3 / 140
1章 ~現在 王宮にて~
2
しおりを挟む
国王が軽く息を吸い込み、話し出そうとした時だった。
シェリルたちが入って来た扉ではなく、国王の背中側にある扉が開き、侍従が中へ入ってくる。
侍従が背後から国王へメモを渡すと、さっと目を通した国王が軽く頷きメモを返す。侍従は恭しく頭を下げると、部屋を出て行った。
国王が重要な話を始めようという時に、侍従がノックもなく部屋へ入ってくるというのは異様な光景なはずだ。
だけどシェリルたちこの国の貴族は、この光景を見慣れてしまっていた。
勿論侍従たちは事前に国王の許可を受けて、いや、むしろ命じられて行っているに過ぎない。
シェリルはそっとギデオンの顔を窺った。
先程まで嬉しそうにしていたはずのギデオンは、悔しそうに表情を歪めている。
これから己の人生を左右するような話し合いの時までも国王には他に優先することがあるのだ。それが悔しくて苦しいに違いない。
だが腕を絡めて座るミーシャはギデオンの様子に気がついていないようで、先ほどと変わらずにこにこしている。
「すまない。話を始めようか」
国王のその言葉で一同がすっと姿勢を正した。勿論ギデオンも同じである。
ギデオンは王太子として、そして国王のただ1人の王子として厳しく躾けられてきたし、誰よりも認められようと頑張っていた。国王へ取るべき礼は心得ている。
その中でミーシャだけが、何が起こっているのかわからない様子できょろきょろしていた。
周りが一斉に姿勢を正したことも、急に部屋の空気が張り詰めたのも何故なのかわからないらしい。
ミーシャは学園でもそのマナーの悪さや身分を無視した振る舞いで周りから距離を取られていた。一部の生徒にはそれが新鮮だと持て囃されていたらしいが、ディゼル男爵夫妻はそんな娘の様子に顔色を失くしている。
娘の礼儀作法が成っていないことや教養の無さを知らなかったのだろうか。
「皆にここへ集まってもらったのは、他でもなく先日ギデオンがシェリル嬢へ告げた婚約破棄の件だ。あれから宰相や他の大臣たち、そしてマクロイド公爵と幾度も話し合ってきた。……結論として、認めようと思う」
「あぁ、そんな………っ!!」
「本当ですか!父上!!」
「国王様!ありがとうございますぅ!!」
苦渋に満ちた国王の声に重なるようにして、声が上がる。
悲鳴のような声を上げたのはルイザだ。そのまま両手で顔を覆い、ソファの上で崩れ落ちる。
体調が悪いことはひと目見ただけでわかっていた。これまでは気力だけで姿勢を保っていたのだろう。
国王が婚約破棄など認めるはずがない。
陛下の王子はギデオン唯1人だけ。シェリルを正妃にして、男爵令嬢は愛妾にしろと仰るはず。
そう信じていたのが崩れ去ったのだ。
国王はそんなルイザへ痛ましそうな視線を向ける。
だけど特別に声を掛けることも、力づけるように抱き寄せることもなかった。
一方ギデオンとミーシャは、崩れ落ちたルイザの姿も目に入っていないようで喜び合っている。
シェリルは詰めていた息をそっと吐いた。
この結果は、マクロイド公爵を見た時からわかっていたことだ。
だけどはっきり告げられるとやはり受ける衝撃は大きかった。
それだけ長い間ギデオンを想っていたのだから仕方ないだろう。
「……承りました」
声を震わせずに応えられたのは、ひとえに妃教育のおかげだった。
シェリルはいずれ王太子妃になる身として、感情を抑える術を叩きこまれている。やはりそうしたところは側妃のルイザとは違うのである。
「……シェリル嬢がこれまでどれ程ギデオンの為に尽くしてくれていたのか理解している。妃教育も優秀な成績で終えたと聞いた。これまでの努力を無駄にしてしまってすまない」
「……仕方のないことですわ」
国王の謝罪にシェリルは哀しげに微笑んだ。
人の気持ちはどうしようもないものだ。
シェリルはこれまでギデオンの支えになりたいと懸命に励んできた。
だけどシェリルではギデオンの心の隙間を埋めることができずに、ギデオンはミーシャを選んだ。
それならば受け入れるしかない。
「次の王太子の婚約者に……、というわけにはいかないだろうな」
「まあ。カシアン様には仲睦まじい婚約者がいらっしゃるではありませんか」
シェリルは口元を扇で隠して笑う。
国王も本気ではないのだろうが、ここは冗談だということにしておかなければならない。
「ああ、そうだな」
国王は疲れたように溜息を吐いた。
ギデオンが王太子位を降りれば、次の王太子になるのはマクロイド公爵家のカシアンだ。マクロイド公爵は国王の弟なので、国王にとってカシアンは甥であり、ギデオンとカシアンは従兄弟同士である。
マクロイド公爵はカシアンを養子として差し出すことに同意したのだろう。
カシアンは今年17歳で、この休みが明けると2年生になる。婚約者の侯爵令嬢は16歳で、シェリルたちの卒業と入れ替わりで入学をする。
2人の教育に使えるのはぎりぎり3年間か。
「カシアンにも侯爵令嬢にも大変な苦労を掛ける。気の毒なことだ……」
ギデオンもシェリルも幼い頃からそれぞれ帝王学と妃教育を受けて来ている。
ギデオンたちが10年以上の時間を掛けて学んできたことを、2人は3年で習得しなければならない。
勿論勉学も礼儀作法も、次期公爵、公爵夫人として学んできているが、君主と領主とでは求められる知識が違う。
国王もかつて王太子として教育を受けているので、その大変さは身に沁みてわかっているのだろう。
そうして国王とシェリルがしみじみと分かり合っていた時だ。
「ちょっとお待ちください。何の話をしているのです……?」
ギデオンの戸惑ったような声がする。
シェリルがギデオンへ視線を向けると、困惑した表情で国王とシェリルを見比べていた。
シェリルたちが入って来た扉ではなく、国王の背中側にある扉が開き、侍従が中へ入ってくる。
侍従が背後から国王へメモを渡すと、さっと目を通した国王が軽く頷きメモを返す。侍従は恭しく頭を下げると、部屋を出て行った。
国王が重要な話を始めようという時に、侍従がノックもなく部屋へ入ってくるというのは異様な光景なはずだ。
だけどシェリルたちこの国の貴族は、この光景を見慣れてしまっていた。
勿論侍従たちは事前に国王の許可を受けて、いや、むしろ命じられて行っているに過ぎない。
シェリルはそっとギデオンの顔を窺った。
先程まで嬉しそうにしていたはずのギデオンは、悔しそうに表情を歪めている。
これから己の人生を左右するような話し合いの時までも国王には他に優先することがあるのだ。それが悔しくて苦しいに違いない。
だが腕を絡めて座るミーシャはギデオンの様子に気がついていないようで、先ほどと変わらずにこにこしている。
「すまない。話を始めようか」
国王のその言葉で一同がすっと姿勢を正した。勿論ギデオンも同じである。
ギデオンは王太子として、そして国王のただ1人の王子として厳しく躾けられてきたし、誰よりも認められようと頑張っていた。国王へ取るべき礼は心得ている。
その中でミーシャだけが、何が起こっているのかわからない様子できょろきょろしていた。
周りが一斉に姿勢を正したことも、急に部屋の空気が張り詰めたのも何故なのかわからないらしい。
ミーシャは学園でもそのマナーの悪さや身分を無視した振る舞いで周りから距離を取られていた。一部の生徒にはそれが新鮮だと持て囃されていたらしいが、ディゼル男爵夫妻はそんな娘の様子に顔色を失くしている。
娘の礼儀作法が成っていないことや教養の無さを知らなかったのだろうか。
「皆にここへ集まってもらったのは、他でもなく先日ギデオンがシェリル嬢へ告げた婚約破棄の件だ。あれから宰相や他の大臣たち、そしてマクロイド公爵と幾度も話し合ってきた。……結論として、認めようと思う」
「あぁ、そんな………っ!!」
「本当ですか!父上!!」
「国王様!ありがとうございますぅ!!」
苦渋に満ちた国王の声に重なるようにして、声が上がる。
悲鳴のような声を上げたのはルイザだ。そのまま両手で顔を覆い、ソファの上で崩れ落ちる。
体調が悪いことはひと目見ただけでわかっていた。これまでは気力だけで姿勢を保っていたのだろう。
国王が婚約破棄など認めるはずがない。
陛下の王子はギデオン唯1人だけ。シェリルを正妃にして、男爵令嬢は愛妾にしろと仰るはず。
そう信じていたのが崩れ去ったのだ。
国王はそんなルイザへ痛ましそうな視線を向ける。
だけど特別に声を掛けることも、力づけるように抱き寄せることもなかった。
一方ギデオンとミーシャは、崩れ落ちたルイザの姿も目に入っていないようで喜び合っている。
シェリルは詰めていた息をそっと吐いた。
この結果は、マクロイド公爵を見た時からわかっていたことだ。
だけどはっきり告げられるとやはり受ける衝撃は大きかった。
それだけ長い間ギデオンを想っていたのだから仕方ないだろう。
「……承りました」
声を震わせずに応えられたのは、ひとえに妃教育のおかげだった。
シェリルはいずれ王太子妃になる身として、感情を抑える術を叩きこまれている。やはりそうしたところは側妃のルイザとは違うのである。
「……シェリル嬢がこれまでどれ程ギデオンの為に尽くしてくれていたのか理解している。妃教育も優秀な成績で終えたと聞いた。これまでの努力を無駄にしてしまってすまない」
「……仕方のないことですわ」
国王の謝罪にシェリルは哀しげに微笑んだ。
人の気持ちはどうしようもないものだ。
シェリルはこれまでギデオンの支えになりたいと懸命に励んできた。
だけどシェリルではギデオンの心の隙間を埋めることができずに、ギデオンはミーシャを選んだ。
それならば受け入れるしかない。
「次の王太子の婚約者に……、というわけにはいかないだろうな」
「まあ。カシアン様には仲睦まじい婚約者がいらっしゃるではありませんか」
シェリルは口元を扇で隠して笑う。
国王も本気ではないのだろうが、ここは冗談だということにしておかなければならない。
「ああ、そうだな」
国王は疲れたように溜息を吐いた。
ギデオンが王太子位を降りれば、次の王太子になるのはマクロイド公爵家のカシアンだ。マクロイド公爵は国王の弟なので、国王にとってカシアンは甥であり、ギデオンとカシアンは従兄弟同士である。
マクロイド公爵はカシアンを養子として差し出すことに同意したのだろう。
カシアンは今年17歳で、この休みが明けると2年生になる。婚約者の侯爵令嬢は16歳で、シェリルたちの卒業と入れ替わりで入学をする。
2人の教育に使えるのはぎりぎり3年間か。
「カシアンにも侯爵令嬢にも大変な苦労を掛ける。気の毒なことだ……」
ギデオンもシェリルも幼い頃からそれぞれ帝王学と妃教育を受けて来ている。
ギデオンたちが10年以上の時間を掛けて学んできたことを、2人は3年で習得しなければならない。
勿論勉学も礼儀作法も、次期公爵、公爵夫人として学んできているが、君主と領主とでは求められる知識が違う。
国王もかつて王太子として教育を受けているので、その大変さは身に沁みてわかっているのだろう。
そうして国王とシェリルがしみじみと分かり合っていた時だ。
「ちょっとお待ちください。何の話をしているのです……?」
ギデオンの戸惑ったような声がする。
シェリルがギデオンへ視線を向けると、困惑した表情で国王とシェリルを見比べていた。
27
お気に入りに追加
522
あなたにおすすめの小説


婚約破棄されたら騎士様に彼女のフリをして欲しいと頼まれました。
屋月 トム伽
恋愛
「婚約を破棄して欲しい。」
そう告げたのは、婚約者のハロルド様だ。
ハロルド様はハーヴィ伯爵家の嫡男だ。
私の婚約者のはずがどうやら妹と結婚したいらしい。
いつも人のものを欲しがる妹はわざわざ私の婚約者まで欲しかったようだ。
「ラケルが俺のことが好きなのはわかるが、妹のメイベルを好きになってしまったんだ。」
「お姉様、ごめんなさい。」
いやいや、好きだったことはないですよ。
ハロルド様と私は政略結婚ですよね?
そして、婚約破棄の書面にサインをした。
その日から、ハロルド様は妹に会いにしょっちゅう邸に来る。
はっきり言って居心地が悪い!
私は邸の庭の平屋に移り、邸の生活から出ていた。
平屋は快適だった。
そして、街に出た時、花屋さんが困っていたので店番を少しの時間だけした時に男前の騎士様が花屋にやってきた。
滞りなく接客をしただけが、翌日私を訪ねてきた。
そして、「俺の彼女のフリをして欲しい。」と頼まれた。
困っているようだし、どうせ暇だし、あまりの真剣さに、彼女のフリを受け入れることになったが…。
小説家になろう様でも投稿しています!
4/11、小説家になろう様にて日間ランキング5位になりました。
→4/12日間ランキング3位→2位→1位

この恋に終止符(ピリオド)を
キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。
好きだからサヨナラだ。
彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。
だけど……そろそろ潮時かな。
彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、
わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。
重度の誤字脱字病患者の書くお話です。
誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
そして作者はモトサヤハピエン主義です。
そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんでも投稿します。
(完結)第二王子に捨てられましたがパンが焼ければ幸せなんです! まさか平民の私が・・・・・・なんですか?
青空一夏
恋愛
※本文に盛り込んでいたAIイラストはギャラリーに全て移動しました。
私はアンジェリーナ・ウエクスラー。平民でデメクレティック学園を去年卒業したばかりの15歳だ。この国の平民は11歳から14歳までデメクレティック学園に通い、貴族は16歳までアリストクラシィ学園に通うことになっている。
そして、貴族も平民も15歳になると魔力測定を王城で受けなければならない。ここ70年ばかり、魔力を持った者は現れなかったけれど、魔力測定だけは毎年行われていた。私は母さんが縫ってくれたワンピースを着て王城に行った。今まで平民から魔力持ちが現れたことはなかったというから、私にそんな力があるとは思っていない。
王城では、初めて間近に見る貴族のご令嬢に目を付けられて意地悪なことを言われて、思わず涙が滲んだ。悔しいときにも涙が出てくる自分が嫌だし、泣きたくなんかないのに・・・・・・彼女達は私のワンピースや両親を蔑み笑った。平民でパン屋の娘が、そんなに悪い事なの? 私は自分の両親が大好きだし自慢にも思っているのに。
これ以上泣きたくなくて涙を堪えながら魔力測定の列に並び順番を待った。流れ作業のように簡単に終わるはずだった測定の結果は・・・・・・
これは平民でパン屋の娘である私が魔力持ちだったことがわかり、最初は辛い思いをするものの、幸せになっていく物語。
※魔法ありの異世界で、ドラゴンもいます。ざまぁは軽め。現代的な表現や言葉遣いがありますし、時代的な背景や服装やら文明の程度は作者自身の設定ですので、地球上の実際の歴史には全く基づいておりません。ファンタジー要素の濃いラブストーリーとなっております。ゆるふわ設定、ご都合主義は多分いつもなかんじ😓よろしくお願いしまぁす🙇🏻♀️なお、他サイトにも投稿します。一話ごとの字数にはばらつきがあります。
※表紙はAIで作者が作成した画像です。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。


「奇遇ですね。私の婚約者と同じ名前だ」
ねむたん
恋愛
侯爵家の令嬢リリエット・クラウゼヴィッツは、伯爵家の嫡男クラウディオ・ヴェステンベルクと婚約する。しかし、クラウディオは婚約に反発し、彼女に冷淡な態度を取り続ける。
学園に入学しても、彼は周囲とはそつなく交流しながら、リリエットにだけは冷たいままだった。そんな折、クラウディオの妹セシルの誘いで茶会に参加し、そこで新たな交流を楽しむ。そして、ある子爵子息が立ち上げた商会の服をまとい、いつもとは違う姿で社交界に出席することになる。
その夜会でクラウディオは彼女を別人と勘違いし、初めて優しく接する。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる