マモルとマトワ

富升針清

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四 守と魔永久と二人の話

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「何回聞いても思うけど、そんなあっさり帰ることある?」
 あくびを噛み殺しながらランニングの準備をしていると、今さっき妖怪退治代理から帰って来たばかりのネクロがいつもの文句をあげていた。
 魔永久が消えてもうすぐで一か月。季節が移り替わろうとしていた。
「結婚式には呼んでくれるんだって」
「はぁー、はい、嘘ぉー。絶対に呼んでくれませーん」
「お前、本当に嫌な奴だな……」
 魔永久が消えてまだ落ち込んでいるというのに、こいつは。
 けど、ネクロの言葉だってわかる気はする。女神との結婚に人間なんて呼べないよな。
「ネクロはいけんの?」
「僕は呼ばれないし、たかが烏天狗ごときが常世なんていけないよ」
「とこよ?」
「常に同じで変わりゆかない世界と書いて、常世。死者や神々がいる世界だね。ちなみに神様がいなくて守君みたいに弱っちくてダメな人間や僕とかの薄汚い妖怪がいるこの世界は現世って言うの」
「自虐的に言うなら自分の方をもっと下げろよ」
「まあ、僕心以外は汚くないしね。弱くもないし、ダメなところないから仕方がないでしょ?」
 なんていうか、ネクロってちょっと魔永久に似てるんだよな。
 強いやつってこんな風になっちゃうのかな。ちょっとだけ強くなるのが嫌になってくる。
 けどさ。
「ネクロは自分で調べろって言わないんだな」
「え? なにを?」
「魔永久はわかんない言葉は自分で調べろってよくオレに言ってた。よし、母さーんっ! 行ってくるーっ!」
「はーいっ!」
 玄関を開けた先の空気が、昨日よりも少し冷たい。
「調べろって言わないよ。だって僕、守君のことどうでもいいからね。君がその単語を学習して身につけたところで僕に得なくない?」
「……確かに」
 でも、それは魔永久だって一緒だったはずだ。
 いつまで一緒にいるかわからなかったのに。
 オレはそれが優しさだって、思ってる。
「それにしても、ランニングにまだついてくる気か?」
「一応ねぇ。君、危なっかしいし。君が怪我したらうるさい蛇もなんかいるし……」
「蛇乃目もお前もオレと魔永久を襲ってきたやつらなのにな」
 うち壊したの、お前だろ? 直したのもお前だけど。
「それに、帰ってこないとはおもうけど魔永久もね」
「魔永久は怒るかもな」
 だってあいつの体でもあるんだから。
「はは、守君まだ魔永久が帰って来るって期待してんの? おもしろいね」
「はあ? 自分だって期待してるくせに」
「君よりはマシだよ」
 そう言ってネクロはオレの言葉に鼻で笑う。なんて嫌な奴なんだ。もう無視だ。オレはネクロを無視していつもの道を走り出した。
 もうランニングをやる必要はないかもしれない。オレの体はオレだけのものになったし、なにも持ってないオレでは妖怪からみんなを守るどころか攻撃すらできないわけで、妖怪退治なんてまた夢の夢だと思う。だけど魔永久が言っていたこと、オレはやり続けようと思うんだ。
 いつか本当に、オレが大切な人を守れるまで。
 魔永久みたいに、まだ見もしない好きな人を守るために。
 それまで、オレは頑張ろうと思う。
 前を向いて、目をそらさず。
 愚直だと笑われても、謙虚に受け止めてながらでも、怒っても泣いてもいいし、思ったことは相手に伝えて話し合ってもいい。
 我慢はずっとは続かない。オレばっかりと思っても、オレばっかりじゃないことも多い。
 好き嫌いはしない方がいいし、自分の全力を知っておいた方がいい。
 約束でもルールでもなんでもない。
 けど、守ろうと思う。自分を、他人を守るために。
 魔永久が教えてくれたものを大切にしたいと思ったんだ。
 全力で、いつもの道を走る。関柴の家にある墓地を抜けて、魔永久が封印されていた場所についた。
 いつもと同じだけど、同じじゃない。
 いつもより早く走れた気がするし、いつもより楽だった気がする。
「いつもみたい日なんてない、か」
 きっと今日も。
 なにかが変わる日なのかもしれない
「あの」
「あ、はい」
 朝日を浴びながら背筋を伸ばしていると、後ろから声がした。
 女の人の声だ。こんな時間から墓参りなんてめず……。
「あ」
 振り返れば、顔が百合の花をした着物を着た妖怪だった。手にはご丁寧に人間もよく切れそうな鎌を持ってる。
 珍しすぎて、人間じゃない可能性の方が高いって、すっかり忘れてた。
「あの、あの、あの、阿ノ、顔貸シテクレマスカ?」
「いやだよっ! ネクロっ! ネクロ!」
 ランニングについて行くと言っていたネクロの姿はどこにもない。あいつ、途中で帰ったな? なんのためについてきてたんだよっ!
「顔借リテ良イデスカ」
「いいわけないだろっ!」
「顔狩リテ良イデスカ」
 百合の頭をした女がオレに目掛けて鎌を振り上げる。
 やばい、逃げなきゃっ!
 今のオレなら余裕で逃げられるはずだ。
 だけど……。
「キャアア!」
 悲鳴がする方を見れば、今度は本当にお墓参りに来たであろうお婆さんが百合頭を見て腰を抜かしていた。
 百合頭はお婆さんを見ると、オレではなくお婆さんに……。
「顔狩リテ良イデスカ」
 そう言って鎌を振り上げる。
 まずいっ!
 オレが逃げるとお婆さんがっ!

『その化け物を倒したい?』

 その時、オレの頭の中で声が響いた。
 聞いたことがある、低い大人の声。でも当たりを見渡しても、俺たち以外は誰もいない。
 聞き間違い?
『助けて欲しいんでしょ? その化け物から助かりたいんでしょ?』
 また声がする。でも、するだけだ。
 ここにはなにもない。誰もいない。
 けど……。オレはどこにいるか知っている。
『ボクなら助けてあげれるよ?』
 声はまだ頭の中でせわしなくささやいてくる。助けてくれる? 本当に?
『ただし、お前の命をボクに差し出したらだ。それでもいいなら、わかってるよね?』
 なんでどうしてどうやって。色々叫びたいけどさ。
 一番叫びたい言葉を、オレは張り上げる。
「勿論だよ、魔永久っ! オレの命、くれてやるよっ」
「その心意気、気に入ったっ!」
 オレの手のひらに重みが伝わる。目をむけば、俺の良く知る日本刀がそこにはあった。
「久々のマモルの体、さぼってないじゃん。えらいえらい」
 当たり前だろ。だってオレは信じてたんだから。
「さーて、久々にさくっと退治しちゃいますかね」
 そう言って、いつもみたいに魔永久は笑った。

 ■ ■ ■

「本当に魔永久なの?」
 言葉通り、そしていつも通りさくっと妖怪を倒してくれた魔永久をオレはまじまじと見る。本当に魔永久だよな? 偽物じゃないよな? まさか、ネクロの罠ってことも、ないよな……?
 ちなみにお婆さんにはオレを操ったまま魔永久が動画の撮影なんで大丈夫ですと謎の言葉を放ったら、こっちもやけにあっさりと納得して帰ってくれた。動画の撮影って、こんなことするのかよ。凄いな。
「こんなイケメン日本刀が他にいて?」
「だって、妖怪退治千匹達成したからいなくなるって……っ! あっ! まさか別れたのかっ!?」
 魔永久はいいやつだけど、ちょっとネクロに似てて嫌なところがあるからな……。
「お前、本当に失礼だな。誰も振られても別れてないし、まだ付き合ってもないって」
「え? 千匹倒したらそうなるんじゃないの? 約束は?」
 だってそういう話だっただろ? 女神様って約束守らないの? 神様なのに?
「まー、その話なんですけどね、うん。結論的に言うとオレの勘違いだった、的な?」
「勘違い?」
「実をいうと、まだ千匹なんて全然遠くて三百匹もいってなかった。今回呼び出されたのは、ペース遅いけど大丈夫って話でした……」
「は?」
 はぁ?
「そんな勘違いあるっ!? てか、違うって言われてどこ行ってたの!?」
「まあまあ恥ずかしいし、顔合わせずらいからちょっと逃げてた。こんなん普通に恥ずかしいに決まってんじゃんっ。日本刀だけど、感性はあるんだよっ! 普通に勘違いとか、間違えたりすると恥とか溢れ出すからっ!」
 なんだそれ。
 めちゃくちゃ強い魔人なのに。妖怪に沢山恨まれてるぐらい怖い、日本刀なのに。
 そんなのおもしろすぎるだろ。思わず声をあげてオレは笑った。その姿をとがめることも怒ることもなく、魔永久だって釣られて笑いだす始末。
「でさ、一通りボクのことを笑ったマモル君に相談なんだけど、さ」
「なに?」
「さっき命くれたけど、それってまだ有効だったりする?」
 一回目の命。あの時はよくわからず、優斗のためだけに差し出したっけ。でも、今は違う。
「そんなこと? 当たり前だろ」
 魔永久は忘れてるかもしれないけど、オレはずっと思っていたし言ってた。オレが強くなったら今度はオレか魔永久を……。
「言っただろ? 今度はオレが助けてあげるって」
 それがオレと『魔永久』の二回目の出会いだった。
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