ドアトントン

富升針清

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二、遊んで、遊んで(4)

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 私たちは顔を見合わせた。玄関から聞こえた声は間違いなくハッチの声。
 いつもみたいに、明るくて、元気な声。何一ついつもと変わらない声。
「ねえ……っ」
 玄関の向こうにハッチが立っている。帰って来たんだっ。そう、私もゴローちゃんも思ったのに、ムツ君だけは違った。
 顔を真っ青にしながら、今すぐにでも玄関を開けに走るゴローちゃんの口を抑え、息を殺して何かを見下ろしていた。
 なんでハッチを迎えに行かないの?
 そう聞こうとした瞬間、ムツ君の視線の先にあるものが目に飛び込んでくる。
 それがわかった瞬間、私も叫びだしそうだった。
 自分で口を抑えないと、悲鳴を上げてしまいそう。
「だって、おかしいだろ……」
 ムツ君の絞り出したようなか細い声に、私は何度も頷くことしかできない。
 私たちの視線の先にはハッチの靴がある。
 いつも履いている、靴が。
 外でドアを叩いているはずのハッチの靴が。
 もし、ハッチが外にいるならハッチは裸足のまま外にいることになる。夜中に、もしくは朝方に、靴も履かずに外に出で、いつもとかわらない様子で帰って来た。
 おかしいよ。
 ハッチはそんなこと、絶対にしない。
 誰にも言わず夜中に出かけることも、靴も履かずに外に出ることも。
夏だって、いつでもどんなときでも誰よりも一番早く走りたいとサンダルなんて一度も履かなかったハッチが、外に出るのに靴を履き忘れるわけがない。
いや、それよりもおかしいのは、ドアを叩いているハッチの声がいつものハッチの声と変わらないこと。焦ってない、泣いてない、怒ってもいない。こんな時間まで外にいれたということは、裸足で家族や私たち友達にも合わないように走り回っていたんだよね? なんでいつもと変わらないの? 
ねぇ。なんで?
なんで?
なんで玄関の向こうから、いないはずのハッチの声がするの?
「おーい? 誰かいないのー? 私、鍵持ってないよー」
 ねぇ、おかしいよ。
「ねー。ゴロー、いないのー? 新しいおもちゃ買って来たんだ。早く一緒に遊ぼうよー」
 外にいるのは、誰なの?
「ちょっと! みんな、なにをしてるのっ!? ハッチが帰って来てるんだよっ!」
 私とムツ君が肩を寄せ合い、息を殺していると、ハッチの声に動かない私たちに対して怒ったナナが声をあげた。
 ナナは、気づいてないの? 外のハッチが偽物だということに。
「あ、誰かいるの? よかったー。ねぇ。ドアを開けて一緒に遊ぼうよっ」
「ハッチ! ごめんねっ。みんなが意地悪してるのよっ。今、私が開けるから待っててねっ!」
 ナナはすぐさま玄関の扉に手を伸ばす。きっと、困っているハッチを助けたい一心で。
「な、ナナっ! ダメっ!」
「ククっ!」
 私は一瞬、私の腕を掴んで止めようとするムツ君の手を払いのけて、ナナの手を掴もうと手を伸ばした。
 でも、私の手は間に合わなかった。
「ハッチ! おか……」
 なにも掴めなかった。
 音を立てて、玄関のドアが開く。
 ナナは外に立っていたハッチに手を伸ばした。
 はずだった。
「え?」
 でも、ドアの向こうに待っていたのは。
「き、きゃああああっ!」
 ナナの悲鳴の向こう側が、さっきまで昼間だった玄関の向こう側が、夜の様に黒くなっている。そこは、私たちが知っているドアの外じゃなかった。
そして、その向こうからおびただしい数の腕がナナの腕を、足を、体を、そして顔を掴む。その腕は子供の腕でも大人の腕でもない。
「た、助けて……っ!」
 ナナの手を掴もうと手を伸ばすが、届かない。
「な、ナナ……っ。だめっ! 連れていかないでっ!」
 人とは思えないほどの長い、長い腕に引きずられるようにナナはドアの向こうへ連れていかれた。
「ナナっ!」
「く、ククっ!」
 私の目の前で、玄関のドアが閉まる。
呆然としていた私を追い越して、ムツ君が急いでドアを開けても、そこにはナナも暗闇もなかった。
「……昼間に戻ってる」
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