影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
上 下
35 / 140
2章 ~過去 カールとエリザベート~

12

しおりを挟む
 侍医長の許可が下りベッドから出られるようになると、エリザベートは数人の友人を招いた。
 最も彼女たちからすれば、招かれたというより申し入れていた見舞いを許されたということになる。
 初めの内は本当に親しい友人だけで、場所もエリザベートの寝室だった。回数を重ねるうちに幅広い相手を招くようになり、場所も薔薇の宮の庭園へ移っていく。

「皆様、お久しぶりですね」

「まあ、王妃様。まあ……」

 久しぶりにエリザベートを見た反応は皆同じだった。
 重病で表に出られないと聞いていた王妃の腹が膨れているのだ。事の真相は一目見ただけでわかる。

「体調が優れないと聞いていましたが……」

「確かに体調不良が長く続く方もいらっしゃいますものね」

 エリザベートはこれまでの流産などの経験を人に話すつもりはなかった。
 特に何も言わなくても人はあれこれ予測して好きに物語を考えてくれる。

 確かにそれはエリザベートの思い通りで間違いなかった。
 人々は心配そうでありながら憔悴したところのないカールの様子や、不安そうでありながら嬉しそうでもあったダシェンボード公爵家の人々を思い浮かべて納得している。
 
「先日ダシェンボード公爵夫人にお会いしましたが、とても幸せそうなご様子でした。何があったのか訊いても教えてくれませんでしたが、こういうことでしたのね」

 年配の夫人が口元を扇で隠しながら笑う。ダシェンボード公爵夫人と同じような年頃で、エリザベートと同じクラスに彼女の娘がいた。特に親しかったわけではないが、彼女はもう子を生んでいるはずだ。
 夫人は同じ歳の娘を持つ者として、エリザベートの母の気持ちがわかるのだろう。

 そう、エリザベートには2人の兄がいて母には既に数人の孫がいるけれど、エリザベートの懐妊をとても喜んでくれていた。だけどそれと同時に兄嫁たちが懐妊した時とは違ってベッドから動けない娘の姿に胸を痛めていたのも知っている。その状態が安定して子が流れる心配がなくなったのだから、今は心から安堵しているだろう。
 
「そうですね。家族には心配を掛けましたから、今頃ホッとしているでしょう」

「まあ、では公爵家の皆様はご存知でしたのね」

「ええ。体調を崩した私をとても良く気遣ってくれました」

 母のダシェンボード公爵夫人、そして長兄リチャードの妻アンヌ、次兄アルバートとその妻ゾフィーには、早い段階でダシェンボード公爵とリチャードから話がされていた。エリザベートが長期間人前に出られない程体調を崩してその病名も教えられないとなれば皆とんでもなく心配するだろうと思われたからだ。
 2人の兄とは少し歳が離れているのでエリザベートが物心ついた頃にはもう婚約していて、2人の義姉はエリザベートを本当の妹のように可愛がってくれていた。
 因みに次兄のアルバートは学園を卒業後、父が持っていた伯爵の位を貰って王宮で文官として勤めている。領地のない伯爵なので王都に邸を構えながら公爵家の領地運営も手伝っているので実家との行き来も多く、義姉たちを含めて兄弟間の仲は良好だ。エリザベートの見舞いに来る時は誰か1人だけのこともあったが、大抵の時は母とアンヌ、ゾフィーの3人で連れ立って来ていた。

 1人で寝ていると、このまま無事に生むことができるのか不安に苛まれることもあったけれど、3人と話しているとそんな不安を忘れることができた。
 心配を掛けてしまったけれど、皆がいてくれて良かったと心から思う。
 
「陛下もそれはお喜びでしょうねぇ」

 ある夫人がそう言うと、出席者たちの目の色が変わった気がした。
 
 王家の子は3歳になるまで公表されない。それでも公務などで王妃の姿を見れば、身籠っていることは一目でわかる。
 だけど今回のエリザベートのように離宮に引き籠っていれば誰にも存在を知られず生まれて育ってしまうのだ。それでは王子の為に必要な人脈を得ることができなくなってしまう。

 エリザベートのお茶会に呼ばれるのは、味方につけておきたい有力な貴族。そして王太子妃となり得る侯爵位以上の家の者たち。
 王子が成長してから年の頃が合う令嬢がいないなんて事態にならないように。
 歳の近い男の子たちはいずれ側近候補となるだろう。

 腹の子の性別は、生まれてみるまでわからない。
 だけど生まれてくるのは男の子だと、エリザベートは何故だか確信していた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」

ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。 学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。 その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。

屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」 そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。 ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。 私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。 いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。 「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」 「お姉様、ごめんなさい。」 いやいや、好きだったことはないですよ。 ハロルド様と私は政略結婚ですよね? そして、婚約破棄の書面にサインをした。 その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。 はっきり言って居心地が悪い! 私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。 平屋は快適だった。 そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。 滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。 そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。 困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。 小説家になろう様でも投稿しています! 4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。 →4/12日間ランキング3位→2位→1位

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

処理中です...