34 / 120
2章 ~過去 カールとエリザベート~
11
しおりを挟む
エリザベートが公の場所に姿を現さなくなると、当然社交界で噂になった。
こんな時に伝えられる理由はやはり「体調不良」だ。この場合ただの口実だったが、貴族たちはかつてエリザベートが患った病を知っているので、病が再発したのではないかと囁き合った。
たくさんの補佐官たちの手を借りてではあっても、これまでエリザベートが公務に穴を開けたことはなかったので、余程悪いのだと思われたのだ。
だけどそれにしてはおかしいのがカールの様子だった。
以前エリザベートが寝付いた時は、カールもまた今にも倒れそうなほど憔悴していた。それなのに今は、心配そうな様子は見せるものの随分と余裕がある。「寵愛が薄れたのでは」と言う者もあったが、カールが毎日政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていくことは知られているので、信じる者はいなかった。言った本人ですら本気で思っているわけではないのだ。
極一部、もしや懐妊したのでは?と思っている者もいた。悪阻に苦しむのも立派な体調不良だ。
だがこの国には「王族の出産は子どもが3歳になるまで隠される」という習慣があるので、直接声に出して訊いてくる者がおらずに助かっていた。
貴族たちに「政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていく」と言われているカールだが、実際には一度必ず鳳凰の宮に戻っていた。
手早く湯浴みをして着替えると、国王からカール個人へと戻れる気がする。
国王となり背負う責任が重くなってから必要とする儀式だった。
「ただいま、リーザ。調子はどう?」
薔薇の宮を訪れたカールは一直線に寝室へ向かう。
寝室ではベッドで横になったエリザベートがカールを待っていた。
「おかえりなさいませ、カール様」
離宮を訪れた国王と出迎える妃ではなく、家に帰った夫と夫の帰りを待っていた妻として挨拶を交わす。
黎明の宮にいた時から変わらないやり取りだ。
カールは身をかがめてエリザベートの頬に口づけると、エリザベートをそっと抱き起す。
控えていた侍女が手早く背中の後ろにクッションを重ねて凭れられるようにした。
「体調は悪くありません。侍医長も特に変わりはないと」
安静にするようになってからエリザベートは朝・昼・夜と3回侍医の診察を受けている。
侍医たちにとっても世継ぎを無事に誕生させることは最優先事項だ。弟子を引き連れた侍医長が薔薇の宮を訪れ、みんなで熱を測ったり脈をとったり、体調の変化を注意深く観察している。
大勢の侍医が頻繁に出入りするのも体調不良という口実に信ぴょう性を持たせていた。
だがすべての人に真実を隠しているわけにもいかない。エリザベートが長期間公務を休む為には事情を知って協力してくれる人が不可欠だ。
その為、エリザベートの父であるダシェンボード公爵と兄のリチャード、王弟のマクロイド公爵と大臣職に就いている者だけを呼び出して事情を話していた。
呼び出された者たちは世継ぎが必要なことを重々承知している。
無事に出産まで漕ぎつけられるよう全面的に協力すると約束してくれた。
こうしてエリザベートの療養生活は、侍医長に「これ以上はいつ生まれても問題ない」と断言されるまで続いた。
こんな時に伝えられる理由はやはり「体調不良」だ。この場合ただの口実だったが、貴族たちはかつてエリザベートが患った病を知っているので、病が再発したのではないかと囁き合った。
たくさんの補佐官たちの手を借りてではあっても、これまでエリザベートが公務に穴を開けたことはなかったので、余程悪いのだと思われたのだ。
だけどそれにしてはおかしいのがカールの様子だった。
以前エリザベートが寝付いた時は、カールもまた今にも倒れそうなほど憔悴していた。それなのに今は、心配そうな様子は見せるものの随分と余裕がある。「寵愛が薄れたのでは」と言う者もあったが、カールが毎日政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていくことは知られているので、信じる者はいなかった。言った本人ですら本気で思っているわけではないのだ。
極一部、もしや懐妊したのでは?と思っている者もいた。悪阻に苦しむのも立派な体調不良だ。
だがこの国には「王族の出産は子どもが3歳になるまで隠される」という習慣があるので、直接声に出して訊いてくる者がおらずに助かっていた。
貴族たちに「政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていく」と言われているカールだが、実際には一度必ず鳳凰の宮に戻っていた。
手早く湯浴みをして着替えると、国王からカール個人へと戻れる気がする。
国王となり背負う責任が重くなってから必要とする儀式だった。
「ただいま、リーザ。調子はどう?」
薔薇の宮を訪れたカールは一直線に寝室へ向かう。
寝室ではベッドで横になったエリザベートがカールを待っていた。
「おかえりなさいませ、カール様」
離宮を訪れた国王と出迎える妃ではなく、家に帰った夫と夫の帰りを待っていた妻として挨拶を交わす。
黎明の宮にいた時から変わらないやり取りだ。
カールは身をかがめてエリザベートの頬に口づけると、エリザベートをそっと抱き起す。
控えていた侍女が手早く背中の後ろにクッションを重ねて凭れられるようにした。
「体調は悪くありません。侍医長も特に変わりはないと」
安静にするようになってからエリザベートは朝・昼・夜と3回侍医の診察を受けている。
侍医たちにとっても世継ぎを無事に誕生させることは最優先事項だ。弟子を引き連れた侍医長が薔薇の宮を訪れ、みんなで熱を測ったり脈をとったり、体調の変化を注意深く観察している。
大勢の侍医が頻繁に出入りするのも体調不良という口実に信ぴょう性を持たせていた。
だがすべての人に真実を隠しているわけにもいかない。エリザベートが長期間公務を休む為には事情を知って協力してくれる人が不可欠だ。
その為、エリザベートの父であるダシェンボード公爵と兄のリチャード、王弟のマクロイド公爵と大臣職に就いている者だけを呼び出して事情を話していた。
呼び出された者たちは世継ぎが必要なことを重々承知している。
無事に出産まで漕ぎつけられるよう全面的に協力すると約束してくれた。
こうしてエリザベートの療養生活は、侍医長に「これ以上はいつ生まれても問題ない」と断言されるまで続いた。
3
お気に入りに追加
523
あなたにおすすめの小説
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる