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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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世継ぎとなる子が早急に必要だ。
カールと重臣たちの思いは一致していたが、取ろうとしていた手段は正反対のものだった。
年若い側妃を娶らせ、子を作るよう望む重臣たちと、側妃を拒否してマクロイド公爵の子息を養子に迎えたいと望むカール。
マクロイド公爵に少しでも王位を望む野心があれば決着がついたのかもしれない。
だけど国王の実子が生まれることを誰より強く望んでいるのがマクロイド公爵なのだから、意見が交わることはなかった。
カールの同意を得られないまま、重臣たちは側妃候補となる令嬢の選択を始めた。だけどすぐに壁にぶち当たることになる。
「我が娘を側妃に」と名乗り出る貴族がいないのだ。それどころか話を持ち掛けても顔色を悪くして辞退する家ばかりだった。
カールとエリザベートが婚姻を結んでもうすぐ10年になる。2人の仲の良さは有名で、仲睦まじい姿は若い世代の憧れだ。
カールが側妃を拒否しているのも知られているので、例え側妃になったとしても寵愛を得られないことはわかり切っている。それどころか2人を引き裂く悪女として恨まれることになるだろう。
それにエリザベートは国民からの人気が高い。
婚約者時代からダシェンボード公爵家のレースを広め、王都の財政を潤してきた。孤児院や病院への慰問も熱心で、平民とも気さくに言葉を交わす姿は多くの人が目にしている。
また、エリザベートはルイが生まれてから小児医療の発展に力を注いでいた。
他国では子ども専門の医師もいると聞くが、この国では子どもへの医療がそれほど重要視されていない。治療は大人への治療の応用で、薬はざっくり大人の半量、といったところだった。
だけどエリザベートは病がちのルイの為に小児医療を研究する機関へ多額の支援をしていた。高額な専門書を他国から買い集め、高名な医師を招いて医師たちの知識向上と意識の改善を図る。
その甲斐あってこの数年で命を落とす子どもの数は減ってきていた。
平民であっても子を亡くすのは何より辛い出来事だ。エリザベートの尽力でその状況が改善してきている。
平民たちは、いや、子を持つ親たちはエリザベートに深く感謝し、未来に希望を託している。
そのエリザベートを悲しませる相手を受け入れることはできなかった。
つまり側妃となる令嬢はカールから愛情を受けることもできず、国民からも憎まれることになるのだ。
いずれ子を生み、その子が王位を継ぐまでと割り切ってしまえれば良い。
だけど愛し合う国王夫妻に憧れた令嬢たちには無理だろう。
娘にそんな不幸は味わわせたくないと、打診された貴族たちは顔を背けたのだ。
誰もが側妃が必要だとわかっているのに候補となる令嬢がいない。
そんな状況が続いていた。
エリザベートの熱が下がり、起き上がれるようになると、いつまでも隠していることはできなかった。
公務に復帰すればどこからか耳に入るのだ。
誰かの心無い噂話として知る前にカールの口から伝えることにした。
「そう、ですか………」
話を聞いたエリザベートの反応は淡々としたものだった。
もっと泣いたり叫んだりすると思っていたカールは拍子抜けしたくらいだ。
「愛しているよ、リーザ。俺たちの関係はこれからも変わらない。絶対だ」
エリザベートに心配を掛けたくないカールは、マクロイド公爵の子息を養子に迎えようとしていること、だけどそれが難航していることを話さなかった。
ただエリザベートへの愛が変わらないことだけを伝えた。
背に腕をまわしたカールの胸にエリザベートは大人しく頬を寄せる。
伏せられた瞳に覚悟の光が宿っているのをカールは気づかなかった。
思えばこの頃からエリザベートの精神は限界だったのだろう。
翌日からこれまで寝込んでいたのが嘘のように精力的に公務に取り組み始めた。
愚かなカールはエリザベートが回復したと、呑気に喜んでいた……。
カールと重臣たちの思いは一致していたが、取ろうとしていた手段は正反対のものだった。
年若い側妃を娶らせ、子を作るよう望む重臣たちと、側妃を拒否してマクロイド公爵の子息を養子に迎えたいと望むカール。
マクロイド公爵に少しでも王位を望む野心があれば決着がついたのかもしれない。
だけど国王の実子が生まれることを誰より強く望んでいるのがマクロイド公爵なのだから、意見が交わることはなかった。
カールの同意を得られないまま、重臣たちは側妃候補となる令嬢の選択を始めた。だけどすぐに壁にぶち当たることになる。
「我が娘を側妃に」と名乗り出る貴族がいないのだ。それどころか話を持ち掛けても顔色を悪くして辞退する家ばかりだった。
カールとエリザベートが婚姻を結んでもうすぐ10年になる。2人の仲の良さは有名で、仲睦まじい姿は若い世代の憧れだ。
カールが側妃を拒否しているのも知られているので、例え側妃になったとしても寵愛を得られないことはわかり切っている。それどころか2人を引き裂く悪女として恨まれることになるだろう。
それにエリザベートは国民からの人気が高い。
婚約者時代からダシェンボード公爵家のレースを広め、王都の財政を潤してきた。孤児院や病院への慰問も熱心で、平民とも気さくに言葉を交わす姿は多くの人が目にしている。
また、エリザベートはルイが生まれてから小児医療の発展に力を注いでいた。
他国では子ども専門の医師もいると聞くが、この国では子どもへの医療がそれほど重要視されていない。治療は大人への治療の応用で、薬はざっくり大人の半量、といったところだった。
だけどエリザベートは病がちのルイの為に小児医療を研究する機関へ多額の支援をしていた。高額な専門書を他国から買い集め、高名な医師を招いて医師たちの知識向上と意識の改善を図る。
その甲斐あってこの数年で命を落とす子どもの数は減ってきていた。
平民であっても子を亡くすのは何より辛い出来事だ。エリザベートの尽力でその状況が改善してきている。
平民たちは、いや、子を持つ親たちはエリザベートに深く感謝し、未来に希望を託している。
そのエリザベートを悲しませる相手を受け入れることはできなかった。
つまり側妃となる令嬢はカールから愛情を受けることもできず、国民からも憎まれることになるのだ。
いずれ子を生み、その子が王位を継ぐまでと割り切ってしまえれば良い。
だけど愛し合う国王夫妻に憧れた令嬢たちには無理だろう。
娘にそんな不幸は味わわせたくないと、打診された貴族たちは顔を背けたのだ。
誰もが側妃が必要だとわかっているのに候補となる令嬢がいない。
そんな状況が続いていた。
エリザベートの熱が下がり、起き上がれるようになると、いつまでも隠していることはできなかった。
公務に復帰すればどこからか耳に入るのだ。
誰かの心無い噂話として知る前にカールの口から伝えることにした。
「そう、ですか………」
話を聞いたエリザベートの反応は淡々としたものだった。
もっと泣いたり叫んだりすると思っていたカールは拍子抜けしたくらいだ。
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思えばこの頃からエリザベートの精神は限界だったのだろう。
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愚かなカールはエリザベートが回復したと、呑気に喜んでいた……。
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