【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛

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両片想い

淡い恋心

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 福原果穂ふくはらかほ26歳。今、好きな人がいます。
 
「福原さん、受付に千秋先生がいらっしゃってるよ」
「あ、ありがとございます!行きます!」

 春の陽気さが顔を出し始めた三月も下旬。
 あれから半年が経ち、私は手探りながらもなんとか業務を覚えていた。
 獅々原さんも協力的で、発足された産業衛生チームは月に何度も顔を合わせて職場環境改善について論議している。

 フィックスは代表の獅々原さんが学生の時に起業した会社で主なサービスはソフトウェアの品質保証およびテストだ。リリース前のアプリの品質チェックやウェブサイトのテスト運用などを行っている。今季12年目で来季から13年目を迎える。3月は決算期もありバタバタと慌ただしかった。
 
 私は新卒でフィックスに入社後営業部に配属された。営業事務として働いていたが、入社して4年目の夏、私は異動になった。移動先は人事労務部。前任者が家庭の事情で急に退職を余儀なくされた。担当は中途採用部門と産業衛生担当。採用も産業衛生も全くの専門外で右往左往しながら今日までやってきた。そして千秋先生とは変わらず適度な距離感を維持している。
 
 そう、つまりビジネスライク。仕事がやりにくくなるのが一番困るから。

「千秋先生、お待ちしておりました」

 それなのに、二週間に一度の千秋先生の訪問日は毎回落ち着かない。
 先生に会うためだけに気合いを入れていると思われたくなくて洋服屋やおしゃれの研究を始めた。少しでも千秋先生に可愛いって思われたくて。でもこの想いを打ち明ける日はなかなか来ないと思う。

「福原さん」

 間もなく四月だというのにまだまだ寒い。千秋先生は焦茶色の上品なコートとネイビーのマフラーを腕にかけて受付の壁に掛けられていた絵を眺めていた。私が声をかけると振り返って軽く会釈をしてくれた。

「本日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 ふと細められた目が眩しくて目を逸らす。千秋先生はとても気さくに接してくれた。もちろんビジネスとしてなのは重々承知している。
 しかし、獅々原さんとは何度か食事をしたりする仲までに発展したらしい。私は一度も連れて行ってもらったことはないけど時々そんな話を聞く。控えめに言って羨ましい。でも行ったところで何を話せばいいのかわからない。社長と医師の会話についていける気がしないもの。


 千秋先生を会議室に案内してお茶の準備をする。千秋先生を出迎える前に獅々原さんにも声をかけていたおかげで、先に獅々原さんが会議室に向かう姿が見えた。他にもいつものメンバーがぞろぞろと会議室に向かっている。私はお茶を準備すると少し遅れて会議室に入った。

「本日の衛生委員会の議題ですが、まずストレスチェックの実施について」

 ストレスチェックは産業医の選任と同様、常時50人以上使用している従業員のいる事業所には年に一度実施するよう法律で義務付けられていた。
 弊社では昨年まで国が出している無料ツールを使用していたけど、今後従業員のストレス状態の効果測定をするのなら詳細に分析できるツールを使用した方がいいとのことで千秋先生から相談があった。
 これまできちんとしてこなかったせいでそれを使用することでどんなメリットがあり、どんな効果が期待できるのか分かっていない。今日はその話を千秋先生直々にお話ししてくれた。
 
 「それじゃあ、福原さんは宇多川さんにアポとってくれる?あとA社とB社にも」
 「承知しました」

 千秋先生が紹介してくれた推奨ツールのひとつに宇多川さんの会社があった。宇多川さんの会社ではいろんなサービスが展開されており、色々とお世話になっているしそれなら宇多川さんの会社でいいんじゃない?という話まで出た。
 ただ、うちに合うかどうかはわからないのできちんと担当者から話を聞くことが望ましいと千秋先生から釘を刺された。確かにそうですよね、と満場一致だ。私はメモにタスクを書き込んだ。

 千秋先生の訪問が終わりエレベーターホールまでお見送りをする。初めこそ獅々原さんも着いてきていたけど最近は私ひとりだ。
 特に三月は期末ということもあり、獅々原さん含め役職のある人々はとても忙しい。その場で解散という流れで千秋先生もそれでいいと仰ってくれていた。

 だけど私はそれをしなかった。

 たとえ業務連絡でもメールが来れば嬉しいし、電話をするときは緊張する。でもやっぱり少しでも話たいし関わりたい。だから正直ラッキーだと思っている。そうじゃないとふたりきりでお話しなんてできないから。

 
 初めて自覚したあの日から日に日に想いは募っていた。

 でも気持ちを打ち明ける勇気はなくてたった数分のこの時間が楽しみで何よりも優先したい。こんなこと仕事中にすることじゃないと分かっている。

 だからこそ話す内容は業務的になる。露骨なアピールなんてできないもの。迷惑に思われるのも怖い。それでもできる限りのことはしたくていつも私は気づいてもらえるよう最大限に小さなサインを送っていた。

 「先日発売された雑誌のインタビュー記事拝見しました」
 「え?もう読んだの?」
 「はい!」
 「発売されたのって三日ほど前じゃなかった?」
 「三日あれば十分ですよ」

 千秋先生の情報は隈なくチェック。もうマニアと言っても過言ではない。
 そんな私に千秋先生が徐々に砕けてくれている気がするのも嬉しい。もちろん、業務が終わりエレベーターを待つ間だけの数分間だから、だけど。

 「いつも非常にわかりやすい言葉を選んでくださるのでそれほど知見のない私でもスラスラ読めて頭に入りやすいです」
 「感想をありがとう。でも福原さんは随分成長されていると思いますよ」
 「それは千秋先生のおかげですね。ありがとうございます」

 眉を下げて苦笑している顔がとても可愛い。ちょっと困っている顔が個人的にはツボだ。眼鏡の奥の目元が垂れる瞬間いつも頭の中でベルが鳴る。

 今週もいただきました、ハニカミ笑顔!

 胸はキュンキュンしっぱなしだ。
 7歳も年上の男性に可愛いは失礼だけど、やっぱり千秋先生は可愛い。

 そんな内心を諌めるようにエレベーターの到着ベルが鳴る。扉が開き、エレベーターのボタンを押しながら千秋先生に次回の予定について確認をとった。

 「次は再来週の木曜ですよね。今日と同じ時間でよろしくお願いします」
 「はい、こちらこそ。ではここで」
 「はい、ありがとうございました。失礼します」

 閉まりゆくエレベーターの扉を眺めながら頭を下げる。完全に扉が閉じ切ってエレベーターが動く音がしてようやく頭を上げた。詰めていた息をふぅと吐き出して伸びをする。

 
 今日も千秋先生の安定のかっこよさに惚れ惚れした。
 ただのニットとスラックスなのに長身のせいかとても似合う。エフェクトが増し増しだった。

(イケメンは何を着ても似合うんだよね)

 私は千秋先生のことを考えながらその足でトイレに向かう。

 個室に入る手前にある化粧室には全身鏡があり、誰もいないことを確認してその前に立った。

 ちんまりとした自分が映し出されて、ズンと落ち込む。

(いやいや、大丈夫だよ、果穂。そこまで悪くないよ)

 身長158センチ。日本人女性のザ平均身長。

 童顔なうえ、額が狭いため前髪を分けることが難しい。伸ばしてアイロンをすればなんとか流せるけど、髪質が髪質なのでアイロンをしても解けやすいことが悩み。

 大人っぽくなりたくて髪を伸ばしてみたり、洋服のブランドを変えてみたりと試行錯誤中。

 面倒くさがりの私だけど最近はネイルを始めたら好評だった。おまけにやる気もあがるし一石二鳥。しかしどう頑張っても矯正できないものはある。

 例えば、顔の作りとか身長とか。
 
 今まで特に何も思わなかったのに千秋先生に恋をしてとても気になり始めた。もっと色気のある大人の女性が千秋先生には似合っていると思う。だけどどう頑張ってもそんな女性にはなれない。

 「あ、果穂。お疲れ」
「美雨ちゃん」

 用を済ませ手を洗っていると同期の岩下美雨いわしたみうとトイレでバッタリ出くわした。彼女も同じ人事部労務課だけど新卒採用担当なので業務上の関わりはない。

 今は来月から入ってくる新入生の研修プログラムを作成したり、来年度の新卒採用が始まっていることもあり彼女もまた忙しいひとりだ。

 「もう帰っちゃったの?」
 「うん」

 誰がとは言わないが誰のことを指しているのかすぐにわかった。

 「ふふふ。早くしないと取られちゃうわよ」
 「う、わかってるけど、でも」

 美雨ちゃんは私の気持ちを唯一知っている。同期であり色々と頼りになる友人の一人だから。
 
 「(狙ってる人は多いんだから。中も外も敵が多いわよー)」

 美雨ちゃんは早く千秋先生にアクションを取れと言っている。

 でも私にそんな勇気はない。だって振られたらきっと仕事で会うのが気まずくなる。それでも恋愛なんて弱肉強食の世界でありエコ贔屓の世界だ。手をあげないと始まらないし舞台にも立てない。

 「(でも、恋人がいるかもしれないし)」
 「(そんなの聞いてみないとわからないじゃない)」
 
 トイレは誰が聞いているかわからないのでついコソコソ話になる。それもあり主語は出さないようにしていた。美雨ちゃんの配慮でもある。

 「(聞いたところで答えてくれるかわからないし。それに業務以外のこと話すのはちょっと)」

 実際に社内の何人か(広報や総務の子)が果敢に千秋先生にアプローチしたようだ。とは言っても食事に誘ったり連絡先を渡しただけとの美雨ちゃん情報。結果はもちろん言うまでもない。
 
 「(改めて考えると果穂の立場だと難しいよね。まあ落ち着いたら飲みに行こ!私もゆっくり話したいし)」

 美雨ちゃんは「じゃあね」とトイレの奥に行ってしまった。その後ろ姿を見送って「いいな」と呟く。

 (美雨ちゃんみたいに背が高くて美人だったら隣に立っても恥ずかしくないのになぁ)

 ないものねだりはダメだと思いながらも彼女のような長身と目鼻立ちのはっきりした顔立ちはとても憧れる。

 その上性格もさっぱりして付き合いやすくて、バリバリ仕事ができてとても素敵な女性だ。

 でも私にもいいところはある。うん、大丈夫。

 私はオフィスに戻り、獅々原さんから受けた指示を遂行しようと気合いを入れた。

 




 
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