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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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夕食を終えたルイザは湯浴みをしていた。伯爵家とは比べ物にならない豪華な浴室にルイザは大興奮だ。
伯爵家の浴室も広さはあった。だけど経済状況が逼迫しているので内装に手をかけられない。
経年劣化で黒ずんだタイルはそのまま、子どもの頃大好きだったカラフルな壁も塗り替えられることなく色褪せていた。侍女たちに髪や体を磨かれるのも子どもの頃以来である。
「すごく良い香り……。泡も滑らかだし、やっぱり王宮の石鹸は違うのね……」
ルイザはうっとり目を細める。
ミザリーは国王からの贈り物がないと気にしていたが、石鹸やシャンプー、トリートメントに香油、ボディクリームまで、カールが指示して用意させたものだ。
最もこれは新婦を歓迎する贈り物ではない。すべてエリザベートが愛用している品で、望まない初夜を迎えるカールが馴染みのない香りで萎えてしまわないように考えられたものだった。
それを知らないルイザは感動して泡をすくい上げ、ミザリーもホッとしたように笑顔を見せている。
「お父様もお母様も楽しんでいるかしら……。でも領地の邸もすぐにこうなるわよね?」
「さようでございますね。皆様妃殿下に感謝されるでしょう」
イーネが如才なく応える。
実際ルイザの待遇は破格のものだ。
ヴィラント伯爵家にはルイザの支度金として多額の金が支払われたが、通常であれば支度金など出ることはなく、特別講師が派遣されることもない。
これらはすべてこちらの都合で余裕のない伯爵家から側妃を選んだ穴埋めで、ルイザの体裁を整える為のものだ。弟妹へ学習の支援を行ったのも、いずれルイザが子を生んだ時に、叔父と叔母が無学のままでは王太子の瑕疵となるからだ。彼らには王太子を支える為に学園で人脈を広げてもらわなければならない。
その他にも伯爵家には支度金とは別に多額の支援金が払われているし、領地復興の為の技術者や労働者が順次派遣されることになっている。
それもこれもヴィラント伯爵家には王太子の後ろ盾のなってもらわなければならないからだ。時間が掛かるだろうが、いずれ伯爵領は持ち直すだろう。
ルイザ自身も百合の宮での暮らしに制限があるわけではない。
これからは側妃として予算が割り当てられるので好きに買い物をすることができるし、エリザベートの目につかないところで、という条件は付くが、お茶会やサロンを開くこともできる。側妃には公務もないので遊んで暮らすことができるのだ。
カールの愛情さえ求めなければ、最高の暮らしができる。
体の隅々まで磨かれ、全身を揉み解されたルイザはボディクリームを塗り込まれた後夜着を着せられた。普通の婚姻であれば初夜の時に用意されるような肌が透ける夜着ではなく、普段遣いの為にルイザが選んだ夜着である。
イーネはルイザの肌を見てもカールが喜ばないと知っているからだ。
寝室で1人になると、ルイザはドキドキする胸を押さえて部屋の中を見渡した。
照明が落とされ薄暗い部屋はそれだけで独特の雰囲気がある。
テーブルに用意されたワインとグラス、薄いレースのカーテンが掛かった天蓋付きのベッドが目に入ると、ルイザはパッと目を逸らした。
陛下がいらっしゃったら、まずはワインを飲むのかしら。
陛下が仰ることを聞いていれば良いのよね。
だけどワインを飲んで、みっともなく酔っぱらっちゃったらどうしよう?!
ルイザはこれまでお酒を飲んだことがなかった。
地域によっては果実水よりワインの方が安い場所もあるが、残念ながらヴィラント伯爵領でワインは贅沢品なのだ。
陛下には正直に伝えた方が良いかしら?
だけどお酒を飲んだことがないなんて、子どもっぽいと呆れられてしまうかもしれないわ。
煩いほど高鳴る胸の音を誤魔化すために、ルイザは必死に他のことを考える。
そうする内に部屋の外から話し声がして扉が開いた。
「陛下……」
か細い声が聞こえてカールは眉根を寄せた。
優しくしなくてはいけない。
彼女は何も知らずに巻き込まれた犠牲者なのだから、表面だけでも大切にしなければ。
そう思っているのに喉が詰まったように言葉が出てこない。
自分はこれからエリザベートを裏切るのだ。そればかりが浮かんできて、嫌悪感が込み上げてくる。
カールはチラッとルイザへ視線を向けた後、無言のまま横を通り過ぎた。ベッドに腰掛けると顔を見ないようにして振り返る。
「そなたに課せられた役割を存じているな?」
「……え?あっ、はい!」
「それならこっちに来なさい」
顔を見なくてもルイザが戸惑っているのはわかった。
それでも躊躇いながら近づいてくる。
国王を迎えた寝室で、国王に逆らえるはずがないのだ。
手が届く距離まで近づいた時、カールはグイっと引き寄せ、そのままベッドへ押し倒した。
「あ、あのっ!これから陛下のことは何とお呼びすればよろしいですか?!私のことは、ルイザと……っ」
小さく悲鳴を上げて倒れ込んだルイザが必死に話し掛けてくる。
ルイザが想像していた初夜は、ワインを飲みながら会話を交わし、雰囲気が盛り上がったところで口づけ合ってベッドへ移動する、そんなものだろう。
わかっていたけれど、カールは気づかない振りをして短く答えた。
「これまで通り、陛下と呼びなさい」
「………っ!わかり、ました………」
弱々しい声に胸が痛む。
だけどもう何も聞きたくなくて、首筋に唇を這わした。
初めてなのだから優しく、怖がらせないように……。
それだけを念じながら。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
R指定なしにしていましたが、ちょっと怪しいかなと思ったのでR15に変えました<(_ _)>
伯爵家の浴室も広さはあった。だけど経済状況が逼迫しているので内装に手をかけられない。
経年劣化で黒ずんだタイルはそのまま、子どもの頃大好きだったカラフルな壁も塗り替えられることなく色褪せていた。侍女たちに髪や体を磨かれるのも子どもの頃以来である。
「すごく良い香り……。泡も滑らかだし、やっぱり王宮の石鹸は違うのね……」
ルイザはうっとり目を細める。
ミザリーは国王からの贈り物がないと気にしていたが、石鹸やシャンプー、トリートメントに香油、ボディクリームまで、カールが指示して用意させたものだ。
最もこれは新婦を歓迎する贈り物ではない。すべてエリザベートが愛用している品で、望まない初夜を迎えるカールが馴染みのない香りで萎えてしまわないように考えられたものだった。
それを知らないルイザは感動して泡をすくい上げ、ミザリーもホッとしたように笑顔を見せている。
「お父様もお母様も楽しんでいるかしら……。でも領地の邸もすぐにこうなるわよね?」
「さようでございますね。皆様妃殿下に感謝されるでしょう」
イーネが如才なく応える。
実際ルイザの待遇は破格のものだ。
ヴィラント伯爵家にはルイザの支度金として多額の金が支払われたが、通常であれば支度金など出ることはなく、特別講師が派遣されることもない。
これらはすべてこちらの都合で余裕のない伯爵家から側妃を選んだ穴埋めで、ルイザの体裁を整える為のものだ。弟妹へ学習の支援を行ったのも、いずれルイザが子を生んだ時に、叔父と叔母が無学のままでは王太子の瑕疵となるからだ。彼らには王太子を支える為に学園で人脈を広げてもらわなければならない。
その他にも伯爵家には支度金とは別に多額の支援金が払われているし、領地復興の為の技術者や労働者が順次派遣されることになっている。
それもこれもヴィラント伯爵家には王太子の後ろ盾のなってもらわなければならないからだ。時間が掛かるだろうが、いずれ伯爵領は持ち直すだろう。
ルイザ自身も百合の宮での暮らしに制限があるわけではない。
これからは側妃として予算が割り当てられるので好きに買い物をすることができるし、エリザベートの目につかないところで、という条件は付くが、お茶会やサロンを開くこともできる。側妃には公務もないので遊んで暮らすことができるのだ。
カールの愛情さえ求めなければ、最高の暮らしができる。
体の隅々まで磨かれ、全身を揉み解されたルイザはボディクリームを塗り込まれた後夜着を着せられた。普通の婚姻であれば初夜の時に用意されるような肌が透ける夜着ではなく、普段遣いの為にルイザが選んだ夜着である。
イーネはルイザの肌を見てもカールが喜ばないと知っているからだ。
寝室で1人になると、ルイザはドキドキする胸を押さえて部屋の中を見渡した。
照明が落とされ薄暗い部屋はそれだけで独特の雰囲気がある。
テーブルに用意されたワインとグラス、薄いレースのカーテンが掛かった天蓋付きのベッドが目に入ると、ルイザはパッと目を逸らした。
陛下がいらっしゃったら、まずはワインを飲むのかしら。
陛下が仰ることを聞いていれば良いのよね。
だけどワインを飲んで、みっともなく酔っぱらっちゃったらどうしよう?!
ルイザはこれまでお酒を飲んだことがなかった。
地域によっては果実水よりワインの方が安い場所もあるが、残念ながらヴィラント伯爵領でワインは贅沢品なのだ。
陛下には正直に伝えた方が良いかしら?
だけどお酒を飲んだことがないなんて、子どもっぽいと呆れられてしまうかもしれないわ。
煩いほど高鳴る胸の音を誤魔化すために、ルイザは必死に他のことを考える。
そうする内に部屋の外から話し声がして扉が開いた。
「陛下……」
か細い声が聞こえてカールは眉根を寄せた。
優しくしなくてはいけない。
彼女は何も知らずに巻き込まれた犠牲者なのだから、表面だけでも大切にしなければ。
そう思っているのに喉が詰まったように言葉が出てこない。
自分はこれからエリザベートを裏切るのだ。そればかりが浮かんできて、嫌悪感が込み上げてくる。
カールはチラッとルイザへ視線を向けた後、無言のまま横を通り過ぎた。ベッドに腰掛けると顔を見ないようにして振り返る。
「そなたに課せられた役割を存じているな?」
「……え?あっ、はい!」
「それならこっちに来なさい」
顔を見なくてもルイザが戸惑っているのはわかった。
それでも躊躇いながら近づいてくる。
国王を迎えた寝室で、国王に逆らえるはずがないのだ。
手が届く距離まで近づいた時、カールはグイっと引き寄せ、そのままベッドへ押し倒した。
「あ、あのっ!これから陛下のことは何とお呼びすればよろしいですか?!私のことは、ルイザと……っ」
小さく悲鳴を上げて倒れ込んだルイザが必死に話し掛けてくる。
ルイザが想像していた初夜は、ワインを飲みながら会話を交わし、雰囲気が盛り上がったところで口づけ合ってベッドへ移動する、そんなものだろう。
わかっていたけれど、カールは気づかない振りをして短く答えた。
「これまで通り、陛下と呼びなさい」
「………っ!わかり、ました………」
弱々しい声に胸が痛む。
だけどもう何も聞きたくなくて、首筋に唇を這わした。
初めてなのだから優しく、怖がらせないように……。
それだけを念じながら。
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