74 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜
9
しおりを挟む
夕食を終えたルイザは湯浴みをしていた。伯爵家とは比べ物にならない豪華な浴室にルイザは大興奮だ。
伯爵家の浴室も広さはあった。だけど経済状況が逼迫しているので内装に手をかけられない。
経年劣化で黒ずんだタイルはそのまま、子どもの頃大好きだったカラフルな壁も塗り替えられることなく色褪せていた。侍女たちに髪や体を磨かれるのも子どもの頃以来である。
「すごく良い香り……。泡も滑らかだし、やっぱり王宮の石鹸は違うのね……」
ルイザはうっとり目を細める。
ミザリーは国王からの贈り物がないと気にしていたが、石鹸やシャンプー、トリートメントに香油、ボディクリームまで、カールが指示して用意させたものだ。
最もこれは新婦を歓迎する贈り物ではない。すべてエリザベートが愛用している品で、望まない初夜を迎えるカールが馴染みのない香りで萎えてしまわないように考えられたものだった。
それを知らないルイザは感動して泡をすくい上げ、ミザリーもホッとしたように笑顔を見せている。
「お父様もお母様も楽しんでいるかしら……。でも領地の邸もすぐにこうなるわよね?」
「さようでございますね。皆様妃殿下に感謝されるでしょう」
イーネが如才なく応える。
実際ルイザの待遇は破格のものだ。
ヴィラント伯爵家にはルイザの支度金として多額の金が支払われたが、通常であれば支度金など出ることはなく、特別講師が派遣されることもない。
これらはすべてこちらの都合で余裕のない伯爵家から側妃を選んだ穴埋めで、ルイザの体裁を整える為のものだ。弟妹へ学習の支援を行ったのも、いずれルイザが子を生んだ時に、叔父と叔母が無学のままでは王太子の瑕疵となるからだ。彼らには王太子を支える為に学園で人脈を広げてもらわなければならない。
その他にも伯爵家には支度金とは別に多額の支援金が払われているし、領地復興の為の技術者や労働者が順次派遣されることになっている。
それもこれもヴィラント伯爵家には王太子の後ろ盾のなってもらわなければならないからだ。時間が掛かるだろうが、いずれ伯爵領は持ち直すだろう。
ルイザ自身も百合の宮での暮らしに制限があるわけではない。
これからは側妃として予算が割り当てられるので好きに買い物をすることができるし、エリザベートの目につかないところで、という条件は付くが、お茶会やサロンを開くこともできる。側妃には公務もないので遊んで暮らすことができるのだ。
カールの愛情さえ求めなければ、最高の暮らしができる。
体の隅々まで磨かれ、全身を揉み解されたルイザはボディクリームを塗り込まれた後夜着を着せられた。普通の婚姻であれば初夜の時に用意されるような肌が透ける夜着ではなく、普段遣いの為にルイザが選んだ夜着である。
イーネはルイザの肌を見てもカールが喜ばないと知っているからだ。
寝室で1人になると、ルイザはドキドキする胸を押さえて部屋の中を見渡した。
照明が落とされ薄暗い部屋はそれだけで独特の雰囲気がある。
テーブルに用意されたワインとグラス、薄いレースのカーテンが掛かった天蓋付きのベッドが目に入ると、ルイザはパッと目を逸らした。
陛下がいらっしゃったら、まずはワインを飲むのかしら。
陛下が仰ることを聞いていれば良いのよね。
だけどワインを飲んで、みっともなく酔っぱらっちゃったらどうしよう?!
ルイザはこれまでお酒を飲んだことがなかった。
地域によっては果実水よりワインの方が安い場所もあるが、残念ながらヴィラント伯爵領でワインは贅沢品なのだ。
陛下には正直に伝えた方が良いかしら?
だけどお酒を飲んだことがないなんて、子どもっぽいと呆れられてしまうかもしれないわ。
煩いほど高鳴る胸の音を誤魔化すために、ルイザは必死に他のことを考える。
そうする内に部屋の外から話し声がして扉が開いた。
「陛下……」
か細い声が聞こえてカールは眉根を寄せた。
優しくしなくてはいけない。
彼女は何も知らずに巻き込まれた犠牲者なのだから、表面だけでも大切にしなければ。
そう思っているのに喉が詰まったように言葉が出てこない。
自分はこれからエリザベートを裏切るのだ。そればかりが浮かんできて、嫌悪感が込み上げてくる。
カールはチラッとルイザへ視線を向けた後、無言のまま横を通り過ぎた。ベッドに腰掛けると顔を見ないようにして振り返る。
「そなたに課せられた役割を存じているな?」
「……え?あっ、はい!」
「それならこっちに来なさい」
顔を見なくてもルイザが戸惑っているのはわかった。
それでも躊躇いながら近づいてくる。
国王を迎えた寝室で、国王に逆らえるはずがないのだ。
手が届く距離まで近づいた時、カールはグイっと引き寄せ、そのままベッドへ押し倒した。
「あ、あのっ!これから陛下のことは何とお呼びすればよろしいですか?!私のことは、ルイザと……っ」
小さく悲鳴を上げて倒れ込んだルイザが必死に話し掛けてくる。
ルイザが想像していた初夜は、ワインを飲みながら会話を交わし、雰囲気が盛り上がったところで口づけ合ってベッドへ移動する、そんなものだろう。
わかっていたけれど、カールは気づかない振りをして短く答えた。
「これまで通り、陛下と呼びなさい」
「………っ!わかり、ました………」
弱々しい声に胸が痛む。
だけどもう何も聞きたくなくて、首筋に唇を這わした。
初めてなのだから優しく、怖がらせないように……。
それだけを念じながら。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
R指定なしにしていましたが、ちょっと怪しいかなと思ったのでR15に変えました<(_ _)>
伯爵家の浴室も広さはあった。だけど経済状況が逼迫しているので内装に手をかけられない。
経年劣化で黒ずんだタイルはそのまま、子どもの頃大好きだったカラフルな壁も塗り替えられることなく色褪せていた。侍女たちに髪や体を磨かれるのも子どもの頃以来である。
「すごく良い香り……。泡も滑らかだし、やっぱり王宮の石鹸は違うのね……」
ルイザはうっとり目を細める。
ミザリーは国王からの贈り物がないと気にしていたが、石鹸やシャンプー、トリートメントに香油、ボディクリームまで、カールが指示して用意させたものだ。
最もこれは新婦を歓迎する贈り物ではない。すべてエリザベートが愛用している品で、望まない初夜を迎えるカールが馴染みのない香りで萎えてしまわないように考えられたものだった。
それを知らないルイザは感動して泡をすくい上げ、ミザリーもホッとしたように笑顔を見せている。
「お父様もお母様も楽しんでいるかしら……。でも領地の邸もすぐにこうなるわよね?」
「さようでございますね。皆様妃殿下に感謝されるでしょう」
イーネが如才なく応える。
実際ルイザの待遇は破格のものだ。
ヴィラント伯爵家にはルイザの支度金として多額の金が支払われたが、通常であれば支度金など出ることはなく、特別講師が派遣されることもない。
これらはすべてこちらの都合で余裕のない伯爵家から側妃を選んだ穴埋めで、ルイザの体裁を整える為のものだ。弟妹へ学習の支援を行ったのも、いずれルイザが子を生んだ時に、叔父と叔母が無学のままでは王太子の瑕疵となるからだ。彼らには王太子を支える為に学園で人脈を広げてもらわなければならない。
その他にも伯爵家には支度金とは別に多額の支援金が払われているし、領地復興の為の技術者や労働者が順次派遣されることになっている。
それもこれもヴィラント伯爵家には王太子の後ろ盾のなってもらわなければならないからだ。時間が掛かるだろうが、いずれ伯爵領は持ち直すだろう。
ルイザ自身も百合の宮での暮らしに制限があるわけではない。
これからは側妃として予算が割り当てられるので好きに買い物をすることができるし、エリザベートの目につかないところで、という条件は付くが、お茶会やサロンを開くこともできる。側妃には公務もないので遊んで暮らすことができるのだ。
カールの愛情さえ求めなければ、最高の暮らしができる。
体の隅々まで磨かれ、全身を揉み解されたルイザはボディクリームを塗り込まれた後夜着を着せられた。普通の婚姻であれば初夜の時に用意されるような肌が透ける夜着ではなく、普段遣いの為にルイザが選んだ夜着である。
イーネはルイザの肌を見てもカールが喜ばないと知っているからだ。
寝室で1人になると、ルイザはドキドキする胸を押さえて部屋の中を見渡した。
照明が落とされ薄暗い部屋はそれだけで独特の雰囲気がある。
テーブルに用意されたワインとグラス、薄いレースのカーテンが掛かった天蓋付きのベッドが目に入ると、ルイザはパッと目を逸らした。
陛下がいらっしゃったら、まずはワインを飲むのかしら。
陛下が仰ることを聞いていれば良いのよね。
だけどワインを飲んで、みっともなく酔っぱらっちゃったらどうしよう?!
ルイザはこれまでお酒を飲んだことがなかった。
地域によっては果実水よりワインの方が安い場所もあるが、残念ながらヴィラント伯爵領でワインは贅沢品なのだ。
陛下には正直に伝えた方が良いかしら?
だけどお酒を飲んだことがないなんて、子どもっぽいと呆れられてしまうかもしれないわ。
煩いほど高鳴る胸の音を誤魔化すために、ルイザは必死に他のことを考える。
そうする内に部屋の外から話し声がして扉が開いた。
「陛下……」
か細い声が聞こえてカールは眉根を寄せた。
優しくしなくてはいけない。
彼女は何も知らずに巻き込まれた犠牲者なのだから、表面だけでも大切にしなければ。
そう思っているのに喉が詰まったように言葉が出てこない。
自分はこれからエリザベートを裏切るのだ。そればかりが浮かんできて、嫌悪感が込み上げてくる。
カールはチラッとルイザへ視線を向けた後、無言のまま横を通り過ぎた。ベッドに腰掛けると顔を見ないようにして振り返る。
「そなたに課せられた役割を存じているな?」
「……え?あっ、はい!」
「それならこっちに来なさい」
顔を見なくてもルイザが戸惑っているのはわかった。
それでも躊躇いながら近づいてくる。
国王を迎えた寝室で、国王に逆らえるはずがないのだ。
手が届く距離まで近づいた時、カールはグイっと引き寄せ、そのままベッドへ押し倒した。
「あ、あのっ!これから陛下のことは何とお呼びすればよろしいですか?!私のことは、ルイザと……っ」
小さく悲鳴を上げて倒れ込んだルイザが必死に話し掛けてくる。
ルイザが想像していた初夜は、ワインを飲みながら会話を交わし、雰囲気が盛り上がったところで口づけ合ってベッドへ移動する、そんなものだろう。
わかっていたけれど、カールは気づかない振りをして短く答えた。
「これまで通り、陛下と呼びなさい」
「………っ!わかり、ました………」
弱々しい声に胸が痛む。
だけどもう何も聞きたくなくて、首筋に唇を這わした。
初めてなのだから優しく、怖がらせないように……。
それだけを念じながら。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
R指定なしにしていましたが、ちょっと怪しいかなと思ったのでR15に変えました<(_ _)>
3
お気に入りに追加
522
あなたにおすすめの小説


《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」
ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。
学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。
その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。

婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。
屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」
そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。
ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。
私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。
いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。
「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」
「お姉様、ごめんなさい。」
いやいや、好きだったことはないですよ。
ハロルド様と私は政略結婚ですよね?
そして、婚約破棄の書面にサインをした。
その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。
はっきり言って居心地が悪い!
私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。
平屋は快適だった。
そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。
滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。
そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。
困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。
小説家になろう様でも投稿しています!
4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。
→4/12日間ランキング3位→2位→1位

この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる