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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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葬儀が行われる前の晩、カールはルイと2人きりで過ごした。
決して傍を離れようとしないエリザベートだったが、遂に限界を超え倒れたのだ。
思えばカールと同じでほとんど寝ずに付き添っていたエリザベートが疲れていないはずがない。これまで倒れずにいたのが不思議なのだ。きっと気力だけで体を支えていたのだろう。
ルイを診ていた侍医たちは、今は必死でエリザベートを診ている。
カールにとって恐ろしいのはエリザベートまで喪ってしまうことだ。2人を同時に喪うなんて耐えられない。
カールは冷たくなったルイの髪を撫でる。
「……1人で淋しいのか?だけどお母様は連れていかないでくれ。ごねんな、愛しているよ。おまえを1人きりになんてしたくない。だけど、ごめんな……っ」
髪を撫でながら肩を震わせるカールに応える声はない。
ルイの顔は穏やかで、すぐに目を開け、いつものように「おとしゃま」と呼んでくれそうなのに、その目が開くことは二度とないのだ。
「愛しているよ、ルイ。俺の可愛い子。気持ちはずっとずっと傍にいるからな……っ」
カールはそうして夜明けまで話し掛け続けた。
執務に追われてあまり一緒に過ごすことができなかった。その時間を埋めるように2人だけの濃密な時間を過ごす。
ルイはいつも出掛けて行くカールを淋しそうに見つめながら、エリザベートのように「やなのぉ」と縋ることはなかった。もしそんなことを言われていたら、カールはきっと出掛けられなかっただろう。
「お母様が、俺が出掛けやすいように、気遣ってくれていたんだな……」
エリザベートがルイに言い聞かせる声が蘇ってくる。
『お父様はとっても大切な仕事に行かれるのよ。だからいってらっしゃいしましょうね』
「………っ!ルイ………っ!」
今度はルイが見送られる立場になった。
だけど素直に「いってらっしゃい」なんて言えそうにない。
王都に住む民衆は、弔いの鐘の音と弔砲でルイの存在と逝去を知った。
元々王家の子どもが3歳まで隠されるのは、3歳までに亡くなる子が多いからだ。鐘の音や弔砲で存在と逝去を知らされるのに慣れている。
王家から訃報がないこと、エリザベートが表に姿を現さなかった期間があることを考え合わせた民たちは、「そういうことか」と頷いた。
「王妃様、なんとお労しい……」
エリザベートと関わりの深かい修道院や孤児院、病院の者は涙に暮れていた。
王都の修道院や孤児院ではバザーに出すエリザベートのレース編みのおかげで財政難から逃れることができた。それだけでなく、視察に訪れたエリザベートは嫌がることなく孤児たちと触れ合い、絵本を読み聞かせたり字を教えたりしてくれた。孤児院を出た後のことを考え、職業訓練になる施設も作ってくれた。以前に比べて孤児たちの識字率は上がっている。
病院でも薬や包帯など必要な物資に不足はないか、医師にはかかり易い環境か常に気にしていた。医療費が抑えられるよう安価で手に入る薬の研究も進めている。特に熱冷ましの改良には力を入れている。
それらは病に罹ったエリザベートが長く苦しんだので、少しでも早く回復できるようにというカールの願いも込められていた。
それなのに彼らの子には効かなかったなんて、なんという皮肉だろう。
病院に集まった民たちは、患部に手を当てては「早く良くなりますように」と声を掛けてくれたエリザベートの優しい眼差しを思い出しては涙を拭った。
誰が言い出したことでもない。
民たちは1人、また1人と黒い色の服に着替えた。
街からは活気のある声が消え去り、深い哀しみに包まれていた。
決して傍を離れようとしないエリザベートだったが、遂に限界を超え倒れたのだ。
思えばカールと同じでほとんど寝ずに付き添っていたエリザベートが疲れていないはずがない。これまで倒れずにいたのが不思議なのだ。きっと気力だけで体を支えていたのだろう。
ルイを診ていた侍医たちは、今は必死でエリザベートを診ている。
カールにとって恐ろしいのはエリザベートまで喪ってしまうことだ。2人を同時に喪うなんて耐えられない。
カールは冷たくなったルイの髪を撫でる。
「……1人で淋しいのか?だけどお母様は連れていかないでくれ。ごねんな、愛しているよ。おまえを1人きりになんてしたくない。だけど、ごめんな……っ」
髪を撫でながら肩を震わせるカールに応える声はない。
ルイの顔は穏やかで、すぐに目を開け、いつものように「おとしゃま」と呼んでくれそうなのに、その目が開くことは二度とないのだ。
「愛しているよ、ルイ。俺の可愛い子。気持ちはずっとずっと傍にいるからな……っ」
カールはそうして夜明けまで話し掛け続けた。
執務に追われてあまり一緒に過ごすことができなかった。その時間を埋めるように2人だけの濃密な時間を過ごす。
ルイはいつも出掛けて行くカールを淋しそうに見つめながら、エリザベートのように「やなのぉ」と縋ることはなかった。もしそんなことを言われていたら、カールはきっと出掛けられなかっただろう。
「お母様が、俺が出掛けやすいように、気遣ってくれていたんだな……」
エリザベートがルイに言い聞かせる声が蘇ってくる。
『お父様はとっても大切な仕事に行かれるのよ。だからいってらっしゃいしましょうね』
「………っ!ルイ………っ!」
今度はルイが見送られる立場になった。
だけど素直に「いってらっしゃい」なんて言えそうにない。
王都に住む民衆は、弔いの鐘の音と弔砲でルイの存在と逝去を知った。
元々王家の子どもが3歳まで隠されるのは、3歳までに亡くなる子が多いからだ。鐘の音や弔砲で存在と逝去を知らされるのに慣れている。
王家から訃報がないこと、エリザベートが表に姿を現さなかった期間があることを考え合わせた民たちは、「そういうことか」と頷いた。
「王妃様、なんとお労しい……」
エリザベートと関わりの深かい修道院や孤児院、病院の者は涙に暮れていた。
王都の修道院や孤児院ではバザーに出すエリザベートのレース編みのおかげで財政難から逃れることができた。それだけでなく、視察に訪れたエリザベートは嫌がることなく孤児たちと触れ合い、絵本を読み聞かせたり字を教えたりしてくれた。孤児院を出た後のことを考え、職業訓練になる施設も作ってくれた。以前に比べて孤児たちの識字率は上がっている。
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それなのに彼らの子には効かなかったなんて、なんという皮肉だろう。
病院に集まった民たちは、患部に手を当てては「早く良くなりますように」と声を掛けてくれたエリザベートの優しい眼差しを思い出しては涙を拭った。
誰が言い出したことでもない。
民たちは1人、また1人と黒い色の服に着替えた。
街からは活気のある声が消え去り、深い哀しみに包まれていた。
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