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1章 ~現在 王宮にて~
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卒業式から一週間後、アンダーソン公爵夫妻とシェリルは王宮から呼び出しを受けた。
目的はわかりきっている。卒業式でギデオンから言い渡された婚約破棄について、対応が決まったのだろう。
この一週間の間、シェリルは部屋に籠って過ごした。
友人からの慰めの手紙や、気晴らしに話に来ないかという誘いの手紙を受け取っていたが、人に会う気になれずにすべて断ってしまった。
あの卒業式での出来事は、不思議なくらい社交界で広まっていない。
学園でのことだったのが幸いしたのだろう。
卒業式という人が集まる場所ではあったが、あそこにいたのは自国の貴族の中でも学園生とその保護者という限られた者たちだけだ。これが外国の要人やお喋り好きな貴婦人の集まる舞踏会だったりしたら今頃大変なことになっていただろうが、限定された一部の者たちだけだったおかげで、もしこの話が広まれば誰が漏らしたのか特定できる。
王家や公爵家に睨まれるとわかっていて喋るような者はいない。
それにカッとしやすく粗野な言動の目立つギデオンと違って淑女の鏡と称されるシェリルは生徒たちから人気があった。人目を気にせず学園内で親し気に体を寄せ合うギデオンとミーシャの姿に、シェリルへ同情を寄せる者も多かったのだ。
婚約が破棄されてしまえば、ギデオンに問題があったとしてもシェリルに傷がついてしまう。こういった時により強いダメージを受けるのは女の方なのだ。
せめて正式な発表がされるまでは……、とシェリルを慕う生徒たちが庇ってくれたのだと思われた。
「……大丈夫か?」
邸を出ようとするシェリルへ兄のイアンが心配そうに声を掛ける。
どんな話し合いになるのか気になっているのだろうが、呼ばれているのは公爵夫妻とシェリルだけなのだ。例え次期公爵として認められていたとしてもイアンは同行することができない。
「私は大丈夫ですわ、お兄様。そんなに心配なさらないで」
シェリルが柔らかく微笑むと、イアンは辛そうな顔をしてシェリルをそっと抱き締めた。
背中へまわされた腕の強さや頬に触れる胸の温もりが心地良い。
シェリルには心配してくれる家族も友人もいるのだ。
だから王宮で何があったとしてもきっと乗り越えられるだろう。
侍従に案内された部屋へ入ると、そこでは既に国王と側妃ルイザが待っていた。
ギデオンはルイザの子どもなので、両親が揃っていることになる。
正面に座る国王は難しい顔をして、ルイザは青白い顔をしている。卒業式で見かけた時より随分と痩せてしまったようだ。
国王の左手側には王弟であるマクロイド公爵が1人掛けのソファに座っていた。マクロイド公爵の姿を見たシェリルが思うのは、「ああ、やはり……」ということである。
そのソファに並べて置かれた2人掛けのソファには、ディゼル男爵夫妻がガタガタと震えながら座っていた。
男爵夫妻は貴族として少し欲を掻いたのかもしれない。だけどまさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
彼らの正面となる国王の右手側にはギデオンをミーシャが座っていた。
ミーシャと腕を絡めたギデオンは、嬉しそうでありながらどこか緊張しているようにも見える。対してミーシャは怖いものなど何もない様子でにこにこしている。
この1週間、家族とも食事の時以外は会わない生活をしていたシェリルだが、卒業式の後、ミーシャが学園から直接王宮へ連れて来られて留め置かれていると聞いていた。
それはまだ何も決まらない内からあらぬことを吹聴されないように考えられた措置だったが、既にギデオンとの仲を認められたと思っているのかもしれない。ギデオンにしても、国王から謹慎を言いつけられたと聞いているが、あの様子では卒業式の後も部屋を抜け出して密会を続けていたのだろう。
側妃の子であるギデオンは、王太子でありながらルイザと共に本宮から遠く離れた百合の宮という名の離宮で暮らしている。百合の宮に騎士が派遣されていただろうが、その監視の目が緩んでいたことは容易に察せられた。
ただこれまでルイザはギデオンを王位につける為に必死になっていた。シェリルとの婚約を強く望んだのもルイザで、国王はその要求を聞き入れたのだと聞いている。そんなルイザがシェリルとの婚約破棄やミーシャとの仲を認めるとは思えなかった。
ただ今も青白い顔をしているところを見ると、ルイザは寝込んでいたのかもしれない。強いショックを受けたルイザにギデオンの様子を気にする余裕はなかったのだ。
因みに国王は、公務以外のほとんどの時間を溺愛している王妃と過ごしている。寝起きするのも王妃が住まう薔薇の宮だ。
例えルイザが寝込み、ギデオンがミーシャと密会していたとしても、王妃を慮る者たちが国王の耳に入れることはないだろう。
「これは……。遅れてしまいましたかな」
部屋を見渡したアンダーソン公爵が低い声で言った。
悪いと思っているわけではない。だが、それでも国王を待たせてしまったのなら形だけでも謝らなくてはならないのだ。
