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ゴールデンなウィーク
福原家
しおりを挟む「ゴールデン・ウィーク?」
「うん。果穂の予定を聞いておこうと思って」
土曜正午。全力で柾哉さんに気怠い身体を預けていると彼から来月の予定を聞かれた。来月といってももう十日後ぐらいのことだ。
「あ、一応実家に帰る予定があるの」
「そう。いつ?」
「…いつかは決めてなくて」
実は私も柾哉さんの予定が知りたくてなかなか電車のチケットが取れずにいた。どちらにせよ一泊ぐらいで戻ってくる予定だったけどその日が唯一柾哉さんと都合がつく日ならと思うとなかなか予約が取れなかった。
「ふーん。…それ、俺も行っていい?」
「え?柾哉さんが?」
「うん。週末果穂が泊まりにくるなら半同棲のような形になるし、そのうちほとんど家で過ごすことになるかもしれないし。それなら挨拶しておいた方がいいかと思って」
なんとなくその未来は見えている。
私もできれば毎日柾哉さんの顔を見たい。
「…まだ付き合って一ヶ月経ってないのにいいの?」
「こういうのは時間の長さじゃないよ。それに俺はいつでも果穂が住み着いてくれていいと思ってるし」
大きな手のひらがよしよしと頭を撫でる。
嬉しくて幸せでぎゅっと彼に抱きついた。
「いずれは“千秋果穂”になってもらうつもりだし」
「ふぁっ!?」
柾哉さんのお嫁さん?!
そ、それはーーーーー!!
「いや?」
「い、いやじゃないです!最高です!“千秋果穂”ってなんかかわいい」
「俺もそれ思った。なんか全部おいしそうな響き」
「おいしそう…!」
両頬を両手で挟んでひとりわーわーと悶えていると、柾哉さんが甘えるように私の脚に身体を倒してきた。
(…っ!これは、膝枕!憧れの!!)
「“新妻”の果穂さん」
(に、新妻!素敵な響きすぎる!!)
パワーワードに心臓が撃ち抜かれる。
「好きでしょ?こういう響き」
「好きです!最高!新妻!!」
「はははははっ。最近果穂のキャラがようやく掴めてきた」
柾哉さんが笑いながらころりと転がって私のお腹に顔を埋める。
キュンキュンバロメーターがぎゅいいいんと上がってドカンと故障しそう。
「どんなキャラですか」
「ん?変態小悪魔かな」
「…何も言い返せない」
まさにその通りのことを言われたのでダメージを喰らっていると子どものようにあどけない笑顔が私を見上げて咲き綻んだ。
(う、わぁーーーーーー可愛すぎるっ!!)
「行動力があって真面目で仕事に向き合う姿勢は尊敬するよ」
柾哉さんから真面目な答えが返ってきてちょっとドキドキする。
内心で悶えていた気持ちがスンとチベットキツネみたいになったのは秘密だ。
「あとは俺を振り回して喜ばせる天才」
「振り回してないもん」
「健気で可愛くて可憐な人」
柾哉さんの両手が伸びて頬に添えられる。
「世界でいちばん俺の大切な人」
それをいうなら柾哉さんこそ私を喜ばせる天才だと思う。
あなたの一言で恋をして認められたくて頑張れたって言ったらどれだけ驚くかな。
「果穂、好きだよ」
「私も大好きです」
甘く細められた瞳に喜びが滲む。誘われるまま身を屈めて彼の唇にキスをした。
「たしかに末っ子っぽい」
「よく言われます」
そして迎えたゴールディン・ウィーク。
世間では9連休と言われる中、私はしっかり平日は仕事をして柾哉さんの自宅に帰っていた。
まさにゴールデン・ウィーク。毎日彼と過ごせるという私にとってご褒美ウィークだ。
洋服もそこそこ移動させて、彼の家に住み着いている。とはいえ特に何かすることもない。柾哉さんを仕事に見送って、何もない日はベッドの上で爛れた生活を送っていた。
「お兄さんといくつ違い?」
「兄とは8つですね。姉とは10離れてるんです」
「あ、じゃあすごく可愛がられたんだ」
「…そうですね。大人になって気づきましたけど結構甘やかされてました」
「でも擦れてないよね。素直だし」
「そ、そうですか?」
「うん」
そんなご褒美ウィークも後半。
私は柾哉さんと実家のある長野に向かっていた。
柾哉さんが「車を出そうか」と提案してくれたけど、高速が混むと大変なのでと丁重にお断りして新幹線に乗った。
東京駅から約一時間半。一泊の予定だったけど柾哉さんの都合がつかなくて結局日帰り。
柾哉さんは私に「ゆっくりしてくれば?」と言ってくれたけど、きっと柾哉さんのことばかり考えてつまらなくなると思い一緒に帰ることにした。
母には事前に『恋人を連れて行く』と言っている。
母は喜んでくれていたけど父は大丈夫だろうか。少し心配だ。
ちなみに姉も兄もすでに既婚者で実家にはいない。
とはいえ、二人とも長野市内に住んでいるので『果穂が帰ってくるなら顔を出すわよ』と母が言っていた。
柾哉さんの言うとおり、現在進行形で姉にも兄にもとても可愛がられているみたいだ。
「お母さんすごく喜びそう」
「そうなの?」
「うん。イケメン好きだから」
柾哉さんが苦笑している。否定しないあたり自分がイケメンということを自覚しているようだ。
(そもそもこれでイケメンじゃないとか言ったら謙遜を通り越してただの嫌味…)
「果穂は俺をイケメンだと思ってくれてるんだ」
「普通に思ってますよ」
「ふーん」
柾哉さんは口元に拳をあてると横を向いた。その耳が少し赤くなっていることに気づく。
「……かわいい」
「…果穂はいつもそれ言う」
「だって、柾哉さんかわいいから」
繋いだ手をぎゅっと握りしめる。
車を運転しているとできないけど今日は別。だからずっと手を繋いでいる。
長野駅に到着してタクシーで15分ほど走った場所に実家がある。本当なら美味しい信州そばでも食べて向かいたかったけど、母がお昼ご飯を準備してくれているとのことなので断念した。
「ただいまぁ」
タクシーを降りて柾哉さんが精算してくれている間に玄関を開ける。中から「おかえり~」と母の元気な声がした。
「はじめまして、千秋と申します」
「あらあらあら。ようこそおいでくださいました」
母は柾哉さんをみるなり驚いて目を丸くした。そしてすぐにとろりと表情を崩す。
「これ、よろしければ」
「もちろん、いただきますよ!」
「柾哉さんおすすめのお菓子なの」
「あら。じゃあ絶対美味しいわ」
母が来客用のスリッパを並べる。そして「どうぞ、上がってください」とよそゆきの声で先導した。
「(お母さん、楽しい人だね)」
「(よく言われる)」
「(果穂とちょっと似てる)」
え。どこが?と目を丸くすると「そういうとこ」と笑われた。わからん。
リビングに入るとどこか緊張した面持ちの父と目が合った。中肉中背、眼鏡をかけたどこにでもいるおじさんだ。普段着だけどヨレヨレのTシャツじゃなくて少しホッとした。
「はじめまして。果穂さんとお付き合いさせていただいてます。千秋柾哉です」
柾哉さんはカジュアルなライトブルーのジャケットに白の襟付きシャツ、ライトグレーのパンツを合わせていた。
かっちりとしたスーツは堅苦しすぎるのでこれぐらいカジュアルでいいんじゃない?と二人で決めたコーディネート。
それがめちゃくちゃ似合ってる。
すごくかっこいい。
わたしの彼氏がかっこよすぎてやばい…!
「果穂の父の幸彦です」
「母の朝子です」
「いつも娘がお世話になっております」
「こちらこそいつもお世話になっているんです」
両親と柾哉さんが楽しそうに話をしている。それだけでなんだか胸が熱くなって一緒に来てもらえてよかったな、と実感した。
両親と柾哉さんと食事をとり始めていると姉夫婦がやってきた。上から8才、5才、2才と可愛いざかりの子どもたちも連れて。
「かほちゃんだー!」
8才の姪の明里がかけ寄ってきた。だけどすぐに柾哉さんに気づいたらしい。
「こんにちは」
「こ、こんにちは!かほちゃんけっこんするの?」
挨拶は柾哉さんに、そして後ろの言葉は私に。姪は目を輝かせると誰もが触れなかったことに簡単に触れた。
「明里」
「かほちゃんのウェディングドレスぜったいきれいだからあかりもよんでね!」
姉に「こら」と連れ去られた姪に苦笑する。
すると柾哉さんは「あかりちゃん」と姪に呼びかけた。
「…そのときは是非招待するからきてくれる?」
「うん!かほちゃんからブーケもらうの!」
「「それはちょっと早いかなー」」
声を揃えたのは母と姉だ。
「お、なんだ。姉さんも今か」
「優介」
そこへ兄の優介がやってきた。奥さんは娘さんのテニスの練習試合がありついて行ってるという。
「はじめまして、果穂の兄の優介です」
「姉のまどかです」
「千秋柾哉です。果穂さんとお付き合いさせていただいてます」
姉が母と同じく柾哉さんに見惚れていた。続いて『あんたよくやったわね!』と目だけで褒められる。
「お昼は食べたの?お鮨まだあるわよ」
「たべるー!」
「ぼくもー!」
兄の子ども(5才)と姉の2番目の子ども(5才)は大変仲がいい。そして食欲旺盛だ。
「俊樹さんもいかが」
「お言葉に甘えて」
姉の夫の俊樹さんも「それでは」とテーブルの前に座る。俊樹さんはまだ寝ている姪っ子(2才)をリビングの片隅に置いてあるベビーベッドに寝かせると同じくテーブルの前に腰を下ろした。
「馴れ初めとかききたいな、果穂」
「お姉ちゃん」
「だって果穂と恋愛話したことないし」
初めて彼氏ができた時、すでに姉は結婚して家を出ていた。ちょうど兄も結婚するしないの話をしていたころだ。だから兄妹で恋バナはしたことがない。
「…馴れ初めって」
「どこで出逢ったの?」
「会社」
「あら。じゃあ、まどかと同じね」
母がうきうきしながら聞いている。
チラッと柾哉さんを見るとニコリと笑われて助けてもらえないと悟った。
「あら~!じゃあお医者さまなの?」
「えぇ」
「ご実家も医師家系って……果穂でいいのかしら?」
初めこそ私に質問が集まっていたけど、横からサラッと柾哉さんが助けてくれて今に至る。つまり母と姉から柾哉さんが猛攻撃を受けていた。
私のどういうところが好きになったのか、なんて恥ずかしすぎて耳を塞ぎたくなる。
「彼女にも既に伝えているのですが、私自身、実家を継ぐ意思はありません。あくまで自分の医学を突き進みたいので」
「素敵ですね!」
「うむ。千秋さんならずっと突き進めると思います」
基本的にうちの両親は「なんでもやってみな」スタンスだ。母は柾哉さんの見た目で陥落してるし、父は「病気を予防するための医師」という柾哉さんの選択に感銘したらしい。姉から「素敵な人ね」とこっそり耳打ちされ小さく頷いた。
「本日はまずはご挨拶と、近いうちに、同棲することになりそうなのでそのご報告もかねてお邪魔しました」
「どうぞどうぞ。果穂も27歳だし、まどかも優介も結婚したの26とか7だっけ?」
「そうそう。つまり、果穂もいつでもお嫁にいってもおかしくない年齢なのよね」
「なんかずっと俺の中で『優ちゃん優ちゃん』ってくっついてきた小さい頃の印象しかないけど、考えれば27かぁ。感慨深いな」
「というわけで、福原家は全員一致で賛成なので。ね、お父さん」
「う、うむ。まあ、千秋さんなら安心できます」
父が眼鏡のフレームを弄りながら最後をまとめた。にこにこと福原家全員一致の回答に柾哉さんの表情が緩む。
「ありがとうございます。温かく見守っていただけると嬉しいです」
「もちろんよ。果穂しっかり捕まえときなさいよ!こんないい人なかなかいないんだから」
「が、がんばる!」
「こんな素敵な人が義息子だなんて私も嬉しいわ」
母がほのほのと笑っている。
兄から「よかったな」と頭を撫でられて「うん」と頷いた。
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