影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
上 下
47 / 142
2章 ~過去 カールとエリザベート~

24

しおりを挟む
 ルイはゆっくり成長していった。
 授業といってもまだ字の読み書きを覚えるようなものではない。
 離れた場所にぬいぐるみを並べて、ゾフィーが「猫」と言ったら猫のぬいぐるみを、「犬」と言ったら犬のぬいぐるみを取ってくる。他にも色んな形の積み木の中から「三角」と言われたら三角形の積み木を選び、「四角」と言われたら四角の積み木を選ぶ。庭園に出て「みっつのどんぐり」を探したり、「いつつの松ぼっくり」を探したりしていた。

 次第にエリザベートが絵本を呼んでいても、指を指して「にゃんにゃん」ではなく「ねこしゃん」と言うようになり、おやつのビスケットを「みっつほちい!」と要求するようになった。
 だけどエリザベートを「いってらっしゃい」と見送るのはまだ苦手なようで、毎朝「やなのぉ」と抱きついてくる。
「お仕事が終わったらすぐに帰ってくるわ」と抱き締め、後ろ髪を引かれながら乳母に託すのが日常だった。



 ゾフィーは家庭教師を始めてから少しの間、プライベートで薔薇の宮を訪れるのを控えていた。
伯母様おばしゃま」と「伯爵夫人はくちゃぁじん」の間でルイが混乱すると思ったからだ。
 その代わりアンヌが伯爵邸に寄って伯爵家の子どもたちを連れてきてくれる。今年6歳になった伯爵家の次女チェルシーも仲間入りだ。
 チェルシーと初めて会ったルイは「う?」と不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに馴染んで一緒に遊んでいた。

 王家の子は中々同じ年頃の子と遊ぶことができない。ルイは存在を隠されているから尚更だ。
 そんな中で公爵家や伯爵家の子どもたちと遊べるのは幸運だった。
 ルイは王家とダシェンボード公爵家、ルヴエル伯爵家の皆で育てていると言っても過言ではなった。




 ゾフィーがまた伯母として薔薇の宮を訪れるようになった切っ掛けは、ルイが熱を出して寝込んだことだった。
 無理をさせないよう気をつけていたのに、また季節の変わり目に風邪を引いてしまったのだ。

 エリザベートは子ども用のベッドで赤い顔をして苦しげに息をするルイの頭をそっと撫でる。

「ごめんね、ルイ。お仕事に行ってくるわね」

「やなのぉ、おかしゃまぁ」

 いつもは泣きそうになりながら、それでも堪えて見送ってくれるのに、今日はエリザベートの袖を握って引き留めようとする。
 具合が悪い時は心細くなるものだ。いつもはできる我慢もこんな時はできなくなる。

「ごめんね、ルイちゃま。お仕事が終わったらすぐに帰ってくるわ」

 いつものセリフを言い聞かせながらエリザベートも泣きそうになる。
 ルイがこんなに体が弱いのは、エリザベートが生んだからだ。もっとちゃんと健康な母親だったらこんなことにならなかっただろう。

「本当にごめんね、ルイちゃま……」

 頭を抱き寄せ、額を合わせる。
 ルイの額は驚くほど熱かった。



「……執務の時間ではないのですか?」

 不意に聞こえた声にエリザベートは驚いて顔を上げる。
 そこには哀しげな顔をしたゾフィーがいた。
 ゾフィーの顔を見てエリザベートは思い出す。今日は家庭教師の日なのだ。
 だけどルイの発熱で動揺したエリザベートは、ゾフィーにお休みの連絡をしていなかった。

「ルヴエル伯爵夫人、申し訳ありませんが今日は……」

「ええ。風邪を引かれたのですね。……妃殿下、今日は私が伯母として傍についていてはいけませんでしょうか」

 ゾフィーの言葉にエリザベートは目を瞬かせる。
 それは願ってもない申し出だった。

 ゾフィーは信頼できる人だ。ルイを可愛がってくれている。
 自分が傍にいられない時に、ゾフィーがいてくれるのなら安心できた。

 女主人エリザベートがいない時に親戚とはいえゾフィーが薔薇の宮に滞在することはできない。
 だけどそれは、唯の親戚・・・・だったならだ。
 今のゾフィーはルイの家庭教師で、既に何度も滞在している。
 それにゾフィーは非公式な家庭教師なので、授業の進行状況を誰かと共有する必要もなかった。
 
「……お願いしても良いかしら?」

「勿論です」

 ゾフィーはにこっと笑う。
 それは伯爵夫人の笑顔ではなかった。

「おかしゃま、おかしゃまぁ!」

 エリザベートが立ち上がると、ルイが必死でドレスを掴む。
 そんなルイをゾフィーは優しく抱き留めた。

「ルイちゃま、今日は伯母様が傍にいるからお母様にいってらっしゃいしましょうね」

「すぐに帰ってくるわ。できるだけ急いでね」

 エリザベートはルイのつむじに口づけを落とす。
 そしてさっと身を翻すと扉へ向かった。未練がましく残っていてもルイ悲しみが長引くだけだ。

「やなのぉ!おかしゃまぁ!!」

 あぁぁぁーー!あああーーっ!と泣く声が聞こえてくる。
 だけどゾフィーが慰めてくれるから、すぐに泣き止むだろう。
 優しい声で絵本を読んでもらったらきっとすぐに眠ってしまう。
 目が覚めて淋しくなってもゾフィーがいるから安心だ。

 エリザベートは目尻に浮かんだ涙を拭うとしっかりと前を向いた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

私はアナタから消えます。

転生ストーリー大好物
恋愛
振り向いてくれないなら死んだ方がいいのかな ただ辛いだけの話です。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

初恋の結末

夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。 庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。 思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは――― 短編予定。 救いなし予定。 ひたすらムカつくかもしれません。 嫌いな方は避けてください。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

あの約束を覚えていますか

キムラましゅろう
恋愛
少女時代に口約束で交わした結婚の約束。 本気で叶うなんて、もちろん思ってなんかいなかった。 ただ、あなたより心を揺さぶられる人が現れなかっただけ。 そしてあなたは約束通り戻ってきた。 ただ隣には、わたしでない他の女性を伴って。 作者はモトサヤハピエン至上主義者でございます。 あ、合わないな、と思われた方は回れ右をお願い申し上げます。 いつもながらの完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティなお話です。 当作品は作者の慢性的な悪癖により大変誤字脱字の多いお話になると予想されます。 「こうかな?」とご自身で脳内変換しながらお読み頂く危険性があります。ご了承くださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

処理中です...