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はまらないパズルのピース
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相馬先輩に、彼女ができた。
いつも一緒にいたのに、気付かなかった。
そんな素振り、何もなかったのに。
突き落とされた真っ暗な闇は、上にすら、堕ちた穴さえ光ってくれない。だから、手が届くかもしれないと差し伸ばすことすら出来ない。
奈落の底は、いつも現実。一人っきりの私しかいない。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「伊鶴、大丈夫?」
あの後、どうやって教室へ戻ってきて、どうやってお弁当を取り出して食べはじめたのか覚えていない。
はっと気づいたのは、お弁当を眺める私に心配して声をかけてくれた泉美の声だった。
「ちょっと顔色悪くない?」
クマが心配そうに私を覗き込む。
「あ、うん。大丈夫」
なんて言っていいか、わからなかった。背中を押してくれた二人に、なんと言っていいか。私にはわからない。
取って付けたかのような情けない声が、余計に二人を心配そうにさせてしまう。
「音楽室往復したから疲れたのかも」
「本当?」
「うん、本当だよ」
困ったような笑い方しかできない。
陸で生きている人間だというのに、まるで陸に上がった魚ように呼吸さえままならない。
酸欠な頭がそっと私に教えてくれる。このは本当に陸なのか? と。ああ、そうか。私は今、あのパネルの中にいるのか。
平面水槽の中、一人で。
私一人で、取り残されてしまったのか。
「気分悪いなら、保健室行く?」
「ついてこうか?」
「うんん。そこまでじゃないよ。大丈夫だって。」
病気なわけがない。具合が悪いわけがない。怪我をしている、わけでもない。
「二人とも、心配しすぎだよ」
心が少し、痛いだけだ。
「そう? 午後の授業も無理せずにね?」
「水分取りなよ。私の飲みかけのジュースあげようか?」
「こら、クマちゃん。またストロー噛んでる。人にあげるものじゃなくない?」
「泉美はうるさいなー。癖なんだよね」
話題の波が引いたのを幸に、私はお弁当の蓋を閉めた。食欲はない。何を食べても今は味気ない。まるで自分の中の何かがなくなったように。
午後の授業は散々だった。と、言う程何かがあったわけじゃない。ただ、たびたびノートを取る手が止まって、書ききれない所が出てきた。
穴あきクイズのようなノートを見て、諦めたように私はそれを閉じる。今度、泉美にノートを見せてもらおう。クマは私のノートよりもクイズが難問であるはずだ。今日は何もしたくない。
図書館に行く気力すらなく、下校の用意をする。いつもなら、生徒会室へ向かう足は真っ直ぐに昇降口へ突き進んでいた。
今は何も考えたくない。
何も、思い出したくない。
楽しかったことも、恥ずかしかったことも、全部。
思い出したら溢れてしまって、掬い戻せず、涙として消えて行ってしまそうで。
泣くなら、家がいい。自分の部屋の、ベッドの片隅がいい。ここでは、泣けない。
逃げ出すように階段を降りようとした時、今だけは聞きたくない声が聞こえた。
「おい」
振り返りたくない。何も見たくない、聞きたくない。
気持ちが無理だと悲鳴をあげる。今だけは、見ないふりをしておけ、と。
けど、けど。
体が止まらない。全身が、止まらない。
もし、私のことを呼んでくれているのなら。そんな都合のいい夢を、願いにして。
私が振り返れば、そこに相馬先輩がいた。けど、いつもと違う。私が知らない、相馬先輩がいた。
相馬先輩に私は映っていない。代わりに、映っていたのは……。
ああ、気持ちの言うことが、正しかったのか。
「だから、先に帰ってろって」
「家迄来るって、約束したじゃんっ!」
「今からやる事あんの。遅くなるから、先帰れよ」
「絶対ヤダっ! 絶対一緒にいるっ!」
「邪魔だからっ。お前が俺の家で待ってればいいだろ。はい、解決。はい、解散っ! 先に帰れってっ」
「そう言って、この前の土曜日帰ってこなかったじゃん!」
「……あー。そんな事もあったネ!」
「ふざけんなっ! 烏丸に話聞いてるんだぞ! こっちは!」
仲睦まじい、二人。
先輩と、私の知らない可愛い女の子。
私とは違う。小さくて、可愛くて、表情がコロコロ変わって、簡単に先輩の腕を掴んでる。
無意識に、比べる。
握り返せなかった、手と。
あの写真の私と、彼女を。
雲泥と人は例えるかもしれない。でも、私の中ではそんな些細な差なんかでは到底表せなかった。
ピタリとジグソーパズルのピースが嵌まる。
カチリと心地よい音を立てて。
無理矢理ねじ込もうとしたピースは、同じ色したピースの山の中だ。
「うわ、佐藤だ」
「また会長に絡んでる」
「うざー。雄馬会長、可哀想」
「ねー。うちらだって我慢してるのに、佐藤だけずるいし」
「だよね。でも、佐藤顔だけはいいじゃん。性格最悪だけど」
「本当、顔だけだけど。私もアレぐらいの顔ならなー」
「はは、無理無理。顔で得してるのずるいよね」
「会長も佐藤の顔だから許してる感ある」
「この前、会長に佐藤が頭撫でてもらってたの見た」
「うっわ。顔の勝利じゃん」
「本当それ」
私の横を、二人を見かけた知らないクラスの女の子達が通り過ぎる。
ああ、彼女が佐藤さんか。
そうか。
あれが、先輩の彼女なんだ。
「いい加減、離れてくんない? 重いんだけど」
「重くないしっ! 私の体重なんて羽根だわっ!」
「何トン分の羽根むしってきたんだよ」
「一枚に決まってんでしょ!」
軽口を叩く二人。
隣にいても違和感が湧かない。
お似合いって、こういうことを言うんだな。
私とはまったく違う、可愛い女の子を見ながら私は小さく口を開いた。
「ペンギン、いなくなっちゃったかな……」
ポロリと、思い出が溢れ溶けて消える。
涙は出ない。
無理矢理捩じ込もうとした合わないピースに、泣く資格はないな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
彼女がいるなんて、知らなかった。
見知らぬ先輩達は今日から付き合っていると言っていたが、とてもじゃないがそんな風には見えない。私が見た二人は随分と前から親しそうだっだ。
言ってくれれば、よかったのに。
勘違いなんて、しなかったのに。
泣くはずだった自宅のベッドの上で、涙なんて出ずにゴロリと体を動かす。
不思議と、悲しくても涙は出なかった。
それほど、あの二人の姿がお似合いだと思ったからだろう。あの二人を見て納得してしまえば、お門違いな涙が潮のように引いていく。
なんで言ってくれなかったんだろう。
言ってくれれば、よかったのに。
でも、先輩は優しいから言えなかったのか。
自分の行動を振り返ると、空気の読めない自分の空回りにため息が出る。
自分らしからぬ積極性を持ってしまっていた。必ず、放課後は先輩と一緒にいた。そんな必死で滑稽な姿を見て、優しい先輩は私を追い払うことなんて出来なかったはずだ。
厚かましくも、恩を返すとのたまって。厚顔無恥が文字通り厚かましく隣に居座る。嫌だったかも。困っていたかも。
そんな事も知らずに、私は一人胸を躍らせていたわけだ。
「……嫌な奴」
客観的な自分への評価。呆れてものが言えない。
ああ、きっと、先輩にも私の姿は可哀想だと写っていたかもしれないな。
可哀想な私に真実なんて、あの優しい人は言えないかもしれない。
きっと、佐藤さんを見る前なら憐れみでもいいと、ヒロイン気質な事を考えたかもしれない。それでも、一緒にいれるのが私の幸せなんだ。そんな盲目をしていたかもしれない。
でも、今は違う。パズルのピースがはまった瞬間を見てしまった今は違う。
はまれなかったピースが見るには、過ぎたる夢だ思い知らされた。
「小説、書こっかな……」
私は彼に相応しくなかった。それだけが真実だった。
それに、今は酷く納得している自分がいる。
『小説書いてるー?』
机に向かい、キーボードを叩いているとモモちゃんから声をかけられる。
不思議なものだ。気付けば、画面に随分と文字を貯めていた。フラれたその日に恋が始まる物語を人は書けるものなんだな。
もっと何もできない、無気力になると思っていたのに。
『書いてるよ』
私は小説を書く手を止めて、モモちゃんに返事を返す。
『私も今から書くんだ。話しながら書こうよ』
『いいよ』
話すと言っても、画面の中の文字での話だが。
モモちゃんのパソコンは通話がどうしても出来ないらしい。最初は文章を書きながら文字で話すのは難しいと通話を提案したのだが、それを理由に断られてしまった。モモちゃんも私もパソコンにはそう詳しくもないので、そうなんだと他の代案もなく現状の方法に落ち着いている。
最初はぎこちなかったが、慣れればなんて事はない。
『この前出たヨシさんの最新話読んだ?』
『読んだ。ランキングも上がってたね』
『ね、ヨシさん強い。最近、ヒヨリちゃん見ないね』
『ヒヨリさん、今年受験で投稿控えるとか言ってたよ』
『わっ。そうなんだ。それは大変だ』
世間話が飛び交う中で、ふと自分たちが書いている恋愛の話になった。
『今書いてる二人、喧嘩っプルなんだけどさ。なんかバリエーションがなくて最近の喧嘩しっくりこないんだよね』
『ふーん? 喧嘩っプルて喧嘩してるカップルってこと?』
『そうそう。お互い照れ隠しとかで喧嘩しちゃうカップル』
そんな恋人同士がいるのか。
別れた方がいいのでは? そんな無責任な感想が。聞きなれない単語から思わず出る。
『喧嘩の理由って結構種類ないよね』
『ねっ。怒らないといけないわけだし。書いてて困る』
『モモちゃんはどんな時怒るの?』
『えー? 私? そうだなぁ……』
モモちゃんは少し間を空けて、答えを教えてくれた。
『浮気されたら、怒るかな。ちょっと許せないよね』
まあ、そりゃ。浮気は私も嫌かな。
でも……。
『じゃあ、彼女いると人と遊びに行く子、どう思う?』
知らなかったにしろ、私がしたことはそういうことだ。
本当は、チケットを渡すだけだったのが変に私が食いついてしまって言い出せずにずるずるとついてきてしまったのかもしれないし。
そもそも、ただ揶揄っていただけの可能性もある。それを本気に取った私がいけないのだ。
『え、最低じゃん』
ストレートな言葉に、反省よりも自己嫌悪が湧き上がる。
『そうだよね』
最低、だよね。
本当に。
『最低だと、私も思うよ』
もう二度と、先輩には会わない。
そう心に、私は誓う。
いつも一緒にいたのに、気付かなかった。
そんな素振り、何もなかったのに。
突き落とされた真っ暗な闇は、上にすら、堕ちた穴さえ光ってくれない。だから、手が届くかもしれないと差し伸ばすことすら出来ない。
奈落の底は、いつも現実。一人っきりの私しかいない。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「伊鶴、大丈夫?」
あの後、どうやって教室へ戻ってきて、どうやってお弁当を取り出して食べはじめたのか覚えていない。
はっと気づいたのは、お弁当を眺める私に心配して声をかけてくれた泉美の声だった。
「ちょっと顔色悪くない?」
クマが心配そうに私を覗き込む。
「あ、うん。大丈夫」
なんて言っていいか、わからなかった。背中を押してくれた二人に、なんと言っていいか。私にはわからない。
取って付けたかのような情けない声が、余計に二人を心配そうにさせてしまう。
「音楽室往復したから疲れたのかも」
「本当?」
「うん、本当だよ」
困ったような笑い方しかできない。
陸で生きている人間だというのに、まるで陸に上がった魚ように呼吸さえままならない。
酸欠な頭がそっと私に教えてくれる。このは本当に陸なのか? と。ああ、そうか。私は今、あのパネルの中にいるのか。
平面水槽の中、一人で。
私一人で、取り残されてしまったのか。
「気分悪いなら、保健室行く?」
「ついてこうか?」
「うんん。そこまでじゃないよ。大丈夫だって。」
病気なわけがない。具合が悪いわけがない。怪我をしている、わけでもない。
「二人とも、心配しすぎだよ」
心が少し、痛いだけだ。
「そう? 午後の授業も無理せずにね?」
「水分取りなよ。私の飲みかけのジュースあげようか?」
「こら、クマちゃん。またストロー噛んでる。人にあげるものじゃなくない?」
「泉美はうるさいなー。癖なんだよね」
話題の波が引いたのを幸に、私はお弁当の蓋を閉めた。食欲はない。何を食べても今は味気ない。まるで自分の中の何かがなくなったように。
午後の授業は散々だった。と、言う程何かがあったわけじゃない。ただ、たびたびノートを取る手が止まって、書ききれない所が出てきた。
穴あきクイズのようなノートを見て、諦めたように私はそれを閉じる。今度、泉美にノートを見せてもらおう。クマは私のノートよりもクイズが難問であるはずだ。今日は何もしたくない。
図書館に行く気力すらなく、下校の用意をする。いつもなら、生徒会室へ向かう足は真っ直ぐに昇降口へ突き進んでいた。
今は何も考えたくない。
何も、思い出したくない。
楽しかったことも、恥ずかしかったことも、全部。
思い出したら溢れてしまって、掬い戻せず、涙として消えて行ってしまそうで。
泣くなら、家がいい。自分の部屋の、ベッドの片隅がいい。ここでは、泣けない。
逃げ出すように階段を降りようとした時、今だけは聞きたくない声が聞こえた。
「おい」
振り返りたくない。何も見たくない、聞きたくない。
気持ちが無理だと悲鳴をあげる。今だけは、見ないふりをしておけ、と。
けど、けど。
体が止まらない。全身が、止まらない。
もし、私のことを呼んでくれているのなら。そんな都合のいい夢を、願いにして。
私が振り返れば、そこに相馬先輩がいた。けど、いつもと違う。私が知らない、相馬先輩がいた。
相馬先輩に私は映っていない。代わりに、映っていたのは……。
ああ、気持ちの言うことが、正しかったのか。
「だから、先に帰ってろって」
「家迄来るって、約束したじゃんっ!」
「今からやる事あんの。遅くなるから、先帰れよ」
「絶対ヤダっ! 絶対一緒にいるっ!」
「邪魔だからっ。お前が俺の家で待ってればいいだろ。はい、解決。はい、解散っ! 先に帰れってっ」
「そう言って、この前の土曜日帰ってこなかったじゃん!」
「……あー。そんな事もあったネ!」
「ふざけんなっ! 烏丸に話聞いてるんだぞ! こっちは!」
仲睦まじい、二人。
先輩と、私の知らない可愛い女の子。
私とは違う。小さくて、可愛くて、表情がコロコロ変わって、簡単に先輩の腕を掴んでる。
無意識に、比べる。
握り返せなかった、手と。
あの写真の私と、彼女を。
雲泥と人は例えるかもしれない。でも、私の中ではそんな些細な差なんかでは到底表せなかった。
ピタリとジグソーパズルのピースが嵌まる。
カチリと心地よい音を立てて。
無理矢理ねじ込もうとしたピースは、同じ色したピースの山の中だ。
「うわ、佐藤だ」
「また会長に絡んでる」
「うざー。雄馬会長、可哀想」
「ねー。うちらだって我慢してるのに、佐藤だけずるいし」
「だよね。でも、佐藤顔だけはいいじゃん。性格最悪だけど」
「本当、顔だけだけど。私もアレぐらいの顔ならなー」
「はは、無理無理。顔で得してるのずるいよね」
「会長も佐藤の顔だから許してる感ある」
「この前、会長に佐藤が頭撫でてもらってたの見た」
「うっわ。顔の勝利じゃん」
「本当それ」
私の横を、二人を見かけた知らないクラスの女の子達が通り過ぎる。
ああ、彼女が佐藤さんか。
そうか。
あれが、先輩の彼女なんだ。
「いい加減、離れてくんない? 重いんだけど」
「重くないしっ! 私の体重なんて羽根だわっ!」
「何トン分の羽根むしってきたんだよ」
「一枚に決まってんでしょ!」
軽口を叩く二人。
隣にいても違和感が湧かない。
お似合いって、こういうことを言うんだな。
私とはまったく違う、可愛い女の子を見ながら私は小さく口を開いた。
「ペンギン、いなくなっちゃったかな……」
ポロリと、思い出が溢れ溶けて消える。
涙は出ない。
無理矢理捩じ込もうとした合わないピースに、泣く資格はないな。
✳︎ ✳︎ ✳︎
彼女がいるなんて、知らなかった。
見知らぬ先輩達は今日から付き合っていると言っていたが、とてもじゃないがそんな風には見えない。私が見た二人は随分と前から親しそうだっだ。
言ってくれれば、よかったのに。
勘違いなんて、しなかったのに。
泣くはずだった自宅のベッドの上で、涙なんて出ずにゴロリと体を動かす。
不思議と、悲しくても涙は出なかった。
