73 / 140
3章 〜過去 正妃と側妃〜
8
しおりを挟む
カールはエリザベートを抱き締める腕に力を込めた。
「大丈夫」と口にしていても、本当に大丈夫なわけではないのはわかっている。優秀な王妃なので上手く気持ちを隠してしまうが、エリザベートをずっと見ていたカールには哀しみを押し殺しているのがわかっていた。
平気な振りをさせているのはカールだろう。
国王が側妃を迎えるのに消極的なら王妃がその背を押さなければならない。世継ぎを生めず、世継ぎを儲けるよう導くこともできない王妃となれば、世の非難はエリザベートへ向かうのだ。
エリザベートは病に倒れた時から子を生めないだろうと言われていた。婚約の解消を申し入れられたこともある。
それを受け入れられずに婚姻を推し進めたのはカールの方だ。それでもカールの求婚を受け入れた時からエリザベートは覚悟を決めていたのだろう。
責務を果たせない王妃は王妃である価値がないというように、今のエリザベートは責務を果たすことを第一に考えている。
だけど頭と心は違う。
平気な振りをしていても最近は満足に眠れていないようだ。同じベッドで寝ているのだから、中々寝付けないでいるのはわかる。
元々体の弱いエリザベートがその内倒れてしまいそうでカールは怖かった。
エリザベートとの閨はルイザを迎えると決まった時から復活している。
子を作る為の行為を避妊薬を飲んで行うことを言い出せずにいたカールだったが、なんとエリザベートから誘われたのだ。
カールの夜着を掴んで見上げる目には、側妃を迎えることへの不安と、年若い令嬢にカールの愛情を奪われる恐怖が浮かんでいた。
そんな目で見つめられて抗えるはずがない。
互いに避妊薬を飲むのを見届けてから、という色気のない状況ではあるが、それ以来以前と同じように夜を過ごしている。
体を重ねた夜はエリザベートも安心して眠れているようだった。
昨夜もカールは丹念にエリザベートを抱いた。
エリザベートを裏切る前に、愛していると刻みつけたかった。
「……やっぱり今夜はアンヌ殿かゾフィー殿に来てもらったほうが良いんじゃないか?」
「まあ。お義姉様方に来ていただくなんて、なんて言われることでしょう」
エリザベートが苦笑する。
確かに今日はどんな日なのか、何があるのか、王都の貴族はみんな知っている。
そんな時にダシェンボード公爵家やルヴエル伯爵家の馬車が薔薇の宮へ入り、深夜まで出てこないとなれば、すぐに噂が広がるだろう。
「若い側妃に耐えられない王妃」と嗤われるのは、自尊心の高いエリザベートにとって耐えがたい苦痛だろう。
だけど裏切りの時間を1人で耐えさせたくはない。
「ご心配なさらないで。私には長く仕えてくれている侍女もルイもいるのですから」
明るく聞こえる声に胸が痛む。
エリザベートは1人きりの時、ずっとルイの墓へ話し掛けているという。最近になって聞いた話だ。
カールの前で明るく振る舞うエリザベートの心情を思い、口を閉ざしていた侍女たちだったが、あまり眠れず食も細くなったエリザベートに恐怖を感じているようだ。それくらい追い詰められているのだろう。
「本当にすまない、リーザ……」
カールの声が震える。
側妃を娶った以上、ルイザとの間を白い結婚で終わらせるつもりはない。むしろ早く懐妊して欲しいと願っている。ルイザとの間に子ができなかれば、新たな側妃を娶ることになるだけだ。それでは裏切りを重ねることになる。
早く子を作って役目から解放されること。
カールが願いはそれだけだった。
夕食を終えるとエリザベートは渋るカールを送り出した。
これからカールは鳳凰の宮へ戻って湯浴みをし、百合の宮へ向かう。
何でもないことのように装うエリザベートは1人でお茶を楽しみ、ゆっくり湯浴みをした。
「寝室はこんなに広かったのね」
侍女を下がらせ、1人きりになったエリザベートはポツリと呟いた。
高熱を出した時など1人で寝ていた時もあるが、意識がはっきりしている時は初めてだ。知らない場所のように広くて寒いような気がする。
カールはすぐに戻ると言った。
あちらで泊るつもりはないようだ。
エリザベートはその前に眠らなければならない。
ベッドへ視線を向けたエリザベートはそのまま窓辺へ向かった。
私室よりは遠くなるけれど、ここからもルイの墓が見える。
庭園に灯された篝火の中、ルイの墓がぼんやりと浮かんで見えた。
「お父様に新しい奥様がいらっしゃったのよ。とても可愛らしい方。きっとすぐにルイの弟が生まれるわ。良かったわね……」
エリザベートが優しく語りかける。
知らず知らずのうちに頬を涙が伝っていた。