それを理解している国王は軽く頭を振った。
「いや、我々が早く来過ぎたのだ。座ってくれ」
国王に促され、シェリルたちは挨拶を述べた後、国王の正面のソファへ座った。
目的はわかりきっている。卒業式でギデオンから言い渡された婚約破棄について、対応が決まったのだろう。
この一週間の間、シェリルは部屋に籠って過ごした。
友人からの慰めの手紙や、気晴らしに話に来ないかという誘いの手紙を受け取っていたが、人に会う気になれずにすべて断ってしまった。
あの卒業式での出来事は、不思議なくらい社交界で広まっていない。
学園でのことだったのが幸いしたのだろう。
卒業式という人が集まる場所ではあったが、あそこにいたのは自国の貴族の中でも学園生とその保護者という限られた者たちだけだ。これが外国の要人やお喋り好きな貴婦人の集まる舞踏会だったりしたら今頃大変なことになっていただろうが、限定された一部の者たちだけだったおかげで、もしこの話が広まれば誰が漏らしたのか特定できる。
王家や公爵家に睨まれるとわかっていて喋るような者はいない。
それにカッとしやすく粗野な言動の目立つギデオンと違って淑女の鏡と称されるシェリルは生徒たちから人気があった。人目を気にせず学園内で親し気に体を寄せ合うギデオンとミーシャの姿に、シェリルへ同情を寄せる者も多かったのだ。
婚約が破棄されてしまえば、ギデオンに問題があったとしてもシェリルに傷がついてしまう。こういった時により強いダメージを受けるのは女の方なのだ。
せめて正式な発表がされるまでは……、とシェリルを慕う生徒たちが庇ってくれたのだと思われた。
「……大丈夫か?」
邸を出ようとするシェリルへ兄のイアンが心配そうに声を掛ける。
どんな話し合いになるのか気になっているのだろうが、呼ばれているのは公爵夫妻とシェリルだけなのだ。例え次期公爵として認められていたとしてもイアンは同行することができない。
「私は大丈夫ですわ、お兄様。そんなに心配なさらないで」
シェリルが柔らかく微笑むと、イアンは辛そうな顔をしてシェリルをそっと抱き締めた。
背中へまわされた腕の強さや頬に触れる胸の温もりが心地良い。
シェリルには心配してくれる家族も友人もいるのだ。
だから王宮で何があったとしてもきっと乗り越えられるだろう。
侍従に案内された部屋へ入ると、そこでは既に国王と側妃ルイザが待っていた。
ギデオンはルイザの子どもなので、両親が揃っていることになる。
正面に座る国王は難しい顔をして、ルイザは青白い顔をしている。卒業式で見かけた時より随分と痩せてしまったようだ。
国王の左手側には王弟であるマクロイド公爵が1人掛けのソファに座っていた。マクロイド公爵の姿を見たシェリルが思うのは、「ああ、やはり……」ということである。
そのソファに並べて置かれた2人掛けのソファには、ディゼル男爵夫妻がガタガタと震えながら座っていた。
男爵夫妻は貴族として少し欲を掻いたのかもしれない。だけどまさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
彼らの正面となる国王の右手側にはギデオンをミーシャが座っていた。
ミーシャと腕を絡めたギデオンは、嬉しそうでありながらどこか緊張しているようにも見える。対してミーシャは怖いものなど何もない様子でにこにこしている。
この1週間、家族とも食事の時以外は会わない生活をしていたシェリルだが、卒業式の後、ミーシャが学園から直接王宮へ連れて来られて留め置かれていると聞いていた。
それはまだ何も決まらない内からあらぬことを吹聴されないように考えられた措置だったが、既にギデオンとの仲を認められたと思っているのかもしれない。ギデオンにしても、国王から謹慎を言いつけられたと聞いているが、あの様子では卒業式の後も部屋を抜け出して密会を続けていたのだろう。
側妃の子であるギデオンは、王太子でありながらルイザと共に本宮から遠く離れた百合の宮という名の離宮で暮らしている。百合の宮に騎士が派遣されていただろうが、その監視の目が緩んでいたことは容易に察せられた。
ただこれまでルイザはギデオンを王位につける為に必死になっていた。シェリルとの婚約を強く望んだのもルイザで、国王はその要求を聞き入れたのだと聞いている。そんなルイザがシェリルとの婚約破棄やミーシャとの仲を認めるとは思えなかった。
ただ今も青白い顔をしているところを見ると、ルイザは寝込んでいたのかもしれない。強いショックを受けたルイザにギデオンの様子を気にする余裕はなかったのだ。
因みに国王は、公務以外のほとんどの時間を溺愛している王妃と過ごしている。寝起きするのも王妃が住まう薔薇の宮だ。
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「これは……。遅れてしまいましたかな」
部屋を見渡したアンダーソン公爵が低い声で言った。
悪いと思っているわけではない。だが、それでも国王を待たせてしまったのなら形だけでも謝らなくてはならないのだ。
それを理解している国王は軽く頭を振った。
「いや、我々が早く来過ぎたのだ。座ってくれ」
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