43 / 140
2章 ~過去 カールとエリザベート~
20
しおりを挟む
カールとエリザベートにとって誰より可愛く大切な息子だったが、重臣たちはルイを3歳の誕生日にお披露目することに難色を示した。
エリザベートとしては受け入れがたいことだが、重臣たちの気持ちもわかる。
ルイは同じ歳の子に比べてひと回り体が小さく、まだ言葉もはっきりしていない。体力もなく、すぐに熱を出して寝込んでしまう。
この子が王太子だと言われたら皆不安になるだろう。
だけど宮廷に近い貴族ほどルイの生まれた時を知っているのだ。それなのにお披露目されなかったらどう思うだろうか。
いいえ、親しい人はルイが病気がちなのも発育が遅れていることも知っているもの。
きっとそういうことだと納得するわ。
不安に苛まれるエリザベートだったが、カールは思い悩んだ末に4歳の誕生日でお披露目すると決めた。
「昨夜の風は凄かったですわね。朝起きてみたら庭園の草木がなぎ倒されてしまっていて」
「こちらも同じですわ。今日は朝から庭師が大わらわでしてよ」
エリザベートのお茶会で貴婦人たちが笑う。
エリザベートはルイのお披露目が延期されてからお茶会を頻繁に開いていた。
ここに招かれる人たちはルイの存在を知っている。特に紹介はしていないが、母に甘えようとするルイの姿を見た人もいた。ルイの存在を印象付ける為にエリザベートが敢て部屋へ入れたのだ。
「本当に酷い風でしたわね。ルイったらすっかり怯えてしまって。昨日は一緒に寝ましたの」
昨夜のことを思い出すと自然と笑みが浮かんでしまう。
昼間は何ともなかったのに、夜遅い時間になってから強い風が吹き出した。
ルイが怯えているかもしれない。そう思った頃に寝室の扉が叩かれた。
「陛下、妃殿下。申し訳ありません」
入って来たのはルイを連れた乳母だった。
貴族の子どもは自立心を養う為に幼い頃から1人で寝る。特にルイは王太子になるべき王子だ。両親のところへ行きたがるルイを、乳母は何とか留めようとしたのだろう。
だけどいくら宥めても泣きじゃくるルイに根負けしたようだ。
「おとしゃま、おかしゃまぁ」
泣きながらカールとエリザベートに駆け寄るルイをエリザベートは優しく抱きとめる。
怯えているのは可哀想だが、胸が痛くなる程可愛い。
「大きな音がしているものね。今日は一緒に寝ましょうか」
エリザベートの胸に顔を埋めたままルイがこくこく頷く。
背中をさすって宥めながら、エリザベートはルイを抱き上げた。
「大丈夫よ、ルイ。もう怖くないわ。お父様とお母様がいるでしょう?」
そうしてルイをベッドの真中へ降ろす。
今日はカールと並んで川の字だ。
「大丈夫だよ。何も悪いことが起こらないよう傍にいるから安心して眠りなさい」
「おとしゃまぁ」
しがみ付くルイをカールが優しく抱き寄せる。
可愛い寝息が聞こえるまでそうして髪を撫でていた。
「まあまあまあ、王子殿下の可愛らしいこと!」
「それに陛下も、随分可愛がっておられるのですね」
「ええ、本当に……。可愛くて仕方がないようですわ」
しがみ付かれたままでは寝づらいだろうに、カールはルイを離そうとせず、抱き込んだまま眠ってしまった。
きっと人は過保護に育てられていると思うだろう。
だけど病気がちでしんどい思いをすることが多い子なのだ。少しくらい甘やかしたっていいじゃないか。
それに王太子教育が始まれば甘えてばかりいられなくなる。
「……うちの子も、昨夜は一緒に寝ましたわ」
「……ええ、うちもです」
話を聞いていた貴婦人たちがあちらこちらで声を上げる。
エリザベートと同年代で、ルイと同じ年頃の子を持つ者たちだ。
政略結婚が主な貴族家では義務として跡継ぎの子を作り、本当に愛する人は外に作るのが通常だった。愛情のない相手との子どもなので、生まれた子に愛情を注ぐ者は少なく、風や雷に怯えていても親が傍にいてくれることなどなかった。
ここにいる人たちの中でもそんな育ち方をした人は少なくない。
だけどカールとエリザベートに憧れて婚約者との仲を育んだ者たちは、政略結婚であっても互いに尊重し合い、想い合っている。自然と子どもにも愛情を注ぎ、家族仲も良好だ。
「時々なら、一緒に寝てもよろしいですわよね」
「私もそう思います。暖かくて幸せな気持ちになりますわ」
幸せそうに笑い合う女性たちの向こうで年配の女性が眉をひそめているのが見える。
だけどその表情には羨む気持ちが滲み出ていた。
エリザベートとしては受け入れがたいことだが、重臣たちの気持ちもわかる。
ルイは同じ歳の子に比べてひと回り体が小さく、まだ言葉もはっきりしていない。体力もなく、すぐに熱を出して寝込んでしまう。
この子が王太子だと言われたら皆不安になるだろう。
だけど宮廷に近い貴族ほどルイの生まれた時を知っているのだ。それなのにお披露目されなかったらどう思うだろうか。
いいえ、親しい人はルイが病気がちなのも発育が遅れていることも知っているもの。
きっとそういうことだと納得するわ。
不安に苛まれるエリザベートだったが、カールは思い悩んだ末に4歳の誕生日でお披露目すると決めた。
「昨夜の風は凄かったですわね。朝起きてみたら庭園の草木がなぎ倒されてしまっていて」
「こちらも同じですわ。今日は朝から庭師が大わらわでしてよ」
エリザベートのお茶会で貴婦人たちが笑う。
エリザベートはルイのお披露目が延期されてからお茶会を頻繁に開いていた。
ここに招かれる人たちはルイの存在を知っている。特に紹介はしていないが、母に甘えようとするルイの姿を見た人もいた。ルイの存在を印象付ける為にエリザベートが敢て部屋へ入れたのだ。
「本当に酷い風でしたわね。ルイったらすっかり怯えてしまって。昨日は一緒に寝ましたの」
昨夜のことを思い出すと自然と笑みが浮かんでしまう。
昼間は何ともなかったのに、夜遅い時間になってから強い風が吹き出した。
ルイが怯えているかもしれない。そう思った頃に寝室の扉が叩かれた。
「陛下、妃殿下。申し訳ありません」
入って来たのはルイを連れた乳母だった。
貴族の子どもは自立心を養う為に幼い頃から1人で寝る。特にルイは王太子になるべき王子だ。両親のところへ行きたがるルイを、乳母は何とか留めようとしたのだろう。
だけどいくら宥めても泣きじゃくるルイに根負けしたようだ。
「おとしゃま、おかしゃまぁ」
泣きながらカールとエリザベートに駆け寄るルイをエリザベートは優しく抱きとめる。
怯えているのは可哀想だが、胸が痛くなる程可愛い。
「大きな音がしているものね。今日は一緒に寝ましょうか」
エリザベートの胸に顔を埋めたままルイがこくこく頷く。
背中をさすって宥めながら、エリザベートはルイを抱き上げた。
「大丈夫よ、ルイ。もう怖くないわ。お父様とお母様がいるでしょう?」
そうしてルイをベッドの真中へ降ろす。
今日はカールと並んで川の字だ。
「大丈夫だよ。何も悪いことが起こらないよう傍にいるから安心して眠りなさい」
「おとしゃまぁ」
しがみ付くルイをカールが優しく抱き寄せる。
可愛い寝息が聞こえるまでそうして髪を撫でていた。
「まあまあまあ、王子殿下の可愛らしいこと!」
「それに陛下も、随分可愛がっておられるのですね」
「ええ、本当に……。可愛くて仕方がないようですわ」
しがみ付かれたままでは寝づらいだろうに、カールはルイを離そうとせず、抱き込んだまま眠ってしまった。
きっと人は過保護に育てられていると思うだろう。
だけど病気がちでしんどい思いをすることが多い子なのだ。少しくらい甘やかしたっていいじゃないか。
それに王太子教育が始まれば甘えてばかりいられなくなる。
「……うちの子も、昨夜は一緒に寝ましたわ」
「……ええ、うちもです」
話を聞いていた貴婦人たちがあちらこちらで声を上げる。
エリザベートと同年代で、ルイと同じ年頃の子を持つ者たちだ。
政略結婚が主な貴族家では義務として跡継ぎの子を作り、本当に愛する人は外に作るのが通常だった。愛情のない相手との子どもなので、生まれた子に愛情を注ぐ者は少なく、風や雷に怯えていても親が傍にいてくれることなどなかった。
ここにいる人たちの中でもそんな育ち方をした人は少なくない。
だけどカールとエリザベートに憧れて婚約者との仲を育んだ者たちは、政略結婚であっても互いに尊重し合い、想い合っている。自然と子どもにも愛情を注ぎ、家族仲も良好だ。
「時々なら、一緒に寝てもよろしいですわよね」
「私もそう思います。暖かくて幸せな気持ちになりますわ」
幸せそうに笑い合う女性たちの向こうで年配の女性が眉をひそめているのが見える。
だけどその表情には羨む気持ちが滲み出ていた。
3
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】身分に見合う振る舞いをしていただけですが…ではもう止めますからどうか平穏に暮らさせて下さい。
まりぃべる
恋愛
私は公爵令嬢。
この国の高位貴族であるのだから身分に相応しい振る舞いをしないとね。
ちゃんと立場を理解できていない人には、私が教えて差し上げませんと。
え?口うるさい?婚約破棄!?
そうですか…では私は修道院に行って皆様から離れますからどうぞお幸せに。
☆
あくまでもまりぃべるの世界観です。王道のお話がお好みの方は、合わないかと思われますので、そこのところ理解いただき読んでいただけると幸いです。
☆★
全21話です。
出来上がってますので随時更新していきます。
途中、区切れず長い話もあってすみません。
読んで下さるとうれしいです。

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる