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1章 ~現在 王宮にて~
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「知って、いたのか……」
呟いたギデオンにシェリルはただ頷いた。
シェリルはギデオンが泣いている理由もその日の内に把握していた。
馬車までの道をわざと遠まわりして歩いている間に侍女たちの話が聞こえてきたからだ。
『殿下が薔薇の宮まで行ってしまったそうよ』
『薔薇の宮で陛下と王妃様を見てしまったらしいの』
『それでショックを受けられて……』
脳裏に先ほど見たギデオンの姿が蘇る。
強い哀しみを抱えて、だけどそれを誰にも知られたくなくて、声を殺して1人きりで泣いていたギデオン。
彼が受けた強い衝撃と哀しみを思うと胸が痛くなった。
この時まで王都で一番無知なのは間違いなくギデオンだった。
貴族の子どもたちは両親からルイザやギデオンの境遇をそれとなく聞いている。
エドワードの為に開かれた茶会に招かれた子どもたちもいた。
シェリルもおかしな誤解を招かないようエドワードとの接触には気を配るよう両親から言い含められていた。
だけど大人たちはギデオンから真実を隠していたのだ。
同情もあったかもしれないが、将来王位を継ぐと決まっている子どもに、「あなたは父親に大切にされていません」と教えたい者はいないだろう。誰だって次期国王に恨まれたくはない。
だから侍女たちは父親を恋しがるギデオンに「父様にはいつ会えるの?」と訊かれても、「お忙しい方ですから……」と言葉を濁して誤魔化していたのだ。
庭園を走りながらギデオンはそのことに気がついたのだろう。
一緒にいた侍従が黙って薔薇の宮へ近づかせたはずがない。何度も戻ろうと声を掛けたはずだ。侍女たちの嘘も知ってしまった。
そして真実を隠すシェリルにも……。裏切られたと感じたはずだ。
だからその数日後、顔を合わせたギデオンがよそよそしくなっていてもシェリルは驚かなかった。
「そうか。侍女たちはそなたから真実を隠していたのか。そして私たちの姿を見てしまったのか……」
国王が視線を落とす。
国王と王妃とエドワードは、傍から見れば理想的な家族だ。何も知らなかったギデオンが強い衝撃を受けたのもわかる。
だけどギデオンに関心のない国王は、ギデオンが真実を知らないまま育っていたことも、一時的に行方不明になっていたことも、ある日を境に心を閉ざしたことも知らなかった。
そういえば、ギデオンが優秀と言われるようになったのはいつだっただろう。
国王はふと考えてみる。
幼い頃は両親の愛情を疑わず無邪気さを見せていた。
稀に顔を合わせた時は甘えたがり、仕方なく抱き上げたこともあった。
王太子教育を始めた時も、集中力が続かずすぐに遊びたがると報告を受けたことがある。
父王の血を受けた唯一の後継者だと傲慢な態度を取ることもあった。
だけどある時から報告の内容が変わった。
予定より早いスピードで勉強が進み、作法や剣術にも真面目に取り組んでいる。
かつての怠け癖はどこへやら、空いた時間は自習や自己鍛錬に費やしているという。
あの時はようやく王太子としての自覚を持ったのかと思ったけれど、それがその時だったのかもしれない。
呟いたギデオンにシェリルはただ頷いた。
シェリルはギデオンが泣いている理由もその日の内に把握していた。
馬車までの道をわざと遠まわりして歩いている間に侍女たちの話が聞こえてきたからだ。
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『薔薇の宮で陛下と王妃様を見てしまったらしいの』
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強い哀しみを抱えて、だけどそれを誰にも知られたくなくて、声を殺して1人きりで泣いていたギデオン。
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この時まで王都で一番無知なのは間違いなくギデオンだった。
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だけど大人たちはギデオンから真実を隠していたのだ。
同情もあったかもしれないが、将来王位を継ぐと決まっている子どもに、「あなたは父親に大切にされていません」と教えたい者はいないだろう。誰だって次期国王に恨まれたくはない。
だから侍女たちは父親を恋しがるギデオンに「父様にはいつ会えるの?」と訊かれても、「お忙しい方ですから……」と言葉を濁して誤魔化していたのだ。
庭園を走りながらギデオンはそのことに気がついたのだろう。
一緒にいた侍従が黙って薔薇の宮へ近づかせたはずがない。何度も戻ろうと声を掛けたはずだ。侍女たちの嘘も知ってしまった。
そして真実を隠すシェリルにも……。裏切られたと感じたはずだ。
だからその数日後、顔を合わせたギデオンがよそよそしくなっていてもシェリルは驚かなかった。
「そうか。侍女たちはそなたから真実を隠していたのか。そして私たちの姿を見てしまったのか……」
国王が視線を落とす。
国王と王妃とエドワードは、傍から見れば理想的な家族だ。何も知らなかったギデオンが強い衝撃を受けたのもわかる。
だけどギデオンに関心のない国王は、ギデオンが真実を知らないまま育っていたことも、一時的に行方不明になっていたことも、ある日を境に心を閉ざしたことも知らなかった。
そういえば、ギデオンが優秀と言われるようになったのはいつだっただろう。
国王はふと考えてみる。
幼い頃は両親の愛情を疑わず無邪気さを見せていた。
稀に顔を合わせた時は甘えたがり、仕方なく抱き上げたこともあった。
王太子教育を始めた時も、集中力が続かずすぐに遊びたがると報告を受けたことがある。
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だけどある時から報告の内容が変わった。
予定より早いスピードで勉強が進み、作法や剣術にも真面目に取り組んでいる。
かつての怠け癖はどこへやら、空いた時間は自習や自己鍛錬に費やしているという。
あの時はようやく王太子としての自覚を持ったのかと思ったけれど、それがその時だったのかもしれない。
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