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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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エリザベートが公の場所に姿を現さなくなると、当然社交界で噂になった。
こんな時に伝えられる理由はやはり「体調不良」だ。この場合ただの口実だったが、貴族たちはかつてエリザベートが患った病を知っているので、病が再発したのではないかと囁き合った。
たくさんの補佐官たちの手を借りてではあっても、これまでエリザベートが公務に穴を開けたことはなかったので、余程悪いのだと思われたのだ。
だけどそれにしてはおかしいのがカールの様子だった。
以前エリザベートが寝付いた時は、カールもまた今にも倒れそうなほど憔悴していた。それなのに今は、心配そうな様子は見せるものの随分と余裕がある。「寵愛が薄れたのでは」と言う者もあったが、カールが毎日政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていくことは知られているので、信じる者はいなかった。言った本人ですら本気で思っているわけではないのだ。
極一部、もしや懐妊したのでは?と思っている者もいた。悪阻に苦しむのも立派な体調不良だ。
だがこの国には「王族の出産は子どもが3歳になるまで隠される」という習慣があるので、直接声に出して訊いてくる者がおらずに助かっていた。
貴族たちに「政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていく」と言われているカールだが、実際には一度必ず鳳凰の宮に戻っていた。
手早く湯浴みをして着替えると、国王からカール個人へと戻れる気がする。
国王となり背負う責任が重くなってから必要とする儀式だった。
「ただいま、リーザ。調子はどう?」
薔薇の宮を訪れたカールは一直線に寝室へ向かう。
寝室ではベッドで横になったエリザベートがカールを待っていた。
「おかえりなさいませ、カール様」
離宮を訪れた国王と出迎える妃ではなく、家に帰った夫と夫の帰りを待っていた妻として挨拶を交わす。
黎明の宮にいた時から変わらないやり取りだ。
カールは身をかがめてエリザベートの頬に口づけると、エリザベートをそっと抱き起す。
控えていた侍女が手早く背中の後ろにクッションを重ねて凭れられるようにした。
「体調は悪くありません。侍医長も特に変わりはないと」
安静にするようになってからエリザベートは朝・昼・夜と3回侍医の診察を受けている。
侍医たちにとっても世継ぎを無事に誕生させることは最優先事項だ。弟子を引き連れた侍医長が薔薇の宮を訪れ、みんなで熱を測ったり脈をとったり、体調の変化を注意深く観察している。
大勢の侍医が頻繁に出入りするのも体調不良という口実に信ぴょう性を持たせていた。
だがすべての人に真実を隠しているわけにもいかない。エリザベートが長期間公務を休む為には事情を知って協力してくれる人が不可欠だ。
その為、エリザベートの父であるダシェンボード公爵と兄のリチャード、王弟のマクロイド公爵と大臣職に就いている者だけを呼び出して事情を話していた。
呼び出された者たちは世継ぎが必要なことを重々承知している。
無事に出産まで漕ぎつけられるよう全面的に協力すると約束してくれた。
こうしてエリザベートの療養生活は、侍医長に「これ以上はいつ生まれても問題ない」と断言されるまで続いた。
こんな時に伝えられる理由はやはり「体調不良」だ。この場合ただの口実だったが、貴族たちはかつてエリザベートが患った病を知っているので、病が再発したのではないかと囁き合った。
たくさんの補佐官たちの手を借りてではあっても、これまでエリザベートが公務に穴を開けたことはなかったので、余程悪いのだと思われたのだ。
だけどそれにしてはおかしいのがカールの様子だった。
以前エリザベートが寝付いた時は、カールもまた今にも倒れそうなほど憔悴していた。それなのに今は、心配そうな様子は見せるものの随分と余裕がある。「寵愛が薄れたのでは」と言う者もあったが、カールが毎日政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていくことは知られているので、信じる者はいなかった。言った本人ですら本気で思っているわけではないのだ。
極一部、もしや懐妊したのでは?と思っている者もいた。悪阻に苦しむのも立派な体調不良だ。
だがこの国には「王族の出産は子どもが3歳になるまで隠される」という習慣があるので、直接声に出して訊いてくる者がおらずに助かっていた。
貴族たちに「政務を終えると一目散に薔薇の宮へ駆けていく」と言われているカールだが、実際には一度必ず鳳凰の宮に戻っていた。
手早く湯浴みをして着替えると、国王からカール個人へと戻れる気がする。
国王となり背負う責任が重くなってから必要とする儀式だった。
「ただいま、リーザ。調子はどう?」
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寝室ではベッドで横になったエリザベートがカールを待っていた。
「おかえりなさいませ、カール様」
離宮を訪れた国王と出迎える妃ではなく、家に帰った夫と夫の帰りを待っていた妻として挨拶を交わす。
黎明の宮にいた時から変わらないやり取りだ。
カールは身をかがめてエリザベートの頬に口づけると、エリザベートをそっと抱き起す。
控えていた侍女が手早く背中の後ろにクッションを重ねて凭れられるようにした。
「体調は悪くありません。侍医長も特に変わりはないと」
安静にするようになってからエリザベートは朝・昼・夜と3回侍医の診察を受けている。
侍医たちにとっても世継ぎを無事に誕生させることは最優先事項だ。弟子を引き連れた侍医長が薔薇の宮を訪れ、みんなで熱を測ったり脈をとったり、体調の変化を注意深く観察している。
大勢の侍医が頻繁に出入りするのも体調不良という口実に信ぴょう性を持たせていた。
だがすべての人に真実を隠しているわけにもいかない。エリザベートが長期間公務を休む為には事情を知って協力してくれる人が不可欠だ。
その為、エリザベートの父であるダシェンボード公爵と兄のリチャード、王弟のマクロイド公爵と大臣職に就いている者だけを呼び出して事情を話していた。
呼び出された者たちは世継ぎが必要なことを重々承知している。
無事に出産まで漕ぎつけられるよう全面的に協力すると約束してくれた。
こうしてエリザベートの療養生活は、侍医長に「これ以上はいつ生まれても問題ない」と断言されるまで続いた。
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