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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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侍医長の許可が下りベッドから出られるようになると、エリザベートは数人の友人を招いた。
最も彼女たちからすれば、招かれたというより申し入れていた見舞いを許されたということになる。
初めの内は本当に親しい友人だけで、場所もエリザベートの寝室だった。回数を重ねるうちに幅広い相手を招くようになり、場所も薔薇の宮の庭園へ移っていく。
「皆様、お久しぶりですね」
「まあ、王妃様。まあ……」
久しぶりにエリザベートを見た反応は皆同じだった。
重病で表に出られないと聞いていた王妃の腹が膨れているのだ。事の真相は一目見ただけでわかる。
「体調が優れないと聞いていましたが……」
「確かに体調不良が長く続く方もいらっしゃいますものね」
エリザベートはこれまでの流産などの経験を人に話すつもりはなかった。
特に何も言わなくても人はあれこれ予測して好きに物語を考えてくれる。
確かにそれはエリザベートの思い通りで間違いなかった。
人々は心配そうでありながら憔悴したところのないカールの様子や、不安そうでありながら嬉しそうでもあったダシェンボード公爵家の人々を思い浮かべて納得している。
「先日ダシェンボード公爵夫人にお会いしましたが、とても幸せそうなご様子でした。何があったのか訊いても教えてくれませんでしたが、こういうことでしたのね」
年配の夫人が口元を扇で隠しながら笑う。ダシェンボード公爵夫人と同じような年頃で、エリザベートと同じクラスに彼女の娘がいた。特に親しかったわけではないが、彼女はもう子を生んでいるはずだ。
夫人は同じ歳の娘を持つ者として、エリザベートの母の気持ちがわかるのだろう。
そう、エリザベートには2人の兄がいて母には既に数人の孫がいるけれど、エリザベートの懐妊をとても喜んでくれていた。だけどそれと同時に兄嫁たちが懐妊した時とは違ってベッドから動けない娘の姿に胸を痛めていたのも知っている。その状態が安定して子が流れる心配がなくなったのだから、今は心から安堵しているだろう。
「そうですね。家族には心配を掛けましたから、今頃ホッとしているでしょう」
「まあ、では公爵家の皆様はご存知でしたのね」
「ええ。体調を崩した私をとても良く気遣ってくれました」
母のダシェンボード公爵夫人、そして長兄リチャードの妻アンヌ、次兄アルバートとその妻ゾフィーには、早い段階でダシェンボード公爵とリチャードから話がされていた。エリザベートが長期間人前に出られない程体調を崩してその病名も教えられないとなれば皆とんでもなく心配するだろうと思われたからだ。
2人の兄とは少し歳が離れているのでエリザベートが物心ついた頃にはもう婚約していて、2人の義姉はエリザベートを本当の妹のように可愛がってくれていた。
因みに次兄のアルバートは学園を卒業後、父が持っていた伯爵の位を貰って王宮で文官として勤めている。領地のない伯爵なので王都に邸を構えながら公爵家の領地運営も手伝っているので実家との行き来も多く、義姉たちを含めて兄弟間の仲は良好だ。エリザベートの見舞いに来る時は誰か1人だけのこともあったが、大抵の時は母とアンヌ、ゾフィーの3人で連れ立って来ていた。
1人で寝ていると、このまま無事に生むことができるのか不安に苛まれることもあったけれど、3人と話しているとそんな不安を忘れることができた。
心配を掛けてしまったけれど、皆がいてくれて良かったと心から思う。
「陛下もそれはお喜びでしょうねぇ」
ある夫人がそう言うと、出席者たちの目の色が変わった気がした。
王家の子は3歳になるまで公表されない。それでも公務などで王妃の姿を見れば、身籠っていることは一目でわかる。
だけど今回のエリザベートのように離宮に引き籠っていれば誰にも存在を知られず生まれて育ってしまうのだ。それでは王子の為に必要な人脈を得ることができなくなってしまう。
エリザベートのお茶会に呼ばれるのは、味方につけておきたい有力な貴族。そして王太子妃となり得る侯爵位以上の家の者たち。
王子が成長してから年の頃が合う令嬢がいないなんて事態にならないように。
歳の近い男の子たちはいずれ側近候補となるだろう。
腹の子の性別は、生まれてみるまでわからない。
だけど生まれてくるのは男の子だと、エリザベートは何故だか確信していた。
最も彼女たちからすれば、招かれたというより申し入れていた見舞いを許されたということになる。
初めの内は本当に親しい友人だけで、場所もエリザベートの寝室だった。回数を重ねるうちに幅広い相手を招くようになり、場所も薔薇の宮の庭園へ移っていく。
「皆様、お久しぶりですね」
「まあ、王妃様。まあ……」
久しぶりにエリザベートを見た反応は皆同じだった。
重病で表に出られないと聞いていた王妃の腹が膨れているのだ。事の真相は一目見ただけでわかる。
「体調が優れないと聞いていましたが……」
「確かに体調不良が長く続く方もいらっしゃいますものね」
エリザベートはこれまでの流産などの経験を人に話すつもりはなかった。
特に何も言わなくても人はあれこれ予測して好きに物語を考えてくれる。
確かにそれはエリザベートの思い通りで間違いなかった。
人々は心配そうでありながら憔悴したところのないカールの様子や、不安そうでありながら嬉しそうでもあったダシェンボード公爵家の人々を思い浮かべて納得している。
「先日ダシェンボード公爵夫人にお会いしましたが、とても幸せそうなご様子でした。何があったのか訊いても教えてくれませんでしたが、こういうことでしたのね」
年配の夫人が口元を扇で隠しながら笑う。ダシェンボード公爵夫人と同じような年頃で、エリザベートと同じクラスに彼女の娘がいた。特に親しかったわけではないが、彼女はもう子を生んでいるはずだ。
夫人は同じ歳の娘を持つ者として、エリザベートの母の気持ちがわかるのだろう。
そう、エリザベートには2人の兄がいて母には既に数人の孫がいるけれど、エリザベートの懐妊をとても喜んでくれていた。だけどそれと同時に兄嫁たちが懐妊した時とは違ってベッドから動けない娘の姿に胸を痛めていたのも知っている。その状態が安定して子が流れる心配がなくなったのだから、今は心から安堵しているだろう。
「そうですね。家族には心配を掛けましたから、今頃ホッとしているでしょう」
「まあ、では公爵家の皆様はご存知でしたのね」
「ええ。体調を崩した私をとても良く気遣ってくれました」
母のダシェンボード公爵夫人、そして長兄リチャードの妻アンヌ、次兄アルバートとその妻ゾフィーには、早い段階でダシェンボード公爵とリチャードから話がされていた。エリザベートが長期間人前に出られない程体調を崩してその病名も教えられないとなれば皆とんでもなく心配するだろうと思われたからだ。
2人の兄とは少し歳が離れているのでエリザベートが物心ついた頃にはもう婚約していて、2人の義姉はエリザベートを本当の妹のように可愛がってくれていた。
因みに次兄のアルバートは学園を卒業後、父が持っていた伯爵の位を貰って王宮で文官として勤めている。領地のない伯爵なので王都に邸を構えながら公爵家の領地運営も手伝っているので実家との行き来も多く、義姉たちを含めて兄弟間の仲は良好だ。エリザベートの見舞いに来る時は誰か1人だけのこともあったが、大抵の時は母とアンヌ、ゾフィーの3人で連れ立って来ていた。
1人で寝ていると、このまま無事に生むことができるのか不安に苛まれることもあったけれど、3人と話しているとそんな不安を忘れることができた。
心配を掛けてしまったけれど、皆がいてくれて良かったと心から思う。
「陛下もそれはお喜びでしょうねぇ」
ある夫人がそう言うと、出席者たちの目の色が変わった気がした。
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だけど今回のエリザベートのように離宮に引き籠っていれば誰にも存在を知られず生まれて育ってしまうのだ。それでは王子の為に必要な人脈を得ることができなくなってしまう。
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歳の近い男の子たちはいずれ側近候補となるだろう。
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だけど生まれてくるのは男の子だと、エリザベートは何故だか確信していた。
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