ドアトントン

富升針清

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三、だれ?(3)

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 ムツ君に言うには、ゴローちゃんが声をかけたボランティアさんが偶然にもドアトントンを知っていたらしい。
 私はムツ君に手を引かれ、図書館のロビーへ着くとそこにはお婆さんとゴローちゃんが待っていた。
「ゴローちゃんっ、ドアトントンを知っている人を見つけたって本当?」
「ククっ。このお婆ちゃんが知ってるんだって!」
「こんにちは」
 ゴローちゃんが紹介してくれたお婆さんは、ボランティアの帽子と腕章を付けた普通のお婆さん。
「こんにちは」
 返してくれた挨拶も優しくて、あんなにも怖いドアトントンを知っているなんて思えないのに。
「あのっ、私たちにもドアトントンのことを教えてもらってもいいですか?」
「ええ。でも、私はドアトントンって名前を知らないのよ」
「えっ?」
 それってどういうこと?
「格子戸様」
 私が驚いていると、お婆さんは聞きなれない言葉を口にした。
「え? こう……」
「こうしど、さまだよ」
 こうしど? あ、お爺ちゃんの家で聞いたことがあるかも。沢山の木材が一定間隔で細かく並べられているドアのことだ。昔の日本の家によくあるって、パパが言ってたかも。
「格子戸様って、木材で作ったドアのことですか?」
「よく知っているね。そうだよ、そのドアから子供を連れて行くおばけの名前だよ」
 お婆さんの言葉に私とムツ君は顔を見合わせる。
 ドアトントンと一緒だっ。
「ドアトントンって名前は知らないのだけど、この子の言っている子供を連れて行って遊ぶおばけを私たちの子供のころは『格子戸様』って呼んでいたの」
 ドアと格子戸。どちらも扉であることは変わらない。両方とも、開けるという行為が必要なのだから。
「格子戸様は名前通り、格子戸の向こうから子供を呼ぶのよ。声と影をその人が安心するような姿にばけて出てきて、あの手この手で呼ばれた子に格子戸様がいる格子戸を開けさせるのよ。そして開けたらおばけのいる夜の世界に連れて行かれてしまうの」
 お婆さんの言葉に、私は手のひらを強く握りしめた。
 一緒だ。ドアトントンと、一緒だ。
夜の世界とは、あのドアの向こうの真っ暗闇のことだろう。
「クク、絶対この格子戸様ってのが、ドアトントンだよっ」
 ゴローちゃんの言葉に私もムツ君も頷くしかない。
 今では馴染みがない『格子戸』がどこかのタイミングで『ドア』に変わったんだ。
 言葉の意味が長い時間を得て変わるように。格子戸様も長い時間をかけてドアトントンに変わっちゃったんだ。
 ドアトントンで本やインターネットを探しても出てこないのは当たり前かもしれない。まさか名前が変わっているだなんて、誰も思わないもの。
「あのっ、もっと格子戸様について知りたいのですが、どこかの本に載ってるとか知りませんか?」
 もしそれがわかれば、ナナの言っていた弱点とかもわかるかもっ。
「本はわからないわ。ごめんなさいね」
 お婆さんは申し訳なさそうに私たちに謝ってくれるけど、婆さんはなにも悪くない。
 でも、少しだけがっかりしちゃう。ようやく手に入ったヒントがここで消えちゃう気がして。
 新しい検索ワードを手に入れられたのに、私とゴローちゃんはついついがっかり色が顔に出ちゃっていたみたい。
「クク、ゴローっ」
 ムツ君に背中を強く叩かれて、失礼な顔しちゃったと慌てて私たち二人は背筋を伸ばしてピンとした。そんな私たちを見てお婆さんはおかしそうにクスクスと笑って一つの提案をしてくれた。
「本に載っているかはわからないけど、私が覚えていることなら教えられるわ。それではダメかしら?」
 それはお婆さんが知っている怪談の話。
「本当ですかっ!? 是非、教えてください」
「ええ。格子戸様は私たちのそのまたお婆ちゃんが子供の時からいたおばけなのよ。江戸時代のころからここらの町や村では有名だったおばけなの」
 江戸時代? 最近、何処かで見た単語だ。
 だけど、どこだったか思い出せない。学校の社会科で習ったんだったかな?
「格子戸様はね、呼ばないとこないのよ。よく私も祖母から早く寝ないと格子戸様を呼んでしまうぞと言われて布団に連れていかれたものだわ」
「格子戸様を呼ぶんですか?」
 ムツ君の問いかけに、私とゴローちゃんは唾をのみ込む。
「ええ。まっくらな夜にね、窓のない部屋で格子戸を叩いて呼ぶの。格子戸様は子供が好きだから遊ぼう、遊ぼうって誘ってあげるのよ」
 私たちがドアトントンを呼びだした時と一緒だ。
 窓がない部屋で、遊ぼうと誘いながらドアを叩く。
「あ、あのっ。一度格子戸様を呼び出したらどうすれば帰ってくれるんですかっ?」
「さあ、そこまでは知らないわね。呼び出したらおばけの世界に連れて行かれてお人形にされちゃうとしか私も聞いてないわ」
 ゴローちゃんは自分の質問に対しての答えにがっかりして肩を下げる。
 そうだよね。ドアを開けなければいいと言っても、いつまで私たちはそれに耐えなきゃいけないのか。終わりが見えないなんて辛いよね。
「あの、呼び出した方はいたのですか?」
「格子戸様を? まさか。私の周りには誰一人いなかったわ。みんなとても怖がっていたもの。私だって信じていたわけじゃなかったけど、祖母や他の大人たちの剣幕に圧されて心のどこかで本当にいると思っていたかも。だから呼び出すなんて考えもしなかったわ」
 ムツ君の質問に帰って来た答えも、空振り。
 私たちはもうドアトントンを呼びだしてしまった後。私たち以外にドアトントンを呼びだした人はいないし、ドアトントンが帰る方法だってわからない。
 なら、私が聞かなきゃいけない質問は一つだけ。
「あの、格子戸様ってなんの妖怪なんですか?」
ドアトントン……、うんん。格子戸様の正体を知らなきゃ。
「なんのって……? どんな意味で聞いているのかしら?」
「えっと……、あの、ほら、妖怪でも色々いるじゃないですか。 琵琶牧々は琵琶の妖怪とか、猫又は猫の妖怪とか。格子戸様はなんの妖怪なんですか? 名前通り格子戸の妖怪なんですか?」
 私は少し前に読んだばかりの妖怪図鑑を思い出しながら例を挙げる。
 あの図鑑には、妖怪の元になったものの弱点はそのまま引き継ぐことが多いと書かれていた。
 最初は私も猫又や狗神の様に名前が元になったものを表しているのかと思っていたけど、格子戸様はドアトントンに名前を変えている。確かにふたつとも似ているし、使い方は一緒なのだけど元になったものの名前が変わるなんて変だと思わない?
それに、格子戸は扉だけどドアとは呼ばない。ドアだって扉だけど格子戸とは呼ばれない。
 共通部分の扉という名詞には触れられないなんておかしいもの。
 つまり、私が思う格子戸様は格子戸の妖怪ではないということだ。
 だったらなんの妖怪なの? 名前しか知らない私たちには決して出せる答えじゃないけど、江戸時代から伝えられている話ならきっと……。子供をより怖がらせるために伝えているはずだ。
「ああ、そんな意味で聞いたのね。そうね、あなたが言うように格子戸様は格子戸の妖怪ではないわ」
 やっぱりっ!
「元になったのは、なんですか?」
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