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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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3日目は昼過ぎにヴィラント伯爵夫妻が百合の宮を訪れた。
王立学園を卒業し、領地が災害に遭うまでは社交界に身を置いていた伯爵夫妻には王都に知り合いが大勢いる。この機会に旧交を温め、領地復興の足掛かりにしようと昨日一昨日は挨拶回りに勤しんでいたのだ。
正式な挨拶を受けた後、ルイザは両親と向かい合って座る。たった2日会わなかっただけなのに、なぜだかとても懐かしく思えた。
「これまで会いに来られずすまなかった。ここの暮らしはどうだ?」
「とても快適ですわ、お父様」
申し訳なさそうに眉を下げる両親にルイザは笑ってみせた。
ルイザも領地復興の為に両親が駆けずり回っているのはわかっている。王家の支援があるとはいえ、伯爵領はまだ復興途中だ。王都にタウンハウスを持たない両親が、王都に滞在できるこの機会に他の貴族と繋がりを持とうとするのは当然だった。
それに百合の宮の暮らしが快適なのは事実だ。ここでは食事の心配をすることもなく、着るものにも困らない。宮殿の中はどこも隅々までピカピカに磨かれているし、伯爵邸のように雨漏りがする屋根も黒ずんだ壁もなかった。
間違いなく快適な暮らしを手に入れたと言えるだろう。
「それは良かった。……陛下は優しくしてくださっているか?」
父親の問い掛けにルイザの肩が小さく跳ねる。
唯1つ、ルイザの思い描いていた通りに進んでいないのが国王との関係だ。昨夜も国王は百合の宮を訪れたが、会話らしい会話はなく、前日と同じように無言でルイザを抱いただけだった。
だが国王が優しくないとは言えない。
初めての経験なので誰かと比べることはできないが、丁寧に慎重に抱いてくれていると思う。何を考えているのかわからない国王に戸惑いと空恐ろしさを感じるが、行為自体を怖いとは思わなかった。
「そうね……。優しくしてくださっていると、思うわ」
「……そうか。それを聞いて安心したよ」
躊躇いながらもルイザは答える。
歯切れの悪いその答えに伯爵夫妻は内心不安を感じながらも、新しい生活を始めたばかりの娘を不安がらせないようにあえてホッとした表情を見せた。
そもそも百合の宮へ着くまでの間に不安は膨らんでいたのだ。
最近は遠ざかっていたとはいえ、長く社交界に身を置いている2人は、国王の寵愛が深い側妃ほど鳳凰の宮の近くに離宮を与えられると知っていた。
それなのにこの場所はどうだ。とても寵愛を得ている側妃が住む場所とは思えない。
それに伯爵夫妻のところへ挨拶に来る貴族が少ないことも気になっていた。
王都の貴族たちはルイザが輿入れしたことも、伯爵夫妻が王宮に滞在していることも知っているはずだ。
自分たちが没落寸前の貴族であることは勿論理解しているが、それでも娘が側妃になり、いずれ世継ぎを生むことを期待されているのだ。今の内に取り入ろうとする貴族たちが押し寄せるとだろうと予測していた。そこから領地復興に役立つ繋がりを得ようという下心があったことも否定しない。
だが実際に王都へ来てみると挨拶に訪れたのは男爵や子爵が数人だけで、あまり権力のない者ばかりだった。
王妃やダシェンボード公爵の目を気にする者もいるだろう。高位貴族が没落寸前の貴族にすり寄るのを嫌うのも理解できる。
だから主要な貴族家にはこちらから挨拶に伺うつもりだったが、あまりにも予測と違い過ぎた。
「王妃殿下にもご挨拶をしたのでしょう?」
「ええ、お母様!王妃殿下は素敵な方ね。とても優しくして下さったわ!」
「そうか!優しくして下さったか!」
パッと顔を輝かせるルイザに伯爵夫妻も顔を綻ばせる。
貴族たちのおかしな態度に王妃やダシェンボード公爵家の介入があったのではと恐れていたが、どうやらそれはないようだ。
