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1章 ~現在 王宮にて~
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アンダーソン公爵夫人の言葉にルイザはまた顔を青くして俯いた。
2人の婚約がこれまで保たれていたのは、ひとえにシェリルがギデオンを見捨てずにいてくれたから。シェリルの気持ち1つで解消される崖っぷちまで来ていたのだ。
だけどギデオンはそんなシェリルの恩に報いることなく婚約破棄を告げてしまった。
複雑な感情を抱えて2人の関係を見守っていた公爵夫妻は内心喜んでいたのかもしれない。他の誰に嫁いだとしてもギデオンよりはシェリルを大切にしてくれるだろう。
それなのにシェリルは婚約破棄の了承を撤回し、更には自分からギデオンに求婚までしてしまった。公爵夫妻がこれまで以上に複雑な感情を抱えているのは間違いないだろう。
「……お父様もお母様も、ギデオン殿下が変わられた日をご存知ありませんものね。納得できないのも仕方のないことですわ」
シェリルが淋しそうに目を伏せる。
妃教育を受ける内に徐々に振る舞いを変えていたシェリルと違ってギデオンの変化は唐突だった。
その前日までシェリルが妃教育を受けている部屋の外まで遊びに誘いに来ていたのに、ある日突然壁を作って他人行儀な態度を取るようになったのだ。
「……その前日、私は泣いている殿下を見ました。私たちが秘密基地にしていた樹洞の中で……。殿下は誰にも知られないように声を殺して泣いていたのです」
あれは8歳になる直前の初夏だった。
妃教育を終えて帰ろうとするシェリルの耳に、ギデオンを探す侍従や侍女の声が聞こえた。もう30分以上も姿が見えないという。
名を呼んで探し回る彼らの必死な様子に、シェリルもこっそり捜索に加わることにした。
こっそり加わったのは、彼らに気を遣わせない為だ。
シェリルが一緒に探すと言えば、公爵令嬢のシェリルにそんなことはさせられないと恐縮するだろう。只でさえギデオンを案じている彼らに余計な心労を掛けたくなかった。それに彼らよりもシェリルの方がギデオンの居場所がわかるだろうという自信もあった。
案の定ギデオンはすぐに見つかった。
シェリルと2人で秘密基地にしている樹の洞の中に隠れていたのだ。
既に背が伸び窮屈になった洞の中で、ギデオンは体を丸め、声を殺して泣いていた。
「……私は声を掛けることができませんでした。殿下が隠れているのは、泣いている姿を人に見られたくないからだと思ったからです。だから私はそのまま百合の宮まで戻り、何も気づかないふりをして帰宅しました」
ギデオンが泣いていた理由はすぐに分かった。侍従たちがあんなに必死になっていた訳も。
普段であれば散策とはいえ百合の宮から出ないギデオンが、何の好奇心からかあの日だけは敷地の外へ出てしまったのだ。
離宮の境界を曖昧にしていたのが悪かったのかもしれない。
特に今代の国王は側妃を1人しか迎えていない為、他の離宮の側妃と争う必要もなく、空いている宮殿では警戒もしていなかった。
そうしていくつもの離宮と庭園と森を抜けた先で、ギデオンは薔薇の宮へ迷い込んでしまったのだ。
そこでギデオンは信じられないものを見た。
庭園に置かれたカウチで寄り添いながら笑う美しい男女と、2人に見守られながら駆ける同じ歳くらいの男の子。
ほっそりとした色の白い美しい女性の腰へ腕をまわしているのは、確かに父の姿だった。
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