それほど、あの二人の姿がお似合いだと思ったからだろう。あの二人を見て納得してしまえば、お門違いな涙が潮のように引いていく。
なんで言ってくれなかったんだろう。
言ってくれれば、よかったのに。
でも、先輩は優しいから言えなかったのか。
自分の行動を振り返ると、空気の読めない自分の空回りにため息が出る。
自分らしからぬ積極性を持ってしまっていた。必ず、放課後は先輩と一緒にいた。そんな必死で滑稽な姿を見て、優しい先輩は私を追い払うことなんて出来なかったはずだ。
厚かましくも、恩を返すとのたまって。厚顔無恥が文字通り厚かましく隣に居座る。嫌だったかも。困っていたかも。
そんな事も知らずに、私は一人胸を躍らせていたわけだ。
「……嫌な奴」
客観的な自分への評価。呆れてものが言えない。
ああ、きっと、先輩にも私の姿は可哀想だと写っていたかもしれないな。
可哀想な私に真実なんて、あの優しい人は言えないかもしれない。
きっと、佐藤さんを見る前なら憐れみでもいいと、ヒロイン気質な事を考えたかもしれない。それでも、一緒にいれるのが私の幸せなんだ。そんな盲目をしていたかもしれない。
でも、今は違う。パズルのピースがはまった瞬間を見てしまった今は違う。
はまれなかったピースが見るには、過ぎたる夢だ思い知らされた。
「小説、書こっかな……」
私は彼に相応しくなかった。それだけが真実だった。
それに、今は酷く納得している自分がいる。
『小説書いてるー?』
机に向かい、キーボードを叩いているとモモちゃんから声をかけられる。
不思議なものだ。気付けば、画面に随分と文字を貯めていた。フラれたその日に恋が始まる物語を人は書けるものなんだな。
もっと何もできない、無気力になると思っていたのに。
『書いてるよ』
私は小説を書く手を止めて、モモちゃんに返事を返す。
『私も今から書くんだ。話しながら書こうよ』
『いいよ』
話すと言っても、画面の中の文字での話だが。
モモちゃんのパソコンは通話がどうしても出来ないらしい。最初は文章を書きながら文字で話すのは難しいと通話を提案したのだが、それを理由に断られてしまった。モモちゃんも私もパソコンにはそう詳しくもないので、そうなんだと他の代案もなく現状の方法に落ち着いている。
最初はぎこちなかったが、慣れればなんて事はない。
『この前出たヨシさんの最新話読んだ?』
『読んだ。ランキングも上がってたね』
『ね、ヨシさん強い。最近、ヒヨリちゃん見ないね』
『ヒヨリさん、今年受験で投稿控えるとか言ってたよ』
『わっ。そうなんだ。それは大変だ』
世間話が飛び交う中で、ふと自分たちが書いている恋愛の話になった。
『今書いてる二人、喧嘩っプルなんだけどさ。なんかバリエーションがなくて最近の喧嘩しっくりこないんだよね』
『ふーん? 喧嘩っプルて喧嘩してるカップルってこと?』
『そうそう。お互い照れ隠しとかで喧嘩しちゃうカップル』
そんな恋人同士がいるのか。
別れた方がいいのでは? そんな無責任な感想が。聞きなれない単語から思わず出る。
『喧嘩の理由って結構種類ないよね』
『ねっ。怒らないといけないわけだし。書いてて困る』
『モモちゃんはどんな時怒るの?』
『えー? 私? そうだなぁ……』
モモちゃんは少し間を空けて、答えを教えてくれた。
『浮気されたら、怒るかな。ちょっと許せないよね』
まあ、そりゃ。浮気は私も嫌かな。
でも……。
『じゃあ、彼女いると人と遊びに行く子、どう思う?』
知らなかったにしろ、私がしたことはそういうことだ。
本当は、チケットを渡すだけだったのが変に私が食いついてしまって言い出せずにずるずるとついてきてしまったのかもしれないし。
そもそも、ただ揶揄っていただけの可能性もある。それを本気に取った私がいけないのだ。
『え、最低じゃん』
ストレートな言葉に、反省よりも自己嫌悪が湧き上がる。
『そうだよね』
最低、だよね。
本当に。
『最低だと、私も思うよ』
もう二度と、先輩には会わない。
そう心に、私は誓う。
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