伯爵と伯爵夫人は顔を見合わせ安堵の息をついた。
ルイザはその後、両親に百合の宮を見せてまわった。
最もルイザも来たばかりなので、案内に立ったのはイーネだ。
ルイザと同じく煌びやかな内装や設備を見ては目を輝かせる両親に嬉しくなった。
国王との会話がないことは最後まで話せなかった。
それは羞恥心だったのか、領地のことで苦労を抱える両親に、これ以上の心配事を与えたくなかったからかもしれない。
王立学園を卒業し、領地が災害に遭うまでは社交界に身を置いていた伯爵夫妻には王都に知り合いが大勢いる。この機会に旧交を温め、領地復興の足掛かりにしようと昨日一昨日は挨拶回りに勤しんでいたのだ。
正式な挨拶を受けた後、ルイザは両親と向かい合って座る。たった2日会わなかっただけなのに、なぜだかとても懐かしく思えた。
「これまで会いに来られずすまなかった。ここの暮らしはどうだ?」
「とても快適ですわ、お父様」
申し訳なさそうに眉を下げる両親にルイザは笑ってみせた。
ルイザも領地復興の為に両親が駆けずり回っているのはわかっている。王家の支援があるとはいえ、伯爵領はまだ復興途中だ。王都にタウンハウスを持たない両親が、王都に滞在できるこの機会に他の貴族と繋がりを持とうとするのは当然だった。
それに百合の宮の暮らしが快適なのは事実だ。ここでは食事の心配をすることもなく、着るものにも困らない。宮殿の中はどこも隅々までピカピカに磨かれているし、伯爵邸のように雨漏りがする屋根も黒ずんだ壁もなかった。
間違いなく快適な暮らしを手に入れたと言えるだろう。
「それは良かった。……陛下は優しくしてくださっているか?」
父親の問い掛けにルイザの肩が小さく跳ねる。
唯1つ、ルイザの思い描いていた通りに進んでいないのが国王との関係だ。昨夜も国王は百合の宮を訪れたが、会話らしい会話はなく、前日と同じように無言でルイザを抱いただけだった。
だが国王が優しくないとは言えない。
初めての経験なので誰かと比べることはできないが、丁寧に慎重に抱いてくれていると思う。何を考えているのかわからない国王に戸惑いと空恐ろしさを感じるが、行為自体を怖いとは思わなかった。
「そうね……。優しくしてくださっていると、思うわ」
「……そうか。それを聞いて安心したよ」
躊躇いながらもルイザは答える。
歯切れの悪いその答えに伯爵夫妻は内心不安を感じながらも、新しい生活を始めたばかりの娘を不安がらせないようにあえてホッとした表情を見せた。
そもそも百合の宮へ着くまでの間に不安は膨らんでいたのだ。
最近は遠ざかっていたとはいえ、長く社交界に身を置いている2人は、国王の寵愛が深い側妃ほど鳳凰の宮の近くに離宮を与えられると知っていた。
それなのにこの場所はどうだ。とても寵愛を得ている側妃が住む場所とは思えない。
それに伯爵夫妻のところへ挨拶に来る貴族が少ないことも気になっていた。
王都の貴族たちはルイザが輿入れしたことも、伯爵夫妻が王宮に滞在していることも知っているはずだ。
自分たちが没落寸前の貴族であることは勿論理解しているが、それでも娘が側妃になり、いずれ世継ぎを生むことを期待されているのだ。今の内に取り入ろうとする貴族たちが押し寄せるとだろうと予測していた。そこから領地復興に役立つ繋がりを得ようという下心があったことも否定しない。
だが実際に王都へ来てみると挨拶に訪れたのは男爵や子爵が数人だけで、あまり権力のない者ばかりだった。
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だから主要な貴族家にはこちらから挨拶に伺うつもりだったが、あまりにも予測と違い過ぎた。
「王妃殿下にもご挨拶をしたのでしょう?」
「ええ、お母様!王妃殿下は素敵な方ね。とても優しくして下さったわ!」
「そうか!優しくして下さったか!」
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