「大丈夫」と口にしていても、本当に大丈夫なわけではないのはわかっている。優秀な王妃なので上手く気持ちを隠してしまうが、エリザベートをずっと見ていたカールには哀しみを押し殺しているのがわかっていた。
平気な振りをさせているのはカールだろう。
国王が側妃を迎えるのに消極的なら王妃がその背を押さなければならない。世継ぎを生めず、世継ぎを儲けるよう導くこともできない王妃となれば、世の非難はエリザベートへ向かうのだ。
エリザベートは病に倒れた時から子を生めないだろうと言われていた。婚約の解消を申し入れられたこともある。
それを受け入れられずに婚姻を推し進めたのはカールの方だ。それでもカールの求婚を受け入れた時からエリザベートは覚悟を決めていたのだろう。
責務を果たせない王妃は王妃である価値がないというように、今のエリザベートは責務を果たすことを第一に考えている。
だけど頭と心は違う。
平気な振りをしていても最近は満足に眠れていないようだ。同じベッドで寝ているのだから、中々寝付けないでいるのはわかる。
元々体の弱いエリザベートがその内倒れてしまいそうでカールは怖かった。
エリザベートとの閨はルイザを迎えると決まった時から復活している。
子を作る為の行為を避妊薬を飲んで行うことを言い出せずにいたカールだったが、なんとエリザベートから誘われたのだ。
カールの夜着を掴んで見上げる目には、側妃を迎えることへの不安と、年若い令嬢にカールの愛情を奪われる恐怖が浮かんでいた。
そんな目で見つめられて抗えるはずがない。
互いに避妊薬を飲むのを見届けてから、という色気のない状況ではあるが、それ以来以前と同じように夜を過ごしている。
体を重ねた夜はエリザベートも安心して眠れているようだった。
昨夜もカールは丹念にエリザベートを抱いた。
エリザベートを裏切る前に、愛していると刻みつけたかった。
「……やっぱり今夜はアンヌ殿かゾフィー殿に来てもらったほうが良いんじゃないか?」
「まあ。お義姉様方に来ていただくなんて、なんて言われることでしょう」
エリザベートが苦笑する。
確かに今日はどんな日なのか、何があるのか、王都の貴族はみんな知っている。
そんな時にダシェンボード公爵家やルヴエル伯爵家の馬車が薔薇の宮へ入り、深夜まで出てこないとなれば、すぐに噂が広がるだろう。
「若い側妃に耐えられない王妃」と嗤われるのは、自尊心の高いエリザベートにとって耐えがたい苦痛だろう。
だけど裏切りの時間を1人で耐えさせたくはない。
「ご心配なさらないで。私には長く仕えてくれている侍女もルイもいるのですから」
明るく聞こえる声に胸が痛む。
エリザベートは1人きりの時、ずっとルイの墓へ話し掛けているという。最近になって聞いた話だ。
カールの前で明るく振る舞うエリザベートの心情を思い、口を閉ざしていた侍女たちだったが、あまり眠れず食も細くなったエリザベートに恐怖を感じているようだ。それくらい追い詰められているのだろう。
「本当にすまない、リーザ……」
カールの声が震える。
側妃を娶った以上、ルイザとの間を白い結婚で終わらせるつもりはない。むしろ早く懐妊して欲しいと願っている。ルイザとの間に子ができなかれば、新たな側妃を娶ることになるだけだ。それでは裏切りを重ねることになる。
早く子を作って役目から解放されること。
カールが願いはそれだけだった。
夕食を終えるとエリザベートは渋るカールを送り出した。
これからカールは鳳凰の宮へ戻って湯浴みをし、百合の宮へ向かう。
何でもないことのように装うエリザベートは1人でお茶を楽しみ、ゆっくり湯浴みをした。
「寝室はこんなに広かったのね」
侍女を下がらせ、1人きりになったエリザベートはポツリと呟いた。
高熱を出した時など1人で寝ていた時もあるが、意識がはっきりしている時は初めてだ。知らない場所のように広くて寒いような気がする。
カールはすぐに戻ると言った。
あちらで泊るつもりはないようだ。
エリザベートはその前に眠らなければならない。
ベッドへ視線を向けたエリザベートはそのまま窓辺へ向かった。
私室よりは遠くなるけれど、ここからもルイの墓が見える。
庭園に灯された篝火の中、ルイの墓がぼんやりと浮かんで見えた。
「お父様に新しい奥様がいらっしゃったのよ。とても可愛らしい方。きっとすぐにルイの弟が生まれるわ。良かったわね……」
エリザベートが優しく語りかける。
知らず知らずのうちに頬を涙が伝っていた。
3
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる