マモルとマトワ

富升針清

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三 天狗と優斗とオレの話(4)

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「があぁぁっ!」
 腕に激しい電気が流れたような痛み。
「君の中に魔永久が溶けている状態で君を殺せば、魔永久も死ぬっ」
「ゆ、優斗っ!」
 突然、優斗がキッチンに置いてあった包丁を手にオレに向かって襲い掛かってきた。オレは腕の痛みに耐えながら、なんかと転がって逃げるけど……。
「ね、ネクロっ! なんで俺の体が……っ」
「ん? あ、勝手に動いてるかって? 背中についてる僕の羽根を通して神通力を送って君を支配してるからだよ。だって君一人だとトロそうだし、守君に勝てなさそうだしさ。ま、サービスって感じ?」
 優斗の体がネクロに操られてるのかっ。
「ほ、包丁なんで刺したら兄ちゃんが死んじゃうよっ!」
「うん、死んじゃね。それがなんか問題でも?」
「え……、俺はただ、兄ちゃんを倒せれば……、俺の方がすごいってわかってくれれば……」
「はーぁっ? なにわがまま言ってんの? なんの努力もせず、なんの支払いもなく、他人の力だけでタダで成し遂げられることなんて、その他人がしたいこと以外ないじゃん」
 もう一度、優斗がオレに包丁を向けて走る。
 泣きながら、泣きながら。
 なんでお前はそうなんだよ。
「そんなの違うっ。俺、違うっ。こんなの怖いっ」
「はは、違わないでしょ? 大丈夫。魔永久が取り込んだ人間の死体はきっと高く売れるからね。その弟の死体もつければ、もっと僕の懐が潤っちゃうな」
 何で、何で……。
 感情が溢れてくる。
 ずっとオレだって我慢をしていた。オレだって、友達と遊びたい。けど、優斗がいるからって何回断ったと思っているんだ?
 オレばかりいつもいつも我慢させられる。
 優斗だって三年生だから一人で帰れるって言っても、あいつはすぐに鍵をなくしてしまったし、真っ暗な家で怖いと泣く。
 怒られるのはいつもオレだ。
 お兄ちゃんなんだから弟を守りなさいって、随分横柄だよな。別に好きで先に生まれてきたわけでもないのに。
 でも、怒られるし、周りから落胆されるのが怖かった。だから、仕方がなくずっと優斗を見ていた。
 でも、あの日、あの包丁の化け物が優斗を襲おうとした時。
 オレはなによりも自分の弟を守りたいって思った。
 いつもムカつくよ。オレだって、ちゃんと心の中で怒ってたよ。弟なんていらなかったのにって思った時もあったし、最近は魔永久という避ける理由ができてよかったとさえ思ってた。だけどさ、違うんだよ。
 腹立つことはいっぱいあって、もういらないって気持ちも沢山沸いてきたけとさ。
 それと同じぐらいオレ、優斗のことが好きなんだよ。ビアノ上手くて、オレより頭良くて自慢の弟なんだよ。仲悪くてもまた一緒に遊びたいなって思って、友達からゲームを借りてくるぐらい、優斗とまた笑いたいと思ってる。
 だって、楽しかったんだよ。
 弟といる毎日が。
 喧嘩だってするし、意地悪だってするしされるし、母さんが呆れるぐらいだけど。けど、それぐらい一緒にいんだ。
 嫌いも好きも同じぐらいあるんだよっ。
 きっと、優斗にだって!
 いろいろな感情が溢れてくる。それは、怒りだったり、楽しみだったり、期待だったり、諦めだったり。ぶわっとオレを飲み込んで、一つになる。
 それは、大切な弟を操ってるやつに対する激しい怒りにだっ。
「おっ」
 優斗がオレに向かって走ってくる瞬間を狙って、オレはネクロに向かって全力で走り出した。
「頭いいね。優斗君の攻撃が僕に向かうようにしたってわけ? でもさ、守君。君、一つ忘れてない?」
 包丁を持っていた優斗の腕が、急に真横に動いた。
「いっ」
 そのせいでオレ右腕に包丁の先がかすってうっすらと血が滲む。
「優斗君を動かしてるのは僕の神通力だよ? どんな動きだって思いのままなわけ」
 そう言って、何度も優斗の腕を動かしてオレを切りつけてくる。
「やめてよっ、やめてよっ!」
 優斗は泣くけど、ネクロがそれで止めてくれるとは思わない。
「優斗っ」
 今は怖いだろうが、大丈夫だ。
 そう言いかけてた時だ。
「俺、兄ちゃんのことが嫌いじゃないのに……。なんで……」
 泣きながら、包丁を振り回しながらつぶやいた言葉。
「ただ、俺だって色々できるって、頑張ってるってみんなに、兄ちゃんに知って欲しかっただけなのに……」
 優斗はなにもできないから。
 まだ一人じゃ危ないから。
 どうせ選べないから。
 はっとした。
「俺だって、俺だって、って、思っちゃダメだったの……? 兄ちゃんだけ褒められるのを羨ましいって思っちゃ、ダメなの?」
 ずっと、優斗は一人でてきるって言ったのに、やろうとしていたのに、できないと決めつけて、どうせしないと勝手にやって、こんな気持ちにさせていたのはオレじゃないか。
 心の何処かで、優斗はわがままで弟だから文句を言ってるんだと思っていた。けど、わがままで文句を言わせていたのはオレじゃないか。
「優斗……」
「兄ちゃん……」
 優斗の気持ち、オレは今初めて知った。きっと、優斗も、オレの気持ちなんて知らない。だってずっと、我慢してきたからだ。優斗のためを思って。でも、それは間違いなんだ。本当の気持ちを伝えることで自分が悪者になるのを嫌がった、卑怯なオレの逃げ方だったんだ。
 オレは意を決して口をひらいた。
「オレもお前のこと、大嫌いだ。いつもオレを悪者にするし、オレだってお前のせいで友達と遊べないの、めっちゃ嫌だ。いつでもどこでもお前が泣くから、優斗ばっかり優先されて。無視したり酷いこというやつと弟だって思いたくないって何度も思った」
 ずっと、ずっと。
 でもお兄ちゃんなんだから、弟を守るために我慢しなきゃいけないって、汚くて卑怯みたいなこの気持ちに目をずっと背けてきた。
 でも、違った。
 嫌な気持ちだって言わなきゃわからない。我慢してるって、自分で言わなきゃ誰にも伝わらないんだ。目を背ける度に、自分が思っている以上に我慢の感情コップは溢れてる。溢れる度に、目を逸らしてまた逃げる。
 そんなんじゃ、何時まで経ってもまた遊べないよな。
「大嫌いだっ!」
「兄ちゃん……、そんな……俺……」
「だけど、それと同じぐらい、優斗のことが大切なんだよっ! だから……っ、優斗っ。オレが絶対にお前を助けるから、信じてくれっ!」
 深く包丁が右腕に入る。
「兄ちゃ……っ」
「絶対に大丈夫だから。信じてくれよ、優斗」
 オレは包丁を握ったままの優斗の手を強く握った。
「はは、美しき兄弟愛ってやつ? なにそれおいしいの? いいね、二人とも仲良く手を繋いでそこで死ね」
 ネクロが動き出す。
 今だっ!
「蛇乃目っ! 優斗を喰ってくれっ!」
 オレが叫ぶと、床が怒号のように鳴り響くと風船のように大きく盛り上がると真っ黒な大蛇が床をぶち破り大きな口を開けて出てきた。
 そして、蛇乃目が出てきた衝撃で飛び上がって優斗をそのデカい口でパクリ。
「……美濃の大蛇かっ! なるほど、呪いも神通力も跳ね返せる胃袋の中に弟をとじこめたってことねっ! ははっ、ずっるい卑怯者だな、守君はっ!」
「人の弟を勝手に操ってたやつに言われたくないっ!」
「はぐれ天狗が随分と粋がっておるなっ!」
 オレはすぐに蛇乃目の前立った。
 優斗に刺された腕は痛いけど、優斗を腹の中で守ってくれている蛇乃目をネクロが狙うかもしれないからだ。
「蛇乃目、来てくれてありがとう。弟も守ってくれて、ありがとな」
「なに、これぐらい。しかし、随分と押されておるな、マモル」
「別に押されてなんかないよ。今からが勝負だって」
 もう向こうには人質はいないんだ。戦いはここからだろ。
 と言っても、これからどうしていいかわからないけど。
 魔永久は相変わらずオレの中で封印されているのか、動きことも話すこともできないみたい。
 腕にぺたりとついたお札は、優斗の振り回した包丁のお陰でズタボロになっているのに、剥がれるそぶりは微塵もない。ケガで剥がれたり血でお札の文字が消えて能力が消えるのかと試しに刺されても、どうやら意味はなかったようだ。
 となると、魔永久を待っての反撃は厳しくなる。今のところ蛇乃目に代わりに戦ってもらうってのが、多分一番の有効策だ。
 けど、蛇乃目の腹の中には優斗がいる。蛇乃目の腹のなかであれば、神通力は届かないはずだから優斗を操って攻撃も、人質みたいなことも今はできない。けど、攻撃をくらって蛇乃目はうっかり吐いてしまったら今度こそ、優斗とネクロを引き離す術がなくなってしまう。
 なにをしたら……。
「マモルっ! 呆けておるなっ!」
「あっ」
 目の前で爆発する羽根を蛇乃目に守ってもらいながら、オレは声をあけた。
「策を立てたいのなら、まずはこの場から去るのが得策っ! 退路を確保しろ!」
「外に出たらよりめんどくさいことになるからねっ! そうはさせないよっ!」
 ジャラジャラと鳴る棒をネクロが素早く降れば、刃みたいに鋭い風が巻き起こる。
 それを蛇乃目は黒く硬い鱗で防いでくれなければ、今頃オレはカレーの野菜みたいに細切れになっていたことだろう。
「蛇乃目っ、大丈夫かっ!」
「あんなそよ風程度で私の鱗が切れるものかっ」
「ったく、厄介な蛇が来たもんだ。僕の烏天狗の『かまいたち』で引き裂けない蛇がいるなんてさ。一生美濃国に引きこもってろよ」
 ネクロの苦々しい顔を見て、オレはほっと肩を撫ぜおろす。蛇乃目がいてくれてよかった。そう思っていたのに。
「マモル、ここは私が防ぐは長くはもたない」
 蛇乃目の言葉は耳を疑うものだった。
「えっ」
 なんで?
 だって、ネクロの技が効かないのに……?
「あの烏の力はそんなものではない。守りだけでは勝てん相手だ。しかし、私は今、尾もなければ腹に人がいる。この状態では長くは続かない」
「風は無理か。相性に問題があるね。なら、火はどう? 腹の中も良く焼けるぐらいの業火なら大蛇の丸焼きできるんじゃない?」
 見る見るうちに、ネクロの手の平から赤い色の炎が宿っていく。
 あいつ、風だけじゃなくて火まで使えるのかっ!?
「鳥如きの火遊びでは火傷すらせんわっ! 火ならばこちらの生業よっ!」
 そう言って、蛇乃目が炎を吐き出した。えっ。そんなことできるなら、魔永久にもすればよかったのに。
 いや、でも、魔永久はそんなことお構いなしになんでも切れるなんだっけ。
 空も時間も切れちゃうなら、炎だってやっぱり効かないんだろう。
 今思い出しても、魔永久は本当に強かった。蛇乃目もネクロもこれだけ強いのに魔永久にとっては『雑魚』になる。
 魔永久がいたからこそオレたちは助かったし、魔永久がいたからこそオレは戦えていたんだ。
 いつも過ごしているオレの家で炎が渦巻き風が切り裂き、妖怪たちが唸り声と笑い声をあげて戦いあってる。
 退路、外に出る道は玄関に向かうことだけど、ネウロのあのデカい羽があればどこへどこだけ逃げても追いつかれてしまうだろう。
 優斗を守ってくれている蛇乃目だけでも逃がせないか?
 どうにか隙を作って……。武器さえあれば、なんとかなるのか?
 オレの手には優斗が使っていた包丁が一振り。
 これであの風や炎と戦えるか? 無理だろ。けど、武器なんて早々にあるもんじゃない。これでいくしかない。一応、ちゃんと刃がついているし武器といえば武器なのだが、包丁の化け物と木の枝で戦おうと思った時以上に心細く感じる。
 いや、待て。今、オレはなんて言った?
 あの時、と……?
 オレは、はっとして腕のお札を触った。
 そうだ、そうじゃないか。希望の光は、すぐそこにあったじゃないか。
 腕はとても痛いけど、体は動く。
 魔永久に鍛えてもらったお陰かな。あんな羽根のように軽くは動けないけど、いつか誰かを守るために稽古をつけてもらったてんだ。それがきっと今のためなんだっ。
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