なことや王妃としての務めを強く意識しているから平静を装っていただけだ。
わかっていたのに何もできずに1人で耐えさせてしまったことが辛かった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
長らくお休みしてしまい、申し訳ありません。
実は8月の終わりから9月の初めにかけて×××に罹ってしまい、回復した後も喘息になり、咳のしすぎで肋骨を疲労骨折して……と散々な一ヶ月を過ごしました(^-^;
更に数日前から今度は歯が痛みだしたんですが、咳が出るので歯医者に行くに行かれず…。
咳が出たりあっちこっち痛かったりで中々集中できないのですが、また少しずつ書いていきますので、宜しくお願いします<(_ _)>
夢の中にはルイがいて、2人だけの幸福な時間を過ごす。現実に戻るとルイを亡くしたことを思い出して絶望感に打ちのめされる。
現実を受け入れられず、外部からの呼びかけを拒否して過ごしていたエリザベートだったが、それでも目覚めている時間が長くなるにつれて現実を受け入れざるを得なかった。
母のダシェンボード前公爵夫人がいつになく真剣な顔で「このままでは陛下が側妃殿下の元へ行ってしまっても仕方ないわよ……?」と語りかけたのもある。
傍で聞いていたアンヌやゾフィーが驚いて止めようとしていたけれど、前公爵夫人の言葉はぼんやりしていたエリザベートの胸に刺さった。
王妃として最も重要な役目は世継ぎを産むことだ。
だけど今のエリザベートは子を産むことができないばかりか王妃としての公務もすべて投げ捨てている。
子を産まず、公務をこなさず、国王の呼び掛けにも応えない王妃に何の価値があるだろうか。
この国では病気などの理由で公務を行えなくなった王妃の代わりを側妃が務めることが認められている。このままでは世継ぎの生母としてだけではなく、王妃としての立場も奪われてしまうだろう。
カールの隣に立ち、国民へ手を振るルイザの姿が不意に浮かんでエリザベートは体を震わせた。
嫌よっ!!私の場所を取らないで!!
それは心の奥底に押し込めていた嫉妬と独占欲だった。
「カール、様は……?」
「………………っ!!」
ゆっくりと視線を動かし、言葉を返したエリザベートに前公爵夫人は息を呑んだ。
エリザベートが目覚めてから誰かと話したのはこれが初めてなのだ。
「リズ、あなた………っ!」
いつも嗜みを忘れない前公爵夫人が思わず娘の愛称を呼ぶ。アンヌとゾフィーも目を潤ませて喜びの声を上げていた。
やがて扉が開かれ、カールが飛び込んでくる。侍女が知らせに行ったのだろう。カールは王宮の執務室から走ってきたようで息を弾ませていた。
「カール様………」
思わず呟くとカールがくしゃりと顔を歪ませてエリザベートを抱き締める。
震える体から、カールがどれほどエリザベートを案じていたのか伝わってくるようだった。
抱き合ったままひとしきり涙を流した2人だったが、落ち着くとエリザベートは診察を受けることになった。
これまでも毎日朝昼晩と侍医長の診察を受けていたエリザベートだが、受け答えすることのない一方的な診察だった。
そもそも体調の面では体力が落ちているものの日常生活が送れるほどには回復しているのだ。エリザベートが寝たきりで過ごしていたのは精神的な問題である。
ダシェンボード前公爵夫人や2人の義姉は気がつけば辞去しており、診察にはカールが付き添ってくれた。
「本当に、死ぬつもりはなかったのです。ただ眠りたくて……」
あの日、薬を飲んだ理由を訊かれたエリザベートはぼそぼそと話しだした。
カールや侍医長の視線が刺さる。
なぜそうまでして眠りたいと思ったのか、2人が訊きたいのはそこだろう。特にエリザベートの手を握ったカールは身動きせずエリザベートを見つめている。
だけどそれを説明するのはエリザベートにとって辛いことだった。心の奥底に押し込めた醜い感情を曝け出さなければならない。
言葉にできず、エリザベートは視線を落とす。
そんなエリザベートをカールも侍医長も急かすことなく話せるまで待ってくれた。
「……カール様のいない夜が、とても長く感じたのです。あの方と、夫婦として過ごすカール様の姿を見たくなくて、それなのに頭に浮かんできて……。眠ってしまえば何も考えずに済みます。あの方と過ごすカール様のことも、夫婦として認められたお2人のことも、夜の長さも感じずに済むと思って……」
その長い時間をルイと過ごせたら、と思ったことは口にできなかった。
それだけでカールが十分ショックを受けていたからだ。
それはそうだろう。エリザベートはこれまでずっとカールにルイザを受け入れるよう促していた。
私たちの為に犠牲になった方なのだから、せめて優しくするように、側妃として尊重するように。ルイザの立場を守る為に、むしろ積極的に受け入れようとしていたのはエリザベートなのだ。
それなのにその言葉がすべて偽りだったなんて、きっと幻滅しただろう。
そう思い、恐る恐る視線を上げたエリザベートだったが、カールの反応は思っていたものと違っていた。
辛そうに表情を歪めると握っていたエリザベートの手を持ち上げ、額に押し当てる。
「リーザ、ごめん。ごめんな………」
カールにしてみれば、エリザベートがどれだけ平気そうに振る舞っていても辛い思いをしているのはわかっていた。カールに世継ぎが必要なことや王妃としての務めを強く意識しているから平静を装っていただけだ。
わかっていたのに何もできずに1人で耐えさせてしまったことが辛かった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
長らくお休みしてしまい、申し訳ありません。
実は8月の終わりから9月の初めにかけて×××に罹ってしまい、回復した後も喘息になり、咳のしすぎで肋骨を疲労骨折して……と散々な一ヶ月を過ごしました(^-^;
更に数日前から今度は歯が痛みだしたんですが、咳が出るので歯医者に行くに行かれず…。
咳が出たりあっちこっち痛かったりで中々集中できないのですが、また少しずつ書いていきますので、宜しくお願いします<(_ _)>
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