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イニシングブルー
はじめてのデート2
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唇が触れて離れてまた触れ合った。
これで終わりかと思えばまだ終わらない。
伏せられたまつ毛の奥にある瞳はひどく甘くて、朝なのに爽やかさも清々しさも感じさせないほどどっぷりとした艶やかさを醸し出していた。
「……ちょっと充電」
唇が離れてようやく解放されるかと思いきやぎゅうと抱きしめられてしまった。
だけど緊張よりも安堵する気持ちの方が大きい。
押しつぶされた腕をよいしょと彼の背中に回せばより強くきつく抱きしめられた。(…っ、かわいい)
「………行こうか」
「…うん」
なんとなくこれ以上くっついていると外に出るのが億劫になりそうだった。千秋先生ももしかするとそう思ってくれていたのかな。
「果穂」
入場ゲートを潜れば千秋先生が手を差し出してくれた。その手を掴めばぎゅっと握りしめられる。
目的地までの地図を見て人波が流れる方向に歩いていくと、あたり一面に青くて小さな花をたくさん咲かせたネモフィラ畑が見えてきた。
「すごいな」
千秋先生が目を細める。
「…砂糖の山に群がる蟻みたい」
「果穂、シィ」
千秋先生が口元に人差し指をあてる。
どうやら彼も同じことを思っていたらしい。
遠くから見ると本当に人の影が蟻に見えるね、なんて感動も色気のカケラもないことを話しながら花畑まで歩いた。
「わぁ、すごい。砂糖の山が」
「俺たちも蟻その1とその2か」
「せめてアリコとアリオに」
「なにそのマルコとマルオみたいな名前」
クツクツと笑いながら花畑を歩く。
私の左手はずっと繋がれたままでそれが嬉しくて照れくさくて勝手に口元が緩んでしまう。
「あれ、結婚式?」
「写真撮影かな。こういうサービス最近どこでもあるよ」
「へぇ」
青空の下、純白のウェディングドレスを着た女性と同じく真っ白なタキシードを着た男性がネモフィラ畑の一角で写真撮影をしていた。カメラマンが彼らにポーズの指示を出している。ちょうど花畑と海と空が見えるとても美しいロケーションだった。
「撮りたい?」
「うん。あ、ドレスじゃなくて」
「わかってるよ」
「できれば柾哉さんとツーショットがいいな」
今日の目標のひとつ。
それは千秋先生と写真を撮ることだ。
これから少しずつ彼と過ごす時間が増えていくだろう。もしかすると傍にいることは当たり前になる可能性だってある。
だけどきっとそうなれば、今のこの胸のドキドキや悩んで悩んで選んだ洋服のこと、車の中でしたキスを今のように鮮明に覚えていないかもしれない。
もっと大人になった時、いつか今日の日を懐かしく思い出した時にたくさん楽しかったことが思い出せるように何かに残したい。
「いいよ、撮ろうか」
千秋先生は快く返事をくれた。しかも「同じ場所で撮る?」と聞いてくれる。
「まだ終わらないかもしれないよ?」
「待ってたらいいんじゃない?」
「待つの?」
「待たなくてもいいならいいけど」
待ってもいいけどじっとしている時間が勿体無く感じてしまう。
この後のプランは分からないけど他にも見て回るところはあるはずだし。
「別の場所でいいよ」
「そう?」
「…うん。それに、ま、柾哉さんと撮れるならどこでも」
「いやそこはネモフィラ畑で撮ろう?」
せっかくちょっと頑張って言ってみたのに千秋先生は華麗にスルーを決めた。私の精一杯の頑張りが…、なんて心の中で嘆いているとやはり弄ばれたらしく忍び笑いが聞こえる。
「果穂が一生懸命俺を喜ばせようとしてくれる姿が可愛くて、つい。ごめんね?意地悪して」
(い、意地悪された…!可愛いから許す!)
クスッと笑われてカァーと頬が赤くなる。
彼の言葉に恥ずかしくなったんじゃない。
彼の表情が可愛すぎたんだ。
そんな私をよそに千秋先生は歩き始めた。
「いい場所探しに行こう」
「…うん!」
離れてしまった手をもう一度繋ぎ直す。
しかしすぐに良さげな場所を見つけて写真撮影会が開始されたのだった。
「自転車しんど」
「柾哉さん全然漕いでなかったのに!」
園内をぐるりと回って約4時間。
私たちはようやく駐車場に戻ってきていた。
ネモフィラ畑の後は菜の花や薔薇園など園内を回った。観覧車にも乗り、途中二人乗り用の自転車を借りてサイクリングした。ただ、柾哉さんが全然漕いでくれなくて大変だった。(でも楽しかった)
「邪魔ばっかりするし」
「ははは。果穂が可愛くて」
「運転中ツンツンしないでって何度言ってもやめないし」
普通に考えると二人乗り自転車の前が柾哉さんのはずだ。それなのに何故か柾哉さんは後ろに乗った。そして私の背中をツンツンしてくる。
可愛いけどくすぐったいしぎゃあぎゃあ言いながら景色を眺めて公園内を一周した。
「シートベルトして」
千秋先生が車のエンジンをかける。
「お腹空いたね」
「ぺこぺこです」
「はい、アウトー」
「えー?もういいよー」
ほらほら、と言われてえいやぁ、と頬にキスをする。千秋先生は満足したらしく「よし、行くか」と次の目的地に向けてハンドルを切った。
昼食は海浜公園から車で20分程にある市場でお寿司を食べた。千秋先生は海鮮丼。粒々いくらがキラキラしていてとろりとした濃厚なウニがふんだんに使われていた。もちろんひと口いただいた。というか千秋先生が食べさせてくれる。さすがに人前で「アーン」はしないけど、同じものをシェアできてちょっと嬉しい。セットのあおさのお味噌汁もホッとする味で大満足だった。
市場の後はこれまた車で5分程の場所にある水族館へ向かった。こんなところに水族館。しかも関東最大級なんて。
「…水族館とか小学校以来かも」
「本当?よかった。果穂に何も聞かずにこっちで決めてよかったかなって実は思ってたから」
駐車場から水族館の入り口に向かいながらそんな話しをする。手は自然と千秋先生の手を求めてしまい、千秋先生は伸ばした私の手を優しく包むように繋いでくれた。
「…嬉しいです。実はちゃんとしたデートってしたことなくて」
初めての彼氏とは部活終わりに一緒に帰ったり、地元の夏祭りに一緒に行ったりはしたけど、基本部活漬けの三年間。おまけに彼は大学進学後あっさり浮気するし。
「あ、一度映画に行ったぐらい、かも」
「そう。じゃあ全部上書きするよ。俺がね」
甘く細められた目にトクンと心臓が高鳴る。瞳の奥に浮かんだ仄暗さに欲望のカケラが垣間見えた。まだ午後三時、健全な時間帯。それなのになんだかここで食べられそうな気がしたのは気のせいだろうか。
…うん、気のせい、気のせい。さすがにこんなところで。
ドキドキドキと心臓が落ち着かない。さっきまで楽しかったのに急になんだか緊張しはじめた。
「…ごめん。可愛い果穂だから彼氏の一人やふたり過去にいてもおかしくないってわかってるけど、嫉妬した」
千秋先生が前を向いたまま涼しい顔で「嫉妬」と言った。まさか千秋先生に嫉妬してもらえるなんて、と驚いて彼の顔をじっと見つめる。
「あまり見ないでくれる?」
「え、どうして」
じわじわと千秋先生の耳が赤くなる。
「普通に恥ずかしいから。というか、果穂の前だと俺、気持ち悪いな」
「そ、そんなことない!…柾哉さんのそういう一面が見れて嬉しい」
千秋先生が照れてるってレアだ。なんでもスマートにこなすし、大抵のことはサクッとできちゃいそうな彼のこんな姿が見れるなんて。
「可愛いです」
「30過ぎたオッサンに可愛いって」
「可愛いですよ、柾哉さんは可愛いです」
千秋先生が片手で口元を押さえながらキィと私を睨みつける。
だけど耳はさらに赤くなってるし手は繋いだままだし、全然怖くない。
「気づいてないと思うけど、今普通に2回カウントしたからね?」
「…え?あ!」
「後でしっかりしてもらうから」
覚えておいて。
(悪役のセリフなのにめちゃくちゃ似合ってる!!破壊力抜群!!やばい!ぎゃああああ、かっこよぉぉぉぉ)
さっき食べたマグロの赤身より自分の顔が赤くなった気がした。
水族館はイルカ・アシカのショーも見て、カワウソたちの食事の様子も見れて非常に満足。気づけば閉園間近で今日という一日がまもなく終わることを告げていた。
「さて、帰ろうか」
館を出て駐車場に向かう。外は綺麗な夕焼け空。少し肌寒い風が頬を撫でていく。朝はあれだけ緊張してたのに、今はもうとても自然体でいられる。嘘。本当はちょっとだけ緊張してるけど、それは千秋先生がかっこよくて、一種の魔法のような、ドキドキとした良い緊張感だった。
「うん」
今日が終わってほしくない。だってまだ五時。
今から東京に戻っても七時だ。
「晩飯は都内でいい?昼飯遅かったし」
「うん」
「なら何食べたいか考えておいて」
「うん」と頷きながらも視線は自然と下がってしまう。手を繋いだふたつの影が楽しそうに並んで歩き「いいなあ」なんて思ってしまった。
「果穂?」
顔を上げれば心配そうな瞳とぶつかる。
「…夜ご飯何食べるか検索先生に聞くね」
「うん。俺は肉が食いたい」
「お昼お魚でしたもんね」
あー、ダメダメ。果穂、ダメよ。
ちゃんとシャキッとしないと。困らせるなんて子どものすることだよ。
自分自身にしっかりと言い聞かせる。
寂しくて張り裂けそうになる気持ちを必死に抑え込んだ。まだ千秋先生と一緒に居られるのにもう別れた後のことを考えてしまうのは勿体無い。
「あの自転車、普通に売ってる」
「ん?」
「ほら」
千秋先生と車の中で話しをしながら今日楽しかったことを振り返った。一番笑ったのはやっぱり自転車に乗ったこと。ネットで調べれば普通に売ってた。でも普通自転車ではなく軽自動車扱いになるようで、普通の自転車だと走れる場所が走れないようだ。
「あれはあの場所で走るから楽しいんだよ」
千秋先生の言うとおり、あのシチュエーションで乗るから楽しい。
「それに果穂が漕いでくれないと俺漕げないし」
「そこは普通に漕ぎましょう」
「果穂をいじめるのが楽しいからいいんじゃない」
楽しかった思い出話に花を咲かせているうちに気持ちは明るくなる。車は北関東自動車道から首都高速都心環状線に入った。
これで終わりかと思えばまだ終わらない。
伏せられたまつ毛の奥にある瞳はひどく甘くて、朝なのに爽やかさも清々しさも感じさせないほどどっぷりとした艶やかさを醸し出していた。
「……ちょっと充電」
唇が離れてようやく解放されるかと思いきやぎゅうと抱きしめられてしまった。
だけど緊張よりも安堵する気持ちの方が大きい。
押しつぶされた腕をよいしょと彼の背中に回せばより強くきつく抱きしめられた。(…っ、かわいい)
「………行こうか」
「…うん」
なんとなくこれ以上くっついていると外に出るのが億劫になりそうだった。千秋先生ももしかするとそう思ってくれていたのかな。
「果穂」
入場ゲートを潜れば千秋先生が手を差し出してくれた。その手を掴めばぎゅっと握りしめられる。
目的地までの地図を見て人波が流れる方向に歩いていくと、あたり一面に青くて小さな花をたくさん咲かせたネモフィラ畑が見えてきた。
「すごいな」
千秋先生が目を細める。
「…砂糖の山に群がる蟻みたい」
「果穂、シィ」
千秋先生が口元に人差し指をあてる。
どうやら彼も同じことを思っていたらしい。
遠くから見ると本当に人の影が蟻に見えるね、なんて感動も色気のカケラもないことを話しながら花畑まで歩いた。
「わぁ、すごい。砂糖の山が」
「俺たちも蟻その1とその2か」
「せめてアリコとアリオに」
「なにそのマルコとマルオみたいな名前」
クツクツと笑いながら花畑を歩く。
私の左手はずっと繋がれたままでそれが嬉しくて照れくさくて勝手に口元が緩んでしまう。
「あれ、結婚式?」
「写真撮影かな。こういうサービス最近どこでもあるよ」
「へぇ」
青空の下、純白のウェディングドレスを着た女性と同じく真っ白なタキシードを着た男性がネモフィラ畑の一角で写真撮影をしていた。カメラマンが彼らにポーズの指示を出している。ちょうど花畑と海と空が見えるとても美しいロケーションだった。
「撮りたい?」
「うん。あ、ドレスじゃなくて」
「わかってるよ」
「できれば柾哉さんとツーショットがいいな」
今日の目標のひとつ。
それは千秋先生と写真を撮ることだ。
これから少しずつ彼と過ごす時間が増えていくだろう。もしかすると傍にいることは当たり前になる可能性だってある。
だけどきっとそうなれば、今のこの胸のドキドキや悩んで悩んで選んだ洋服のこと、車の中でしたキスを今のように鮮明に覚えていないかもしれない。
もっと大人になった時、いつか今日の日を懐かしく思い出した時にたくさん楽しかったことが思い出せるように何かに残したい。
「いいよ、撮ろうか」
千秋先生は快く返事をくれた。しかも「同じ場所で撮る?」と聞いてくれる。
「まだ終わらないかもしれないよ?」
「待ってたらいいんじゃない?」
「待つの?」
「待たなくてもいいならいいけど」
待ってもいいけどじっとしている時間が勿体無く感じてしまう。
この後のプランは分からないけど他にも見て回るところはあるはずだし。
「別の場所でいいよ」
「そう?」
「…うん。それに、ま、柾哉さんと撮れるならどこでも」
「いやそこはネモフィラ畑で撮ろう?」
せっかくちょっと頑張って言ってみたのに千秋先生は華麗にスルーを決めた。私の精一杯の頑張りが…、なんて心の中で嘆いているとやはり弄ばれたらしく忍び笑いが聞こえる。
「果穂が一生懸命俺を喜ばせようとしてくれる姿が可愛くて、つい。ごめんね?意地悪して」
(い、意地悪された…!可愛いから許す!)
クスッと笑われてカァーと頬が赤くなる。
彼の言葉に恥ずかしくなったんじゃない。
彼の表情が可愛すぎたんだ。
そんな私をよそに千秋先生は歩き始めた。
「いい場所探しに行こう」
「…うん!」
離れてしまった手をもう一度繋ぎ直す。
しかしすぐに良さげな場所を見つけて写真撮影会が開始されたのだった。
「自転車しんど」
「柾哉さん全然漕いでなかったのに!」
園内をぐるりと回って約4時間。
私たちはようやく駐車場に戻ってきていた。
ネモフィラ畑の後は菜の花や薔薇園など園内を回った。観覧車にも乗り、途中二人乗り用の自転車を借りてサイクリングした。ただ、柾哉さんが全然漕いでくれなくて大変だった。(でも楽しかった)
「邪魔ばっかりするし」
「ははは。果穂が可愛くて」
「運転中ツンツンしないでって何度言ってもやめないし」
普通に考えると二人乗り自転車の前が柾哉さんのはずだ。それなのに何故か柾哉さんは後ろに乗った。そして私の背中をツンツンしてくる。
可愛いけどくすぐったいしぎゃあぎゃあ言いながら景色を眺めて公園内を一周した。
「シートベルトして」
千秋先生が車のエンジンをかける。
「お腹空いたね」
「ぺこぺこです」
「はい、アウトー」
「えー?もういいよー」
ほらほら、と言われてえいやぁ、と頬にキスをする。千秋先生は満足したらしく「よし、行くか」と次の目的地に向けてハンドルを切った。
昼食は海浜公園から車で20分程にある市場でお寿司を食べた。千秋先生は海鮮丼。粒々いくらがキラキラしていてとろりとした濃厚なウニがふんだんに使われていた。もちろんひと口いただいた。というか千秋先生が食べさせてくれる。さすがに人前で「アーン」はしないけど、同じものをシェアできてちょっと嬉しい。セットのあおさのお味噌汁もホッとする味で大満足だった。
市場の後はこれまた車で5分程の場所にある水族館へ向かった。こんなところに水族館。しかも関東最大級なんて。
「…水族館とか小学校以来かも」
「本当?よかった。果穂に何も聞かずにこっちで決めてよかったかなって実は思ってたから」
駐車場から水族館の入り口に向かいながらそんな話しをする。手は自然と千秋先生の手を求めてしまい、千秋先生は伸ばした私の手を優しく包むように繋いでくれた。
「…嬉しいです。実はちゃんとしたデートってしたことなくて」
初めての彼氏とは部活終わりに一緒に帰ったり、地元の夏祭りに一緒に行ったりはしたけど、基本部活漬けの三年間。おまけに彼は大学進学後あっさり浮気するし。
「あ、一度映画に行ったぐらい、かも」
「そう。じゃあ全部上書きするよ。俺がね」
甘く細められた目にトクンと心臓が高鳴る。瞳の奥に浮かんだ仄暗さに欲望のカケラが垣間見えた。まだ午後三時、健全な時間帯。それなのになんだかここで食べられそうな気がしたのは気のせいだろうか。
…うん、気のせい、気のせい。さすがにこんなところで。
ドキドキドキと心臓が落ち着かない。さっきまで楽しかったのに急になんだか緊張しはじめた。
「…ごめん。可愛い果穂だから彼氏の一人やふたり過去にいてもおかしくないってわかってるけど、嫉妬した」
千秋先生が前を向いたまま涼しい顔で「嫉妬」と言った。まさか千秋先生に嫉妬してもらえるなんて、と驚いて彼の顔をじっと見つめる。
「あまり見ないでくれる?」
「え、どうして」
じわじわと千秋先生の耳が赤くなる。
「普通に恥ずかしいから。というか、果穂の前だと俺、気持ち悪いな」
「そ、そんなことない!…柾哉さんのそういう一面が見れて嬉しい」
千秋先生が照れてるってレアだ。なんでもスマートにこなすし、大抵のことはサクッとできちゃいそうな彼のこんな姿が見れるなんて。
「可愛いです」
「30過ぎたオッサンに可愛いって」
「可愛いですよ、柾哉さんは可愛いです」
千秋先生が片手で口元を押さえながらキィと私を睨みつける。
だけど耳はさらに赤くなってるし手は繋いだままだし、全然怖くない。
「気づいてないと思うけど、今普通に2回カウントしたからね?」
「…え?あ!」
「後でしっかりしてもらうから」
覚えておいて。
(悪役のセリフなのにめちゃくちゃ似合ってる!!破壊力抜群!!やばい!ぎゃああああ、かっこよぉぉぉぉ)
さっき食べたマグロの赤身より自分の顔が赤くなった気がした。
水族館はイルカ・アシカのショーも見て、カワウソたちの食事の様子も見れて非常に満足。気づけば閉園間近で今日という一日がまもなく終わることを告げていた。
「さて、帰ろうか」
館を出て駐車場に向かう。外は綺麗な夕焼け空。少し肌寒い風が頬を撫でていく。朝はあれだけ緊張してたのに、今はもうとても自然体でいられる。嘘。本当はちょっとだけ緊張してるけど、それは千秋先生がかっこよくて、一種の魔法のような、ドキドキとした良い緊張感だった。
「うん」
今日が終わってほしくない。だってまだ五時。
今から東京に戻っても七時だ。
「晩飯は都内でいい?昼飯遅かったし」
「うん」
「なら何食べたいか考えておいて」
「うん」と頷きながらも視線は自然と下がってしまう。手を繋いだふたつの影が楽しそうに並んで歩き「いいなあ」なんて思ってしまった。
「果穂?」
顔を上げれば心配そうな瞳とぶつかる。
「…夜ご飯何食べるか検索先生に聞くね」
「うん。俺は肉が食いたい」
「お昼お魚でしたもんね」
あー、ダメダメ。果穂、ダメよ。
ちゃんとシャキッとしないと。困らせるなんて子どものすることだよ。
自分自身にしっかりと言い聞かせる。
寂しくて張り裂けそうになる気持ちを必死に抑え込んだ。まだ千秋先生と一緒に居られるのにもう別れた後のことを考えてしまうのは勿体無い。
「あの自転車、普通に売ってる」
「ん?」
「ほら」
千秋先生と車の中で話しをしながら今日楽しかったことを振り返った。一番笑ったのはやっぱり自転車に乗ったこと。ネットで調べれば普通に売ってた。でも普通自転車ではなく軽自動車扱いになるようで、普通の自転車だと走れる場所が走れないようだ。
「あれはあの場所で走るから楽しいんだよ」
千秋先生の言うとおり、あのシチュエーションで乗るから楽しい。
「それに果穂が漕いでくれないと俺漕げないし」
「そこは普通に漕ぎましょう」
「果穂をいじめるのが楽しいからいいんじゃない」
楽しかった思い出話に花を咲かせているうちに気持ちは明るくなる。車は北関東自動車道から首都高速都心環状線に入った。
応援ありがとうございます!
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