ドアトントン

富升針清

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五、ドアトントン(1)

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 私一人ではなにもできない。そう、うずくまって泣いていたかった。
 でも、ムツ君の言葉を無視する勇気も私にはない。だから私は泣きながら校庭に向かって走り出した。
 外は安全。
 誰か大人がいる場所に。
 今まで起きたことを大人の人に伝えて、みんなを助けてもらって……。
渡り廊下の途中で私の足が止まる。
 違う。
 大人の人はドアトントンがわからない。助けてもらえない。だから私たちは三人でハッチとナナを助けようと手を挙げたのだ。大人のところに逃げ込めば、きっとあの三人は二度と帰ってこない。
 大人を呼べば、助かるのは私だけ。
 一歩進めば、外に出られる。
 そんな場所までやっと逃げてこられたのに。
「……」
 私の足は動かなかった。
「ククは……」
 ムツ君の言葉を自分の口で繰り返す。
「強いよっ!」
 怖くて逃げだしたいのに、もうあんな怖い思いもしたくないのに。
 自分の両手で、自分の頬を力いっぱい叩く。
「いたっ」
 怖いのも痛いのも大嫌い。
 けど、私はやっぱり友達と会えなくなる方が嫌。
 友達を見捨てて逃げる自分の方がもっと嫌いっ!
「……よしっ!」
 叩いた頬が少しだけ温かくなって、じんじんする。じんじんとする痛みが、私に前を向かしてくれた。
 みんなだって痛い思いをしているかもしれない。
 私が絶対、みんなを助けるんだっ!

 私はそのあとも校庭には出ず、渡り廊下でムツ君の言葉を繰り返し考えていた。
 ムツ君はドアトントンの情報を整理し、ナナの言葉にヒントがないか改めて探そうと言っていた。
 私もムツ君に倣い、情報と思考の整理と探索をしていこうと思う。
 まず、ドアトントンについてだ。
 ドアトントンは昔からいる『格子戸様』という名前の妖怪。
 ドアを開けた人間を長い腕と長い髪で暗闇の世界に連れて行く、自分が人形であることを忘れてしまっている人形の妖怪。
 ゴローちゃんが連れていかれた時に私もドアトントンの顔を見たけど、暗闇の中に浮かんだ顔は確かに日本人形の青白い顔だった。
 そのドアドンドンを呼ぶ方法は、窓のない部屋のドアをトントンして『入って、入って、一緒にお人形遊びをしよう』と呼びかける。
 ドアをトントンと叩いて、遊ぼうと呼ぶ。
 今思い返せば、私たちと同じことをドアトントンはしていたんだ……。
 自分を人間と思い込んでいるからこそ、人間の真似をしているのかもしれない。
 真似出来る人間に限りはなさそう。最初連れていかれたハッチの真似をしていたから、連れていかれた人間の真似しかできないかと思ったけど、三年の教室ではゴローちゃんの担任の先生の声だけじゃなくて姿まで似せていた。
 私のママやパパ、多分だけど有名人とかでもドアトントンは姿形、声を真似られるんじゃないかな?
 でも、ナナは一回も真似られてない。
 ゴローちゃんの合言葉を知っていたから、私たちの会話をずっと覗いていてナナの正体に気付いたから意味がないと真似しなかったのかな。
 それとも、人間以外の真似はできないから、なのかな。
「ナナだって、友達に変わりなかったのにな……」
 所々に潜むナナの記憶はどれも曖昧だけど、ドアトントンを呼びだした日、一緒に遊んだ楽しい記憶だけは色が付いたまま私の中に残っている。
「ナナ……」
 妖怪は怖いよ。けど、またあなたに会ってみたい。
 ナナはドアトントンに連れていかれた時、なにを思っていたんだろ?
 そういえば、みんなが連れていかれた場所に共通点ってあったかな?
 みんなが捕まった場所は、ハッチの部屋にハッチの家の玄関。三年の教室に防火シャッターのドア。
 ナナは最初、ドアトントンは窓のない部屋で呼び出すって教えてくれた。
「なんで窓がない場所だったのだろ……」
 最初の疑問。
 呼び出すのは窓がない場所なのに、みんなが連れて行かれた場所には窓はあったよね。何度も行ったことがあるから知っているけどハッチの部屋にも窓はあるし、暗幕で隠れて行けど三年の教室でも窓はあった。防火シャッターに挟まれた学校の階段にも踊り場にもとても高いけど窓があったもの。唯一違うかもしれないのは、ハッチの家の玄関だけ。
「あれ?」
 ドアトントンは私たちの真似をしているのだから、出てくる場所も窓がない部屋じゃないとおかしくない?
 そこは真似なくていいのかな?
 でも、なんで呼び出す場所は窓があるとダメなんだろ?
 妖怪だから光が嫌い? でも、そんなことを言ったら昼間にでてくるのはおかしいよね。
 それなら、窓があると私たちが逃げちゃうから?
 でも、ハッチの部屋とゴローちゃんの教室には逃げれるぐらいの高さに大きな窓がある。さすがに、ゴローちゃんの教室は三階だから飛び降りて逃げれないけど、ハッチの部屋の窓の外には玄関の屋根がすぐにあるから、窓からにげようと思えば逃げられるかも。
 けど、見上げた時にハッチの部屋の窓にはカーテンがかかっていたし窓も開いてなかった。ハッチは活発で窓から玄関の屋根に飛び出すぐらいは平気でしちゃうけど、窓からは逃げられなかったのかな?
「あっ」
 そうか。ハッチは部屋に一人だったのだもの。ドアを開けてから窓を開けて逃げる時間ってないんじゃないかな?
 なら、窓がダメなのは逃げる以外になにか理由があるってこと?
 そう言えば、理由がわからないことはもう一つある。
 ムツ君が連れていかれた防火シャッター、何故一階と二階で降りたのだろう?
 二階の防火シャッターを降ろせられるなら、三階と二階で閉じ込めた方が絶対にいいのに。だって、二階の防火シャッターから逃げた私を一階の防火シャッターで捕まえられたのにだよ? なんで三階の防火シャッターを下ろさなかったんだろ?
 私たちが気づいてしまうから?
 でも、あの時も音もなく降りた防火シャッターに私たちは気づかなかった。
 一階と二階、二階と三階。
 あの階段になにか違いはある?
 窓の場所は同じ。階段の段数も同じ。壁の色も床の色も同じで、手すりも同じ。
 二つの場所には踊り場があって、二階と三階の踊り場には姿見の鏡がついてるぐらいかな。他に違うのは階数が書かれている場所とその数字。あと、色。
 些細な事になると汚れとか……。
「あれ?」
 ふと、私はあることに気付いてしまった。
 渡り廊下に張られたガラスに映る自分を見て。
 耳の後ろで二つに束ねた肩よりも長い髪に、白色と茶色のワンピ―スに目、鼻、口。今日の私を見て、気付いてしまった。
「そうだっ!」
 もしかして……。ようやく見えた答えが、私を校舎の中へ駆り立てる。
 向かうは、ドアトントンを呼びだした階段下の物置っ!
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