4 / 142
1章 ~現在 王宮にて~
3
しおりを挟む
「ご心配なさらずとも、陛下の冗談ですわ。私がカシアン様の婚約者になることなど有り得ません」
急に王太子の婚約者となる侯爵令嬢は苦労するだろうが、だからといってシェリルが代わりたいとは思わなかった。
これまで頑張れたのも、ギデオンがいたからだ。ギデオンの支えになる為に頑張っていた。
ギデオンがいないのなら――王太子妃の地位も、意味のないことだ。
シェリルは困惑した表情のギデオンに優しく微笑みかけた。
ギデオンと顔を合わせるのはきっとこれが最後になるだろう。
それならばギデオンには美しいシェリルを覚えていて欲しいし、最後にその姿をしっかり目に焼き付けておきたい。
だけどギデオンは、訳が分からない、という表情をして口を開く。
「王太子は俺だ!カシアン?何の話をしている?!」
今度はシェリルと国王が困惑する番だった。
この国では、王太子妃となれるのは侯爵家以上の令嬢だと決められている。側妃になれるのも伯爵家以上の令嬢だけだ。子爵家や男爵家の娘が召し上げられる時は愛妾となる。
稀に子爵家の令嬢が伯爵家の養女となって側妃になることもあるが、それは国王や王太子に見初められて、王家側から要請された時だけだ。
妃となる令嬢の身分が厳格に決められたこの国では、無理に身分を上げて妃となっても社交界で白い目を向けられる。それがわかっているから、下位貴族の娘を養女にして差し出そうという貴族は少なかった。
だからこそシェリルも、ギデオンがミーシャを愛妾にするつもりなのだと思っていたのだ。
だけどギデオンは、シェリルを娶ることなくミーシャと結婚すると言う。
それは王太子位を捨て、臣籍へ下るということだ。少なくとも周りはそう受け取っていた。
「そなたはシェリル嬢ではなく、ディゼル男爵令嬢を選んだのだろう?だから我々は対応を話し合っていたのだ。幸いなことにマクロイド公爵がカシアンをわたしの養子にすることを受け入れてくれた。だからそなたはディゼル男爵家へ婿入りすると良い」
「なっ……!そんな……っ!!」
ギデオンが驚いて言葉を詰まらせる。
国王はそんな息子を困惑した表情で見つめた。
「何を驚くことがある?ディゼル男爵令嬢を選んだのはそなただ。そなたの望みを叶えられるよう手を尽くした」
「俺は王太子位を降りるつもりはありません……っ!ミーシャを王太子妃にするつもりで……っ!!」
「男爵令嬢は王太子妃になれん。そなたも知っているだろう?」
「それは……っ!そうですが……っ!」
ギデオンは勿論それを知っていた。王太子教育の中でも比較的早い段階で教えられたと思う。
だけどギデオンは、それが重要な決まりだと捉えていなかった。むしろ家庭教師からの悪意ある言葉だと思っていたのだ。
侯爵家以上の家の出でなければ正妃になることはできない。
つまり王妃がもし死んだとしても、伯爵令嬢だったルイザは王妃になれないということだ。
だけどそんなことを言われなくても、ルイザが王妃になれないことはギデオンも幼心に理解していた。
国王は王妃だけを溺愛し、ルイザには一欠けらの愛情も抱いていない。
例えルイザが侯爵令嬢だったとしても、国王がルイザを王妃にすることはないだろう。
それを家庭教師は制度の問題にして飲み込ませようとしているのだ。ギデオンはずっとそう思っていた。
ギデオンが国王の唯一の子であることも大きかった。
国王の跡を継げるのはギデオンしかいない。
だから例え男爵令嬢を選んだとしても、王太子妃として認めるしかないと思っていたのだ。
だけど考えてみるとマクロイド公爵は国王の弟だ。
公爵自身は継承権を放棄しているので王位につくことはできないが、その子息が国王の養子になれば王位継承権を与えることができる。その血の近さは誰もが知るところである。
「……っ!!」
ギデオンが慌てて周りを見渡した。
国王だけではなく、マクロイド公爵もアンダーソン公爵夫妻も、ディゼル男爵夫妻さえ怪訝な顔でギデオンを見ている。
誰もがギデオンの婚約破棄宣言を王位継承権の放棄だと受け取っていたのだ。
ギデオンは一気に血の気が引いていくのを感じた。
卒業式の日、百合の宮へ戻るとルイザが泣き喚いていた。
ルイザの部屋へ呼ばれていたけれど、感情のままにギデオンを詰るルイザに嫌気がさしてすぐに部屋を出た。
確かにシェリルとの婚姻を望んでいたのはルイザだったが、ミーシャは心からギデオンを愛してくれている。
初めて誰かに愛されることができたのだ。ミーシャとのことをとやかく言われたくはない。
それ以来ギデオンはルイザを避けていた。
だけどルイザはこうなることをわかっていたのだ。
わかっていたから、感情的になっていた。
「あ、あああ……っ!」
意味のない言葉が洩れる。
これまでルイザはギデオンを国王にすることだけを望みに王宮で生きてきた。
そのルイザは座っていることもできずに頽れている。
ギデオンだって国王になることだけがこの冷たい王宮で生きる支えだったのだ。
その望みを、自分で打ち砕いた。
「あああ、ああああ……っ!!」
ギデオンは声を上げると頭を抱えて蹲った。
急に王太子の婚約者となる侯爵令嬢は苦労するだろうが、だからといってシェリルが代わりたいとは思わなかった。
これまで頑張れたのも、ギデオンがいたからだ。ギデオンの支えになる為に頑張っていた。
ギデオンがいないのなら――王太子妃の地位も、意味のないことだ。
シェリルは困惑した表情のギデオンに優しく微笑みかけた。
ギデオンと顔を合わせるのはきっとこれが最後になるだろう。
それならばギデオンには美しいシェリルを覚えていて欲しいし、最後にその姿をしっかり目に焼き付けておきたい。
だけどギデオンは、訳が分からない、という表情をして口を開く。
「王太子は俺だ!カシアン?何の話をしている?!」
今度はシェリルと国王が困惑する番だった。
この国では、王太子妃となれるのは侯爵家以上の令嬢だと決められている。側妃になれるのも伯爵家以上の令嬢だけだ。子爵家や男爵家の娘が召し上げられる時は愛妾となる。
稀に子爵家の令嬢が伯爵家の養女となって側妃になることもあるが、それは国王や王太子に見初められて、王家側から要請された時だけだ。
妃となる令嬢の身分が厳格に決められたこの国では、無理に身分を上げて妃となっても社交界で白い目を向けられる。それがわかっているから、下位貴族の娘を養女にして差し出そうという貴族は少なかった。
だからこそシェリルも、ギデオンがミーシャを愛妾にするつもりなのだと思っていたのだ。
だけどギデオンは、シェリルを娶ることなくミーシャと結婚すると言う。
それは王太子位を捨て、臣籍へ下るということだ。少なくとも周りはそう受け取っていた。
「そなたはシェリル嬢ではなく、ディゼル男爵令嬢を選んだのだろう?だから我々は対応を話し合っていたのだ。幸いなことにマクロイド公爵がカシアンをわたしの養子にすることを受け入れてくれた。だからそなたはディゼル男爵家へ婿入りすると良い」
「なっ……!そんな……っ!!」
ギデオンが驚いて言葉を詰まらせる。
国王はそんな息子を困惑した表情で見つめた。
「何を驚くことがある?ディゼル男爵令嬢を選んだのはそなただ。そなたの望みを叶えられるよう手を尽くした」
「俺は王太子位を降りるつもりはありません……っ!ミーシャを王太子妃にするつもりで……っ!!」
「男爵令嬢は王太子妃になれん。そなたも知っているだろう?」
「それは……っ!そうですが……っ!」
ギデオンは勿論それを知っていた。王太子教育の中でも比較的早い段階で教えられたと思う。
だけどギデオンは、それが重要な決まりだと捉えていなかった。むしろ家庭教師からの悪意ある言葉だと思っていたのだ。
侯爵家以上の家の出でなければ正妃になることはできない。
つまり王妃がもし死んだとしても、伯爵令嬢だったルイザは王妃になれないということだ。
だけどそんなことを言われなくても、ルイザが王妃になれないことはギデオンも幼心に理解していた。
国王は王妃だけを溺愛し、ルイザには一欠けらの愛情も抱いていない。
例えルイザが侯爵令嬢だったとしても、国王がルイザを王妃にすることはないだろう。
それを家庭教師は制度の問題にして飲み込ませようとしているのだ。ギデオンはずっとそう思っていた。
ギデオンが国王の唯一の子であることも大きかった。
国王の跡を継げるのはギデオンしかいない。
だから例え男爵令嬢を選んだとしても、王太子妃として認めるしかないと思っていたのだ。
だけど考えてみるとマクロイド公爵は国王の弟だ。
公爵自身は継承権を放棄しているので王位につくことはできないが、その子息が国王の養子になれば王位継承権を与えることができる。その血の近さは誰もが知るところである。
「……っ!!」
ギデオンが慌てて周りを見渡した。
国王だけではなく、マクロイド公爵もアンダーソン公爵夫妻も、ディゼル男爵夫妻さえ怪訝な顔でギデオンを見ている。
誰もがギデオンの婚約破棄宣言を王位継承権の放棄だと受け取っていたのだ。
ギデオンは一気に血の気が引いていくのを感じた。
卒業式の日、百合の宮へ戻るとルイザが泣き喚いていた。
ルイザの部屋へ呼ばれていたけれど、感情のままにギデオンを詰るルイザに嫌気がさしてすぐに部屋を出た。
確かにシェリルとの婚姻を望んでいたのはルイザだったが、ミーシャは心からギデオンを愛してくれている。
初めて誰かに愛されることができたのだ。ミーシャとのことをとやかく言われたくはない。
それ以来ギデオンはルイザを避けていた。
だけどルイザはこうなることをわかっていたのだ。
わかっていたから、感情的になっていた。
「あ、あああ……っ!」
意味のない言葉が洩れる。
これまでルイザはギデオンを国王にすることだけを望みに王宮で生きてきた。
そのルイザは座っていることもできずに頽れている。
ギデオンだって国王になることだけがこの冷たい王宮で生きる支えだったのだ。
その望みを、自分で打ち砕いた。
「あああ、ああああ……っ!!」
ギデオンは声を上げると頭を抱えて蹲った。
18
お気に入りに追加
526
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。
りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。
やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか
勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。
ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。
蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。
そんな生活もううんざりです
今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。
これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

初恋の結末
夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。


それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる