マモルとマトワ

富升針清

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三 天狗と優斗とオレの話(5)

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「ネウロっ! こっちだっ!」
 オレは両手で包丁を持ち、全体重をかけてネウロめがけて包丁を突き立てる。
「マモルっ!?」
「蛇乃目は優斗を安全なところにっ! 早くっ」
「うっそ。自分が蛇乃目よりも強いつもりでいるのかい? そりゃ、君、それは傲慢を通り越してるね」
 しかし、オレの持っている包丁がネクロをとらえることはできなかった。
 簡単に、棒でふさがれてしまったからだ。
「最早愚かだよ」
 本当は魔永久みたいにかっこよくみんなを助けたいけど、そんなにうまくはいかないな。
 でもそれでいいんだよ
「間違えてるぞ、ネウロ。オレの自己紹介は愚かじゃなくて愚直だよ」
 馬鹿正直で、まっすぐで、融通が利かずに頭が固い。
 確かに頭固いんだよ。お陰でクイズも苦手だ。
 けど、一度やったことはずっと覚えてる。感覚も、感触も。
「そうか。なら愚直に死になよ。なにも守れないマモル君」
「マモルっ!」
 ネウロの炎がオレを包む。蛇乃目は間に合わない。
 けどいいんだ。
 このお札は、封印の石と同じ構造をしているって言ってた。
 なら、その封印を解く方法だって一緒のはず。
「オレの命を差し出すから、魔永久。助けてよっ!」
 命を差し出せるぐらい、強く強く魔永久を望むこと。
 他にも方法があったかもしれないし、時間をかければもっと自分が安全な場所から解決できたかもしれない。けど、この愚かで真っ直ぐな方法に、オレの口はひとりでに動き出す。手にはいつの間にかある日本刀を持って。
「まったく、仕方がないなぁ。マモル君は」
 と言いながら。
「もっと鍛えなきゃいけないね。こんなぬるーいコーンスープぐらいの火加減なんて、すぐ消えるって」
 日本刀を一振りするだけで、オレの体にまとわりついていた炎が消える。
「これが、魔永久……っ。おもしろいっ。その生きる伝説をぼ……っ」
 ネクロの周りに沢山の炎か……。
「うるさいよ、烏。家に帰る前にカーカー喚くな」
 でも、魔永久にはそんなもの関係ない。
 日本刀一本で、全てをなんでも切っていく。
「おや? ガス切れ? 残念だったね」
 そう言って、ネクロの首に刀を……。
「ちょ、ちょっと待ていっ!」
「は? あれ。蛇もいるじゃん。気付かなかった」
「お前は……、いや、今はいい。ちょっと待て。そいつを殺すな」
「なに? マモルの真似? 似てないんだけど」
「違うわ。周りを見て見ろ」
 勿論、見渡す限り炎と風と大蛇の攻撃でボロボロになった家の中だ。
「見たけど?」
「……その天狗の神通力を使って家の中をもとに戻させろって話をしているんだ。気の効かんやつだなっ!」
 えっ!
「そんなことできんの!? 魔永久、やっぱり倒しちゃだめだっ!」
「また命差し出しといて、勝手に自分の体取り返すんだからっ! どういう構造してんの!? 普通有り得ないんだけどっ」
「取り返さないと、魔永久止まらないだろ? それとも、魔永久今からこの惨状でごはん食べれないけど、それでもいいのか?」
 冷蔵庫だってコンロだって、ぐちゃぐちゃだ。
「魔永久、自分で直せるの?」
 母さんたちになんて言うんだよ。
「……烏天狗、頭と胴が繋がっていたいなら早く終わらせろよ」
「ひぃっ」
 なんとも現金な日本刀だ。

 ■ ■ ■

「おお。壊れる前と、まったく一緒じゃないか。天狗の神通力ってすごいんだなっ」
「褒められても嬉しくないよねぇ……」
 ネクロは、あのじゃらじゃらした棒、なんでも錫杖ってうらしいんだけど、今は本当にただの疲れたネクロを支えている杖でしかない。よほど疲れたのか、魔永久と戦っている時よりもゲッソリしているように見える。
 ちなみにだけど玄関から出れないという理由で、蛇乃目はネウロが床を直す前に自分であけた床の穴から帰って行った。
 本当、よくこの部屋に入ったな、あいつ。とても助かったけど。なんか次あった時はお礼がしたいな。でも、蛇にお礼ってなにがいいんだ……?
 あ、お礼で思い出した。
「……ネウロ、お茶でもだそうか? あ、ジュースでも飲む?」
 なんというか、ネウロが原因は原因なんだけどここまでボロボロになって家を直してくれた恩もあるので、これではいさよならはちょっと申し訳ない。
 えっとジュースはどこに……。
「ちょっと優斗、ちゃんとサイダー注いでよっ! 泡で全然ないじゃんっ!」
「うるさいっ! マモルの腕に住んでるんだからお前家賃払えよっ!」
 探していたジュースを挟んで、優斗と魔永久が喧嘩しているじゃないか。
「すまん。……お茶でいいか?」
「氷入れてくれればいいよ」
 注文が多いな。
 まあ、仕方がないか。直してもらったのはこっちだし。いや、でも、壊したのは向こうで……、ん? この場合氷を少なくしたりした方がいいのか?
「それにしても伝説の魔人がこんなんだなんて、ロマンがないね」
「魔永久のことか?」
 とりあえず、最初は入れておいて二杯目以降氷を減らしていこう。
「もっと怖い化け物かと思ってたのになぁ」
「あれだけボコボコにされていて、よくそんなことが言えるんだな」
「まあねぇ。怖さと強さはまた別の話だしね。ま、どちらがあったところで関係ないよ。怖さは前を向いてる限り乗り越えられるし、強さなんて時間をかければ自分次第でどこまでも手に入れられるからね。それに、魔永久に対しては完璧な封印を作って次は僕が勝つさ。君ごとかならず真っ二つにしてみせる」
「オレにそれを言うなよ」
 次は氷だけじゃなくお茶も少なくしよう。
「マモル、ごはんまだぁー?」
 向こうから魔永久の声が聞こえてきた。
「あ、今やるよ。」
「俺、オムライスいやだからねっ!」
「はいはい」
「僕はなんでもいいよ」
「お前も食べていくのかよっ!」
「食べていくも行かないも、僕ここに居座るつもりだからね? もう前金大分使ってるし、今回の魔永久討伐が失敗に終わったってバレたら色々な妖怪に命狙われちゃうかね、ほとぼりが冷めるまでは、ここにいるつもり」
「はぁ?」
 うそだろ?
「ま、魔永久よりは弱いけど烏天狗と言ったら上位妖怪の一つなんだしさ。絶対に役に立つよ」
「さっき倒そうとか言ってたくせに?」
「いつかはね。でも、今はあの二人の腹の虫を倒した方が良くない?」
 騒ぐ弟と日本刀を指差して、ネクロが笑った。
「はぁ……。そうだな、この話はあとにして、とりあえず……」
「ちょっと待って、待って。守君。僕さ、はぐれ天狗なんで一人暮らし長いの。料理めっちゃ得意なんだよね」
「え?」
「言ったでしょ? 役に立てるってさ」
 そう言って、ネウロはおもむろにうちの冷蔵庫を開け始め、テキパキと動き出す。
「妖怪退治で役に立つんじゃないんだ……」
 ちょっとだけ、おもしろいなって思ってしまった。

 ■ ■ ■

「魔永久、今日も妖怪退治にいくのか?」
 ネウロが作ったとてもうまく難しい名前のオムライスで腹がいっぱいになったオレは、風呂からあがって自分の部屋に戻ってきた。
 下は母さんと父さんが帰ってきて、魔永久もオレの部屋にいる。
 ネウロは自分のねぐらから最低限のものだけは持ってくると出て行って、未だ帰ってきてはいない。
「んー。どうしようねぇ」
 月夜を見上げている魔永久の返事はなんかどこか他人ごとっぽい。
「疲れたのか?」
 オレも疲れた。今日は色々ありすぎた。
 なのに、何事もなかったようないつもの生活がやってくる。
「……マモル」
「ん? どうした?」
「ボクね、ちょっとマモルとの生活楽しかったんだよね」
「え?」
 急に、どうたんだ? でも、嬉しい。こんな弱っちいやつと一緒にいて、魔永久は嫌じゃないだろうか心配だったんだ。だからとても嬉しい。けど、ちょっと照れてしまうじゃないか。
「マモルと過ごしている一日はどれも新鮮で、稽古つけてあげたことも、ごはん一緒に食べてサイダー飲んだのも、楽しかった。マモルのまっすぐなところ、好きだよ。あと、愚直なところもね。結構気に入ってたんだよね。今日の最後の愚直具合はどうかと思うけどさ」
「なんだよ。褒めてたと思ったら、最後悪口じゃん」
 ちょっと照れたて自分がバカみたいじゃないか。
「バカだねぇ。別れの前に悪口なんて言うわけないでしょ? 最後のは心配っていうか、もう少し自分を大切にしろってメッセージだよ」
「魔永久?」
 オレの聞き間違いか?
「今、別れって……」
「うん。今、迎えが来てくれてるんだよね。どうやらあの烏天狗を倒したことで千匹到達したみたい」
 魔永久の姿が、日本刀から少しずつ変わっていく。
 赤い目に、紫の髪に、鬼の様に長い爪に角。どこかのゲームでみた、エルフってやつみたいに綺麗な顔に尖った耳。
「魔永久、いっちゃうのっ!?」
「そうだね。そんな約束だし。そろそろって思ってたけど、ペースよかったからなぁ。早くなっちゃったか」
「そんな……っ」
 オレ、まだなにも強くなってないし……。
「ま、ボクがいなくなってもネクロに稽古つけてもらいなよ。マモル、筋がいいし凄腕の妖怪ハンターになれるんじゃない?」
 いやだ。魔永久がいい。
 オレたち、相棒だって言ったじゃないか。
 オレが魔永久で、魔永久がオレなんだろ?
 まだ、全然足りないよっ。
 けど……。
「そっか……、よかったな、魔永久」
 魔永久がどれほど待ちわびていたか知っている。どれぐらいその女神が好きだったか知っている。
 魔永久はきっと、女神と一緒にいたほうが幸せなんだってわかっているから。
 オレはなにも言わない。
 本当は、まだ一緒に魔永久といたいと言いたかった。まだ二人でやってないゲームもあるし、魔永久が楽しんでいた漫画の続きは来月出るんだ。それに、それに。オレはまだ、ずっと魔永久と一緒にいるつもりで今もいるのに……。
 だけど、そんなことを言っても魔永久を困らせるだけなのを知ってる。
 魔永久は優しいから。
 オレ、魔永久みたいになりたくて体を鍛え始めたんだ。魔永久みたいに。
だから。
「幸せになってくれよな」
 な、謙虚ってやつだろ?
 自分で言った癖に、魔永久はなにも気付かない。
「ありがとね。後半は完全にマモルのお陰だったし、絶対に結婚式には呼んでやるからな。楽しみに待っててよ」
 そう明るく笑って、魔永久はあっさりと消えて行った。
 人間になれるのかよ。だったらオレに取りつかなくてもいいじゃん、とか。
 色々なことは思ったけど、それよりも明日も魔永久と一緒にいると思っていた自分がただただかわいそうだった。
 そうだよな。魔永久が言っていただろ。
 いつもと同じなんてないって。
「魔永久……」
 手のひらを見て名前を呼んでも返事はない。
「絶対に、お前よりも強くなるんだからなっ!」
 今の瞬間から、変わるんだ。溢れ出した気持ちと一緒に。
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