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四、一人、一人、一人(3)
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「私?」
「うん。呼び出すだけならナナは呼び出した後で俺たちに関わる必要がない。今だってナナの記憶はずっと薄れてきているのに、ナナはなんでわざわざハッチの家に来て自分がドアトントンに捕まったんだと思う?」
「それは、ドアトントンの仲間だから……」
仲間だけど……。
その瞬間、私は違和感を覚えて自分の言葉を否定する。
「待って。おかしくない? 仲間ならハッチの家についてきちゃダメじゃない?」
あの時、あの瞬間、ハッチの家の玄関で起こったあの事件、ナナがいなければ私かゴローちゃんが必ず開けていた場面だ。
ナナがドアトントンの仲間なら、ナナはドアトントンの計画を一つ潰してしまったことになる。
「そうだよ。ナナはわざわざ俺たちにドアトントンの手口も見せてくれてたし、なんなら庇ってもくれていた。それが罠じゃなきゃね」
「そんな……」
一体どうして?
「でも、どうしてそれが理由につながるの?」
「ナナは俺たちに付いてきたんじゃない。ククについてきてた。俺もハッチもナナは友達だと思っていたけど、いて当たり前のような感じで接していた。けど、ククは違う。いつも俺たちにもナナにも気をかけてただろ?」
「そう、かも。だって友達だと思っていたし……」
「それがナナは嬉しかったんじゃないか? ナナが連れていかれた時、俺は見ていたけどナナは手を伸ばしてなかったよ。その時は怖くて動けないのかと思ったけど」
「えっ」
「ナナが妖怪だと知った時は演技かなって思った。けども、今思えばククをつれていかせないために思えてくる」
ナナが?
「でも、ナナは助けてって言っていたのに?」
「多分ククが怖いことを見れば、家の中で安全に閉じこもってくれると思ったんじゃないか? 学校に呼びたかったのは、俺一人だったのかも」
「なんで?」
「妖怪をバカにしたから」
あの時、確かにナナは怒っていた。
「だからククは巻き込まれただけで悪いことは一つもしてないんだ」
「……友達を止められなかったのも十分悪いことだと、私は思うの」
そうだ。友達なんだから、全力で止めるべきだったんだ。誰かに会えなくなる可能性が一つでもあるって自分で思ったのなら。
「私、あの時ハッチもゴローちゃんもムツ君も、そしてナナのことも止めるべきだった。友達として。だから、誰かのせいとか思わない。私だって私のせいだと思っていたけど、違うよ。みんなで起こしたんだ。だから、みんなの力で絶対に解決しようっ」
「ああっ」
私たちは廊下に飛び出した。
三年生のクラスは三階にある。校庭からは遠いけど、階段を降り切ってすぐ近くに体育館に続く渡り廊下かある。ここからならドアを一つも開けずに外に出られるっ!
ムツ君も私と同じことを考えていたんだろう。少し離れた場所にある私たちが入ってきた昇降口側の階段には向かわず、そのまま渡り廊下に続く階段を下りだした。
階段や廊下にドアはないもの。だからドアトントンに会わずに行ける。そう安心していたのに……。
もうすぐで一階につくと思ったその時だ。
「っ!」
「えっ!?」
一階に降りようとした私たちの目の前には、防火シャッターが閉じていたのだ。
そして、防火シャッターのドアから……。
トントントン、トントントン。
ドアを叩く音に私たちは息をのむ。
なんの言葉も誰の声でも、私たちはあのドアの向こう側になにがいるのか知っているからだ。
「く、ククっ! 戻るぞっ」
呆然と立ち尽くしている私の手をムツ君は力強く引っ張ってくれるけど……。
「なんで……?」
二階に引き返そうとした私たちの目の前には二階の防火シャッターが閉じている。
そして、二階の防火シャッターのドアからも。
トントントン、トントントン。
嘘でしょ?
前も後ろも閉じた防火シャッターが私たちの行く手を阻む。私たちは今、一階に降りることも二階に戻ることも出来ない。
「ま、窓はっ!?」
ムツ君が窓を探して周りを見渡すが、一階と二階の間にある踊り場に高くつけられた窓が一つだけ。それは先生やパパがきっと背伸びをしても届かないほどの高さにある。小学生の私たちには到底手は届かない。
トントントン、トントントン。
ドアを叩く音は次第に強くなる。
「せ、先生が気づいてくれるよねっ?」
中々降りることのない防火シャッターなんて降りていたら、先生がかけつけてくれるはずだ。
ムツ君が言った通り、向こう側が開くまで私たちは待てばいい。
焦ることはない、そうだ。焦ることはないんだ。
バクバクと聞きなれないほどの音を立てて私の心臓が動いている。
「……ククはシャッターが閉まる音を聞いた?」
「え?」
そう言えば……。
「俺は聞こえなかった。真後ろで閉まっていたのにおかしくないか?」
そうだ。一階の防火シャッターはいつ閉まったかはわからないけど、二階の防火シャッターは私たちが通った後に下がっている。なのに、私たちは閉まる音を聞いていない。
「こんなにも大きいのに、なんの音もしないのは現実的にあり得ないと思わない? なにがどうなってるか、俺にはわからない。これはドアトントンの能力じゃないのか? 本当に大人が来るのか? ここは本当に学校なのか? ドアトントンが作り出した空間じゃないのか?」
「そんなっ! 私たち、つかまってるってこと?」
「それは……」
ムツ君が言いかけた言葉を遮るように、ドアの向こうから声がする。
「ククっ! ムツっ! どこ行ってたの? 探したんだけどっ!」
ハッチの声がする。
「ククたちもこっちで一緒に遊ぼうよっ!」
「ねぇちゃんっ。また宿題やらずに遊ぶとか、怒られるぞ?」
「はぁ? ゴローったらまたお母さんの真似?」
明るい二人のいつもの会話。
「違うしっ! もう、二人とも早くこっちに来てくれよっ!」
「あ、ゴローそれだと偽物だと思われちゃうぞ?」
ゴローちゃんは私たちの目の前で連れていかれた。いるわけがない。
なのに……っ。
「あ、そうだった。『ムクゴ』だったっ!」
私は口を抑える。
「ねぇ、ねぇっ! ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴっ!」
私たちしか知らない秘密の言葉。
「ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ」
それはまるでゴローちゃんが、明るい声で助けてと叫んでいるようで……。
胃から喉に込みあがってくる。
ムクゴって、助けてって言葉の置き換えねと言った私が、ハッチとゴローちゃんの声で楽しそうに鳴いているのが耐えられなかった。
耳の奥から言いようのない気持悪さと一緒に、私もこうなるのかと恐怖が私を襲ってくる。
もうダメなんだ。
前にも後ろにも進めない。誰も私たちに気付かない。もう誰にも会えず、あの長い手をした怖い人形の人形になるしかないんだ……。
そう思うと、声もあげられずに涙だけが私の瞳からポロポロと落ちていく。
私もう家に帰れないんだ。パパにもママにも会えないんだ……。
「クク」
音もなく泣く私に、ムツ君が手を差し出した。
「……ムツ君?」
「立って」
ムツ君は、泣いても慌てても怒ってもいなかった。いつものようなムツ君だった。
「クク聞いてくれ。いいか? ククはここを出たら校庭に向かって」
「え?」
「校庭で校舎に向かって大声を出せば大人が絶対に来てくれる。絶対に一人になっちゃっダメだ」
「ムツ君? ここを出るって……」
出られるはずなんてない。だって、私たちが外に出るためには、ドアを開けないといけないのに。
「まだ俺たちは捕まってない。その証拠に、ハッチとゴローの声がするだろ? ここが学校じゃないならそのまま俺たちを連れ去ればいいのにそうしないのは、まだここが本当の学校である証拠だ」
「そうかもしれないけど、けど、ここを出る方法が……」
「あるよ。クク、どれだけ人が近くにいても、あのドアに引きずり込まれるのはドアを開けた一人だけだ」
「ムツ君っ!?」
それってまさか……。
「ナナがククの手を取らなかったから、もしかしたら手を繋いでたりどこか触れてたら違うかもしれない。けど、どれだけククが近くにいてもドアトントンが捕まえたのは一人だけだった。これは明らかに向こうのルールだ。だから、クク、俺がいなくても一人で走るんだぞ」
一人って……。
「い、いやっ! 私、一人じゃなにも出来ないっ!」
ここまでこれたのもムツ君たちがいてくれたからだもん。
「大丈夫。大丈夫だから」
「私が、私がドアを開けるからムツ君がっ!」
「ククリっ!」
ムツ君の両手が私の肩に触れる。
「ハッチが言ってただろ? 俺の逃げ足は速いって。だから心配しないで。一人は怖いかもしれないけど、ククは強いよ。大丈夫」
もうムツ君の手はどこも震えてなかった。
「……ムツ、くん?」
いやだ。
ムツ君の手を掴もうとするけど、ムツ君は私の肩を優しく突き倒した。
そして……。
「ムツ君っ! ダメっ!」
そのままムツ君はドアを開ける。
「ククはちゃんと逃げて」
そう笑いながら、暗闇から出てきた手に連れていかれて。
残ったのはなにも出来ない私と、開いた一階のドアだけだった。
「うん。呼び出すだけならナナは呼び出した後で俺たちに関わる必要がない。今だってナナの記憶はずっと薄れてきているのに、ナナはなんでわざわざハッチの家に来て自分がドアトントンに捕まったんだと思う?」
「それは、ドアトントンの仲間だから……」
仲間だけど……。
その瞬間、私は違和感を覚えて自分の言葉を否定する。
「待って。おかしくない? 仲間ならハッチの家についてきちゃダメじゃない?」
あの時、あの瞬間、ハッチの家の玄関で起こったあの事件、ナナがいなければ私かゴローちゃんが必ず開けていた場面だ。
ナナがドアトントンの仲間なら、ナナはドアトントンの計画を一つ潰してしまったことになる。
「そうだよ。ナナはわざわざ俺たちにドアトントンの手口も見せてくれてたし、なんなら庇ってもくれていた。それが罠じゃなきゃね」
「そんな……」
一体どうして?
「でも、どうしてそれが理由につながるの?」
「ナナは俺たちに付いてきたんじゃない。ククについてきてた。俺もハッチもナナは友達だと思っていたけど、いて当たり前のような感じで接していた。けど、ククは違う。いつも俺たちにもナナにも気をかけてただろ?」
「そう、かも。だって友達だと思っていたし……」
「それがナナは嬉しかったんじゃないか? ナナが連れていかれた時、俺は見ていたけどナナは手を伸ばしてなかったよ。その時は怖くて動けないのかと思ったけど」
「えっ」
「ナナが妖怪だと知った時は演技かなって思った。けども、今思えばククをつれていかせないために思えてくる」
ナナが?
「でも、ナナは助けてって言っていたのに?」
「多分ククが怖いことを見れば、家の中で安全に閉じこもってくれると思ったんじゃないか? 学校に呼びたかったのは、俺一人だったのかも」
「なんで?」
「妖怪をバカにしたから」
あの時、確かにナナは怒っていた。
「だからククは巻き込まれただけで悪いことは一つもしてないんだ」
「……友達を止められなかったのも十分悪いことだと、私は思うの」
そうだ。友達なんだから、全力で止めるべきだったんだ。誰かに会えなくなる可能性が一つでもあるって自分で思ったのなら。
「私、あの時ハッチもゴローちゃんもムツ君も、そしてナナのことも止めるべきだった。友達として。だから、誰かのせいとか思わない。私だって私のせいだと思っていたけど、違うよ。みんなで起こしたんだ。だから、みんなの力で絶対に解決しようっ」
「ああっ」
私たちは廊下に飛び出した。
三年生のクラスは三階にある。校庭からは遠いけど、階段を降り切ってすぐ近くに体育館に続く渡り廊下かある。ここからならドアを一つも開けずに外に出られるっ!
ムツ君も私と同じことを考えていたんだろう。少し離れた場所にある私たちが入ってきた昇降口側の階段には向かわず、そのまま渡り廊下に続く階段を下りだした。
階段や廊下にドアはないもの。だからドアトントンに会わずに行ける。そう安心していたのに……。
もうすぐで一階につくと思ったその時だ。
「っ!」
「えっ!?」
一階に降りようとした私たちの目の前には、防火シャッターが閉じていたのだ。
そして、防火シャッターのドアから……。
トントントン、トントントン。
ドアを叩く音に私たちは息をのむ。
なんの言葉も誰の声でも、私たちはあのドアの向こう側になにがいるのか知っているからだ。
「く、ククっ! 戻るぞっ」
呆然と立ち尽くしている私の手をムツ君は力強く引っ張ってくれるけど……。
「なんで……?」
二階に引き返そうとした私たちの目の前には二階の防火シャッターが閉じている。
そして、二階の防火シャッターのドアからも。
トントントン、トントントン。
嘘でしょ?
前も後ろも閉じた防火シャッターが私たちの行く手を阻む。私たちは今、一階に降りることも二階に戻ることも出来ない。
「ま、窓はっ!?」
ムツ君が窓を探して周りを見渡すが、一階と二階の間にある踊り場に高くつけられた窓が一つだけ。それは先生やパパがきっと背伸びをしても届かないほどの高さにある。小学生の私たちには到底手は届かない。
トントントン、トントントン。
ドアを叩く音は次第に強くなる。
「せ、先生が気づいてくれるよねっ?」
中々降りることのない防火シャッターなんて降りていたら、先生がかけつけてくれるはずだ。
ムツ君が言った通り、向こう側が開くまで私たちは待てばいい。
焦ることはない、そうだ。焦ることはないんだ。
バクバクと聞きなれないほどの音を立てて私の心臓が動いている。
「……ククはシャッターが閉まる音を聞いた?」
「え?」
そう言えば……。
「俺は聞こえなかった。真後ろで閉まっていたのにおかしくないか?」
そうだ。一階の防火シャッターはいつ閉まったかはわからないけど、二階の防火シャッターは私たちが通った後に下がっている。なのに、私たちは閉まる音を聞いていない。
「こんなにも大きいのに、なんの音もしないのは現実的にあり得ないと思わない? なにがどうなってるか、俺にはわからない。これはドアトントンの能力じゃないのか? 本当に大人が来るのか? ここは本当に学校なのか? ドアトントンが作り出した空間じゃないのか?」
「そんなっ! 私たち、つかまってるってこと?」
「それは……」
ムツ君が言いかけた言葉を遮るように、ドアの向こうから声がする。
「ククっ! ムツっ! どこ行ってたの? 探したんだけどっ!」
ハッチの声がする。
「ククたちもこっちで一緒に遊ぼうよっ!」
「ねぇちゃんっ。また宿題やらずに遊ぶとか、怒られるぞ?」
「はぁ? ゴローったらまたお母さんの真似?」
明るい二人のいつもの会話。
「違うしっ! もう、二人とも早くこっちに来てくれよっ!」
「あ、ゴローそれだと偽物だと思われちゃうぞ?」
ゴローちゃんは私たちの目の前で連れていかれた。いるわけがない。
なのに……っ。
「あ、そうだった。『ムクゴ』だったっ!」
私は口を抑える。
「ねぇ、ねぇっ! ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴっ!」
私たちしか知らない秘密の言葉。
「ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ、ムクゴ」
それはまるでゴローちゃんが、明るい声で助けてと叫んでいるようで……。
胃から喉に込みあがってくる。
ムクゴって、助けてって言葉の置き換えねと言った私が、ハッチとゴローちゃんの声で楽しそうに鳴いているのが耐えられなかった。
耳の奥から言いようのない気持悪さと一緒に、私もこうなるのかと恐怖が私を襲ってくる。
もうダメなんだ。
前にも後ろにも進めない。誰も私たちに気付かない。もう誰にも会えず、あの長い手をした怖い人形の人形になるしかないんだ……。
そう思うと、声もあげられずに涙だけが私の瞳からポロポロと落ちていく。
私もう家に帰れないんだ。パパにもママにも会えないんだ……。
「クク」
音もなく泣く私に、ムツ君が手を差し出した。
「……ムツ君?」
「立って」
ムツ君は、泣いても慌てても怒ってもいなかった。いつものようなムツ君だった。
「クク聞いてくれ。いいか? ククはここを出たら校庭に向かって」
「え?」
「校庭で校舎に向かって大声を出せば大人が絶対に来てくれる。絶対に一人になっちゃっダメだ」
「ムツ君? ここを出るって……」
出られるはずなんてない。だって、私たちが外に出るためには、ドアを開けないといけないのに。
「まだ俺たちは捕まってない。その証拠に、ハッチとゴローの声がするだろ? ここが学校じゃないならそのまま俺たちを連れ去ればいいのにそうしないのは、まだここが本当の学校である証拠だ」
「そうかもしれないけど、けど、ここを出る方法が……」
「あるよ。クク、どれだけ人が近くにいても、あのドアに引きずり込まれるのはドアを開けた一人だけだ」
「ムツ君っ!?」
それってまさか……。
「ナナがククの手を取らなかったから、もしかしたら手を繋いでたりどこか触れてたら違うかもしれない。けど、どれだけククが近くにいてもドアトントンが捕まえたのは一人だけだった。これは明らかに向こうのルールだ。だから、クク、俺がいなくても一人で走るんだぞ」
一人って……。
「い、いやっ! 私、一人じゃなにも出来ないっ!」
ここまでこれたのもムツ君たちがいてくれたからだもん。
「大丈夫。大丈夫だから」
「私が、私がドアを開けるからムツ君がっ!」
「ククリっ!」
ムツ君の両手が私の肩に触れる。
「ハッチが言ってただろ? 俺の逃げ足は速いって。だから心配しないで。一人は怖いかもしれないけど、ククは強いよ。大丈夫」
もうムツ君の手はどこも震えてなかった。
「……ムツ、くん?」
いやだ。
ムツ君の手を掴もうとするけど、ムツ君は私の肩を優しく突き倒した。
そして……。
「ムツ君っ! ダメっ!」
そのままムツ君はドアを開ける。
「ククはちゃんと逃げて」
そう笑いながら、暗闇から出てきた手に連れていかれて。
残ったのはなにも出来ない私と、開いた一階のドアだけだった。
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