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上司と部下の新しい関係

二度目の夜

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 「越智、これよろしく」

 その日の夕方、書類を作成していると蓮見からファイルを渡された。
 いつもの通り受け取ると、ファイルの上に貼られた付箋に釘付けになる。

【金曜の夜、空けとけ】

 おまけに命令だ。こちらの予定も確認することもなく「空けとけ」とはとても失礼である。

「なんだ難しい顔して」

 美琴が口元を歪めていると蓮見が書類を覗き込んできた。ふわりと漂う香りが先日の夜を彷彿させる。

 男らしさのある爽やかな香りだった。
 美琴は香水や香りに明るくないのでよくわからないが、とてもナチュラルな匂いがしてどきりとする。

 この香りに抱きしめられながら、抱かれた夜。
 なんだか安心したことを思い出した。
 もちろん、身体の相性が良かったこともある。

 (って、何を考えてるの)

 そんな考えを慌てて頭の片隅に追いやり、不思議そうな顔した男に不満を溢した。

「……暴君ですか。拒否権行使したいんですが」

 これ、と付箋に指をさせば蓮見は隣の椅子を引いて腰をかけた。
 長い脚を組み「どれだ?」とファイルを覗き込む。
 わざとらしい仕草に周囲から変に思われないか内心焦りながら平然とした声で美琴は「これです」と指で2回ファイルを叩いた。

「無理だな」
「私の都合は無視ですか?」

 思わずむっとすれば蓮見は笑いながら席を立った。
 こちらが断れないことも計算した上で「よろしく」と言い逃げだ。

『本気で嫌そうにしてたら誘ってない』

 そして程なくして届いた社内チャットに美琴は一瞬何を言われているのかわからなかった。

『それぐらいは越智のこと理解しているつもりだ』

 自分は一体いつ思わせぶりなことをしていたのだろうか。
 美琴は思考停止の頭に鞭を打つ。

 しかしどれだけ思い出そうとしても思い浮かばない。
 蓮見とはここ数日毎朝給湯室で会うが、それぐらいで何か弱みを右られたわけでもないし、むしろ弱みを握ってる側でもある。


『本気で嫌ですが』
『いつもより視線を感じるが?それであの夜はよかっただろう?』

 ちょっと自慢げな文章に腹が立つ。どうしても彼は美琴に言わせたいらしい。

『相性も最高だ』

(というか、社内のチャットでこんな話しなくても)

『まぁ、一応役職持ち出し、断りづらいところもあるかもしれないから本気で嫌なら来なくていいぞ』

 その後続いた内容に「一応ってなんだ、一応って」と思いながら「検討します」とだけ返して話を終わらせた。



 約束の金曜日、夜。


 美琴は仕事を終えると結局そのまま指定されたホテルに向かった。
 ごちゃごちゃ考えたものの、結局自分がもう一度シたいと思ったので食指に身を任せただけである。

 いつもの白いカットソーに黒いスラックス、足元は歩きやすさ重視の黒のスニーカー。
 どうせヤッて終わりだと思っているので着飾る必要はない。

 そもそも毎日この顔でこの格好で会っているので今更感もある。

 美琴は予め伝えられていた部屋に行くと、すでに蓮見がいて驚いた。
 見たところ早めにチェックインをして仕事をしていたようだ。
 蓮見のスケジュールには朝から外出し、そのまま直帰と記載されていた。いくつか打ち合わせもあったはずだが、オンラインで対応したのだろう。

「お疲れ」
「お疲れ様です」
「腹減ってるだろ、好きなもの頼めよ」

 おまけにルームサービスで夕食までつけてくれるという。
 てっきり外にでも食べに行くとかと思いつつ念の為コンビニでおにぎりも買ってきたが出番はなさそうだ。

 美琴は渡されたメニューを受け取りながら、テーブルの上に鞄を置いた。
 そのままソファーに座り、夕食を何にするか考える。

「さっき送ってくれた資料、見やすかった。サンキューな」
「あ、いえ。あれでよかったですか?」
「十分。あとは必要な数値だけこっちで入れるから。あと、あの形でテンプレ作っといて」
「承知しました」
「それで決まったか?」

 蓮見はグゥと両手を上げて伸びをすると不思議そうにしている美琴に小さく笑う。

「あのな。これでも気をつかってるんだからな?」
「そうなんですね」
「そうなんですね、じゃねえから」

 蓮見は「はぁ」と溜息をつくと立ち上がり、わざわざ美琴の隣に腰を下ろした。

「ここのホテルはこれがうまい。こっちもおすすめ。酒は飲むか?」
「多少は」
「だったら、この白ワインか、赤なら…」

 真剣に夕食のことを考える蓮見の横顔を盗み見る。
 てっきりさっさとヤッて終わりかと思っていたが、そうではないようだ。

(セフレっていろんなパターンがあるのね)

 一応事前にネットで調べた情報によると、時間がない場合はホテル集合ホテル解散もあり、時間に余裕があれば食事をしたりすることもあるんだそう。

 今回は後者のようだが、まさかホテルのルームサービスを頼んでくれるとは思ってもいなかった。
 前回のホテルと同格もしくはそれ以上のランクのホテルなので、食事もいいお値段する。

「で、どうする?」
「おまかせします。色々詳しいようですし」

 持っていたメニューをテーブルに置くと蓮見が不機嫌そうに口元を歪める。

「一応言っておくが、前にこのホテルでパーティーがあって、出席した時に使っただけだからな」
「はいはい」
「興味ないだろ」
「ないですよ」

 当たり前じゃないですか、と言った美琴に蓮見が呆れる。

「もう少し興味持ってくれてよくないか?これから寝る相手だぞ?」
「寝る相手に興味は持っておくべきですか?」
「その方が楽しくなるな」

 ニヤリと笑った蓮見に美琴はそっけなく「ふーん」と返した。



 怒張した肉棒を腹部に呑み込んだまま、美琴はシーツを硬く握りしめた。
 足の甲がピンと張り、白い腹部が波を打つように小刻みに痙攣する。

 その様子を蓮見はじっと見下ろしながら、浅瀬で遊んでいた自身を沖へと進めた。

「ぁん、まって、イッて」
「知ってる」

 イッてる最中に奥へ進めるな、と文句を言う美琴を一蹴する。

 ついさっきまで蓮見がアレコレと頼んだルームサービスに舌鼓をうっていた。
 しかし、残念ながらそれほど盛り上がらなかった。

 蓮見が美琴に話題をふり会話を盛り上げようとしたが、美琴から蓮見へ会話を広げることをしなかった。
 興味のない女性ならばその気遣いがありがたいが、仕事とはいえ8年以上時間を共有してきた相手。

 普段業務の質問は次から次へと飛んでくるのに蓮見のプライベートのことは全然飛んでこない。
 「もう少し興味を持ってくれてもいいだろう?」と小さな不満を抱えながら、シャワーを浴びるなり、ベッドに押し倒した。

 ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら膣内をかき混ぜる。
 すでに美琴の弱いポイントはわかっているものの、まだまだ発掘しがいのある身体だ。
 手慣れていれば自分の好いところを教えにくるか、そこに誘導させようとするだろう。
 しかし、美琴はそうではない。指図されないというのは意外と楽しい。
 
 (すげー、締まるんだよな)

 屈み込んで甘く喘ぐ唇を塞ぐ。舌を差し込むと予想通り締め付けが強くなった。
 「あまりキツく締め付けるな」と美琴の頭を撫でる。

 涙目で蕩けた貌を見つめながら撫でていた手を胸に滑らせて硬くしこった乳首を優しく摘む。

 「ぁんふっ」

 着痩せするタイプなのは先週発覚したことだが、蓮見の手に馴染むように吸い付いてくる乳房がかわいい。
 まん丸で程よいボリュームがあるそれを揉み解しながら、善がって喘いでいる美琴を抱き起こす。

