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1章 ~現在 王宮にて~
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「お父様とお母様が……?」
ぐったりとソファに身を沈めていたルイザが僅かに身を起こしてこちらを見ていた。絶望に染まっていた顔に少しだけ色が差している。
公爵夫人はゆっくりと頷いた。
ヴィラント伯爵夫妻はルイザが王宮で決して幸せではないと知っていた。
年に数回顔を合わせるだけの両親にルイザが泣き言を聞かせていたのかはわからない。
だけど王宮のことに興味を持って耳をすませば噂はいくらでも聞こえてくる。
「陛下は王妃様を寵愛していて常にお傍を離れない」だとか。
「陛下はエドワード殿下ばかりを可愛がり、ギデオン殿下には興味をお示しにならない」だとか。
王宮に出入りしている貴族であれば誰でも知っていることだ。
それに国王は公の場に決してルイザを伴わない。
確かにルイザは妃教育を受けていないし、正式な場に出られるのは正妃だけだ。
だけど正妃が病に罹るなどして長期間公の場に出られない時は、側妃に必要な教育を施し、正妃の代わりを務めさせることになっている。
側妃が伯爵位以上の家からしか迎えられないのはその為だ。伯爵位以上と以下では身につけている基礎的な教養が違い過ぎていて短期間の教育では賄いきれないのである。
ルイザは伯爵家の娘だ。
必要な教育さえ受ければエリザベートの代わりを務めることもできるだろう。
勿論外国の賓客を饗すなど高度な語学力や外交力が必要な場所へ出るには相当な時間を要するだろうが、王家主催の舞踏会で国内の貴族の挨拶を受けるくらいのことなら半年もすればできるようになる。
だけどエリザベートが公の場に姿を現さなくなってからも国王がルイザに教育係をつけることはなかった。
今でも国王は1人で舞踏会に出て、1人で貴族たちの挨拶を受けるとそそくさと退席する。
その姿を目にする度にヴィラント伯爵夫妻はルイザが本当に跡継ぎを儲ける為だけに迎えられたのだと思い知らされるのだ。退席した国王が向かう先はエリザベートのいる薔薇の宮だと知られているから尚さらである。
「ヴィラント伯爵夫妻は心から側妃殿下と殿下を案じておられますよ。……殿下にはおわかりにならなかったかもしれませんが、おふたりは祖父母として殿下を愛しておられます。愛情の示し方というのは立場や関係によって様々あるのです」
「………………」
これまでのギデオンであれば、ヴィラント伯爵夫妻がアンダーソン公爵夫妻に頭を下げていたと聞いてもそれは王太子の外戚としての立場を守りたいからだと思っていただろう。ギデオンはヴィラント伯爵夫妻に特別な感情を抱いていない。
伯爵夫妻と顔を合わせるのは年に数回だけだし、顔を合わせた時も2人は臣下としての礼を取り、親しく言葉を交わすことはなかった。
だけどこの世の中にはギデオンの知らない愛情があるという。
それに立場や関係?
「おふたりはご自身が決して強い後ろ盾になれないことを知っていました。殿下が即位されたとしても一地方の領主に過ぎない伯爵家が後見では強力な権力を持った貴族たちの要望を退けるのは難しいでしょう。良いように操られ、傀儡とされない為にはアンダーソン公爵家の権力が必要だとわかっていたのです」
ヴィラント伯爵家とアンダーソン公爵家では爵位だけでなく財力も人脈も桁違いだ。
貴族たちがおかしな法案を通そうとしてもアンダーソン公爵家なら反対票を集めて阻止することができる。反対に国王が打ち出す法案を通すこともできる。
そしてアンダーソン公爵家の助力を得る為には自分は出しゃばらず影に徹した方が良いと思ったのだろう。アンダーソン公爵家に疎ましく思われては意味が無い。
だからヴィラント伯爵夫妻はルイザやギデオンに対して臣下としての態度を貫いた。
ルイザがシェリルとの婚約を強く望んだのもその為だ。
心の中では王妃の実家であるダシェンボード公爵家に対抗する気持ちも強くあっただろうが、ヴィラント伯爵家が後見として頼りにならないことも十分に理解していた。
シェリルはルイザに随分と可愛がられていたと思う。
ギデオンとの仲がギクシャクするようになってからもルイザは妃教育の後に何度もお茶に誘ってくれたし、誕生日などの特別な日ではなくても贈り物をしてくれていた。
シェリルがルイザを「側妃殿下」ではなく「ルイザ様」と呼んでいるのも、ルイザに名前を呼ぶことを許されているからだ。むしろルイザは周囲の者に親しさを知らしめる為に名を呼ばれることを望んでいた。
それもすべてギデオンの後見としてアンダーソン公爵家を逃さないためだ。
「私も親になってヴィラント伯爵夫妻の気持ちがわかるようになりました。ですのでシェリルが望むまでは2人の関係を見守ろうと決めていたのです。ですがシェリルが望んだ時は全力で婚約解消に向けて動くつもりでいましたよ」
ぐったりとソファに身を沈めていたルイザが僅かに身を起こしてこちらを見ていた。絶望に染まっていた顔に少しだけ色が差している。
公爵夫人はゆっくりと頷いた。
ヴィラント伯爵夫妻はルイザが王宮で決して幸せではないと知っていた。
年に数回顔を合わせるだけの両親にルイザが泣き言を聞かせていたのかはわからない。
だけど王宮のことに興味を持って耳をすませば噂はいくらでも聞こえてくる。
「陛下は王妃様を寵愛していて常にお傍を離れない」だとか。
「陛下はエドワード殿下ばかりを可愛がり、ギデオン殿下には興味をお示しにならない」だとか。
王宮に出入りしている貴族であれば誰でも知っていることだ。
それに国王は公の場に決してルイザを伴わない。
確かにルイザは妃教育を受けていないし、正式な場に出られるのは正妃だけだ。
だけど正妃が病に罹るなどして長期間公の場に出られない時は、側妃に必要な教育を施し、正妃の代わりを務めさせることになっている。
側妃が伯爵位以上の家からしか迎えられないのはその為だ。伯爵位以上と以下では身につけている基礎的な教養が違い過ぎていて短期間の教育では賄いきれないのである。
ルイザは伯爵家の娘だ。
必要な教育さえ受ければエリザベートの代わりを務めることもできるだろう。
勿論外国の賓客を饗すなど高度な語学力や外交力が必要な場所へ出るには相当な時間を要するだろうが、王家主催の舞踏会で国内の貴族の挨拶を受けるくらいのことなら半年もすればできるようになる。
だけどエリザベートが公の場に姿を現さなくなってからも国王がルイザに教育係をつけることはなかった。
今でも国王は1人で舞踏会に出て、1人で貴族たちの挨拶を受けるとそそくさと退席する。
その姿を目にする度にヴィラント伯爵夫妻はルイザが本当に跡継ぎを儲ける為だけに迎えられたのだと思い知らされるのだ。退席した国王が向かう先はエリザベートのいる薔薇の宮だと知られているから尚さらである。
「ヴィラント伯爵夫妻は心から側妃殿下と殿下を案じておられますよ。……殿下にはおわかりにならなかったかもしれませんが、おふたりは祖父母として殿下を愛しておられます。愛情の示し方というのは立場や関係によって様々あるのです」
「………………」
これまでのギデオンであれば、ヴィラント伯爵夫妻がアンダーソン公爵夫妻に頭を下げていたと聞いてもそれは王太子の外戚としての立場を守りたいからだと思っていただろう。ギデオンはヴィラント伯爵夫妻に特別な感情を抱いていない。
伯爵夫妻と顔を合わせるのは年に数回だけだし、顔を合わせた時も2人は臣下としての礼を取り、親しく言葉を交わすことはなかった。
だけどこの世の中にはギデオンの知らない愛情があるという。
それに立場や関係?
「おふたりはご自身が決して強い後ろ盾になれないことを知っていました。殿下が即位されたとしても一地方の領主に過ぎない伯爵家が後見では強力な権力を持った貴族たちの要望を退けるのは難しいでしょう。良いように操られ、傀儡とされない為にはアンダーソン公爵家の権力が必要だとわかっていたのです」
ヴィラント伯爵家とアンダーソン公爵家では爵位だけでなく財力も人脈も桁違いだ。
貴族たちがおかしな法案を通そうとしてもアンダーソン公爵家なら反対票を集めて阻止することができる。反対に国王が打ち出す法案を通すこともできる。
そしてアンダーソン公爵家の助力を得る為には自分は出しゃばらず影に徹した方が良いと思ったのだろう。アンダーソン公爵家に疎ましく思われては意味が無い。
だからヴィラント伯爵夫妻はルイザやギデオンに対して臣下としての態度を貫いた。
ルイザがシェリルとの婚約を強く望んだのもその為だ。
心の中では王妃の実家であるダシェンボード公爵家に対抗する気持ちも強くあっただろうが、ヴィラント伯爵家が後見として頼りにならないことも十分に理解していた。
シェリルはルイザに随分と可愛がられていたと思う。
ギデオンとの仲がギクシャクするようになってからもルイザは妃教育の後に何度もお茶に誘ってくれたし、誕生日などの特別な日ではなくても贈り物をしてくれていた。
シェリルがルイザを「側妃殿下」ではなく「ルイザ様」と呼んでいるのも、ルイザに名前を呼ぶことを許されているからだ。むしろルイザは周囲の者に親しさを知らしめる為に名を呼ばれることを望んでいた。
それもすべてギデオンの後見としてアンダーソン公爵家を逃さないためだ。
「私も親になってヴィラント伯爵夫妻の気持ちがわかるようになりました。ですのでシェリルが望むまでは2人の関係を見守ろうと決めていたのです。ですがシェリルが望んだ時は全力で婚約解消に向けて動くつもりでいましたよ」
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