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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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「そなたは……、何を言っているのかわかっているのか?」
国王が唸るような声を上げた。
王太子として不足がないように大切に育ててきた。
本人もこれまでは王太子に相応しいように実績と信頼を積み重ねてきたのだ。
だけどエリザベートの為ならそれをすべて捨てられるというのか。
「もちろんわかっています。王家には第三王子もいるわけですし……。第二王子だって」
「兄上!!」
第三王子が声を上げる。
「わたしは王位など望んでいません。第二王子なんて論外です!!」
そう言いたくなる気持ちはカールにもわかった。
王妃の子どもであるカールや第三王子と違って第二王子は側妃の子どもなのだ。
この側妃の性が悪く、カールの立太子は仕方ないと諦めていても、何かと第三王子に張り合ってくる。
幼少期の王子の養育費は母親の―ひいては母親の実家の―身分によるのだが、伯爵家出身のくせに公爵家出身の正妃が生んだ第三王子と同じだけ欲しいと騒いだ。
勿論国王が受け入れるはずがなく要求は退けられたが、成長して王子自身に予算が割り当てられるようになると今度は第二王子自身が第三王子と同じだけ必要だと騒ぐ。
だけど第三王子は少なからず公務に携わっているから被服費や護衛費として多く割り当てられているのだ。
予算が欲しいのなら同じだけ公務をこなせと言えば、「頭が痛い」だ「熱が出た」だと言って拒む。
国王も既に匙を投げて、側妃と第二王子を持て余していた。
もし第三王子が立太子するといえは、年嵩の第二王子を王太子にするべきだと騒ぎ立てるのは容易に想像できる。
王太子は正妃が生んだ第一王子。
だからこそ今まで大人しく受け入れていたのだ。
「兄上、わたしは学園を卒業したらすぐに臣籍へ降るつもりでいます。どうか王太子位を捨てるなどと言わないで下さい」
「だがわたしはエリザベートを諦めるつもりはない。彼女にも良く言い聞かせている」
そこで国王夫妻はハッとした。
聡明なエリザベートが己の身に起きたことを理解していないはずがない。
身を引こうと申し入れているのだろう。
受け入れられないのはカールの方だ。同じ様にエリザベートが身を引くのなら王太子位を降りると言って引き留めているのだろう。
「正妃の位は決して楽なものではありません。彼女に辛い思いをさせるかもしれないのよ?」
「わたしが守ります!彼女ができないことはわたしが全部代わりにやる!彼女がいなければ、わたしは生きていけません!!」
国王と王妃はエリザベートが倒れてからの半年間を思い出した。
勉学や公務をこなしていても、どこを見ているのかわからないような虚ろな目。生気の失せた顔に、このままカールもどうにかなってしまうのではないかと不安だった。
新しい婚約者探しを強行しなかったのはそのせいもある。今にも壊れそうなカールを刺激するようなことを言えなかったのだ。
「……そこまで言うのならしばらく様子を見る。王太子妃として不足はないと示してみせよ」
「ありがとうございます……っ!」
カールは深く頭を下げた。
その後、エリザベートは休んでいた間の遅れを取り戻し、留年せずに学園を卒業すること。
その間の公務に差し障りがあるならカールがすべて補うことを条件に婚約の続行を許された。
元々学業については妃教育で学んでいるので問題はない。
ただ出席日数の不足を補う為に特別に補講が組まれ、大量の課題を提出しなければならなかった。
それでもできる限り割り振られた公務に臨み、決して人前で疲れた姿を見せることはない。
2人きりの時に少しだけ甘えることが最高の癒しだと笑うエリザベートをカールは愛しさを込めて抱き寄せた。
王妃がこの時飲み込んだこと。
どれだけ公務を肩代わりしても、子を生むことだけはカールが代わりにできないのだと。
いずれ側妃を迎えるのならエリザベートを苦しめることになると。
それが現実になるのは十数年後のことである。
だけどこの時のカールは、子ができなければ弟の子を養子に迎えればいいと簡単に考えていた。
国王が唸るような声を上げた。
王太子として不足がないように大切に育ててきた。
本人もこれまでは王太子に相応しいように実績と信頼を積み重ねてきたのだ。
だけどエリザベートの為ならそれをすべて捨てられるというのか。
「もちろんわかっています。王家には第三王子もいるわけですし……。第二王子だって」
「兄上!!」
第三王子が声を上げる。
「わたしは王位など望んでいません。第二王子なんて論外です!!」
そう言いたくなる気持ちはカールにもわかった。
王妃の子どもであるカールや第三王子と違って第二王子は側妃の子どもなのだ。
この側妃の性が悪く、カールの立太子は仕方ないと諦めていても、何かと第三王子に張り合ってくる。
幼少期の王子の養育費は母親の―ひいては母親の実家の―身分によるのだが、伯爵家出身のくせに公爵家出身の正妃が生んだ第三王子と同じだけ欲しいと騒いだ。
勿論国王が受け入れるはずがなく要求は退けられたが、成長して王子自身に予算が割り当てられるようになると今度は第二王子自身が第三王子と同じだけ必要だと騒ぐ。
だけど第三王子は少なからず公務に携わっているから被服費や護衛費として多く割り当てられているのだ。
予算が欲しいのなら同じだけ公務をこなせと言えば、「頭が痛い」だ「熱が出た」だと言って拒む。
国王も既に匙を投げて、側妃と第二王子を持て余していた。
もし第三王子が立太子するといえは、年嵩の第二王子を王太子にするべきだと騒ぎ立てるのは容易に想像できる。
王太子は正妃が生んだ第一王子。
だからこそ今まで大人しく受け入れていたのだ。
「兄上、わたしは学園を卒業したらすぐに臣籍へ降るつもりでいます。どうか王太子位を捨てるなどと言わないで下さい」
「だがわたしはエリザベートを諦めるつもりはない。彼女にも良く言い聞かせている」
そこで国王夫妻はハッとした。
聡明なエリザベートが己の身に起きたことを理解していないはずがない。
身を引こうと申し入れているのだろう。
受け入れられないのはカールの方だ。同じ様にエリザベートが身を引くのなら王太子位を降りると言って引き留めているのだろう。
「正妃の位は決して楽なものではありません。彼女に辛い思いをさせるかもしれないのよ?」
「わたしが守ります!彼女ができないことはわたしが全部代わりにやる!彼女がいなければ、わたしは生きていけません!!」
国王と王妃はエリザベートが倒れてからの半年間を思い出した。
勉学や公務をこなしていても、どこを見ているのかわからないような虚ろな目。生気の失せた顔に、このままカールもどうにかなってしまうのではないかと不安だった。
新しい婚約者探しを強行しなかったのはそのせいもある。今にも壊れそうなカールを刺激するようなことを言えなかったのだ。
「……そこまで言うのならしばらく様子を見る。王太子妃として不足はないと示してみせよ」
「ありがとうございます……っ!」
カールは深く頭を下げた。
その後、エリザベートは休んでいた間の遅れを取り戻し、留年せずに学園を卒業すること。
その間の公務に差し障りがあるならカールがすべて補うことを条件に婚約の続行を許された。
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ただ出席日数の不足を補う為に特別に補講が組まれ、大量の課題を提出しなければならなかった。
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王妃がこの時飲み込んだこと。
どれだけ公務を肩代わりしても、子を生むことだけはカールが代わりにできないのだと。
いずれ側妃を迎えるのならエリザベートを苦しめることになると。
それが現実になるのは十数年後のことである。
だけどこの時のカールは、子ができなければ弟の子を養子に迎えればいいと簡単に考えていた。
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