「え?あ、んんんっ」

 繋がったまま抱き起こされた美琴は一瞬訳がわからないとぼんやりと蓮見を見つめた。
 その直後深く挿入された剛直に天を仰ぐ。
 蓮見は美琴の形のいい尻を掴みながら下から突き上げた。

「だれのソレを呑み込んでいるかわかってるか?」
「わ、かって、ぁあんっ」

 蓮見にはもうひとつだけ気に入らないことがあった。
 それは今夜「ヤル」とわかっていたにも関わらず、美琴はさも当然のように玩具を持ってきた。
 例えば、交際期間が長く「セックスもマンネリ化してきた」だったり、いつもと違う趣向を楽しむのであれば別に問題ない。

 しかし、まだ二度目である。
 あの夜は美琴が意識を飛ばしたので一度しか抱けなかった。
 起きないか待っていたものの起きてこない。
 おまけに朝起きて誘ってみるか、と思えば逃げられる始末。

 さすがに従業員をしかも直属の部下に手を出して「セフレになってくれ」なんて言えるはずがない。
 だが、美琴は恋人もいらないし結婚願望もないと言った。「セフレがいい」とは言わなかったが「来なくてもいい」という誘いに一応来てくれたのはきっと彼女も先週の夜がよかったからだろう。

 だから、今夜はいろんな苛立ちをぶつけている。
 とは言ってもひどくしたりするつもりはない。できれば美琴には今後ともこの関係を心地よく続けてほしい。
 そのためには彼女の認識も改めてもらわないといけないこともある。

「ぁあっ、ぁ、っ、ふぁっ」

 蓮見に跨り腰を振る普段ドライでそっけない秘書の顔を見つめる。
 口を半開きにし、とろけた顔で感じている顔は欲望を放出させるには十分な威力だった。



「おーい、こっち向けよ」
「……」
「美琴ちゃん」

 昨晩は本当に大変な目に遭った。

 蓮見は一度ならず、二度、三度美琴を抱いた。
 そんな体力、一体どこにあるのかと思わず叫んだが、「お前が悪い」と人のせいにされた。

 まだ、節々は痛いし、お腹の中にはまだ蓮見が潜り込んでいる気もする。
 しかし、悔しいけれど気持ちよかった。そう、気持ちよかった。悔しいぐらいに。

「名前で呼ばないでください」
「でも、仕事中“越智”って呼ぶたびに、かわいい顔思い出しそうだし」
「…っ」
「きもちよさそうに縋りついてたお前、可愛かったぜ」

 耳元で囁かれる低音ボイスがまだ潤っている下腹部を甘く疼かせる。

「“蓮見さん”ってこれから呼ばれるたびに俺は多分あの顔を思いだ、イテ!」
「調子に乗らないでください」
「いいだろ?俺だけしか知らないんだから」

 ちゅう、と頭頂部にキスが落ちてくる。
 昨晩行為の前にシャワーは浴びたが髪は洗っていない。いくら日中は冷房の中にいるとしても今は夏。
 汗をかいて臭いはずだ。

「汗かいてるからくっつかないでください」
「今更、お互い様だろ」

 身体を捩ってなんとか解こうとするものの所詮男と女。
 力の差は歴然だ。

 「それに、そんなに臭くねえよ」

 すん、と蓮見が美琴の頭頂部で息を吸い込んだ。

 「ちょ、嗅ぐとか・・・!馬鹿ですか」
 「そんなに気になるなら風呂入るか」
 「ぎゃあっ!」

  一緒に、と続いた言葉は美琴の悲鳴でかき消された。
  蓮見は美琴をなんなんく抱き上げるとバスルームに向かう。

 「よし、俺が洗ってやるよ」
 「結構です!ってか一緒に入りたくない」
 「そう寂しいこと言うなって」

 
 結局お風呂を出た後も、美琴は蓮見の掌の上で転がされることになった。



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