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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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謁見を終えると扉の向こうで侍女が2人待っていた。
その中の明らかに上級とわかるお仕着せを着た侍女がルイザの前へ進み出て恭しく頭を下げる。もう1人の侍女はヴィラント伯爵夫妻へ声を掛けている。
「これから妃殿下がお住まいになる宮殿へご案内致します」
妃殿下!!
その言葉を聞いた時、ルイザは嬉しくて跳び上がりそうになった。
私はもう伯爵令嬢ではないんだわ!
あの方の妻になったのよ!!
初めて会った国王は絵姿よりも精悍で若々しく、10歳も年上だとは思えなかった。
柔らかい笑顔で優しく声を掛けてくれた。
あの笑顔を思い出すと胸がドキドキする。
形式張った謁見では宰相たちも見ているので個人的な会話ができず、ルイザのどこを気に入ってくれたのか訊けなかったけれど、それは2人きりの時に訊けば良い。これから時間は沢山あるのだ。
すっかり舞い上がったルイザは、両親が別れの挨拶を述べ、客室へ向かって去っていくのも気づかなかった。
謁見した宮殿を裏へ抜けて外に出ると、ルイザは待っていた馬車に乗った。5分ほど行ったところで左右に豪奢な建物が見えてくる。
思わずあれは何かと尋ねると、侍女は左側の建物が国王の私生活の場となる鳳凰の宮で、右側の建物が王妃が暮らす薔薇の宮だと教えてくれた。
どちらの宮にも見える限り美しい庭園が広がっていて、敷地の境界となる場所にはそれぞれ生垣が植えられている。生け垣と生け垣の間には馬車道が通っているが、鳳凰の宮と薔薇の宮の距離は近く、徒歩で行き来できそうだ。やはり正妃が住まう宮は特別なのだろう。
生け垣の間を通り過ぎると森のようになった場所に出た。その森も馬車で通り過ぎるとまた広大な庭園が広がり、その向こうに豪奢な建物が見える。その脇を通り過ぎて森を抜けて、それを何度繰り返しただろうか。もう1時間は馬車に乗っている気がする。
王宮の敷地内なので馬車の進みが早いとは言えないが、どこまで行くのか不安になってきた。鳳凰の宮から随分離れたような気がする。
「あの……。随分遠くまで行くのね?」
ルイザは侍女におずおずと声を掛けた。
侍女は馬車に乗った時から美しい姿勢で座っていて、ルイザが話し掛けると応えてくれるが自分から話をするつもりはないようだ。
それが側妃と使用人の正しい関係なのかもしれないが、ヴィラント伯爵家で侍女たちと親しく過ごしていたルイザには気詰まりに感じられる。
それが不安な気持ちに拍車をかけた。
「――妃殿下がお住まいになる離宮は陛下が決められました」
「え?陛下が?!」
ルイザは嫁ぐ前に王家から派遣された講師の特別授業で、妃が住む離宮や使用人の管理は王妃が行うと教えられていた。
それなのに国王自らが選んでくれるなんて、特別待遇ではないだろうか。国王が決めたことなら例え王妃であっても口出しできないだろう。
どんな離宮なのか、期待と喜びが込み上げてくる。
「陛下が私の為に選んで下さったのね。楽しみだわ」
先程までの不安が嘘のようにルイザは嬉しそうに笑う。
その顔を見て、侍女は僅かに視線を伏せた。
ルイザの為ではない。カールはエリザベートの為にあの離宮を選んだのだ。
ルイザが、そしていずれ生まれる王子が、できるだけエリザベートの目に触れないように。エリザベートの心の安寧が保たれるように。
薔薇の宮から1番離れた場所にある離宮を。
それを知らずにいるのはこの王宮でルイザとヴィラント伯爵夫妻だけだろう。
だけど侍女にもそれを教えようというつもりはなかった。だから侍女は沈黙を守る。
その後、不安を忘れたルイザはそれからも続く移動時間を外の景色を楽しみながら上機嫌に過ごした。
その中の明らかに上級とわかるお仕着せを着た侍女がルイザの前へ進み出て恭しく頭を下げる。もう1人の侍女はヴィラント伯爵夫妻へ声を掛けている。
「これから妃殿下がお住まいになる宮殿へご案内致します」
妃殿下!!
その言葉を聞いた時、ルイザは嬉しくて跳び上がりそうになった。
私はもう伯爵令嬢ではないんだわ!
あの方の妻になったのよ!!
初めて会った国王は絵姿よりも精悍で若々しく、10歳も年上だとは思えなかった。
柔らかい笑顔で優しく声を掛けてくれた。
あの笑顔を思い出すと胸がドキドキする。
形式張った謁見では宰相たちも見ているので個人的な会話ができず、ルイザのどこを気に入ってくれたのか訊けなかったけれど、それは2人きりの時に訊けば良い。これから時間は沢山あるのだ。
すっかり舞い上がったルイザは、両親が別れの挨拶を述べ、客室へ向かって去っていくのも気づかなかった。
謁見した宮殿を裏へ抜けて外に出ると、ルイザは待っていた馬車に乗った。5分ほど行ったところで左右に豪奢な建物が見えてくる。
思わずあれは何かと尋ねると、侍女は左側の建物が国王の私生活の場となる鳳凰の宮で、右側の建物が王妃が暮らす薔薇の宮だと教えてくれた。
どちらの宮にも見える限り美しい庭園が広がっていて、敷地の境界となる場所にはそれぞれ生垣が植えられている。生け垣と生け垣の間には馬車道が通っているが、鳳凰の宮と薔薇の宮の距離は近く、徒歩で行き来できそうだ。やはり正妃が住まう宮は特別なのだろう。
生け垣の間を通り過ぎると森のようになった場所に出た。その森も馬車で通り過ぎるとまた広大な庭園が広がり、その向こうに豪奢な建物が見える。その脇を通り過ぎて森を抜けて、それを何度繰り返しただろうか。もう1時間は馬車に乗っている気がする。
王宮の敷地内なので馬車の進みが早いとは言えないが、どこまで行くのか不安になってきた。鳳凰の宮から随分離れたような気がする。
「あの……。随分遠くまで行くのね?」
ルイザは侍女におずおずと声を掛けた。
侍女は馬車に乗った時から美しい姿勢で座っていて、ルイザが話し掛けると応えてくれるが自分から話をするつもりはないようだ。
それが側妃と使用人の正しい関係なのかもしれないが、ヴィラント伯爵家で侍女たちと親しく過ごしていたルイザには気詰まりに感じられる。
それが不安な気持ちに拍車をかけた。
「――妃殿下がお住まいになる離宮は陛下が決められました」
「え?陛下が?!」
ルイザは嫁ぐ前に王家から派遣された講師の特別授業で、妃が住む離宮や使用人の管理は王妃が行うと教えられていた。
それなのに国王自らが選んでくれるなんて、特別待遇ではないだろうか。国王が決めたことなら例え王妃であっても口出しできないだろう。
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それを知らずにいるのはこの王宮でルイザとヴィラント伯爵夫妻だけだろう。
だけど侍女にもそれを教えようというつもりはなかった。だから侍女は沈黙を守る。
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