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1章 ~現在 王宮にて~
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頭を抱えて蹲るギデオンに国王は困惑していた。
国王にとって、正妃に迎える令嬢の身分が限定されているのは当然のことだ。
この国を古くから支えている貴族たちは功績を重ねて高い地位についている。反対に子爵や男爵といった低位貴族の多くはここ数代で爵位を与えられたばかりの新興貴族だ。
貴族間の信頼も人脈も高位貴族と低位貴族では段違いである。低位貴族では王太子の後ろ盾にはなれない。
国王は自分が父親としてギデオンに深く関わってこなかったことを自覚していた。
顔を合わせるのも言葉を交わすのも必要な時だけだ。
側妃にもギデオンにも申し訳ないと思う。
だけど国王が愛しているのは……、正妃であるエリザベートだけなのだ。
「そなたの芳しくない噂はわたしの元にも届いていた。カッとなりやすく他家の子息たちとよく揉め事を良く起こしていることも、乱暴な言葉遣いを恐れた令嬢たちがそなたから距離を置いていることも、な」
王太子の動向はどんなことでも国王へ報告されることになっている。
国王も息子としては愛情を掛けていなくても、世継ぎとしては気に掛けていた。なんといっても愛する王妃を悲しませ、苦しめても迎えた側妃が生んだ唯一の王子なのだ。まだ学園に入学する前の、幼い子どもの頃は言葉遣いや物に当たる癖を直接注意したこともあった。
だけどギデオンは学園に入学した後もその癖が治らなかった。
学園は社交界に出る前の準備期間だ。側近として取り立てるような信頼できる友人を作り、人脈を広げるのも学園へ通う目的である。
それなのにギデオンは子息たちと揉め事ばかりを起こし、令嬢たちには避けられていた。
ギデオンの代わりに頭を下げ、間に入って関係を取り持ってくれるシェリルがいなければどうなっていたのかと頭を抱えたことも一度や二度ではない。
だがそんなギデオンの問題行動が、ディゼル男爵令嬢と過ごすようになってからパタリと止んだのだ。
最も正式な婚約者を持ちながら男爵令嬢と懇意になること自体が問題行動なのだが、ともかく他家の子息と揉め事を起こすことも、物に当たって備品を壊すこともなくなっていた。
「ディゼル男爵令嬢と過ごす時間がそなたに安らぎをもたらすのかもしれない。だからわたしは、そなたがディゼル男爵令嬢を愛妾として迎えるといっても反対するつもりはなかった。勿論シェリル嬢と婚姻を結び、1年以上期間を開けてから、シェリル嬢の許可があれば、だがな」
だけどギデオンは男爵令嬢を愛妾にする道を選ばなかった。
大勢の前でシェリルに婚約破棄を告げ、男爵令嬢と婚約するという。
王太子妃は侯爵家以上の家柄の娘でなければならない。
だから王位を捨て、王籍を抜けてでも男爵令嬢と生きていく道を選んだのだと思ったのだ。
1人の女性を愛したら他の女性は目に入らない。
そんな性質を知ってしまっているから、そんなところはわたしに似たのだな、と妙な感心をしたくらいである。
「そなたには父親として何もしてやることができなかった。それは申し訳ないと思っている。これまで何もしてやれなかった分、王位を捨ててでも愛する者と結ばれたいというそなたの願いを、何としてでも叶えてやりたいと思ったのだ……」
だけどそれが良いことなのか、既にわからなくなっていた。ギデオンには王太子位を降りるつもりなどなかったのだ。
頭を抱えて蹲る息子を見て、国王は途方に暮れていた。
国王にとって、正妃に迎える令嬢の身分が限定されているのは当然のことだ。
この国を古くから支えている貴族たちは功績を重ねて高い地位についている。反対に子爵や男爵といった低位貴族の多くはここ数代で爵位を与えられたばかりの新興貴族だ。
貴族間の信頼も人脈も高位貴族と低位貴族では段違いである。低位貴族では王太子の後ろ盾にはなれない。
国王は自分が父親としてギデオンに深く関わってこなかったことを自覚していた。
顔を合わせるのも言葉を交わすのも必要な時だけだ。
側妃にもギデオンにも申し訳ないと思う。
だけど国王が愛しているのは……、正妃であるエリザベートだけなのだ。
「そなたの芳しくない噂はわたしの元にも届いていた。カッとなりやすく他家の子息たちとよく揉め事を良く起こしていることも、乱暴な言葉遣いを恐れた令嬢たちがそなたから距離を置いていることも、な」
王太子の動向はどんなことでも国王へ報告されることになっている。
国王も息子としては愛情を掛けていなくても、世継ぎとしては気に掛けていた。なんといっても愛する王妃を悲しませ、苦しめても迎えた側妃が生んだ唯一の王子なのだ。まだ学園に入学する前の、幼い子どもの頃は言葉遣いや物に当たる癖を直接注意したこともあった。
だけどギデオンは学園に入学した後もその癖が治らなかった。
学園は社交界に出る前の準備期間だ。側近として取り立てるような信頼できる友人を作り、人脈を広げるのも学園へ通う目的である。
それなのにギデオンは子息たちと揉め事ばかりを起こし、令嬢たちには避けられていた。
ギデオンの代わりに頭を下げ、間に入って関係を取り持ってくれるシェリルがいなければどうなっていたのかと頭を抱えたことも一度や二度ではない。
だがそんなギデオンの問題行動が、ディゼル男爵令嬢と過ごすようになってからパタリと止んだのだ。
最も正式な婚約者を持ちながら男爵令嬢と懇意になること自体が問題行動なのだが、ともかく他家の子息と揉め事を起こすことも、物に当たって備品を壊すこともなくなっていた。
「ディゼル男爵令嬢と過ごす時間がそなたに安らぎをもたらすのかもしれない。だからわたしは、そなたがディゼル男爵令嬢を愛妾として迎えるといっても反対するつもりはなかった。勿論シェリル嬢と婚姻を結び、1年以上期間を開けてから、シェリル嬢の許可があれば、だがな」
だけどギデオンは男爵令嬢を愛妾にする道を選ばなかった。
大勢の前でシェリルに婚約破棄を告げ、男爵令嬢と婚約するという。
王太子妃は侯爵家以上の家柄の娘でなければならない。
だから王位を捨て、王籍を抜けてでも男爵令嬢と生きていく道を選んだのだと思ったのだ。
1人の女性を愛したら他の女性は目に入らない。
そんな性質を知ってしまっているから、そんなところはわたしに似たのだな、と妙な感心をしたくらいである。
「そなたには父親として何もしてやることができなかった。それは申し訳ないと思っている。これまで何もしてやれなかった分、王位を捨ててでも愛する者と結ばれたいというそなたの願いを、何としてでも叶えてやりたいと思ったのだ……」
だけどそれが良いことなのか、既にわからなくなっていた。ギデオンには王太子位を降りるつもりなどなかったのだ。
頭を抱えて蹲る息子を見て、国王は途方に暮れていた。
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