ドアトントン

富升針清

文字の大きさ
上 下
10 / 18

三、だれ?(2)

しおりを挟む
 公園の近くにある図書館に入ると、私たちは別々の方向へ歩みだした。
 ムツ君はインターネットが使えるパソコンがあるブースへ。ゴローちゃんは図書館案内のボランティアをしていたお婆さんの方へ。
 そして私は、妖怪図鑑や怪談がある本棚へ。
 ここに怖い本があるのは標識や案内で知っていたけど、この棚の前に立つのは初めてなの。
 だって、私はずっと怖いものが嫌いだったから。
 遠くの棚からも目が合いそうな鬼の怖い表紙や、おどろおどろしい血みたいな赤い色がまんべんなく塗られている本。
 それらが目に飛び込んで来たら、すぐさまママの後ろに隠れて逃げ出していた。
 けど、今の私はそんなことなんてしない。
 私は怖さを吐き出すように長く息を吐くと、目に入った妖怪図鑑に怪談話、地獄の扉などの本を手に取っては次々とページをめくる。
 ところせましと怖い顔や気味の悪い姿、身の毛もよだつような恐ろしい単語が並ぶ中で『ドアトントン』の文字を探す。
「ない……」
 けど、どれだけページをめくっても、ドアの文字すらない。
 そもそも、ドアトントンって妖怪なの?
 おばけって、妖怪でも幽霊でもないの?
 今まで逃げてきたから、私にはおばけの知識がまったくない。
 こんなことなら、笑われながらでも少しずつみんなの怖い話をきいておけばよかった。もっと早く逃げずに立ち向かえばよかった。
 後悔は途切れないけど、目も手も休めない。
 早く見つけなくっちゃ。
 焦りながら妖怪図鑑、怪談話をめくっているとふいに手が止まる。
 でも、そのページには、ドアの文字もトントンの文字もどこにもなかった。
 そこにいたのは、聞いたこともない妖怪。
「呼び、女?」
右端には太い文字で書かれていたその妖怪の名前を口に出す。彼女の名前が書かれた見開きのページには、妖怪の姿とその妖怪の情報、説明が見開き二ページにわたり書かれていた。
「呼び、女……」
 繰り返し唱えてみる。
うん。名前的には怖くない。
 ページに書かれている絵だって、怖い姿ではなく二つの長い長い三つ編みを垂らして微笑んでいる赤い着物を着た女の子。
 前のページや後ろのページで描かれている妖怪たちとは違って、私たちと変わらない姿をしている。
 こんな姿では女って呼ぶのに違和感を感じてしまう。だって、女って言ったら大人の女性をさすことが多いでしょ? この呼び女は私たちと変わらない子供だもん。少女の方がしっくりくるんじゃないかな。呼び少女って。
 でも、彼女の説明を呼んでいるとそんな考えは吹き飛んでしまった。
 なんでもこの呼び女さんは、江戸時代初期からいるらしい。ということは、何百歳……。これは流石に、大人の女性かも。私たちと同じだからって、全部が同じなわけじゃない。見た目だけで決まらないのは、人間だけじゃないよね。妖怪も一緒だよ。
 心の中で呼び女さんに謝りながら文字を追っていくと、彼女の仕事についての説明が書かれていた。なんでも、他の妖怪や怪談を呼び百鬼夜行の手伝いとかをしてあげる妖怪なんだって。地方によっては、かのぬらりひょんの娘だと言われているみたい。
「ぬらりひょん……」
 確か、妖怪の一人だったよね。少し前にママに買ってもらった和風ファンタジー小説で名前がでていたことを思い出す。
 能力も地獄に引きずり込むとか怖いものではなくて、いつのまにか家にいて知らないはずなのに誰も気付かずその家の主人だとみんなが思っちゃうんだよね。
 本を読んだとき、私もなんだその能力っ! て、驚いちゃったから覚えているの。もちろん、怖くないこともとても印象的なんたけど、それよりも知らない人が家の中にいたら絶対に気付くと思わない?
 ムツ君やハッチがドアトントンなんてドアを開けなければいいと言っていたのと同じだと思うけど、学校ならまだしも家の中なら誰だって気付くでしょ? だって、家族の顔は毎日見ているもの。
 友達だってそう。
 ずっと一緒にいる友達なら覚えているもの。
 どこかのクラスで一人増えたと言われても気付かないけど、同じクラスでも、それがいつも遊んでいる仲のいい友達だったら気付くものでしょ?
 私だって、いつも遊んでいる四人組に誰か知らない人がいたらすぐに気付くもの。
 私、ハッチ、ムツ君、ゴローちゃん、ナナ。
 いつも仲良く遊んでる私たちの中に一人だけ……。
「……あれ?」
 おかしくない?
 あれ?
 一人、多く……。
「ククっ」
「きゃっ!」
 突然背中を叩かれ、私は驚いて持っていた本を落としてしまう。
 うわわわっ。び、びっくりした。まだ心臓がドクドク鳴っているよ……。
「む、ムツ君?」
 後ろを振り返ると、ムツ君がいた。
「ごめん。名前呼んでも気付いてくれなかったからさ」
「え。名前呼んでくれていたの? まったく気付かなかった……」
「ずいぶん本に集中していたんだな。ドアトントンのこと、わかった?」
「あ、うんん。まだ名前すら見つけられなくて……」
 私は急いで本を広い、棚に返した。
 私、何を読んでいたっけ? 驚き過ぎて忘れちゃったけど、ドアトントンのことではないよね。
「ムツ君の方はどう?」
 インターネットなら、なにかしらの手がかりは本より集めやすいんじゃないかな。
「いや、俺もダメだった。なにもヒットしない」
「そっか……」
 そうなると、やはりナナの言っていた本を探す他ないのかな……。まだ、私が読んでいた棚には沢山の本がある。三人で手分けをしても今日中は難しいかも。
 でも、そんな弱気なこと言っちゃダメだよね。私がムツ君に本は任せてもらっているし、私がなんとかしないとっ。
「ムツ君っ、私っ」
 提案しようと手をあげると、ムツ君が先に口を開いた。
「でも、ゴローが『なにか』を見つけたぞ」
「え?」
 開いたのは口だけじゃない。その時開いたのは、突破口もだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

転校生はおんみょうじ!

咲間 咲良
児童書・童話
森崎花菜(もりさきはな)は、ちょっぴり人見知りで怖がりな小学五年生。 ある日、親友の友美とともに向かった公園で木の根に食べられそうになってしまう。助けてくれたのは見知らぬ少年、黒住アキト。 花菜のクラスの転校生だったアキトは赤茶色の猫・赤ニャンを従える「おんみょうじ」だという。 なりゆきでアキトとともに「鬼退治」をすることになる花菜だったが──。

訳あり新聞部の部長が"陽"気すぎる

純鈍
児童書・童話
中学1年生の小森詩歩は夜の小学校(プール)で失踪した弟を探していた。弟の友人は彼が怪異に連れ去られたと言っているのだが、両親は信じてくれない。そのため自分で探すことにするのだが、頼れるのは変わった新聞部の部長、甲斐枝 宗だけだった。彼はいつも大きな顔の何かを憑れていて……。訳あり新聞部の残念なイケメン部長が笑えるくらい陽気すぎて怪異が散る。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~

橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。 しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ! だけどレオは、なにかを隠しているようで……? そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。 魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説! 「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。

処理中です...