59 / 140
2章 ~過去 カールとエリザベート~
36
しおりを挟む
それからの1年は悪夢のようだった。
子が流れた直後に暴れたせいで身体を痛めたエリザベートは高熱が続いた。
時々目覚めても意識が朦朧としているらしく、呼び掛けに応えないエリザベートにカールの不安は募ったが、現実が認識できない間の方がエリザベートには幸せだったのかもしれない。
熱が下がり、意識がはっきりとしたエリザベートは平になった腹に手を当て泣き崩れた。
「私が母親だから……。他の女性の子であれば、生きていられたのに……っ!」
エリザベートは起きている間中嘆き続ける。カールがなんと声を掛けても気持ちが慰められることはないようだ。
カールが傍にいられる時はカールが、カールが傍にいられない時は母親の前公爵夫人やアンヌ、ゾフィーが交代で傍についていてくれていた。
もう子が望めないことはもう少しエリザベートの気持ちが落ち着くまで伝えないことにした。
だけど臣下にまで黙っていることはできない。後継者が決まっていない国は不安定で、もし今カールに何か起きたらと常に不安に晒されている。
後継者を儲けるのは君主として最も重要な責務なのだ。
それが不可能となったのだから、早急に対策を練る必要があった。
カールが最初に伝えたのは、エリザベートの父である前公爵と兄で現当主のリチャードだ。話を聞いた2人は呆然となった。
「それでは、お世継ぎは……」
言いかけて前公爵が視線を伏せる。
前公爵が悲痛な顔をしているのは、自身の孫を世継ぎにできないからではなく、想い合うカールとエリザベートを知っているからだ。
カールとしては自分の子に拘るつもりはなかった。子を望んだのは、エリザベートとの子だからだ。
側妃を娶りたくないというのも、他の女はいらないという気持ちもずっと変わらない。
「マクロイド公爵の子息を養子に考えている」
「マクロイド公爵のご子息ですか……」
2人が難しい顔をする。
マクロイド公爵が「王位は国王の嫡男が継ぐべき」という強い信念を持っていると知っているからだ。
カールの意思が変わらないように、マクロイド公爵の信念も変わっていない。
その後カールと前公爵、リチャードはそれぞれに動き出した。
前公爵やリチャードは重臣たちを集め、王妃に子が望めないことを伝えた。話を聞いた重臣たちは皆青褪めたそうだ。今のままでは世継ぎを望めないことも、それを王妃の親族から伝えられたことも衝撃的だったのだろう。
最も医局に手をまわしていて既に情報を知っていた者もいたようだ。その者からは早速側妃を娶るよう奏上された。
カールはマクロイド公爵と密談を重ねていた。
エリザベートに子が望めないことを直接伝え、子息を養子にしたいと頭を下げる。
告げられた事実に公爵はショックを受けたようだ。だけど公爵の考えは変わらなかった。
「……王位は、陛下の嫡男が継ぐべきです。陛下はお子を望めるのですから」
「公爵!!」
それは側妃を娶り、側妃との間に子を作れということだ。カールはエリザベートが相手でなければ子を儲けることができる。
残酷なことにルイがそれを証明していた。
「わたしの子を養子に差し出すつもりはございません。揉め事の原因になります」
カールが何度頭を下げても、事情を知った前王妃が密かに手紙で説得しても駄目だった。
子が流れた直後に暴れたせいで身体を痛めたエリザベートは高熱が続いた。
時々目覚めても意識が朦朧としているらしく、呼び掛けに応えないエリザベートにカールの不安は募ったが、現実が認識できない間の方がエリザベートには幸せだったのかもしれない。
熱が下がり、意識がはっきりとしたエリザベートは平になった腹に手を当て泣き崩れた。
「私が母親だから……。他の女性の子であれば、生きていられたのに……っ!」
エリザベートは起きている間中嘆き続ける。カールがなんと声を掛けても気持ちが慰められることはないようだ。
カールが傍にいられる時はカールが、カールが傍にいられない時は母親の前公爵夫人やアンヌ、ゾフィーが交代で傍についていてくれていた。
もう子が望めないことはもう少しエリザベートの気持ちが落ち着くまで伝えないことにした。
だけど臣下にまで黙っていることはできない。後継者が決まっていない国は不安定で、もし今カールに何か起きたらと常に不安に晒されている。
後継者を儲けるのは君主として最も重要な責務なのだ。
それが不可能となったのだから、早急に対策を練る必要があった。
カールが最初に伝えたのは、エリザベートの父である前公爵と兄で現当主のリチャードだ。話を聞いた2人は呆然となった。
「それでは、お世継ぎは……」
言いかけて前公爵が視線を伏せる。
前公爵が悲痛な顔をしているのは、自身の孫を世継ぎにできないからではなく、想い合うカールとエリザベートを知っているからだ。
カールとしては自分の子に拘るつもりはなかった。子を望んだのは、エリザベートとの子だからだ。
側妃を娶りたくないというのも、他の女はいらないという気持ちもずっと変わらない。
「マクロイド公爵の子息を養子に考えている」
「マクロイド公爵のご子息ですか……」
2人が難しい顔をする。
マクロイド公爵が「王位は国王の嫡男が継ぐべき」という強い信念を持っていると知っているからだ。
カールの意思が変わらないように、マクロイド公爵の信念も変わっていない。
その後カールと前公爵、リチャードはそれぞれに動き出した。
前公爵やリチャードは重臣たちを集め、王妃に子が望めないことを伝えた。話を聞いた重臣たちは皆青褪めたそうだ。今のままでは世継ぎを望めないことも、それを王妃の親族から伝えられたことも衝撃的だったのだろう。
最も医局に手をまわしていて既に情報を知っていた者もいたようだ。その者からは早速側妃を娶るよう奏上された。
カールはマクロイド公爵と密談を重ねていた。
エリザベートに子が望めないことを直接伝え、子息を養子にしたいと頭を下げる。
告げられた事実に公爵はショックを受けたようだ。だけど公爵の考えは変わらなかった。
「……王位は、陛下の嫡男が継ぐべきです。陛下はお子を望めるのですから」
「公爵!!」
それは側妃を娶り、側妃との間に子を作れということだ。カールはエリザベートが相手でなければ子を儲けることができる。
残酷なことにルイがそれを証明していた。
「わたしの子を養子に差し出すつもりはございません。揉め事の原因になります」
カールが何度頭を下げても、事情を知った前王妃が密かに手紙で説得しても駄目だった。
3
お気に入りに追加
522
あなたにおすすめの小説


《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」
ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。
学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。
その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。

婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。
屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」
そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。
ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。
私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。
いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。
「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」
「お姉様、ごめんなさい。」
いやいや、好きだったことはないですよ。
ハロルド様と私は政略結婚ですよね?
そして、婚約破棄の書面にサインをした。
その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。
はっきり言って居心地が悪い!
私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。
平屋は快適だった。
そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。
滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。
そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。
困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。
小説家になろう様でも投稿しています!
4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。
→4/12日間ランキング3位→2位→1位

この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる