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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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エリザベートはルイが亡くなってからの1年をほとんど黒いドレスで過ごした。
王宮内を歩くエリザベートを見かけた貴族たちは「おいたわしい」と視線を伏せる。
孤児院や病院など黒いドレスが相応しくない場所へ赴く時は濃いベーシュや深緑色のドレスを着ていたが、袖口や裾は黒色のレースで縁取られていた。
この年の国王と王妃の誕生祭は中止になり、建国祭は規模を縮小して行われた。
本来王家の者が没した時は、貴族たちも1年間喪に服して舞踏会など華やかな催しは行われなくなる。だけどルイは正式に公表された王子ではないので、その例には当てはまらないのだ。
エリザベートは建国を祝う舞踏会で青色に金色の刺繍が施されたドレスを着た。
袖口や裾は黒いレースで縁取られ、ウエストの切り返しには艷やかな黒いリボンが使われている。
隣に寄り添うカールも黒いパンツに金色の刺繍がされた青色のシャツを着ていて、2人とも相手の衣装に合わせた色だ。
事情を知らない他国の賓客たちは、結婚から何年経っても仲睦まじい2人の姿に頬を緩める。
2人は髪の色も目の色も同じなので、相手の色を身に着けようとするとお揃いになってしまうのだ。
だけど事情を知る者たちはわかっていた。
2人が着ているのはルイの色だ。そして亡くした人を悼む鎮魂の色。
華やかな衣装を着た人々が騒めき、楽団は軽快な音楽を奏でているのに、大広間にはどこか沈痛な雰囲気が漂っていた。
ルイが亡くなってから半年が過ぎた頃には閨も再開した。
エリザベートの体調を見ながら月に2度か3度で、多い回数とは言えないが、直接繋がれたことで互いに深い充足感を得ることができる。
ただこれは幸せなだけの行為ではなく、後継者の不在を気にするエリザベートの気持ちを宥める為のものでもあった。
カールには他に妃を迎えるつもりがなく、エリザベートだけを愛しているとわかって欲しい。
こうして2人は少しずつ平穏な日常を取り戻している様に見えた。
だけどそれは表面的な部分だけで、心の中は平穏とは程遠いものだったのだ。
エリザベートは薔薇の宮にいる時、必ず自室の窓辺に座って丘の上の墓碑を見ている。
膝にはルイが気に入っていたクマのぬいぐるみを抱いて、時々話し掛けているようだ。
自分の世界に入ってしまったエリザベートは、執務から戻ったカールが声を掛けても気がつかない。傍へ来て肩に触れると、夢から覚めたように現実へ戻るのだ。
「――ただいま、リーザ」
「……おかえりなさいませ、カール様」
カールは何も言わずにエリザベートを抱き締める。
そうしてしばらく2人で涙を流した後、食堂へ向かうのだ。
眠りも慰めにはならなかった。
夢も見ずに眠った夜は、夢の中でさえルイに会えないことに酷く傷つけられる。
だけど夢でルイに会えた日には、目が覚めた後ルイがいない現実に打ちのめされるのだ。
王宮内を歩くエリザベートを見かけた貴族たちは「おいたわしい」と視線を伏せる。
孤児院や病院など黒いドレスが相応しくない場所へ赴く時は濃いベーシュや深緑色のドレスを着ていたが、袖口や裾は黒色のレースで縁取られていた。
この年の国王と王妃の誕生祭は中止になり、建国祭は規模を縮小して行われた。
本来王家の者が没した時は、貴族たちも1年間喪に服して舞踏会など華やかな催しは行われなくなる。だけどルイは正式に公表された王子ではないので、その例には当てはまらないのだ。
エリザベートは建国を祝う舞踏会で青色に金色の刺繍が施されたドレスを着た。
袖口や裾は黒いレースで縁取られ、ウエストの切り返しには艷やかな黒いリボンが使われている。
隣に寄り添うカールも黒いパンツに金色の刺繍がされた青色のシャツを着ていて、2人とも相手の衣装に合わせた色だ。
事情を知らない他国の賓客たちは、結婚から何年経っても仲睦まじい2人の姿に頬を緩める。
2人は髪の色も目の色も同じなので、相手の色を身に着けようとするとお揃いになってしまうのだ。
だけど事情を知る者たちはわかっていた。
2人が着ているのはルイの色だ。そして亡くした人を悼む鎮魂の色。
華やかな衣装を着た人々が騒めき、楽団は軽快な音楽を奏でているのに、大広間にはどこか沈痛な雰囲気が漂っていた。
ルイが亡くなってから半年が過ぎた頃には閨も再開した。
エリザベートの体調を見ながら月に2度か3度で、多い回数とは言えないが、直接繋がれたことで互いに深い充足感を得ることができる。
ただこれは幸せなだけの行為ではなく、後継者の不在を気にするエリザベートの気持ちを宥める為のものでもあった。
カールには他に妃を迎えるつもりがなく、エリザベートだけを愛しているとわかって欲しい。
こうして2人は少しずつ平穏な日常を取り戻している様に見えた。
だけどそれは表面的な部分だけで、心の中は平穏とは程遠いものだったのだ。
エリザベートは薔薇の宮にいる時、必ず自室の窓辺に座って丘の上の墓碑を見ている。
膝にはルイが気に入っていたクマのぬいぐるみを抱いて、時々話し掛けているようだ。
自分の世界に入ってしまったエリザベートは、執務から戻ったカールが声を掛けても気がつかない。傍へ来て肩に触れると、夢から覚めたように現実へ戻るのだ。
「――ただいま、リーザ」
「……おかえりなさいませ、カール様」
カールは何も言わずにエリザベートを抱き締める。
そうしてしばらく2人で涙を流した後、食堂へ向かうのだ。
眠りも慰めにはならなかった。
夢も見ずに眠った夜は、夢の中でさえルイに会えないことに酷く傷つけられる。
だけど夢でルイに会えた日には、目が覚めた後ルイがいない現実に打ちのめされるのだ。
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