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序章
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人間という生命体の還るべき場所は、やはりあの碧海の彼方なのだと思う。
どこかセンチメタルな心でそう思ったのは、夕映えが反射し、キラキラと光輝を放つ広大な海を目の前にした時だった。
潮の匂いが、鼻腔をくすぐる。少し乾いた初夏の風が頬を撫でては、幼子を抱きしめるような生温さで俺を慰めた。
……今日で、十七歳という人生に幕を下ろそうと思う。
この小さな入り江に立ち尽くし、俺は水平線の彼方をぼんやりと眺めていた。この場所は、おそらく俺しか知らない。ボートか何かで海側から来るか、『秘密の抜け穴』と称される岩穴を通ってこないと、この秘境には辿り着けなかった。
だから、この場所は自殺するには絶好の場所だと思う。夕方のこの海は荒れているし、少し沖まで進めば簡単に沈むことができるだろう。段々と酸素が失われ、肺の奥まで海水が満たしていく。苦痛は一瞬だ。きっと、ふと意識が白くなって、あっという間に心臓も止まるに違いない。
俺は、ちゃぷんと水を蹴りながら波打ち際を歩く。制服が濡れるのなんてお構いなしだ。どうせ、数分後には誰の持ち物でもなくなっているのだから。
ここを選んだのは、半ば無意識的だった。
自殺を決意し、場所をフラフラと捜し歩いた末に、気が付いたらこの入り江に居た。お気に入りの場所だったから惹かれたのだと思ったが、この海を見て違うと気が付いた。
俺は、あの海の底に還りたいのだと思う。
人類はきっと、海のずっと向こうで生まれたに違いない。いわば、海は人類の故郷だ。だから、俺は一旦、帰るべき場所に帰るだけだ。
ただ、それだけ。
何も悪いことはしていない。
一歩、また一歩と進み、ついには膝まで海水が這い上がってきた。心地よい冷たさを含んだ水は、じっとりと制服のズボンを濡らしていく。体温と混ざり合って生暖かくなるこれが、妙に歓迎されているような気がして、思わず死んだ笑みを零した。
さて、ここまで来たら後は一歩踏み出して夕暮れの橙が融けた青色に沈むだけだ。つい、膝下までを海水に浸したままぼうっとしてしまうが、早く行かなければ最悪の場合誰かに見つかってしまうかもしれない。
後悔はない。
どうせつまらない人生だったんだ。
死んで幽霊にでもなれば、楽に青春を謳歌できるかもしれない。
そんな願いを胸に、俺は死への一歩踏み出そうとした。
「……あれ」
チリン、と鈴のような音が聞こえた。俺の脚は必然とその音で動きを止め、意識を砂浜へと引き戻していく。
声は、俺のすぐ隣から聞こえたような気がした。思わず左隣を見れば、そこには、橙の夕映えを派手に反射させた茶髪のショートヘアがあった。金色の鈴がついた赤い紐のブレスレットをした右手で乱れた前髪をよけて、零れ落ちそうな瞳をこれでもかと開いている。
俺もきっと、同じ表情をしているに違いない。
そこには、俺と同じようにして海に還ろうとしている女子高生が居たのだから。
どこかセンチメタルな心でそう思ったのは、夕映えが反射し、キラキラと光輝を放つ広大な海を目の前にした時だった。
潮の匂いが、鼻腔をくすぐる。少し乾いた初夏の風が頬を撫でては、幼子を抱きしめるような生温さで俺を慰めた。
……今日で、十七歳という人生に幕を下ろそうと思う。
この小さな入り江に立ち尽くし、俺は水平線の彼方をぼんやりと眺めていた。この場所は、おそらく俺しか知らない。ボートか何かで海側から来るか、『秘密の抜け穴』と称される岩穴を通ってこないと、この秘境には辿り着けなかった。
だから、この場所は自殺するには絶好の場所だと思う。夕方のこの海は荒れているし、少し沖まで進めば簡単に沈むことができるだろう。段々と酸素が失われ、肺の奥まで海水が満たしていく。苦痛は一瞬だ。きっと、ふと意識が白くなって、あっという間に心臓も止まるに違いない。
俺は、ちゃぷんと水を蹴りながら波打ち際を歩く。制服が濡れるのなんてお構いなしだ。どうせ、数分後には誰の持ち物でもなくなっているのだから。
ここを選んだのは、半ば無意識的だった。
自殺を決意し、場所をフラフラと捜し歩いた末に、気が付いたらこの入り江に居た。お気に入りの場所だったから惹かれたのだと思ったが、この海を見て違うと気が付いた。
俺は、あの海の底に還りたいのだと思う。
人類はきっと、海のずっと向こうで生まれたに違いない。いわば、海は人類の故郷だ。だから、俺は一旦、帰るべき場所に帰るだけだ。
ただ、それだけ。
何も悪いことはしていない。
一歩、また一歩と進み、ついには膝まで海水が這い上がってきた。心地よい冷たさを含んだ水は、じっとりと制服のズボンを濡らしていく。体温と混ざり合って生暖かくなるこれが、妙に歓迎されているような気がして、思わず死んだ笑みを零した。
さて、ここまで来たら後は一歩踏み出して夕暮れの橙が融けた青色に沈むだけだ。つい、膝下までを海水に浸したままぼうっとしてしまうが、早く行かなければ最悪の場合誰かに見つかってしまうかもしれない。
後悔はない。
どうせつまらない人生だったんだ。
死んで幽霊にでもなれば、楽に青春を謳歌できるかもしれない。
そんな願いを胸に、俺は死への一歩踏み出そうとした。
「……あれ」
チリン、と鈴のような音が聞こえた。俺の脚は必然とその音で動きを止め、意識を砂浜へと引き戻していく。
声は、俺のすぐ隣から聞こえたような気がした。思わず左隣を見れば、そこには、橙の夕映えを派手に反射させた茶髪のショートヘアがあった。金色の鈴がついた赤い紐のブレスレットをした右手で乱れた前髪をよけて、零れ落ちそうな瞳をこれでもかと開いている。
俺もきっと、同じ表情をしているに違いない。
そこには、俺と同じようにして海に還ろうとしている女子高生が居たのだから。
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