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一歩の向こう側へ
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だって、先輩が知っているはずがないんだ。私のあの小説を読んでくれていたのは、モモちゃんだけだから。モモちゃんと私以外、あの小説の中身はクマと泉美すら知らないのに。
それに、私のことをアンズって。アンズって、先輩は呼んでくれた。絶対に先輩が私のもう一つの名前を知ってるはずなんてないのに。
「……うん」
小さな頷く声が、隣から聞こえてくる。
「やっぱり……」
先輩だったのか。
モモちゃんは、先輩だったのか……。
こんなに、近くにいたのに。ずっといたのに、私は……。
「ごめん」
私はその言葉の意味を噛み締めていると、先輩から急に謝罪の言葉が降ってくる。
「……え?」
「ごめん。本当は一生言うつもりなかったし、ずっと隠してるつもりだった。けど、立ち止まった伊鶴を見たら、俺も同じだってこと、言いたくなった。騙してる形になったけど、本当は騙すつもりなんてなくて、俺みたいな奴が女性向けの恋愛小説書いてるって周りにバレたくなくて、恥ずかしくて、女の子のフリしてた」
先輩が顔を下げる。
「最初は伊鶴がアンズなんて気付かなくて、ただ俺と同じで小説書いてるんだって、応援したくて。でも、アンズとして話してる時の内容と、伊鶴として話してくれてる内容がどんどん重なって言って、水族館に来た伊鶴の服装を見た時、あ、やっぱり伊鶴はアンズなんだって確信を持った」
「……そっか。私、モモちゃんに着ていく服の話、しましたもんね」
「うん。そこから、ずっと気付いてた。けど、言えなかった。狡いよな、ごめん」
先輩はずっと、全部知っていたんだ。
私の……。
「あ……、謝らないでくださいっ。別に、何とも思ってませんから」
「でもっ!」
「本当ですっ! 私、何とも思ってないのでっ」
先輩がモモちゃんだなんて……。そんな事……。
「……じゃあ、何で俺の方見ないの?」
「それは……っ」
「……ごめん。責めるつもりは、なくて……。そりゃ、気持ち悪いよな」
先輩はそっと立ち上がって歩き出す。
「こんな奴と、一緒にいるの嫌だよな。先に戻ってる」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 先輩っ!」
私は、立ち去ろうとする先輩の手を咄嗟に掴んだ。
信じられない。何でそんなに急なんだ!
何で!? 何でそうなるの!?
「ちょっと待ってくださいっ! 何勝手に、終わってるんですか! 私、今、すごく恥ずかしいのと、生のモモちゃんに会えて緊張してるんですからっ! ちょっとくらい待ってくださいよっ」
勝手に謝って、気持ち悪いとか言って、何なの!?
こっちは小説に先輩をモデルにしたキャラを出したのも読まれてるし、好きな人がいるとか言ったのも覚えてるし、それを全部先輩が知ってるってわかったら恥ずかしくないわけがないでしょっ。
そんな事を言ったら、私の方が謝らなきゃいけないし、気持ち悪いこと沢山してるじゃんっ!
それに、先輩がモモちゃんって……っ! あのモモちゃんだよ!?
「……ん? え? 生モモちゃん?」
「私、小学校四年生からずっとモモちゃんに憧れて来たんですよ!? ずっと、尊敬してたんですっ! モモちゃんに憧れて、小説だって投稿し始めたんですっ! それくらい、私にとっては大きな存在なんです! そんな人が急に目の前にいるとか、緊張するに決まってるじゃないですか!」
目がくるくるする。口調も早口で、自分でもちゃんと話せてるのかわかんないし、ドキドキも止まらない。憧れの人が目の前にいるのだ。緊張しない方が無理に決まっている。
いくら先輩がモモちゃんでも、モモちゃんは私にとってはとても大きな存在なのだ。いくら慣れ親しんだ先輩の綺麗な顔でも、これがモモちゃんかと思うとまるで有名人に会ってしまったような感覚に陥ってしまう。
仲良くしてくれてたし、私だって楽しく話していた。でも、それは文字の上で見慣れた今でこそ。いつも画面の向こうにいてくれた私の憧れの人が今ここにいる。画面越しじゃないモモちゃんだと思うと緊張して上手く顔さえ見えないに決まっているじゃないか。
何で、少し時間をくれないんだ。何で勝手に人の気持ちを推し決めるんだ。
私だって、私の都合ってものがあるに決まってるじゃんっ!
「え。だから、それ俺だけど……?」
「そうですけど、そういう問題じゃないんですっ! 先輩はモモちゃんなんですよ? ずっと、ずっと憧れてたんです。画面越しで、夢見てたんですっ! それがこんな形で叶って、突然すぎて戸惑うなって方が無理じゃないですか!」
「え、待って。ちょっと言ってる意味がわかんない。えーっと……、伊鶴は俺がモモって、理解してるんだよな?」
「はい。あ、振り返らないでくださいっ! モモちゃんの顔だと思うと恥ずかしいのでっ」
「えー……。モモとも普通に話してただろ?」
「それはネットの中の話でしょ? リアルは別です!」
「あー……。よく分かんないけど、顔見なかったのは、俺がモモで緊張してってことでいいの?」
「……はい。あと、先輩に小説読まれたのが、少し恥ずかしくて……。読まれると思ってなかったから、その、あの……会長を出したところとか、色々と勝手したのがバレたかと思うと、気まずいじゃないですか……」
私がバツの悪そうに顔を背ければ、先輩の背中からため息が聞こえてくる。
「それ、以外は?」
「それ、以外?」
他に何があると言うんだ。
「伊鶴は……、伊鶴は俺のこと気持ち悪くないの? 結果としては、俺は伊鶴のこと騙してたわけだし、その、男が、女の子のフリして恋愛小説書いてるとか……」
先輩の声が段々とまた小さくなっていく。
男の人が恋愛小説を書いている。確かに、同世代の女子たちから熱く支持されているくらいの少女漫画みたいな甘くキラキラした恋愛小説を男の人が書いてるなんて、想像もしなかった。
私だって、ずっとモモちゃんは女の子だと思っていたし、甘い恋愛小説を書くのは女の子ばかりだと思っていた。
先輩がモモちゃんだとわかった時には、頭が真っ白になって何も考えられないくらい驚いたけど……。けど、それだけだ。
そこに嫌悪も感じられなければ、騙されたとも思ってない。
「普通、気持ち悪いだろ。書いてるのも、女のフリしてたのも。普通に自分でも引くし、こんな奴、嫌だろ……?」
「気持ち悪いわけ、ないじゃないですかっ」
私は先輩の手を力強く握る。
そうしないと、先輩が離れていきそうで、いなくなってしまいそうで。
「そんな事、思うわけないっ。先輩でもモモちゃんでもっ! 私の小説応援してくれて、読んでくれて、いつでも支えてくれて、助けてくれて……。そんな素敵な人の事、私は嫌になんかならないっ!」
私だって、同じ小説を書いてる人間だ。
私だって、小説を書いてることで散々色々言われてきた。先輩にだって、先輩の事情ってものがあるだろう。
それがなにかなんて、私にはわからない。
先輩じゃ書けないなら、先輩がモモちゃんになれなければ書けないものなら、なればいいし私はそれを否定しない。
そして、誰にも否定されたくない!
先輩自身にも、否定してほしくない。
だって、私はモモちゃんの書く小説が何よりも大好きだから。
それに、私は……っ!
「私、先輩のこと好きですっ。大好きなんですっ! そんなことくらいで嫌いになる様な恋なんて、貴方にしてないっ! 勝手に私の気持ちを決めないでっ!」
先輩が私の手を振り解き、後ろを振り向く。
もう、私は顔を上げれない。
こんな所で叫ぶように、怒ったように言うつもりはなかったのに。静かに、柔らかな風が佇む教室の中、初めて会った場所で伝えたかった気持ちなのに。
全部台無しだ。
こんな、告白ダメに決まってるのに……。
「好きなんです……。どうしようもないくらい……」
気持ちが止まらない。止められない。
「本当に?」
いつもと違う先輩の声が私の耳に届く。
その言葉の意味が、私にはわからなかった。冗談だと言って欲しいのだろうか? そうだ。冗談にして、また日常に溶け出した方が楽かもしれない。幸せかもしれない。こんな所でフラれて泣くぐらいなら。けど、違うんですなんて嘘でも言いたくない。
だって、本当に好きなんだから。
私が先輩を好きな気持ちは本当なんだから。
「本当、です。私……、私、先輩の彼女になりたいんです……」
泣きそうな声を震わせながら、私は先輩に告げる。
これフラれても、後悔はない。今場所でも、こんなボロボロでも私は、私の気持ちを正直に先輩に伝えられたんだから。
そこに、何一つ嘘はないんだから。
その瞬間流れそうな涙を止めるかのように、ぎゅっと先輩の腕が私を包んだ。
「俺も、伊鶴が好き。すごく好き。一番好きっ」
「……え?」
先輩、今、私のこと好きって……?
嘘でしょ?
「先輩、今私のこと……」
「俺は伊鶴のこと誰よりも世界で一番可愛いと思ってるし、誰よりも魅力的な女の子だと思ってるくらい好きなんだよ。最初は、ただ懐いてくれてる可愛い後輩だと思って応援してた。けど、隣で伊鶴の話して一緒に放課後過ごしていくうちに段々と好きになってた。伊鶴の小説も好きだし、伊鶴が小説に真剣に向き合う姿も好きだ。どんな伊鶴でも、好き。好きだから、俺がモモってこと言えなくて、ずっと隠してた。俺はこんな狡くて汚い奴だけど……」
先輩が少し体を離して、私の顔を見る。
耳まで真っ赤にして、照れたように、困ったよう笑う先輩を見てしまえば、嘘だなんてもう思えなかった。
「それでもまだ、伊鶴が好きでいてくれるなら付き合ってくれませんか?」
私なんて、可愛くもなくて、何もなくて、先輩には釣り合わない。隣に立っても、あの平面水槽の前にいる自分の姿にしかならない。
けど。
そこから、先輩が手を引いてくれるなら。
あの日掴めなかった手が、先輩の服を掴む。
「私から告白したのに……」
また、色が滲み出す。全ての景色を滲ませるよに。
私が思い描いていた小説の中の綺麗な絵の具はどこにもないのに、それでもどんな色とよりも愛おしい。
「だから、俺は狡い嫌な奴なんだよ。それでも、伊鶴は好きでいてくれる?」
平面の水槽が背中から離れていく。ゆっくりでいて、そして急速に。
手を引かれて、水槽の向こう側に。
「好きに決まってるじゃないですかっ!」
平面水槽から一歩踏み出した先は何が待ってるかなんてわからない。
けど、今度こそ前を向いて歩きたい。
この掴んだこの手を離さずに。
おわり
それに、私のことをアンズって。アンズって、先輩は呼んでくれた。絶対に先輩が私のもう一つの名前を知ってるはずなんてないのに。
「……うん」
小さな頷く声が、隣から聞こえてくる。
「やっぱり……」
先輩だったのか。
モモちゃんは、先輩だったのか……。
こんなに、近くにいたのに。ずっといたのに、私は……。
「ごめん」
私はその言葉の意味を噛み締めていると、先輩から急に謝罪の言葉が降ってくる。
「……え?」
「ごめん。本当は一生言うつもりなかったし、ずっと隠してるつもりだった。けど、立ち止まった伊鶴を見たら、俺も同じだってこと、言いたくなった。騙してる形になったけど、本当は騙すつもりなんてなくて、俺みたいな奴が女性向けの恋愛小説書いてるって周りにバレたくなくて、恥ずかしくて、女の子のフリしてた」
先輩が顔を下げる。
「最初は伊鶴がアンズなんて気付かなくて、ただ俺と同じで小説書いてるんだって、応援したくて。でも、アンズとして話してる時の内容と、伊鶴として話してくれてる内容がどんどん重なって言って、水族館に来た伊鶴の服装を見た時、あ、やっぱり伊鶴はアンズなんだって確信を持った」
「……そっか。私、モモちゃんに着ていく服の話、しましたもんね」
「うん。そこから、ずっと気付いてた。けど、言えなかった。狡いよな、ごめん」
先輩はずっと、全部知っていたんだ。
私の……。
「あ……、謝らないでくださいっ。別に、何とも思ってませんから」
「でもっ!」
「本当ですっ! 私、何とも思ってないのでっ」
先輩がモモちゃんだなんて……。そんな事……。
「……じゃあ、何で俺の方見ないの?」
「それは……っ」
「……ごめん。責めるつもりは、なくて……。そりゃ、気持ち悪いよな」
先輩はそっと立ち上がって歩き出す。
「こんな奴と、一緒にいるの嫌だよな。先に戻ってる」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 先輩っ!」
私は、立ち去ろうとする先輩の手を咄嗟に掴んだ。
信じられない。何でそんなに急なんだ!
何で!? 何でそうなるの!?
「ちょっと待ってくださいっ! 何勝手に、終わってるんですか! 私、今、すごく恥ずかしいのと、生のモモちゃんに会えて緊張してるんですからっ! ちょっとくらい待ってくださいよっ」
勝手に謝って、気持ち悪いとか言って、何なの!?
こっちは小説に先輩をモデルにしたキャラを出したのも読まれてるし、好きな人がいるとか言ったのも覚えてるし、それを全部先輩が知ってるってわかったら恥ずかしくないわけがないでしょっ。
そんな事を言ったら、私の方が謝らなきゃいけないし、気持ち悪いこと沢山してるじゃんっ!
それに、先輩がモモちゃんって……っ! あのモモちゃんだよ!?
「……ん? え? 生モモちゃん?」
「私、小学校四年生からずっとモモちゃんに憧れて来たんですよ!? ずっと、尊敬してたんですっ! モモちゃんに憧れて、小説だって投稿し始めたんですっ! それくらい、私にとっては大きな存在なんです! そんな人が急に目の前にいるとか、緊張するに決まってるじゃないですか!」
目がくるくるする。口調も早口で、自分でもちゃんと話せてるのかわかんないし、ドキドキも止まらない。憧れの人が目の前にいるのだ。緊張しない方が無理に決まっている。
いくら先輩がモモちゃんでも、モモちゃんは私にとってはとても大きな存在なのだ。いくら慣れ親しんだ先輩の綺麗な顔でも、これがモモちゃんかと思うとまるで有名人に会ってしまったような感覚に陥ってしまう。
仲良くしてくれてたし、私だって楽しく話していた。でも、それは文字の上で見慣れた今でこそ。いつも画面の向こうにいてくれた私の憧れの人が今ここにいる。画面越しじゃないモモちゃんだと思うと緊張して上手く顔さえ見えないに決まっているじゃないか。
何で、少し時間をくれないんだ。何で勝手に人の気持ちを推し決めるんだ。
私だって、私の都合ってものがあるに決まってるじゃんっ!
「え。だから、それ俺だけど……?」
「そうですけど、そういう問題じゃないんですっ! 先輩はモモちゃんなんですよ? ずっと、ずっと憧れてたんです。画面越しで、夢見てたんですっ! それがこんな形で叶って、突然すぎて戸惑うなって方が無理じゃないですか!」
「え、待って。ちょっと言ってる意味がわかんない。えーっと……、伊鶴は俺がモモって、理解してるんだよな?」
「はい。あ、振り返らないでくださいっ! モモちゃんの顔だと思うと恥ずかしいのでっ」
「えー……。モモとも普通に話してただろ?」
「それはネットの中の話でしょ? リアルは別です!」
「あー……。よく分かんないけど、顔見なかったのは、俺がモモで緊張してってことでいいの?」
「……はい。あと、先輩に小説読まれたのが、少し恥ずかしくて……。読まれると思ってなかったから、その、あの……会長を出したところとか、色々と勝手したのがバレたかと思うと、気まずいじゃないですか……」
私がバツの悪そうに顔を背ければ、先輩の背中からため息が聞こえてくる。
「それ、以外は?」
「それ、以外?」
他に何があると言うんだ。
「伊鶴は……、伊鶴は俺のこと気持ち悪くないの? 結果としては、俺は伊鶴のこと騙してたわけだし、その、男が、女の子のフリして恋愛小説書いてるとか……」
先輩の声が段々とまた小さくなっていく。
男の人が恋愛小説を書いている。確かに、同世代の女子たちから熱く支持されているくらいの少女漫画みたいな甘くキラキラした恋愛小説を男の人が書いてるなんて、想像もしなかった。
私だって、ずっとモモちゃんは女の子だと思っていたし、甘い恋愛小説を書くのは女の子ばかりだと思っていた。
先輩がモモちゃんだとわかった時には、頭が真っ白になって何も考えられないくらい驚いたけど……。けど、それだけだ。
そこに嫌悪も感じられなければ、騙されたとも思ってない。
「普通、気持ち悪いだろ。書いてるのも、女のフリしてたのも。普通に自分でも引くし、こんな奴、嫌だろ……?」
「気持ち悪いわけ、ないじゃないですかっ」
私は先輩の手を力強く握る。
そうしないと、先輩が離れていきそうで、いなくなってしまいそうで。
「そんな事、思うわけないっ。先輩でもモモちゃんでもっ! 私の小説応援してくれて、読んでくれて、いつでも支えてくれて、助けてくれて……。そんな素敵な人の事、私は嫌になんかならないっ!」
私だって、同じ小説を書いてる人間だ。
私だって、小説を書いてることで散々色々言われてきた。先輩にだって、先輩の事情ってものがあるだろう。
それがなにかなんて、私にはわからない。
先輩じゃ書けないなら、先輩がモモちゃんになれなければ書けないものなら、なればいいし私はそれを否定しない。
そして、誰にも否定されたくない!
