影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
上 下
1 / 142

プロローグ

しおりを挟む
「シェリル・アンダーソン公爵令嬢!そなたとの婚約を破棄する!!」

 この国の王太子ギデオン・サチェンストがそう叫んだ時、講堂内はしんと静まり返った。

 今日はここ、王立学園の卒業式である。
 3年生で卒業生総代として答辞を読んでいたギデオンが、答辞を読み終えるやいなや婚約者との婚約破棄を叫んだのだ。


 名を呼ばれたシェリルは、周りの目が集まるのを感じながらゆっくりと前へ進み出る。
 卒業式の行程には含まれない行動だったが、ギデオンの宣告で既に決められた行程からは外れているのだ。寧ろシェリルが応えなければ、進行役の生徒会長が困るだろう。

 ステージのすぐ下まで出て来たシェリルはスカートを摘まんで頭を下げる。
 美しいカテーシーだった。

「王太子殿下にご挨拶を申し上げます」

 シェリルの凛とした声が響く。
 学園内では身分の上下に囚われない自由な交流が推奨されている。これまでは王太子であっても学園内でギデオンにこんな挨拶をすることはなかった。
 だがシェリルもギデオンももう卒業する身である。
 まだ卒業式の最中とはいえ、貴族として礼を尽くす姿を見せるのが正しいと考えられた。

 その方がギデオンの不作法が映え、シェリルの身を護るとも言えるのだ。
 哀しいことではあるが、ギデオンから婚約を破棄されてしまうのならば、シェリルはその先の人生を考えなくてはならない。
 実際勢いよく声を上げたギデオンは、シェリルの姿に困惑して勢いを失くしている。
 もっと狼狽えたり取り乱したりすると思っていたのかもしれない。

 戸惑いながら「頭を上げてくれ」というギデオンの声に、シェリルはすっと顔を上げた。
 見上げるシェリルと見下ろすギデオン。
 2人の視線がはっきりと交わるのは久しぶりのことだった。

「恐れながら、婚約を破棄する理由をお伺いしても?」

 シェリルは声が震えないよう注意しながら問い掛ける。

 本当は訊かなくてもわかっていた。
 ギデオンは学園で知り合ったミーシャ・ディゼル男爵令嬢に心を奪われてしまったのだ。
 最近ではシェリルがギデオンと過ごせる時間はほとんど無くなってしまっていた。今もどこから現れたのか、ミーシャ・ディゼル男爵令嬢がギデオンの腕に絡みついている。答辞の後に婚約破棄を言い渡すと、予め聞いていたのかもしれない。

「そなたにはすまないと思っている。だが俺はここにいるミーシャ・ディゼル男爵令嬢を愛してしまった。そなたとの婚約を破棄した後、ミーシャと婚約を結ぶつもりだ」

「シェリル様、申し訳ありません。ですが私たち、愛し合ってしまったんです」

 ミーシャが目に涙を浮かべてふるふると震えている。
 そのミーシャの肩をデギオンが愛しそうに抱き寄せた。

「そうですか……」

 シェリルはそれしか応えることができなかった。
 胸の内に虚無感が押し寄せてくる。

 2人が愛し合っていることはわかっていた。
 だけどその想いを貫き通すとまでは思っていなかったのだ。
 精々側妃として召し上げるくらいだと思っていた。
 
 だけどギデオンは選んだのだ。
 シェリルより、王位より・・・・、ミーシャと一緒になることを。

「かしこまりました」
 そう応えようとシェリルが口を開いた時だった。

「ちょっと待ってくれ!」

「そうよ!どういうことなの?!ギデオン?!」

 大きな声に遮られてシェリルの言葉が宙に消える。
 僅かに振り返ると、血相を変えた国王と側妃がこちらへ向かって走ってきていた。その後ろにはシェリルの両親であるアンダーソン公爵夫妻が渋い顔をして続いている。4人共ギデオンとシェリルの保護者として卒業式に参列していたのだ。









 1年後。
 王太子ギデオンと公爵令嬢シェリルの結婚式と、ギデオンの戴冠式が同時に行われた。
 国王は退位して田舎の離宮へ引っ込むことになっている。



 真っ白なタキシードとウエディングドレスを着てバルコニーから手を振る新しい国王夫妻は、民衆からの祝福を受けて幸せそうな笑顔を見せる。
 時折国王は隣の王妃へ視線を向ける。
 王妃が振り向き視線が合うと、照れくさそうに目を細めた。
 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

初恋の結末

夕鈴
恋愛
幼い頃から婚約していたアリストアとエドウィン。アリストアは最愛の婚約者と深い絆で結ばれ同じ道を歩くと信じていた。アリストアの描く未来が崩れ……。それぞれの初恋の結末を描く物語。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

恋という名の呪いのように

豆狸
恋愛
アンジェラは婚約者のオズワルドに放置されていた。 彼は留学してきた隣国の王女カテーナの初恋相手なのだという。 カテーナには縁談がある。だから、いつかオズワルドは自分のもとへ帰って来てくれるのだと信じて、待っていたアンジェラだったが──

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私はアナタから消えます。

転生ストーリー大好物
恋愛
振り向いてくれないなら死んだ方がいいのかな ただ辛いだけの話です。

処理中です...