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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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その頃のルイザは訳が分からないまま過ごしていた。
晩餐会では国王から称賛の言葉を掛けられ、初めて夫婦らしく過ごした。有力者たちからの祝いの言葉を共に聞きながら並んで食事をして、ルイザが話し掛けると国王は優しく応えてくれた。
このまま思い描いていたような夫婦になれると期待に胸を膨らませていたのに、百合の宮を訪れた国王はこれまでと変わりなく無言のままルイザを抱いた。
そしてそれから半月も経つのに国王の訪れはない。
「陛下から何か報せはあって?」
「いいえ。本日はいらっしゃらないようですね」
何度聞いても同じ答えだ。
この半月の間にルイザの月のモノは終わった。侍女たちに月のモノの管理をされているようなので、終わればまた国王の訪れがあるのかと思っていたが、そんな様子もない。
とにかく音沙汰がないのだ。
「手持ち無沙汰でしたら刺繍はいかがですか?先日の続きをお教え致しますよ」
「ええ、そうね」
イーネの言葉にルイザは頷く。
きらきらと輝く生活を思い描いていた王宮での日々は、実際にはただ退屈なだけだった。
晩餐会の翌日には貴族たちから結婚を祝う品が大量に届けられたが、添えられた文には形式的な祝福の言葉が並べられているだけで親しみを感じさせるものはなかった。
それでも礼状を書くという仕事がある内は良かったと思う。
積み上げられた膨大な数の贈り物に呆然としたけれど、実際にはルイザが直接礼状を書いた方が良い相手をイーネがより分けてくれたのでルイザの作業は3日程で終わってしまった。
贈り物を開いて中から出てくる高価な品々に歓喜したのも最初だけで、ルイザはすぐに飽きてしまった。誰もルイザの好みを把握していないので、一般的に嫌う人がいないような無難な品ばかりだったのだ。ルイザもそれらの品々が嫌いではないが特段好きな訳でもない。
もし訪問を伺う手紙が来ていたら、ルイザは喜んで応じただろう。
だけど晩餐会で顔を合わせた貴婦人たちでさえ形式的な祝いの品を送ってきただけでこれから親しくしようといった言葉はなく、訪問の機会を尋ねる言葉もなかった。
たった半月の間に思い知ったのだ。ここには気軽く話ができるような知り合いがいない。
伯爵領から付いてきてくれたミザリーだけは昔からの知り合いだが、彼女は侍女で友達のように接することはできない。立場を弁えた振る舞いをしないと悪く言われるのはミザリーなのだ。
それ以来ルイザがここでできる時間潰しは、本を読むか刺繍をするか礼儀作法を習うかだ。
買い物の為に商人を呼ぶかと訊かれたけれど、新しいドレスを買っても着ていく場所も見せる相手も浮かばなかった。
だからルイザは読書と刺繍と礼儀作法の学習を繰り返している。
刺繍と礼儀作法の時間はイーネがついていてくれるので、教えを受けているだけでも会話ができることが嬉しかった。
こんな時に思い出すのは経済的に苦しかったけれど、家族みんなで食卓を囲み、他愛無い話で笑い合っていた伯爵家の生活だ。
だけどあの頃に戻りたいと思うのは贅沢なことなのだろう。
ルイザは溜息をついて用意された刺繍道具を手に取った。
イーネは国王が百合の宮へ来ない理由を勿論知っていた。
大騒ぎになっていたのだ。知らないはずがない。
事件が発覚したのは真夜中だったが、エリザベートを抱き抱えて泣き叫ぶカールと侍女たちの悲鳴、医局へ駆ける騎士、そして薔薇の宮へ駆けつけた侍医たち。ショックで倒れる侍女やメイドが頻出し、侍医たちはその者たちの治療にも当たらなければならなかったので薔薇の宮は大変な騒ぎになっていた。
騒ぎはすぐにイーネの耳にも届いた。
元々イーネはエリザベート付きの侍女だったので、今でも薔薇の宮に親しくしている侍女が沢山いる。イーネがエリザベートを慕っていることを知っている友人がすぐに知らせてくれたのだ。
知らせを聞いたイーネは、こんなことになるのなら何と言われてもエリザベートの傍を離れるのではなかったと強く悔やんだ。
だけど今のイーネには「決してルイザをエリザベートの目に触れさせるな」というカールからの命令がある。
イーネだけではなく、独自の人脈を築いている使用人たちは一斉に騒がしくなった。
だけどイーネはすぐにこの件がルイザとミザリーの耳に入らないよう箝口令を敷いた。
エリザベートの見舞いと称してルイザが薔薇の宮を訪れないようにする為だ。
意識のないエリザベートはルイザが訪れても何も感じることはできないだろうが、この非常時にカールがルイザの顔を見たいとは思えない。
だからこの広い王宮でルイザとミザリーだけがこの事件を知らない。
薔薇の宮と百合の宮が遠く離れているからこそ隠し通せたことでもあった。
この事件は晩餐会の翌日には社交界でも広まっていた。
同時にルイザが晩餐会で見せた振る舞いも、参席していた貴族たちによって広められていく。
ルイザは何故主賓席が空いているのか国王に尋ねた。
そして「彼女は体調が優れない」と言われて心配することもなく、他の貴族へ視線を移して笑ったのだ。
体調を崩して欠席したのは王妃だった。側妃をお披露目する晩餐会には、通常王妃が側妃を受け入れていると示す為に主賓として出席する。
ルイザはエリザベートを、自身の役割を果たすこともできず、側妃を受け入れることもできない狭量な王妃として嘲笑ったのだ。
少なくとも参席者たちにはそのように見えていた。
晩餐会に招かれるような高位貴族にとって、主賓として招かれるのが王妃なのは当然知っているべき知識だ。
だから彼らは、ルイザがそれを忘れているなど思いつきもしなかった。
そしてその夜に起きた王妃の服薬事件。ルイザが王妃を見舞ったという話も聞こえてこない。
ルイザにとってエリザベートは見舞う必要もない人物なのだろう。
エリザベートが子を孕むことは二度とないので、世継ぎになるのはルイザが生む王子と決まっている。今はエリザベートの方が位が上でも、いずれその立場は入れ替わるのだ。
「子も産まない内から側妃は王妃を見下している」
ルイザの知らないところで、傲慢で図々しい側妃だと悪評が広まっていた。
晩餐会では国王から称賛の言葉を掛けられ、初めて夫婦らしく過ごした。有力者たちからの祝いの言葉を共に聞きながら並んで食事をして、ルイザが話し掛けると国王は優しく応えてくれた。
このまま思い描いていたような夫婦になれると期待に胸を膨らませていたのに、百合の宮を訪れた国王はこれまでと変わりなく無言のままルイザを抱いた。
そしてそれから半月も経つのに国王の訪れはない。
「陛下から何か報せはあって?」
「いいえ。本日はいらっしゃらないようですね」
何度聞いても同じ答えだ。
この半月の間にルイザの月のモノは終わった。侍女たちに月のモノの管理をされているようなので、終わればまた国王の訪れがあるのかと思っていたが、そんな様子もない。
とにかく音沙汰がないのだ。
「手持ち無沙汰でしたら刺繍はいかがですか?先日の続きをお教え致しますよ」
「ええ、そうね」
イーネの言葉にルイザは頷く。
きらきらと輝く生活を思い描いていた王宮での日々は、実際にはただ退屈なだけだった。
晩餐会の翌日には貴族たちから結婚を祝う品が大量に届けられたが、添えられた文には形式的な祝福の言葉が並べられているだけで親しみを感じさせるものはなかった。
それでも礼状を書くという仕事がある内は良かったと思う。
積み上げられた膨大な数の贈り物に呆然としたけれど、実際にはルイザが直接礼状を書いた方が良い相手をイーネがより分けてくれたのでルイザの作業は3日程で終わってしまった。
贈り物を開いて中から出てくる高価な品々に歓喜したのも最初だけで、ルイザはすぐに飽きてしまった。誰もルイザの好みを把握していないので、一般的に嫌う人がいないような無難な品ばかりだったのだ。ルイザもそれらの品々が嫌いではないが特段好きな訳でもない。
もし訪問を伺う手紙が来ていたら、ルイザは喜んで応じただろう。
だけど晩餐会で顔を合わせた貴婦人たちでさえ形式的な祝いの品を送ってきただけでこれから親しくしようといった言葉はなく、訪問の機会を尋ねる言葉もなかった。
たった半月の間に思い知ったのだ。ここには気軽く話ができるような知り合いがいない。
伯爵領から付いてきてくれたミザリーだけは昔からの知り合いだが、彼女は侍女で友達のように接することはできない。立場を弁えた振る舞いをしないと悪く言われるのはミザリーなのだ。
それ以来ルイザがここでできる時間潰しは、本を読むか刺繍をするか礼儀作法を習うかだ。
買い物の為に商人を呼ぶかと訊かれたけれど、新しいドレスを買っても着ていく場所も見せる相手も浮かばなかった。
だからルイザは読書と刺繍と礼儀作法の学習を繰り返している。
刺繍と礼儀作法の時間はイーネがついていてくれるので、教えを受けているだけでも会話ができることが嬉しかった。
こんな時に思い出すのは経済的に苦しかったけれど、家族みんなで食卓を囲み、他愛無い話で笑い合っていた伯爵家の生活だ。
だけどあの頃に戻りたいと思うのは贅沢なことなのだろう。
ルイザは溜息をついて用意された刺繍道具を手に取った。
イーネは国王が百合の宮へ来ない理由を勿論知っていた。
大騒ぎになっていたのだ。知らないはずがない。
事件が発覚したのは真夜中だったが、エリザベートを抱き抱えて泣き叫ぶカールと侍女たちの悲鳴、医局へ駆ける騎士、そして薔薇の宮へ駆けつけた侍医たち。ショックで倒れる侍女やメイドが頻出し、侍医たちはその者たちの治療にも当たらなければならなかったので薔薇の宮は大変な騒ぎになっていた。
騒ぎはすぐにイーネの耳にも届いた。
元々イーネはエリザベート付きの侍女だったので、今でも薔薇の宮に親しくしている侍女が沢山いる。イーネがエリザベートを慕っていることを知っている友人がすぐに知らせてくれたのだ。
知らせを聞いたイーネは、こんなことになるのなら何と言われてもエリザベートの傍を離れるのではなかったと強く悔やんだ。
だけど今のイーネには「決してルイザをエリザベートの目に触れさせるな」というカールからの命令がある。
イーネだけではなく、独自の人脈を築いている使用人たちは一斉に騒がしくなった。
だけどイーネはすぐにこの件がルイザとミザリーの耳に入らないよう箝口令を敷いた。
エリザベートの見舞いと称してルイザが薔薇の宮を訪れないようにする為だ。
意識のないエリザベートはルイザが訪れても何も感じることはできないだろうが、この非常時にカールがルイザの顔を見たいとは思えない。
だからこの広い王宮でルイザとミザリーだけがこの事件を知らない。
薔薇の宮と百合の宮が遠く離れているからこそ隠し通せたことでもあった。
この事件は晩餐会の翌日には社交界でも広まっていた。
同時にルイザが晩餐会で見せた振る舞いも、参席していた貴族たちによって広められていく。
ルイザは何故主賓席が空いているのか国王に尋ねた。
そして「彼女は体調が優れない」と言われて心配することもなく、他の貴族へ視線を移して笑ったのだ。
体調を崩して欠席したのは王妃だった。側妃をお披露目する晩餐会には、通常王妃が側妃を受け入れていると示す為に主賓として出席する。
ルイザはエリザベートを、自身の役割を果たすこともできず、側妃を受け入れることもできない狭量な王妃として嘲笑ったのだ。
少なくとも参席者たちにはそのように見えていた。
晩餐会に招かれるような高位貴族にとって、主賓として招かれるのが王妃なのは当然知っているべき知識だ。
だから彼らは、ルイザがそれを忘れているなど思いつきもしなかった。
そしてその夜に起きた王妃の服薬事件。ルイザが王妃を見舞ったという話も聞こえてこない。
ルイザにとってエリザベートは見舞う必要もない人物なのだろう。
エリザベートが子を孕むことは二度とないので、世継ぎになるのはルイザが生む王子と決まっている。今はエリザベートの方が位が上でも、いずれその立場は入れ替わるのだ。
「子も産まない内から側妃は王妃を見下している」
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