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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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あの後、何がどうなったのかカールは正確に覚えていない。
絶叫するカールの声に慌てて飛び込んできた侍女や騎士たち。
侍女たちはカールの腕の中でぐったりしたエリザベートを見て悲鳴を上げた。
部屋中に明かりが灯させ、駆け出していく人の足音。
エリザベートを腕から奪われそうになり、抵抗したような気がする。
誰かにエリザベートをベッドへ寝かすべきだと強く言われてよろよろと運んだ。
そこへ侍医たちが駆け込んできて薔薇の宮は大騒ぎになった。
それからどれだけ時間が経ったのかわからない。カールは執務も何も放り投げてエリザベートに付き添った。
途中マクロイド公爵が現れて何か言っていたような気がする。ダシェンボード前公爵夫妻や公爵夫妻、ルヴエル伯爵夫妻も青い顔をしてやってきた。彼らと何を話したのかは覚えていない。
マクロイド公爵がこの件を必死で隠そうとしていたようだが、肝心のカールが何もしないのだからすぐに噂が広まったようだ。そもそも晩餐会の夜に起きた異変に貴族たちが興味を向けないはずがない。
だがカールはそんなことも考えられずにただエリザベートの手を握りしめ、目覚めることだけを願っていた。
「おかしゃま!おはなどぉじょ」
「綺麗なお花ね。母様のために摘んで来てくれたの?」
「あいっ!」
にこにこと笑うルイが差し出した花をエリザベートは微笑んで受け取る。
なんていう花だろうか。
初めて見るその花は、美しくどこか懐かしい感じがする。
エリザベートはもう何日もルイと離れずに過ごしていた。
ルイと一緒にご飯を食べ、遊び、昼寝をして散歩をする。ここにはエリザベートとルイを引き離そうとする人はいない。
エリザベートは公務のことも家庭教師のことも忘れて、2人だけの蜜月を存分に楽しんでいた。
「あのね、むこぉにおはないっぱいしゃいてるの」
「まあ、それは素敵ね。案内してくれるの?」
「あいっ!」
エリザベートはルイの小さな手に引かれて歩く。
びっくりするくらい強い力でぐいぐい引かれるのがエリザベートは嬉しかった。
ルイといつも散歩をしていた宮殿から近い庭園を抜けて林の中に入ると、やがて川が見えてくる。その川の向こう岸にルイが摘んでくれた花が一面に咲いているのが見えた。
「綺麗ねぇ………」
思わず足を止めたエリザベートの手をルイが両手で引く。
「おかしゃま、はやくぅ!」
「あら、ごめんなさいね」
駄々をこねるようなその仕草が可愛くてエリザベートは笑みを零す。
そのまま手を引かれて川に足を踏み入れたエリザベートはそこでふと違和感を感じた。
この川、こんなに広かったかしら……?
確かに薔薇の宮から続く林の中には川が流れているが、もっと川幅の狭い小川だった気がする。
だけど嬉しそうなルイの顔や繋いだ手の温かさを感じていると、そんなことはどうでも良くなってしまった。
ルイは濡れるのも気にせずじゃぶじゃぶと川を渡っていく。
エリザベートも普段川に入ったことなど無いのに、水に濡れることや川の流れを不快に感じることなく向こう岸へ進んだ。
「………ザっ!」
えっ?
川の中ほどまで進んだ頃だろうか。
聞き覚えのある声に呼ばれた気がしてエリザベートは立ち止まった。
「かあしゃま?」
手を繋いだルイが不安そうにエリザベートを見上げる。
「大丈夫よ」
そう言い掛けた時、先程よりはっきりと名前を呼ぶ声が聞こえた。
「………ーザっ!……リーザっ!」
やめて、やめてっ!!
名前を呼ぶ愛しい声にエリザベートは必死で抵抗をする。
この声に応えてしまったら、ルイと別れなければならない。
選べるのはどちらか1人だけ。
それなら私が選ぶのは………っ!!
「……リーザっ!いかないでくれっ!!」
カール様!!
