ドアトントン

富升針清

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三、だれ?(4)

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「元になったのは、人形よ」
 人形。
 お婆さんの言葉を声に出さず喉で私は飲み込んだ。
「私が祖母から聞いた話だと、子供に遊んで貰えずいらなくなって蔵に閉じ込められた人形が寂しくて格子戸様になったのですって」
「人形なのに人形で遊ぶの?」
 ゴローちゃんが驚いた声をあげるが、確かにその通りだ。
 人形が私たち人間で人形遊びをしようだなんて、とても変な話に思えてくる。
「そうねぇ。そこまでは私もわからないけど、人間が自分たちで遊ぶのが楽しそうに思えたのか、自分ももしかしたら人間だと思っちゃったかもしれないわね。なのに自分だけ蔵の中にずっと閉じ込められて……。呼ばれてくるのも、お友達が自分を遊びにまた呼んでくれたと思ってくるのかもしれないわ」
 怖い話に耳を塞いでた時、誰かが言っていた。
 人形は自分を人間だと思い込みやすいって。
「長い間一人でいて、自分が人形なのを忘れちゃったのかな……」
 誰もいない真っ暗な中、自分の姿だって見えないもの。人形か人間かなんてわからなくなっちゃってても仕方がないよね。
「そうかもしれないわね。もし、格子戸様に会ったら優しくあなたは人形よって教えてあげればいいかもしれないわねっ」
 そう言って、格子戸様の帰り方を聞いたゴローちゃんにお婆さんは笑いかけた。
 確かに、そうなんだけど……。
「そのまま聞いてくれそうにないよな?」
 ムツ君が私の耳に内緒話のようなボリュームの声で聴いてくるけど、私もそう思う。
 話し合いが出来るとは思えない。
 無理やり引きずり込まれたナナの姿は、到底忘れられないもの。
「あの」
 もっと他に話はないか。そう聞こうとした時だ。
「藤原さーん、案内中悪いけど読み聞かせの件お願いできる?」
 他のボランティアさんがお婆さんの肩を叩く。
 お婆さんはその声に驚いて自分の腕時計とその人の顔を何度も確認すると、私たちに手を合わせた。
「あらっ。もうそんな時間? ごめんなさいね、話の途中で。また明日もここにいるから、続きが気になったら来てくれる?」
 どうやら、ここまでみたい。
「はい、わかりました。ありがとうございます」
 なんとか時間を引き延ばせないか考えていた私と、わがままを今にも言いそうなゴローちゃんの頭を抑えてムツ君はお婆さんに向かって深々と頭を下げた。
 お婆さんはまた謝ると、足早に紙芝居劇場のスペースに走っていってしまった。
 ようやく解放された私とゴローちゃんがムツ君につめよるのも無理はない。
「ムツ君、いいの? あの人ドアトントンを知っているのにっ」
「そうだよっ! もっともっと聞かなきゃダメだよっ」
 私とゴローちゃんのあまりの剣幕に一瞬ムツ君はひるみそうになるけど、ため息をついて私とゴローちゃんの肩に手を回した。
「二人とも落ち着いてくれ。あのお婆さんだって格子戸様を知っているだけでドアトントンが見えるわけでも退治できるわけでもないんだ」
 あ。
「あの人が俺たちを助けてくれるわけじゃない。これ以上知ってることもないと思う。これから先は俺たちだけでなんとかしないといけないんじゃないか?」
 ムツ君の言葉に私は自分の中であのお婆さんが『助けてくれる大人』だと勝手に思っていたことに気付いた。それは悪いことじゃないのはわかっている。困ったときは大人の人を頼りなさいって、学校でも家でも言われているから。
 けど、ドアトントンは違う。
 私たちしか見えないし、聞こえない。私たちが自分たちで立ち向かうべき相手だ。
「ヒントは沢山手に入れられた。今度はインターネットで格子戸様について調べてもいいと思うけど……」
「あ、ムツ君。インターネットのパソコンが使える時間ってもうすぐ終わっちゃうんじゃない?」
 私はムツ君の提案に、張り出されている利用規則が書かれたポスターを指さした。
「え。そんなのあるの?」
「うん」
 私はこの図書館によく来て、貸し出し処理を待っている間よく目につく図書館の利用規約を読んでいるから知っているだけだけど。
「えー……。これは想定外だな」
「本で格子戸様を探し直す? それなら図書館の閉館時間ギリギリまでいられるよ」
「えー。オレ、漢字わかんないよー」
「ナナが言ってた本を探すってこと? けど、ナナはドアトントンの名前は知っていても格子戸様の名前は一言も言ってなかったと思うんだけど、ククは覚えてる?」
「え? 私?」
 格子戸様……。
「うんん。私もナナから聞いたことない。格子戸様なんて言葉、言われたら私絶対に忘れないと思うし」
「なら、ナナの本を探すために格子戸様で探しても意味がないんじゃないかな? ナナは格子戸様って言葉を知らなかったなら、ナナの借りた本に格子戸様の名前は書いてないはずだ」
「そうだね。それに、もしかしたらナナの弱点かもしれないって言葉自体が『格子戸様』って文字もあり得ると思うの」
「なんで?」
「格子戸って漢字で書くとこう書くんだけど、この『格子』を『こうし』って読めなかったのかも。中々見る漢字でもないし、格子戸自体私たち身近にないし」
「あり得るな……。クク、他になにかナナがヒントになること言っていたかとか、覚えてない?」
「えっと……。うんん、ごめん。聞こうと思った時、すぐにナナは連れて行かれちゃったでしょ? その前にドアトントンの話なんて怖くてしてないし、私が知っていることはないの。ムツ君とゴローちゃんは?」
「オレ、今日学校休んだし」
「俺も今日最初に怒ってから大分話さなかったし、何もない。あの後も少しナナとは気まずかったし……」
「そうだね。私もせめてあと少しぐらいナナと話せられたらよかったのだけど……」
 今では叶わない願いだ。
「……そう言えば、ナナも明日から学校にこれないかもしれないんだよな?」
「あ、うん」
「先生に言わなくていいのかな?」
「ナナのパパとママにも。ナナの家ってどこだっけ?」
「え? 俺は知らないよ。ククが一番仲良かっただろ? 知らないの?」
「え。知らないよ」
 そう言えば、私はナナの幼馴染なのに家の場所がどこかなんてなんで知らないんだろう。
「そうなんだ。ま、先生に言えば連絡してくれるんじゃないか?」
「でも、先生になんて言おう……。おばけの世界に連れていかれちゃいましたなんて、言えないよね」
 言ってもいいけど、信じてもらえるとは思えない。
「けど、なにも言わないわけにもいかないだろ。せめて遊んでる途中でどこかに消えたぐらいは言わなきゃ」
「そう、だね」
 そうだよね。ナナのパパとママだって何も知らないなんて辛いはずだもん。
「とりあえず、学校に行ってみよう。ナナの本が学校にあるかもしれないし、先生にお願いすれば学校のインターネットパソコンを借りられるかもしれないし」
「うんっ」
「わかった」
 私たちはムツ君の提案通り、図書館から飛び出して学校へ向かった。
 でも、おかしいな。
 私、ナナとあれだけ友達だったのに。なんだか今、ナナの顔が思い出せないの。
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