先輩自身にも、否定してほしくない。
だって、私はモモちゃんの書く小説が何よりも大好きだから。
それに、私は……っ!
「私、先輩のこと好きですっ。大好きなんですっ! そんなことくらいで嫌いになる様な恋なんて、貴方にしてないっ! 勝手に私の気持ちを決めないでっ!」
先輩が私の手を振り解き、後ろを振り向く。
もう、私は顔を上げれない。
こんな所で叫ぶように、怒ったように言うつもりはなかったのに。静かに、柔らかな風が佇む教室の中、初めて会った場所で伝えたかった気持ちなのに。
全部台無しだ。
こんな、告白ダメに決まってるのに……。
「好きなんです……。どうしようもないくらい……」
気持ちが止まらない。止められない。
「本当に?」
いつもと違う先輩の声が私の耳に届く。
その言葉の意味が、私にはわからなかった。冗談だと言って欲しいのだろうか? そうだ。冗談にして、また日常に溶け出した方が楽かもしれない。幸せかもしれない。こんな所でフラれて泣くぐらいなら。けど、違うんですなんて嘘でも言いたくない。
だって、本当に好きなんだから。
私が先輩を好きな気持ちは本当なんだから。
「本当、です。私……、私、先輩の彼女になりたいんです……」
泣きそうな声を震わせながら、私は先輩に告げる。
これフラれても、後悔はない。今場所でも、こんなボロボロでも私は、私の気持ちを正直に先輩に伝えられたんだから。
そこに、何一つ嘘はないんだから。
その瞬間流れそうな涙を止めるかのように、ぎゅっと先輩の腕が私を包んだ。
「俺も、伊鶴が好き。すごく好き。一番好きっ」
「……え?」
先輩、今、私のこと好きって……?
嘘でしょ?
「先輩、今私のこと……」
「俺は伊鶴のこと誰よりも世界で一番可愛いと思ってるし、誰よりも魅力的な女の子だと思ってるくらい好きなんだよ。最初は、ただ懐いてくれてる可愛い後輩だと思って応援してた。けど、隣で伊鶴の話して一緒に放課後過ごしていくうちに段々と好きになってた。伊鶴の小説も好きだし、伊鶴が小説に真剣に向き合う姿も好きだ。どんな伊鶴でも、好き。好きだから、俺がモモってこと言えなくて、ずっと隠してた。俺はこんな狡くて汚い奴だけど……」
先輩が少し体を離して、私の顔を見る。
耳まで真っ赤にして、照れたように、困ったよう笑う先輩を見てしまえば、嘘だなんてもう思えなかった。
「それでもまだ、伊鶴が好きでいてくれるなら付き合ってくれませんか?」
私なんて、可愛くもなくて、何もなくて、先輩には釣り合わない。隣に立っても、あの平面水槽の前にいる自分の姿にしかならない。
けど。
そこから、先輩が手を引いてくれるなら。
あの日掴めなかった手が、先輩の服を掴む。
「私から告白したのに……」
また、色が滲み出す。全ての景色を滲ませるよに。
私が思い描いていた小説の中の綺麗な絵の具はどこにもないのに、それでもどんな色とよりも愛おしい。
「だから、俺は狡い嫌な奴なんだよ。それでも、伊鶴は好きでいてくれる?」
平面の水槽が背中から離れていく。ゆっくりでいて、そして急速に。
手を引かれて、水槽の向こう側に。
「好きに決まってるじゃないですかっ!」
平面水槽から一歩踏み出した先は何が待ってるかなんてわからない。
けど、今度こそ前を向いて歩きたい。
この掴んだこの手を離さずに。
おわり
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