悲痛な声に思わずその名を呼んだ時、哀しそうなルイの顔がぐにゃりと歪んで消えた。
「………っ!!!」
「リーザっ?!気がついたのか?!」
「王妃殿下!!よくお目覚めに……っ!!」
体をビクつかせ目を見開いたエリザベートにカールの嬉しそうな声が聞こえる。
周りにいた侍女や侍医たちも喜びの声を上げている。
喜びに湧く人々の中、エリザベートは視線を彷徨わせると絶望に顔を歪ませた。
「ルイ………っ」
長く眠っていたエリザベートの口からは掠れた声しか出なかった。
だけどすぐ近くにいたカールには聞こえたようで強く抱き締められる。
その腕の中でエリザベートは声にならない声を上げ、涙を流し続けた。エリザベートを抱き締めるカールの肩も震えていた。
絶叫するカールの声に慌てて飛び込んできた侍女や騎士たち。
侍女たちはカールの腕の中でぐったりしたエリザベートを見て悲鳴を上げた。
部屋中に明かりが灯させ、駆け出していく人の足音。
エリザベートを腕から奪われそうになり、抵抗したような気がする。
誰かにエリザベートをベッドへ寝かすべきだと強く言われてよろよろと運んだ。
そこへ侍医たちが駆け込んできて薔薇の宮は大騒ぎになった。
それからどれだけ時間が経ったのかわからない。カールは執務も何も放り投げてエリザベートに付き添った。
途中マクロイド公爵が現れて何か言っていたような気がする。ダシェンボード前公爵夫妻や公爵夫妻、ルヴエル伯爵夫妻も青い顔をしてやってきた。彼らと何を話したのかは覚えていない。
マクロイド公爵がこの件を必死で隠そうとしていたようだが、肝心のカールが何もしないのだからすぐに噂が広まったようだ。そもそも晩餐会の夜に起きた異変に貴族たちが興味を向けないはずがない。
だがカールはそんなことも考えられずにただエリザベートの手を握りしめ、目覚めることだけを願っていた。
「おかしゃま!おはなどぉじょ」
「綺麗なお花ね。母様のために摘んで来てくれたの?」
「あいっ!」
にこにこと笑うルイが差し出した花をエリザベートは微笑んで受け取る。
なんていう花だろうか。
初めて見るその花は、美しくどこか懐かしい感じがする。
エリザベートはもう何日もルイと離れずに過ごしていた。
ルイと一緒にご飯を食べ、遊び、昼寝をして散歩をする。ここにはエリザベートとルイを引き離そうとする人はいない。
エリザベートは公務のことも家庭教師のことも忘れて、2人だけの蜜月を存分に楽しんでいた。
「あのね、むこぉにおはないっぱいしゃいてるの」
「まあ、それは素敵ね。案内してくれるの?」
「あいっ!」
エリザベートはルイの小さな手に引かれて歩く。
びっくりするくらい強い力でぐいぐい引かれるのがエリザベートは嬉しかった。
ルイといつも散歩をしていた宮殿から近い庭園を抜けて林の中に入ると、やがて川が見えてくる。その川の向こう岸にルイが摘んでくれた花が一面に咲いているのが見えた。
「綺麗ねぇ………」
思わず足を止めたエリザベートの手をルイが両手で引く。
「おかしゃま、はやくぅ!」
「あら、ごめんなさいね」
駄々をこねるようなその仕草が可愛くてエリザベートは笑みを零す。
そのまま手を引かれて川に足を踏み入れたエリザベートはそこでふと違和感を感じた。
この川、こんなに広かったかしら……?
確かに薔薇の宮から続く林の中には川が流れているが、もっと川幅の狭い小川だった気がする。
だけど嬉しそうなルイの顔や繋いだ手の温かさを感じていると、そんなことはどうでも良くなってしまった。
ルイは濡れるのも気にせずじゃぶじゃぶと川を渡っていく。
エリザベートも普段川に入ったことなど無いのに、水に濡れることや川の流れを不快に感じることなく向こう岸へ進んだ。
「………ザっ!」
えっ?
川の中ほどまで進んだ頃だろうか。
聞き覚えのある声に呼ばれた気がしてエリザベートは立ち止まった。
「かあしゃま?」
手を繋いだルイが不安そうにエリザベートを見上げる。
「大丈夫よ」
そう言い掛けた時、先程よりはっきりと名前を呼ぶ声が聞こえた。
「………ーザっ!……リーザっ!」
やめて、やめてっ!!
名前を呼ぶ愛しい声にエリザベートは必死で抵抗をする。
この声に応えてしまったら、ルイと別れなければならない。
選べるのはどちらか1人だけ。
それなら私が選ぶのは………っ!!
「……リーザっ!いかないでくれっ!!」
カール様!!
悲痛な声に思わずその名を呼んだ時、哀しそうなルイの顔がぐにゃりと歪んで消えた。
「………っ!!!」
「リーザっ?!気がついたのか?!」
「王妃殿下!!よくお目覚めに……っ!!」
体をビクつかせ目を見開いたエリザベートにカールの嬉しそうな声が聞こえる。
周りにいた侍女や侍医たちも喜びの声を上げている。
喜びに湧く人々の中、エリザベートは視線を彷徨わせると絶望に顔を歪ませた。
「ルイ………っ」
長く眠っていたエリザベートの口からは掠れた声しか出なかった。
だけどすぐ近くにいたカールには聞こえたようで強く抱き締められる。
その腕の中でエリザベートは声にならない声を上げ、涙を流し続けた。エリザベートを抱き締めるカールの肩も震えていた。
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